見誤る狙い
領主達は領主達で、考えている事が違うっぽいな。
まず間違いなく、長秀と一益は今回の援軍の件を使って、交易に関する交渉がしたいんだと思う。
テンジも元々はそのつもりだったと思うけど、彼の場合はまずは誠意を見せる事からという感じだ。
官兵衛の話だと、長浜は少し微妙な立場にあるらしい。
秀吉が居なくなって、求心力が落ちたようだ。
そのせいで連合に押し負けているとの事。
頑張っているテンジを見ると、応援したくなるんだけどね。
ベティは分からない。
目的はお市なのか?
何を考えているか不明だけど、何にしてもお市と仲良くなっておくのは必要だと思う。
リュミエールのおかげで領主だけは早々に着いたが、とうとう向こうが先に動いてきた。
今までの様子見のような戦力から一転、大軍で北ノ庄城を狙ってきたのだ。
何故このタイミングなのか?
僕の考えだと、様子見で出てきた戦力を見計らっての事かなと思っている。
敵の侵攻に対して応戦するのは、妖怪しか居なかった。
多分、援軍が居ないとバレてしまったのかもしれない。
それでも越前国も、本気は見せていなかったようだ。
僕達はだいだらぼっちと天狗という、越前国の主力の強さを見る事になった。
天狗って、犬みたいな姿にもなれるのか!
遠くて見えないけど、何かが誰かに噛み付いているのは分かる。
噛み付いて離さないというから、斬られても離さないのかと思っていたけど。
実際は違うらしい。
「本当に空を走るのね」
「空を走る?」
「あの狗の方を見て。斬られる前に口を離して、空へ逃げたわ。狗が離れたのを見て、他の天狗が風で火を送ってる。なかなかの連携よ」
ベティの実況のおかげで、僕でも何が起きているのか分かった。
天狗の強さは、個々の強さだけではない。
連携力も見張るものがあったという事か。
「個の力であるだいだらぼっちと、集の力である天狗。越前国はどちらも有しているんですな」
「したり顔で当たり前の事を言うでないわ。奴等は攻撃を主としているが、この壁には守備隊として土蜘蛛も居る。我が越前国に、抜かりは無い」
ドヤ顔していた一益だったが、お市に当然だと言って、扇子で額を叩かれていた。
普通は他の領主を叩くなど、言語道断なんだけど。
叩かれた本人も満更ではないという顔をしているから、これが普通なんだろう。
領主達の力関係が、狂ってきたなぁ。
奴等が攻めてきて、半日が過ぎた。
もうすぐ日も暮れる時間だ。
夜になる前に、お互いに撤退が始まっている。
それを見た権六が、妙な事を言った。
「おかしいな」
「何がじゃ?」
「だいだらぼっちも天狗も、よくやったと思う。しかし、その割に攻め切れていない気がするのだが」
「ふむ、お前さんの考え、妾も同意する」
二人からすると、もっと大打撃を与えていてもおかしくないと思っていたようだ。
彼等からすると、不満が残る結果になった初日らしい。
「だいだらぼっちと天狗の実力は、こんなもんじゃないって事?」
「それもありますが、奴等の防御が固いのかもしれないです」
「攻める気が、あまり無いのかもしれませんね」
「どういう意味じゃ?」
長秀の言葉に、お市が反応する。
長秀に注目が集まると、彼は軽く咳をしてから説明を始めた。
「この大軍でも、まだ様子見かもしれません。例えば、更に戦力が出てくるのか。我々が攻撃と守備、どちらに比重を置いているのかを確認するなど、そういう意図があるのではないでしょうか」
「一理ありますな。流石は若狭の妖精大将、丹羽殿」
「ドワーフ怒りの鉄鎚と呼ばれる、滝川殿には負けますよ」
お互いを褒めて笑う長秀と一益。
二人はお市をチラ見している。
どうせお互いを褒めて、自分達アピールをお市にしているんだろう。
でもお市は、長秀の言葉を聞いて自分の世界に入り込んでいた。
「明日も同じようなら、少し攻撃へ偏重する」
翌朝、同じように敵は出てきた。
