知らせ
知らないSクラス、その名もタケシ。
プロの格闘家らしいんだけど、ぶっちゃけそっち方面は詳しくないからね。
プロのゲーマーなら、まだ分かるんだけど。
ネット動画で参考にしてました。
ゲーマーの話はさておき、兄なら格闘技とか見てるかなと思ったけど、やっぱり知らないらしい。
正確には、総合格闘技の世界チャンピオンなら知ってるはずだと言っていた。
僕と同様に、兄はネット動画を気分転換によく見ていたという。
格闘技も見ていたという話なので、それでも知らないという事は、おそらく僕達がこの世界に来てからチャンピオンになった人だろうというのが、兄の見解だった。
オタクな一対一は無敗の男か。
会いたいような、会いたくないような。
そんな他人の話ばかりをしていては駄目だと、珍しくロックに怒られた僕。
彼等から自己紹介をされると、何故か女性陣の趣味が偏っていた。
多少は違うけど、そんなの一般人からしたら変わらんレベルだと思う。
流石にね、僕としては世界初の漫画がBLというのはね。
刺激が強いというか、勘違いされそうというか。
しかも出演者に僕が入るとか、断固拒否する。
僕の言葉を聞いた彼女達は、あからさまに残念そうな顔をしている。
意欲とかモチベーションとか、そういう話じゃない。
確かに同人誌なら許される範囲かもしれないけど、僕が目指す漫画は、老若男女問わず読んでもらいたいのだ。
それこそ、漫画とはどんな物なのか。
まずはそこからスタートするのに、それがBLになってしまうと、購買層が明らかに偏ってしまう。
「好きな物が描けると思ったのに」
「漫画は描けるよ。でもBLは駄目」
「何故ですか!?そういうのが好きな人だって、居るでしょうに!」
仲さんが強く語り出した。
そういう性癖を持っているという魔族は、僕は知らない。
ただ単に、女性の知り合いが少ないからかもしれないけど。
それでも言えるのは、女性全体に対しての割合は少ないはずなのだ。
そもそも、好きな物を描きたいなら趣味で描けば良い。
僕が彼女達に求めているのは、生活の保障をする代わりに漫画を描いてくれと言っている。
これは商業誌だと、僕は思っている。
だからこそ、彼女達にはそこから分かってもらわなくてはいけない。
「もしBLが描きたいなら、日本に居た頃と同じように仕事の合間を縫って、趣味で描いてくれ。僕はそれを描いてもらいたくて、キミ達を呼んだわけじゃない」
「僕達は?」
「エロ漫画とかじゃなければ、まあ大丈夫かな。過激な戦闘シーンとか残虐なシーンなら、この世界では普通だし。敢えて言えば、幼児虐待とかを推奨するようなのはNGね」
「なるほど。俺達はほとんど、制約は無いに等しいですね」
「男ばっかりズルい!」
「ズルくない!」
別に性差別をしているつもりは無い。
仕事と趣味は、分けてほしいと言っているだけだ。
「キミ達は今後、漫画を描いて生計を立てるという事になる。売れなければ、すぐに打ち切りもある。売れない漫画ばかりでも、安土から追い出すつもりは無い。でも最悪の場合は、漫画家を諦めてもらう事も視野に入れてほしい」
男性陣二人は、やはり覚悟が決まっているらしく、それでもと言っている。
しかし鳥元と女性陣は、少し暗くなった。
まだプロジェクトが始まってもいないのに、これはマズイな。
「良いかい?キミ達はこの世界で、初めての漫画家というパイオニアになるんだよ。それでもBLを描きたいなら、彼等のアシスタントとして働いてくれ。そのアシスタントの合間に、趣味で描けば良いよ」
「パイオニア。俺達みたいなのが!」
「やりましょうよ!帝国ではゴミ扱いだった僕達が、期待されてるんですから!」
男達の方はやる気十分だな。
女性陣を奮起させようとしているのも分かる。
「末高さん達はどうするの?俺達は、魔王様の意向に従うよ。そりゃ俺達も、多分難しいと思う」
「だよなぁ。スポーツなんて無さそうだし」
「それを言ったら、僕なんかSFですよ。この世界では、何それって話です」
確かにそうだった。
自己紹介を聞いて楽しみだなぁと思ったけど、それって僕だけなんだよね。
太田やハクト、蘭丸達が読んで、面白いと思わなきゃいけないんだった。
これ、案外難しいぞ。
しかし、それを聞いた女性陣は、何故かやる気が出たらしい。
「皆、並んでのスタートなのね」
「私達だけ、初めてのジャンルを描きなさいって言われてるなら嫌だったけど、それならね」
