鳴り響く音
裏手に回ったズンタッタ達は、予定通りの配置に着いた。
しかし予定していた事と違い、どうしていいか迷っている。
「ツムジ殿、壁が高過ぎて入れませんぞ」
「空からだとあんまり高いって分からないんだけど、どれくらい高いの?」
「5メートル近くあります。太田殿ですら無理かと」
このままだと作戦は失敗してしまう。
魔王様は既に陽動に出ておられるのに。
「ズンタッタ殿、少し落ち着こう。アイツはそう簡単にやられない。というよりやられるはずがないからな」
「そうですな。まずはどうするか決めましょう」
蘭丸殿は若いのに落ち着いておられる。
年長者たる私がしっかりしなくては!
「まずはこの壁を越えられるか、それを考えましょう」
「僕の案、聞いてもらってもいいですか?」
ハクト殿か。
美味いラーメンや料理を作ってくれるが、回復以外であまり表立った事はしない。
そんな彼が自分から案を出すというのは珍しい。
「まず僕1人なら、壁を越える事は可能です。伊達にウサギの獣人ではないので」
「しかし、1人では危険なのでは」
「そこで、これを使いましょう」
手にしていたのは、魔王様から先程頂いた武器。
ボーラだった。
「この鎖部分を全て結んで、壁の向こうに投げ込みます。幸い壁より高い木が近くにあるので、僕があの木に結びましょう。その鎖を頼りに登れば、全員入れるはずです」
素晴らしい案だ。
我等ヒト族だけでは、この壁を越える事すら難しいというのに。
やはり魔族とは手を取り合って協力すれば、このような壁も乗り越えられる。
私はそう信じている。
それなのに王国兵ときたら・・・。
これ以上は愚痴になってしまいそうだ。
「ハクト殿の案で行きましょう。ツムジ殿、木の近くに見張りはおりますか?」
「今なら居ないね。定期的に巡回してるから、この機会が好機かもしれない」
「ハクト殿、お願いします!」
壁と距離を取り、太田殿の背中に向かって大きく跳んだ。
背中から一気に壁の頂上へ手を伸ばすハクト。
「凄い。ハクトくんってあんまり戦わないけど、やっぱり獣人ですね」
シーファクはそう感想を述べている。
「鎖結び終わりました!届きますか?」
「十分だ。ミスリル製だからそうそう切れないとは思うが、軽い人から登って行こう」
シーファクやチトリ、蘭丸といった順で鎖に手を掛けていく。
「今のところ順調ですな。最後の太田殿が、鎖に耐えられるかどうかですが」
太田が鎖を手にしたその時、入口の方から大きな声が上がった。
入口に他の兵も走って行ったので、魔王様が何かやったのだろう。
そして心配だった太田も無事に中に入る事が出来た。
「ツムジ殿、中に入った。この後はどうすればよろしいか?」
「んー、そのまま壁伝いに回った方が安全かも。真っ直ぐに向かえば本陣だけど、見張りが多い」
最短距離で兵を倒しながら向かうか、安全策で時間を掛けて回り込むか。
やはり後者だろう。
怪我を負うリスクはまだ避けるべきか。
「では壁伝いに回り込みます。何か異変があれば、すぐに連絡を」
「分かったわ」
壁伝いに向かっていくと、小さな井戸を見つけた。
その近くには小人族の死体が多く転がっている。
「酷いな。全て此処にまとめたのか」
「おそらく村を出る時に、村ごと焼くつもりだったのでしょうな。近くに水があれば、何かの時にすぐに消火出来ますし」
それにしても死体の損傷が激しい。
人の形を残していない、見るも無残な者まである。
これが王国のやり方か。
ハクト殿は目に涙を浮かべているが、他種族とはいえ同じ魔族。
気持ちも分かるのであろう。
逆に私達には、このような所業をした王国兵と同じヒト族と考えると、怒りが込み上げてくる。
ラコーンの言っていた事が、今なら少し分かる。
「その井戸から左を見ると、建物が多くあるでしょ?その建物に隠れながら左へ向かえば、本陣が見えるはずよ」
ツムジ殿は冷静だな。
既に偵察で見ていたからかもしれんな。
「皆、そろそろ行こう。アレを見たら、魔王様がお怒りになるのも理解出来たわ。早くその怒りを解き放って差し上げようではないか!」
ズンタッタの鼓舞で皆も頷く。
建物伝いに左へ向かうと、見張りが多くいる建物が見えた。
あれが本陣に使われている建物だな。
「見えたな。準備はいいか?ツムジ殿は攻め入る直前で魔王様にも連絡を。太田殿は周りの見張りをお願いします。建物入口前で蘭丸殿とハクト殿は、他の兵が近付いて来ないように弓で牽制してください。我等が建物内に入り、中の重要人物を捕らえます」
「承知した。ハクトは太田殿が怪我をしたら、回復の方に回ってくれ」
作戦は今のところ順調。
魔王様をくびきから解き放とうではないか!