鎧に身を包んで太刀を持つ彼等だが、一つ変わった点があった。
「鉄砲隊が後方に控えているわね」
「ベティ、よく見えるな」
「見えるというより、感じるのよ。火薬の気配がね」
よく分からない説明だけど、まあ良いや。
しかし、このベティのアドバイスは、後々に大きく役に立つ事になる。
「ベティ、奴等が銃を持ってきているのは本当だな?」
「間違いないわね。天狗対策じゃないかしら?」
「妾もそう思う。よし、天狗にクリスタルを持たせよ」
お市がそう言うと、天狗達には小さなクリスタルが渡された。
懐に入れるだけのようで、武器や防具、服に装着するわけではないらしい。
こうやって見ると、コバが作ったような武器の使い方は珍しいのかもしれない。
「行け!奴等を殲滅せよ!」
お市の合図で飛び出していく天狗達。
だいだらぼっちも、既に外に出ている。
「やはり変わりませぬな」
「向こうは守備に重きを置いている様子。お市殿」
「うむ。土蜘蛛を半数残して、攻撃に参加させよ」
今度は土蜘蛛を壁から下ろして、攻撃に参加させるらしい。
そしてお市に合わせて、権六も動き始めていた。
「私の近衛隊も出します。土蜘蛛を支援に回して、鬼が攻撃参加へ。行きなさい!」
門が開くと、様々な鬼が一斉に飛び出していった。
やはり武器は金棒が多く、中には剣を持った連中も見られた。
「土蜘蛛で動けなくして、鬼が倒していく。これなら必ず、敵の数は減っていくでしょう」
「そうですね。少しでも減らしていけば、戦局も変わるかと」
長秀の考えは、当たっていたようだ。
やはり向こうに、攻める気はあまり見られない。
権六の作戦も功を奏して、徐々に壁の前は押し返していく。
「む!銃声が!」
「やはり天狗狙いか!?危ない!」
長秀と一益が天狗達を見て叫んでいる。
予想通り、銃弾は空へと向かって飛んでいく。
しかし天狗達には、当たる事は無かった。
天狗の前で、銃弾が全て逸れていくのだ。
「風の防壁が効いておるようだの」
「風の防壁?」
「あの持たせたクリスタルね」
「その通り。銃声が聞こえたら、すぐに発動せよと通達してあるのじゃ」
目の前で逸れていくのは、そういう理由があったらしい。
ベティの一言が無ければ、皆は今頃蜂の巣になっていた。
お市もその情報の重大さが分かっていたからか、ベティの背中を軽く叩いている。
「流石じゃの」
「アナタに褒められると、くすぐったいわね」
「ぐぬぬ」
「ベティ殿、侮りがたし」
お市に褒められるベティを見た腹黒領主二人は、悔しそうな顔を見せていた。
ベティの評価が上がるのは、あまり嬉しくないらしい。
「しかし、いつまでこれが続くんでしょう?無意味に見えるこの攻撃。どのような意味があるのやら」
「分かりませんな。確かにテンジ殿の言う通りで、意味が分からなくては対策の練りようが無いです」
「分からぬ以上、相手を減らす事に専念するしかあるまい」
「幸い、こちらが優勢です。お市殿の言う通り、攻撃に専念しましょう」
「そうですな。それが良い」
領主達は、お市の考えに賛同した。
というより、それしか方法が無いのかもしれない。
少しでも攻撃の手を緩めれば、今度は壁へと攻撃が始まりそうだし。
狙いが分からない限りは、目の前の敵を減らす以外に手は無かった。
一週間が経った。
暗くなり引き返してくる、だいだらぼっちと天狗に土蜘蛛。
同じ事を繰り返す、ハッシマーの兵達。
その数は少し減った気もするが、やはり目に見えて分かるほどではない。
土蜘蛛と鬼の連携も、後日対策を練られていたのも痛かった。
「今日もまた、同じ事の繰り返しでしたね」
「流石に天狗や鬼達にも、疲れが見えてきた気がするけど。大丈夫なの?」
「大丈夫じゃ。越前国の兵に、後退の二文字は無い」
何処の聖帝軍だっつーの。
彼女は強気にそうは言うけど、目に見えて疲れているのが分かる。
攻めているのに結果が出ないから、疲労だけが溜まっているように感じるのだろう。
ん?
