オケツ修行中
僕達はいつまで粘れば、大丈夫なんだろう?
官兵衛に急ぐように頼みはしたけど、実際にどれだけ早く来てくれるか分からない。
それに来たとしても、ハッシマー軍が対策を練っていたらと考えると、簡単に合流は出来ないだろう。
いつまで続くか分からない防衛戦。
正直、身体より精神の方が参ってしまいそうだ。
まあそれは、僕が人形の身体だからかもしれない。
疲れを知らない身体の僕と違って、皆は体力の事も考えないといけないからね。
領主達に付けた安土の三人が、役に立ってくれてると嬉しいけど。
ちなみに領主達に誰を付けるかというのは、僕の独断と偏見で決めた。
長秀と又左のコンビに決めたのは、長秀が巨大化しても三人の中で邪魔にならないかなと思ったからだ。
しばらく戦っていた感じ、巨大化した様子は無かったけど、上手くいっているのだろうか?
一益と水嶋爺さんは、単純に接近戦が主な一益の援護に、銃持ちの爺さんが適しているかなと思ったのが理由だ。
一益の動きはそんなに速くないし、爺さんならそれに合わせて動けるかなと思ったのもある。
なお、性格は考慮していない。
後々、その事について文句言われると思わなかったけどね。
お礼を言って返された言葉に、唖然とする一益。
まさかあんな無碍に扱われるとは、思わなかった。
「あの水嶋翁。もう少しやんわりとした言い方は、出来ないでしょうか?」
「何だ、優しく言ってほしいのか?ならば言ってやろう。領主殿、敵が侵攻してきている。早く前線を張ってくれないと、全滅するぞ」
「あまり変わっていないような・・・。しかし翁の言う通りだ。援護を頼みますぞ」
「それは任せろ。死にたくないからな」
一益は当初と違い、水嶋の事を信頼し始めた。
自分が大鎚を振るって隙が出来ても、水嶋がカバーしてくれる。
それが分かった彼は、肩の力が抜けて多くの敵を叩きのめした。
「ちょっと佐藤、アンタとアタシじゃ合わなくない?」
「そうですか?俺が地上で撹乱して、ベティさんが空から仕留めるってやり方は、悪くないと思うけど」
「アンタ、速いのよ。アタシが行こうとする場所に先に居るから、たまにぶつかりそうになるの」
「それが分かって方向転換出来てるなら、別に良いでしょ。しかも俺より、ベティさんの方が速いし」
二人は無駄口を叩きながらも、敵を倒していく。
佐藤のやり方は単純に、相手の動きを封じるような攻撃が多い。
鎧の隙間からボディを叩いて、悶絶させては次の相手に向かう。
動けなくなったハッシマー兵を、空からベティがトドメを刺すといったやり方だった。
しかし二人とも、動きが速い。
いつもの調子でやると、動く先々でぶつかりそうになっていた。
「思い切って、やり方変えない?」
「どうやるんですか?」
「そうね。この線からこっちは、アタシが倒すから。線から向こう側は、佐藤の敵でどう?」
「援護出来なくなるけど、良いんですか?」
「アタシを誰だと思ってるの?」
ベティはそう言うと、両手を広げてポーズを取った。
「ベティよおぉぉぉん!!」
「それで良いなら別に構わないけど」
「アンタ、ちょっとくらいは反応しなさいよ」
「面倒臭えおっさんだなぁ」
「お、おっさん!?アンタ、乙女に向かってそれは禁句なのよ!」
「乙女って・・・。良くておばさんの間違いだろ」
「んまぁ!アンタ、絶対に許さない!勝負よ」
「勝負?」
佐藤に向かって指をさすベティ。
彼は顔を真っ赤にして、佐藤へ言った。
「今から一時間以内に、どれだけ倒せるか。アタシがより多く倒していたら、アンタには謝罪してもらうわ」
「それ、俺にメリットが無いんだけど」
「アンタが勝ったら、領主侮辱罪を無かった事にしてあげる。アンタが負けたら、アタシのアツ〜イ接吻をあげるわよ」
「・・・絶対に負けられない戦いが、ここにはある!」
佐藤は本気で嫌そうな顔を見せると、ベティは彼の頭を叩いた。
「冗談に決まってるでしょ。やる気を出させる為の方便よ。さっきの言葉に傷付いたのは、ホントだけど」
「な、なんだ冗談か。まあ俺が負けたら、ベティさんの手伝いでもしますよ」
「へぇ、それは良い事を聞いたわ」
ベティが軽く舌舐めずりすると、佐藤は今言った事を本気で後悔した。
負けたら何を手伝わされるのか?