「わ、私達もチャレンジします!」
なるほど。
女性陣は少し、男性陣のジャンルと比べてコンプレックスがあったのかもしれない。
得意ジャンルで描こうとすると、どうしても彼女達は少数派だ。
負けたくないという気持ちから、自分達も得意ジャンルをと考えていたのだろう。
それなら、こういう考えもある。
「確かにBLは厳しいと思うけど、恋愛漫画は駄目じゃないよ。女性陣なら、一度は描いた事があるんじゃない?」
「確かに!」
「色々と文化が違うし、手探りな面もあると思う。いきなり締切とか設けないから、じっくりと考えてみてよ」
「ハイ!編集長!」
「編集長!?」
魔王ですら要らぬ肩書きなのに、更に要らない肩書きが増えたぞ。
「魔王様が編集長じゃないんですか?」
「わわ私も、魔王様が編集長だと思ってました」
「どうして?」
「だって魔王様、ヒト族どころか魔族なのに、漫画に詳しいじゃないですか。てっきり漫画誌を出す為に、色々と勉強してくれたんだなと思ったんですけど」
そういう事か。
ロックとラビを見ると、彼等は首を横に振った。
僕の中身に関しては、話していないようだ。
ここはまだ、僕の事を話すのはやめておこう。
信用していないわけではないが、スパイの可能性も否定出来ない。
特にロックが連れてきたというのが、どうしても怪しい。
悪い男ではないが、仕事が出来るかと言われたら、僕はすぐに頷く事は出来ない。
「編集長は、暫定的に僕で良いよ。でも、毎回僕が見るわけじゃないから。漫画に詳しそうな人物を、何人か探しておくよ」
「お願いします!」
これでようやく、話はまとまったかな。
ただ、漫画以外の点は全く決まっていない。
彼等には、住む場所も作らないといけないし。
今はノーム達が港町の建設の為に、安土には居ない。
意外と前途多難な気がしてきた。
田塚達、漫画家候補が来て半年。
今はどのような漫画が魔族にウケが良いのか、それを模索する段階に入っていた。
「どうかな?」
「そうですね。この街で野球はアリだと思うんですけど、いかんせんもっと迫力が無いと」
「迫力ですか?」
「だってこの街の子供、炎の魔球とか普通に投げますよ。一度、グラウンドに見学に行った方が良いですね。編集長、観に行っても大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。怪我しないようにね」
何故かまだ編集長を続けている僕だが、彼等が来た当初と違う点がいくつかある。
まず編集部を作り、編集を雇ったのだ。
一人しか居ないけど。
さっきのやり取りは、その編集部員の彼が行なっている。
その編集部員とは、金子という長谷部が以前連れてきた少年だ。
彼は、長谷部達が北の洞窟で敵対していた召喚者だった。
来た当初は、まあ懐かない野良猫みたいな感じでしたよ。
心を閉ざした感じで、僕が話し掛けても、そうですねとハイしか言わない子だった。
それでもゲームが好きだったというのもあって、昔のゲームの話をしてあげたら、どうにか仲良くなれたんだけど。
そんな彼だが、安土には住んでいない。
隣にある、フランジヴァルドの住民になった。
理由としては、長谷部がアデルモの弟子という事で、しょっちゅう向こうに行くのが大きい。
そして、魔族の中で生活するよりは、ヒト族の多い向こうで住む方が良いだろうという事になったからだ。
黒騎士の一人の居候になった彼だが、やはり騎士にはなれないという事で、手持ち無沙汰でフラフラしていたらしい。
そこで長谷部から、ゲームが好きなら漫画も好きなんじゃないかと言われ、彼をスカウトしたというわけだ。
「編集長、それじゃ行ってきます」
「あぁ、うん。ファールボールとかに気を付けてね」
「大丈夫ですよ。僕の能力、知ってるでしょ?」
「そうだったね」
心の壁を作って、自分の身を守る。
彼の能力は、少し弱くなった。
仲良くなった事で、心の壁が無くなったというのが主な理由だが、それでも普通の攻撃は余裕ではね返すだけの力はある。
ちなみにアデルモの攻撃は、一切当たらないらしい。
長谷部の話だと、多分佐藤さんや又左でも無理だと言っていた。
太田なら力任せに破壊出来るのではという話だが、壁を壊すと身体に影響があるので、そんな危険な実験はしていない。
そんな彼に居場所が出来た事は、本当に良かったと思う。
良かったと思うのだが、僕はいつまで編集長になれば良いんだろう?