もしかして、疲れさせるのが狙いなんじゃ・・・。
「報告します!ハッシマー軍、全方位より攻撃を開始してきました!」
「なんじゃと!?」
「後方には敵が居ないはずじゃなかったか!?」
「どうやら回り込まれていた模様です」
やられた!
敵の狙いは、僕達を疲弊させる事。
そして、後方に回り込むまでの時間稼ぎだったんだ。
「どうする?」
「ええい!妾が出る!」
「馬鹿言うな!お前は越前国の要だろう。ここで出て下手にやられてみろ。だいだらぼっちも天狗も、もう戦えなくなるぞ」
正直な話、天狗達が頑張れるのはお市の檄があるからだと僕は思っている。
彼女が倒れたら、権六一人でまとめられるとは思えない。
「では、どうするというのか!?」
「どうするもこうするも無いでしょう。いよいよアタシ達の出番ってワケ」
「ベティ・・・」
双剣を持って構えるベティ。
彼は、自分達が出るのが最適解だと言っているのだ。
「そうですな。援軍に来たのに役に立たないとあっては、妖精の名折れ」
「丹羽殿、そこは魔族の名折れと言わなくては」
「ハッハッハ!そうであった!」
笑う長秀と一益も、武器を持っていた。
三人とも、臨戦態勢に入っていたのだ。
しかし、その三人に追随しようと現れた人物が居た。
「魔王様!私達も出撃許可を」
「拙者、この時の為に修行を積んだでござる」
「俺はあんまり乗り気じゃないんだけどな。ほら、この通り老人だし」
「アンタ、こういう時だけジジイぶるのは駄目だろ!」
「うるさい!負け戦はもうコリゴリなんだよ」
登場しておいて、領主達の目の前で騒ぎ出す又左達三人。
このままだと、お市の怒りを買いかねない。
そして僕まで飛び火が来たら・・・。
「よし!三人は各領主の援護を。そして僕は、天狗達が回復するまで正面を守ろうじゃないか」
「魔王様!?」
「大丈夫だって。一人じゃないから」
僕は人形を取り出すと、そちらへと意識を向けた。
「俺もコイツと戦うから。二人で時間稼ぎくらいなら、出来るだろ」
「そういう事」
兄は僕の考えを、すぐに理解していた。
そうじゃなければ、こんな簡単に戦う準備が出来ていない。
「ちなみに確認だけど、左右と後方の敵の数は?」
「そちらは三千から五千かと」
正面の半分以下って事ね。
だったら領主達に任せても、大丈夫な気がする。
いくら身体が鈍ってても、そこは領主だし。
「これは負けられませんな」
「我々の方が魔王様より少ない」
「アタシなら全員首を刎ねて、他の二人の援護に回ってあげるけど」
「フハハハ!ほざくな若造!」
やる気十分の三人に対し、テンジだけは気まずそうな顔をしている。
やはり一人だけ戦わないからだろう。
だが、三人はそんなテンジに言う。
「適材適所。テンジ殿の活躍の場は、この後ですぞ」
「俺と変わっても良いけど」
「ジジイ!さっさと行くぞ!」
本気か冗談か分からない水嶋爺さんの言葉に、又左は首根っこを掴んで各方面へと向かっていく。
「俺達も降りるぞ」
「分かった。どうやる?」
「そりゃ、後ろは任せたスタイルだろ」
後ろは任せたスタイル。
それは僕がバッグの中に入り、単純に後ろを向いているだけだ。
後ろの敵は僕が、前は兄が倒すだけという、至極簡単な話だ。
「よし、それじゃ後ろを向いて。ん?足下から音が、電話だ」
バッグの中の電話が、足下で鳴っていた。
夜に電話とか、何の用だろう。
「もしもし」
「もしもし、魔王様ですか?官兵衛です。ようやく騎士王国の領内を抜けまして、明日明後日には越前国に到着します」
「ナニイィィ!!?だったら急いでくれ!これから敵の本格的な攻撃が始まる。僕や他の領主達も、前線に出る。間に合わないと、皆の領主が無傷じゃ済まないぞって脅して良いから。頼んだよ!」