彼は今から一時間、本気で倒す事を決意したのだった。
「オケツ殿、そろそろ拙者も行きたいのでござるが」
「悪いけど、俺の修行にもう少し付き合ってくれ。ウチの者が、教えてあげただろう?」
「むう。それを言われると、断りづらいでござる」
オケツの足下には、ボロボロに刃こぼれした太刀が何本も落ちていた。
全て修行で使い物にならなくなった太刀だ。
彼は今、お市と権六の許可を得て、城内の一角で修行をしている。
この北ノ庄城を狙い、ハッシマー軍が来ている事も知っていた。
しかし今の彼は、自分が真の敵には敵わない事も分かっていた。
あのボブハガーを倒した男に対峙するには、今の自分では勝てない。
魔王に生きる意味を諭された彼は、それ以降修行に励んでいたのだ。
「お館様に言わせると、俺の麒麟はまだ未熟らしい。この先に何があるのか。俺も分からないが、今のままでは駄目なんだ」
「拙者もその気持ち、分かるでござる。しかしオケツ殿の仇は、拙者達も同様の人物。遅ければ拙者の兄上達が、倒してしまうでござるよ」
「その時はその時。それでも強くなっておくに越した事は無い。さあ、続きをやりましょう!」
新しい太刀を手にしたオケツは、慶次に向かって構えた。
慶次も普通の槍をオケツに向けると、二人は打ち合い始めるのだった。
空も白んできた。
もうすぐ朝だ。
俺の疲労も、そこそこ溜まってきた頃合いだ。
「兄さん、一度壁を作る!」
「あいよ!」
俺が大きくバックステップをすると、足下から地面が突き上げてきた。
何十メートルか続いているが、それでも万里の長城のようにずっと続いているわけではない。
結局は、端から敵が迫ってきている。
「ホント、後からどんどん湧いてくるな」
「一匹見たら、三十匹は居ると思わないと」
「ゴキブリか!あながち間違ってないけど、虫より強いんだよなぁ」
「確かにね。火球は問題無いけど、氷の矢とかは弾かれたし。一人一人が、帝国兵より全然強い」
俺の持っている刀も、少し斬れ味が落ちた気がする。
俺が疲れたからなのか、それとも刃が悪くなったのか。
そろそろ戦い方を変えないと、駄目かもしれない。
「ん?何だろ?気のせいかな?」
「気のせいじゃないな。俺達の後ろ側から、歓声が上がっている。敵の声か味方の声か、どっちか分からないけどな」
弟にはそう言ったが、俺はなんとなく分かった。
これはハッシマー軍の方の声だろう。
もし妖怪達によるものなら、お市の声も聞こえてもおかしくない。
なんて思っていたら、お市が叫んでいるのが聞こえた。
「魔王達の奮闘を見ろ!お前達、越前国の底力を見せるのだ!」
「俺達、一旦下がるぞ」
「何で?」
「上を見ろ。天狗達が出てきている」
「なるほど。休養は取れたんだね。僕達も休憩、は出来ないよなぁ。さっきの声、どうせ敵でしょ?」
弟も気付いていたらしい。
というか、俺が考えて分かるくらいだ。
弟だってそれくらい気付くか。
「一旦、壁の上に戻ろうか」
僕達が壁の上に戻ると、そこには慶次も来ていた。
オケツの修行は終わったのかな?
「もう良いの?」
「オケツ殿は疲労で倒れたでござる。拙者も疲れたので、少し休みたい」
「兄が戦ってるのに?」
「兄上は拙者より強いから、問題無いでござる」
都合の良い答えだなぁ。
それを言ったら、この前勝ったって喜んでたのは何処へ行ったんだ?