「ツムジ殿!魔王様に連絡を!」
「魔王様、本陣に攻めるわ!そろそろ暴れちゃって!」
村の中に入った俺は、建物に隠れながら走り回っていた。
「遅いよ〜。こんなんじゃ捕まる気がしないなぁ」
ニヤニヤしながら煽っていく。
これは楽しい。
(馬鹿を煽る気持ち良さに気付いてしまったか。そうなると、もっと芝居が上手くなるよ)
だからあんなに、子供探偵の真似が上手くなったのか。
分かった。
俺とお前の違いを見せてやろう。
「警部殿、王国兵は手を抜いておられるのですかな?子供相手に捕まえられないとは、王国の名折れではないでしょうかねぇ」
(ブハッ!おっちゃんの方じゃないか!似てないけど雰囲気はあった。まったく、負けた気分だよ)
ハッハッハ!
面白かっただろう?
・・・ちょっとは暗い気分が変わったかな?
あんまり殺すだなんだばかり言うようになるのは、兄としてどうかなと思う部分もあるからなぁ。
「あのガキ、隠れるの上手過ぎだろ」
「姉ちゃん捕まえて、出てくるようにした方がよくないか?」
「バーカ!捕まえた時の楽しみが増えたってもんだろ」
そんな事を言っているが、顔には焦りがある。
逃げながらも1人ずつやられているからだ。
殴られただけで気を失っているだけだが。
事実、子供1人にいいようにやられている。
まあ捕まるはずは無いんだけどね。
今は村の外の兵を1人ずつ始末しているんだから。
「なんだよ!お前、ただの子供じゃないのかよ!」
「ただの子供って何?反撃しないのがただの子供なの?」
足を剣で突き刺す。
叫び声を上げて助けを求めている。
わざとそうしているんだけど。
時間が無いから、寄ってきてもらって全員集まってもらわないと。
外に出た連中は、すぐに始末して早く村に戻らないといけない。
「僕はさ、兄さんみたいに甘くない。でも今回は時間が無いから。さっさと死ね」
3分程経っただろうか。
村の外に居た連中は、誰にも気付かれる事無く全員魔法の餌食になってもらった
「結構人増えたな。200人くらいは出てきたか?」
そうだね。
外に出たのが数十人で、入口付近にはそれくらい居るんじゃない?
後は本陣周りと巡回警備だって考えると、結構引き付けたと思うけど。
「魔王様、本陣を攻めるわ!暴れちゃって!」
ツムジからの連絡が入る。
そう、鏖殺する時間の始まりだ。
(もう逃がさない。此処からが本番だ。村の入口を封鎖する)
「何だ!?急に壁で覆われた?」
「外にまだダークエルフが居るのか?」
「アイツ等、何やってんだよ」
「馬鹿だなぁ、外の連中なんかとっくに死んでるよ」
建物の陰から出てきたダークエルフの子供に、全員の視線が集まる。
ようやく見つけたぞと言わんばかりに、下卑た笑いを向けてきた。
「お前、出れなくなっちゃったな。仲間に見捨てられたか?」
「そうだな。僕が出れなくしたんだ。キミ達には、とても良い思い出を作ってもらいたくてね」
「良い思い出か。お前の泣き顔が良ければ、良い思い出になるかもな」
【ムカつく連中だな。帝国の連中より酷くないか?】
帝国の方がまだマシだよ。
こっちは弱い奴しか狙わないんだから。
「御託はいいからさっさと来いよ。格の違いを見せてやる」
その言葉に頭に血が上ったのか、猪突猛進してくる。
「本当に馬鹿で助かるな。まずは動かなくなってくれ」
地面から大きな錐が大量に突き出す。
腰辺りまでの高さだが、大抵は鎧を突き破って足を串刺しにされていた。
残った連中はほとんどが混乱しているが、そんな事は関係無い。
「アァァァ!!い、痛い痛い痛い!お、お前、何をした!?」
「何って、創造魔法で錐を作っただけだけど?」
「は?創造魔法?」
間の抜けた顔で同じ言葉を問いかけてくる。
「だから魔法で砂鉄から錐を作っただけ。それくらい分かれよ」
ミスリルから作った剣で、彼の腕を突き刺す。
「ギャアァァァ!や、やめて!やめてくださいぃぃ!!」
「そう言われて、お前達はやめなかったんだろう?こうやって、何度も何度も刺して」
「痛い!ももももうやめて!本当に痛いぃぃ!!」
「もうお前はいいや。うるさい」
バァーン!
