集結、越前国
リュミエールの帝国の話は、少し興味があった。
何か探れる情報があるかと思ったからだ。
まあ結果的には、聞いた僕が馬鹿だったんだけど・・・。
でも、悪い気分ではなかったかな。
安土と帝国の首都を比べられて、こっちの方が居心地が良いって言うんだから。
彼女からすれば、人なんか小さい存在だろう。
そんな中でも、安土の人達の方が良いって言ってくれるのは嬉しいよね。
越前国に着き、僕はオケツに会った。
やはり彼は、只者ではなかったらしい。
とは言っても、ただの転生者というわけではなさそうだ。
一言で言えば、明智光秀と同じような人物を、延々と繰り返しているという。
織田信長が死ななかったらどうなるのか?
彼の目的は、謀反を起こさずに信長を生かす事だった。
確かに興味深い話だ。
彼が生きて、秀吉や家康に覇権を渡さなかったら?
日本はどうなっていたんだろう。
日本ではないにしろ、彼はそれが見たかったらしい。
そしていつも失敗して、信長は亡くなるという。
オケツの言う事は理解出来た。
でも、気になる点もある。
信長が死んだ後、結局自分も死ぬんだと言っていた。
諦めているような言い方をしている割に、何故修行をしているんだ?
「俺は多分、今回のハッシマーとの戦いに負けるだろう。山崎の戦いみたいなものだよ」
「死ぬって言ってる人が、修行する意味はあるの?」
「死ぬにしたって、一矢報いたいじゃないか!俺は毎回、秀吉に負けるんだ。だったら少しくらい、俺という存在を知らしめてから死にたい」
どちらにしても、死ぬ事前提の話なんだな。
でもね、そうは問屋が卸さない。
「オケツくん、キミは死なないよ。何故なら、僕が勝たせるから」
「ハッ!俺が雑賀衆として貴方を呼んだのは、ハッシマーに少しでも嫌がらせがしたかったからだ。命を懸ける必要は無いんだよ」
「ボブハガーを倒したのは誰だ?」
「それは帝国の将軍だ。騎士王国であんな人間、見た事無い」
「武器を奪ったって言ってたよね。突然持っていた武器が、相手の手の中にあるような能力じゃない?」
「どうして知ってるんだ!?」
これで僕のやる事は決まった。
帝国から派遣されている将軍は、海藤に間違いない。
「確定した。雑賀衆の頭領として、僕は各魔族領の領主を呼び出している。それはオケツ、キミだけじゃなく僕達の戦いでもあるからだ」
「帝国の将軍と、何かあったんだね」
「帝国の戦力は、僕達が完全に潰す。オケツはハッシマーとやり合えば良い。悪いけど、手を抜いて自分から死にに行くような行動を取るなら、後ろからぶっ飛ばすよ」
僕のいつもと違う口調に、彼はちょっと驚いている。
兄はもっと口が悪いけどね。
「ハッシマーを倒して、今後も生きていくつもりがあるなら、僕の手を取るんだ。もしかしたら、新しい人生が見つかるかもよ?」
「新しい人生って?」
「それを僕に聞く?そうだなあ、オケツが騎士王国のトップになるとか」
「騎士王国はトップに帝が居る。天皇みたいなものだね。俺達が目指すのは、騎士王だから」
話を聞く限り、征夷大将軍みたいなものだろう。
帝がどんな存在か知らないけど、この荒れた国内を治められない時点で、大した事無い人物だと思う。
「じゃあその騎士王でも、目指せば良いじゃない。ハッシマー倒して、他に武田とか上杉も居る?全部倒しちゃいなよ」