しかしその楽観的な考えも、三つ目小僧の報告で一変する。
「報告です!三方の守備が崩壊しつつあります!」
「何じゃと!?領主達が倒されたというのか!?」
「いえ、領主様達は、一人の武将に足止めされています。今は魔王様の配下の方々が一人で防がれているのですが、流石に一人では・・・」
「慶次!爺さんの所へ行け!」
「しょ、承知!」
兄の一言で走り出す慶次。
階段を飛び降りるように降りていった。
「ナイス判断だよ、兄さん」
「爺さんは接近戦が出来るって言っても、投げ技とかの使い手って聞いてるからな。一人相手なら強いかもしれないが、流石に大勢の相手は無理だろ」
僕も全く同じ意見だったので、慶次を向かわせた判断は的確だと思った。
そしてそれは、僕達も行くしかないという事だ。
「じゃあ兄さんは、又左の方へ。僕は佐藤さんを援護する」
「了解だ。行くぞ!」
「アンタ!アンタも行きなさい。場所は正面の天狗達の場所。妾の勘だと、四方に武将が出るはずじゃ」
「分かった。市は指揮を頼む」
後ろから権六も付いてきた。
そういえば、武器はあの鉄扇なのかな?
「権六は何を持っていくの?」
「私専用の金棒があります。持てるのは私だけ・・・いや、太田殿も持てるかな?」
「俺にも金棒くれない?」
「え?あの刀では駄目でしたか?」
やっぱり落としたのは権六達だったらしい。
あの刀はボブハガーに譲ってもらった、それなりに良い刀だという話だった。
刀を使える人が居ないので、ずっと飾っていただけのようだが、そんな物を兄に渡すとは。
二人とも考えが粗い。
「斬れ味凄かったんだけどさ、流石に斬り過ぎたみたい」
「なるほど。でも魔王様に合う大きさの金棒は、ちょっと無いかもしれないです」
「大丈夫。なあ?」
「やっぱり僕頼みなのね」
兄の魂胆は簡単だ。
大きな金棒だろうが、創造魔法で形を変えてしまえばと考えているんだろう。
グリップ部分だけを変えれば、兄さんなら振れると思うし。
「こちらはどうですか?」
「というわけで、ハイ」
「重いよ!」
いきなり手渡されても、人形の姿で持てるわけないだろ!
人形の姿は言い訳だな。
多分、元の姿でも無理!
「こんなもん?」
「うん、問題無い。ホームラン打ってやるぜぃ!」
「それでは魔王様方。休息も無く心苦しいのですが、よろしくお願いします」
「やれるだけやるから」
「俺に任せろ!」
二人は別々の方向へ走っていく。
さあ、僕も佐藤さんを助けないと!
「ベティさん!」
「大丈夫よ!」
俺はビックリした。
まさか、人間の姿で空を飛べる奴が居るとは思わなかった。
ベティさんが空から落ちてきた時、てっきり攻撃をし損ねたものだと思っていたくらいだ。
「悪いけど佐藤ちゃん。アタシ、アイツに専念する事になりそう」
「そんなにですか!?」
「アイツ、空を飛んでるわけじゃないのよ。ただ、めちゃくちゃ速いわ」
「どういう意味?」
「何をどうやっているかは知らないけど、空で走ってるような感じね」
この人、何を言ってるんだ?
俺には理解出来ないけど、この人の変わった感覚だと、そういう事なんだろう。
「フフ、私の姿が見える奴が居るとはね」
「なかなかカッコ良いわね。強くて顔が良い男なんて、最高じゃない」
「そういうお前は気持ち悪いな」
「前言撤回よ。性格は最低だわ」
確かにイケメンだな。
これでベティさん並みに速いとか、ちょっとムカつく。
「ベティさん!ソイツ、やっつけて!」
「当たり前でしょ。アタシを悪く言う奴は、死刑よ」
目がマジだ。
俺も下手な事を口にしないように、気を付けよう。
「馬鹿だなぁ。お前達、夜から戦い続けているんだろう?そんな相手に、私が負けるはずが無いじゃないか」
「負けたら?」
「負けたらどのみち死ぬだけだ」
「フーン。だったら死ぬ前に、名前くらい聞いておいてあげるわ」
「冥土の土産に教えてやろう。私の名前は、シッチ。今は亡きアド・ボブハガー様の家臣、シッチ・ヌリメソだ。妖怪如きに遅れを取る私ではないが、全力で行かせてもらう」