「マオっち、いつも暇そうだよね」
「お前に言われたくないわ!」
そう。
僕達の編集部は、イワーズの事務所を間借りしている。
城に部屋を用意しても良かったのだが、田塚達が毎回城に行くのは気後れするというのが理由だった。
「城には戻らないの?」
「長可さんとかゴリアテが居れば、僕は必要無いからね。まだ軌道に乗らないこっちの方が、大事なプロジェクトだから。それを言ったら、ロックだってローレライの方はどうしたのよ?」
「ロワさんね。マジでどうしよう・・・」
ローレライのロワさん。
一度歌声を聞いたけど、確かに涙が出てくるくらい上手だった。
しかし、問題はバラードしか歌えない。
そして、悲恋系の歌ばかりなのだ。
バラードだけのライブとか、しんみりするだけで全く盛り上がらなかった。
それでも一部のコアなファンは出来て、夜の飲食店でライブをしているらしい。
「売り出し方が分からないんだろ?」
「う・・・」
「おもいきって、全く違うジャンルとか歌ってもらったら?それこそ演歌とか」
「乗り気じゃないんだよねぇ。彼女の好みが、分かれば良いんだけど」
イワーズ事務所の中では、僕とロックのため息がよく聞こえるのだ。
「マオ!やっぱりここだったか」
「蘭丸?」
慌てた様子の蘭丸が、事務所のドアを勢いよく開けてきた。
僕を探していたらしい。
「お前、電話持っていってないだろ」
「あっ!」
いつもは人形と一緒に背負っているバッグに、入れているのだが。
どうやら忘れていたらしい。
「お前が電話に出ないから、母上の方に連絡が来たぞ」
「長可さんに?誰から来たのよ」
「柴田様だ」
僕は急ぎ城に戻ると、長可さんが神妙な面持ちで待っていた。
遠くからの通話だからか魔力の消費が激しいらしく、辛そうだった。
「ま、魔王様。越前国から柴田殿が急用だという話です」
「代わります」
電話を受け取ると、彼女は少しホッとしたような顔を見せた。
やっぱり使用する魔力が辛かったようだ。
「内容は聞きましたか?」
「いえ。重大な話だから本人に伝えると言っています」
重大な話か。
他の領主は、たまに近況報告程度にはしてくる。
でも越前国は初めての連絡だ。
「もしもし」
「遅い!貴様、妾を待たせるとは、良い度胸だの」
「お市!?柴田からって聞いてたけど」
「そちらの理由と同じじゃ。今は横で休んでおる」
あ、魔力切れか。
向こうは魔力じゃなくて、妖力かな。
「それで、用事とは?」
「率直に言おう。アドが敗死した。アドの家臣であるオケツという男を匿っておるのだが、此奴は次は越前国が狙いだと言っている。魔王、確かアドと会ったと言っていたな?報告までに伝えておこうと思ってな」