「簡単に言うなあ。俺を鼓舞する為だって、分かってるけどさ」
分かってはいるけど、僕の手を取るのはまだ躊躇しているっぽい。
手を差し出そうとしたが、引っ込めた。
かなりまだるっこしい。
「悪いけどさ、僕達も今回は負けられないんだわ。オケツの死に場所探しに付き合うほど、暇じゃない。勝つ気が無いなら、越前国から出て行け!」
「勝つ気が無いわけじゃない!でも、あの男に勝てる気はしないんだ」
「あの男ってハッシマー?それとも海藤?」
「帝国の将軍だ。あの強さを知らない貴方に、俺の気持ちが分かるか?」
それを言ったら、僕達の方が分かってるつもりだけどね。
それでも負ける気はしない。
奴の対策もしてあるし、何より今回は僕や兄が居る。
「海藤なら知ってるよ。安土が燃やされたんだから。仲間も大勢死んだ。だからってお前みたいに、逃げ腰じゃないんでね。僕達は勝つよ。でもそれは、ちゃんと足並みを揃えてこそだ。分かる?」
「俺のように玉砕覚悟ではなく、最初から勝算があると?」
「さっきからそう言っている。お前に言われて、雑賀衆として一万用意した。これで負けたらどちらにしろ、魔族は帝国に奴隷にされるだけだ」
最初から死ぬ気の奴を戦力に考えていたら、何処で崩れるかも分からない。
勝手に玉砕戦法なんか取られてみろ。
僕が呼んだ仲間の方が、危険になるじゃないか。
「俺だけが勝つ気が無いと言いたいんだな?」
「最初からそう言っている」
「勝つ覚悟か」
「どうする?」
ハッキリ言って、勝った後の方が大変そうな気もする。
アド家はハッシマーの裏切りで総崩れだし、他の武将も居そうだ。
戦乱を鎮めるには、かなりの労力が必要になると思う。
彼はそう思っているはずだ。
でも、やり方は一つじゃない。
「俺の治める国か」
「別にオケツが治めなくても良いんじゃない?」
「・・・は?」
「君臨すれども統治せず。まとめたから、後は誰かよろしくってね。それこそ帝の出番でしょ」
「・・・なんか悩んでいたのが、馬鹿らしくなってきたな。そうだな。ハッシマーは許せない。奴に勝って、その後の事はその後で考えよう」
彼は憑き物が落ちたように、スッキリとした顔になった。
そして僕の手を取り、グッと力を入れてくる。
「悩んでいても仕方ないんだよ。僕なんか知らぬ間に魔王だからね。それでも何とかなるもんだ」
「ハハ、経験者は語るか。その為には優秀な部下も必要だし、魔王のようにはなれないけど。ま、それもハッシマーを倒してから考えよう」
良い感じでいい加減になった彼は、修行の続きを始めた。
今度は勝つ為の修行を。
「アタシ、結構頑張ったと思うんだけど」
「そうだね。領主からは何を提案されたかな?」
「全然嬉しくなかったわ!」
リュミエールは僕の頼みで、各領主を迎えに行ってもらった。
防寒具とヘルメットを用意し、順々に城に向かってもらい、領主だけを先に集めたのだ。
そしてリュミエールタクシーの支払いは、各領主の匙加減一つだったわけだが、どうにも気に入る物が無かったらしい。
「何を渡されたのかな?」
「薬草とミスリルの武器。ミスリルのインゴットと、何だコレ?派手な服?」
薬草は間違いなく若狭国なのは分かる。
ミスリルの武器とインゴットは、上野国と長浜国だろう。
となると、派手な服は越中か?