「・・・何なんだよそれは!」
手にした拳銃で、頭を撃ち抜いた。
以前にも言ったが、僕がスマホで調べて作った拳銃だ。
ネットのアンダーグラウンドな方に行くと、銃や爆弾、毒や麻薬等、色々と違法な事を載せている事もある。
閲覧をしようとすると、大半はコンピューターウィルスに感染するだけなのだが、僕はその心配をしていなかった。
何故なら、この世界までウィルスが届くと思わなかったからだ。
そして案の定、このスマホは何も無く起動している。
ちなみに火薬の代わりに火魔法で発砲している。
銃弾は創造魔法で随時追加されているので、弾切れは無い。
火縄銃が基本のこの世界では、拳銃なんてチートなんだろう。
だから驚いているんだと思う。
もしかしたら帝国には、拳銃を持った人も召喚されているかもしれない。
警察官や自衛隊とかね。
王国には召喚者なんか居ないから、未知の武器としか思えないんだろう。
でも、そんな事は知った事ではない。
どうせこれを見た者は全員死ぬんだから。
「続きを始めようか」
「何だよアレ!小さい火縄銃なのに、威力が段違いじゃないか!」
「早く本陣に伝えろ!」
「壁が邪魔で誰も出れません!」
銃声で静まり返ったのに、またうるさくなってきた。
まだまだ撃つ相手は沢山居る。
少しは人数を減らそうか。
「じゃあ動けない連中は、先に死んでもらおうかな」
「やめてやめて!やめてください!」
「俺達が間違ってました!本当にもうやりませんから!」
「助けて!もう嫌だぁぁ!」
動けない連中には、更に密度を上げた錐が身体を突き上げた。
剣山に刺さった虫みたいになっている。
「逃げても無駄だから。殺した連中に詫びながら、死んでいけ」
10分後、壁の中は静寂に包まれている。
聞こえるのは雨の音だけ。
今まで殺された大勢の涙のように、大量の滴が落ちている。
【・・・気は済んだのか?】
自分のした事に吐きそうだよ。
【だろうな】
僕も化物なんだなぁと実感した。
日本に帰っても、もう普通の生活なんか出来ないかもしれない。
【・・・悪い夢でも見てたと思え。これが現実だなんて、俺だって信じられないんだから】
それは無理だよ。
自分で突き刺した感触も残ってる。
夢には思えないなぁ。
【それでも、残った小人族は助けられただろ?人を殺すか小人族を見殺しにするか、お前は前者を選んだだけ。どちらを選んでも、どちらかに恨まれる立場にあったんだよ】
僕の人生ハードモードだ。
僕じゃなくて僕等か。
【それでも生きていられるんだから、感謝しようぜ】
それもそうか。
上手くいけば日本に帰れるかもしれないし、頑張らないとな。
【それにハクトや蘭丸達も心配だし】
そうだ。
まだ作戦の途中だった。
本陣の様子はどうなっているんだろう?
「ツムジ、本陣の方はどうなった?」
「建物の中は分からない。でも外では太田さんが頑張ってるよ。あと蘭丸とハクトも弓で、建物に近寄らせないようにしてる」
まだ作戦途中って事か。
僕等も行こう。
「太田さん!また右から来たよ!」
「承知!」
バルディッシュを振り回し、その後端に付いている分銅が右からやって来る敵の鎧を砕く。
「ち、近付けない!何でこんな所にミノタウロスが!」
「下郎共!この魔王様の右腕である太田牛一が、貴様等に引導を渡してくれる!」
本人が居たら、真っ先に否定するであろう。
お前は何時から右腕になったのだと。
しかし初耳である王国兵にとっては、恐怖の対象になり得る言葉だった。
「魔王だって!?魔族が帝国に加担するのか!?」
「帝国は魔族を虐げているって聞いたのに、何故だ!?」
王子が魔王を名乗っている。
それが世界に広まった事実。
他にも魔王を名乗っている者が居たのを、王国は知らない。
「魔王様!」
そのセリフに、建物を囲っていた全員が振り返る。
そして誰もが思った。
誰だ、このガキ?
「太田、ズンタッタ達はどうした?」
「まだ中から出てきておりません。そろそろ出て来てもおかしくない時間だと思うのですが」
何故このミノタウロスが、ダークエルフの子供に敬語を使っている?
王国兵は混乱していた。
しかし逆にチャンスだとも思った。
何故ならこの子供を人質にすれば、凶悪なミノタウロスを抑えられると思ったからだ。
「お前等、このガキがどうなってもいいのか!」
「よくやった!」
ダークエルフの子供の後ろに周り、剣を突きつけ勝ち誇った顔をする兵達。
そして、それが勘違いだったとすぐに気付く。
「うるさい」
バァーン!
自分の頭の上に見えた兵の顎に向かって発砲。
そのまま後ろへ倒れ込んだ。
「お前達に存在価値は無い」
そう言って発砲を繰り返し、立っている者が居ない事を確認する。
「生きている奴は居るか?今なら痛みも無く死ねるぞ?」
そんな言葉を投げかけられたら、例え生きていても誰も返事なんかしないだろう。
それを分かってて言っていた。
「誰も返事しないし、そろそろ中の様子を見てみようか」
魔王は何も無かったかのように、扉に近付いた。
生き残っていた者に興味も無く、全員が中に入る。
誰も居なくなった事を確認して、生き残った兵は呟いた。
「死にたくない。もう魔族なんかと関わりたくない」