間違いなく、ベティの趣味だろう。
「アタシが薬草とか武器なんか、必要だと思う?インゴットなんて何に使うのよ!」
「あの光って、自分でも回復するの?」
「しないわよ。でもね、アタシが怪我なんかすると思う?」
「・・・」
「何で黙るのよ」
対策方法が分かってしまったので、やり方次第では勝てそうな気もするんですよね。
今の彼女を見ると、敵対する事はまず無いから関係無いけど。
「武器とインゴットも同じ。あんなの元の姿に戻ったら、使わないもの」
「それじゃ、あの派手な服は?」
「アレは良かったわ」
「えっ!?」
まさかの一番ゴミかと思われた物が、喜ばれるとは。
ドラゴンの趣味、やっぱり分からないなぁ。
「だから、服以外は魔王にあげるわ。代わりに今夜の料理を豪華にして」
「それはどうかなぁ。お市に聞いてみれば?」
僕なら聞かないけど。
ご飯を豪華にしてなんて言ったら、この戦時中に何事か!って怒鳴られる事必至だからね。
リュミエールの正体を教えたから、お市も彼女なら怒らないかもしれないけど。
「だったらこの品々はさ、越前国に渡しなよ。そしたら豪華にしてくれるかもしれないし」
「魔王、ナイスよ!お市に渡してくるわ」
リュミエールはそれ等が入った箱を軽々と持ち上げると、お市の下へ向かっていった。
「・・・もう行ったから良いよ」
部屋の中に入ってきたのは、丹羽長秀に滝川一益。
そしてテンジとベティだ。
最初の三人の顔は、滝のような汗が流れている。
「魔王様のおかげで、助かりました!」
「まさか、良かれと思っていた品々が気に入らないとは」
「ドラゴンの怒りを買ったとなると、命はありません。本当に助かりました!」
三人は僕に感謝しながら、汗まみれの手で握手を求めてきた。
僕は大人だからね。
嫌がらなかったけど、正直に言おう。
汗臭いし気持ち悪い。
「ほらぁ、アタシみたいに突き抜けた物じゃないと、リュミエール様も喜ばないのよ〜」
「お前はたまたま当たっただけだ。他のドラゴンなら、間違いなく捨てられてるからな」
「他のドラゴンならって、魔王様は他のドラゴンとも知り合いなんですか?」
「赤いのと青いのは知ってるけど。友達って感じだよ」
「な、なんと!歴代の魔王の中でも、複数のドラゴンと交流を持っていた方はおりませんぞ」
エクスは、初代魔王っぽい人を知ってたけどなぁ。
意外とドラゴンって話しやすいのに、思ったより交流が無いんだな。
「リュミエールに関してはだけど、食べ物の方が喜ぶだろうね。もし帰る時になったら、そういうのを渡しておくと機嫌が直るかも」
「なるほど!」
「とは言っても、帰りはどうやって帰るか、不明だけどね」
帰りは船と陸路があるけど、越中は間違いなく船の方が早そうだ。
ただし、他の領地はどっちでも可とも思う。
今回、官兵衛の策で騎士王国内を通る事は確定している。
その際、各領地から補給食がかなり持ち込まれる事になっていた。
その中から気に入った物を、後日リュミエールに渡せば良いと思う。
「帰りの事を考えるのは、まだ早いですな。まずは越前国の領主と会う事にしましょう」
領主達でも、権六と会った事のある人と無い人で分かれる。
面識があるのは、長秀と一益の二人だ。
逆に無いのは、ベティとテンジだ。
「柴田殿と会うのは久しぶりですな」
「あれだけの御仁なのに、妙に腰が低い。我々が言えば、交易を再開してくれるでしょう」
なるほど。
長秀と一益は、越前国の内情を知らないんだな。
こんな楽観的な考え方で、しかも上から目線な言い方だと、かなり荒れるだろう。
「テンジ殿は初めてでしたな?」
「私も佐々、あいやベティ殿も初めてです」
「アタシも話だけは聞いてたけど、それよりも奥様が凄い美人なんでしょ?アタシ、そっちの方が興味あるわ」
テンジは緊張しっぱなしだが、ベティはマイペースだな。
お市の方が気になるみたいだけど、あながち間違いでもないんだよね。
もしかしたらこの中で、お市の機嫌を損ねないのは、意外とベティなのかもしれない。
「着いた。この部屋に居るよ。あっ!」
僕が権六とお市が居る部屋まで案内すると、ノックした直後にいきなり長秀と一益が入っていった。
返事も待たない、失礼な入り方だ。
「やあやあ柴田殿、久しぶりですな」
「覚えておられるかな?滝川一益です」
フレンドリーに振る舞ってはいるが、かなり場違いな雰囲気だ。
二人もそれに気付いたのは、部屋の中が廊下よりも数度低い事に気付いてからだった。
「何じゃ貴様等。他の領地を治めておるのは、礼儀も知らないこんなたわけ者どもか!越前国は今、戦時下にある。このような事も理解していない者など、クソの役にも立たん。さっさと出て行け!」