帰路
僕はとても満足していた。
佐藤さんとイッシーの、あのような姿が見れたのだから。
アレが見れるなら、佐藤さん達のデザート代くらいお安い御用だ。
一人で黙々と食べていた官兵衛の方が、金額にすると四倍近いしね・・・。
流石に丼に乗せられたあんみつやおはぎを見て、僕の胃は見ていただけでもたれた。
また機会があったら、佐藤さん達のプロポーズを楽しみ・・・違う違う。
お祝いしたいと思います。
そしてようやく百目鬼への指導が終わり、僕達はクリスタルの譲渡を受ける事になった。
その前にお市達と話したのが、秀吉は何処へ行ったのかという点だ。
ケルメンから戻ると居なくなっていた彼は、なんとお市に追い出されたという。
長浜という、貿易の要とも言える地の領主だった秀吉。
彼はお市という人物を見誤ったらしい。
まあ死ぬような事は無いみたいなので、帝国から離れていれば、捕まるような事は無いと思う。
肝心のクリスタルも、百目鬼への指導中に新たな物を発見したとの事だった。
三構造で出来たクリスタルだが、実用性はまだ不可能という話だった。
それについてお市には、越前国では実用不可能と断言したコバ。
不興を買うと恐れた僕は、彼に理由を聞いた。
その理由を聞いた僕は、確かに無理だと悟ったのだった。
三つの系統を使えると思われるクリスタル。
そのクリスタルの実用化に必要なのは、アポイタカラの魔力だった。
「良いか?三つの魔法を封じても、おそらくだが数回しか使えんだろう。しかし、アポイタカラの魔力を注ぎ込む事が出来れば、連発も可能である」
「アポイタカラの大きさにもよるだろうけど、その話が本当なら実現出来そうだね」
「問題はクリスタルを武器に取り付けつつ、アポイタカラも取り付けなければならない。そうなると必然的に、武器が大きくなってしまうのである」
なるほど。
そう考えると、この武器は手に持って使うというよりは、バズーカや大砲みたいな使い方が適しているのかもしれない。
まあ新しいクリスタルの件は置いといて。
まずはこっちだな。
僕は振り返り、お市に両手でバツ印を作った。
「やっぱり無理」
「何故じゃ!貴様等、妾達では扱えないとナメておるのか!?」
やっぱり怒ったぁぁ!!
これはマズイ。
「蘭丸!コバと官兵衛を連れて、部屋に戻ってて!」
「わ、分かった!」
部屋の中を吹き荒れる吹雪。
権六は分かっていたのか、赤いちゃんちゃんこを着ていた。
お前、何回目の還暦だ?
「寒いから!説明するから!」
「早く言わぬか!」
なんか段々、腹が立ってきた。
どうしてこの人もボブハガーも、自分の思い通りにならないと怒るんだ?
織田家の血筋って、こういう人多いの?
領民の事を第一に考えているのは素晴らしいけど、自分の領民以外はどうでも良いみたいな考えはやめてほしい。
もっと協調性を持てっつーの。
「む?貴様、妾とやり合おうというのか?」
白い炎を両手に出した僕を見たお市は、視線が冷たくなっていた。
敵対行動と見られたんだと思うが、寒いから出しただけ。
普通の火球だと、吹雪に負けて消えてしまうからね。
「寒いんだよ!早く吹雪を止めろ!」
「・・・市。話を聞くにしても、このままでは駄目だと私も思う。周りの者達も、寒くて震えておるぞ」
権六が弱々しく、説得を始めてくれた。
よく見ると護衛の連中が、僕の周りで寒くて震えていた。
僕に槍を突き出しているのかとも思ったのだが、寒くて炎に手を当てていただけのようだ。
「自分の領民を凍死させるつもり?」
「・・・分かった。お前達、風呂に入ってこい」
吹雪が弱まると、僕の炎で暖を取っていた護衛達が離れていく。
その言葉を聞いて、皆は一度護衛の任を全うすると言ったが、権六にも言われて皆風呂へ向かっていった。
「コソコソと内緒話をしていたのじゃ。誰も居ない方が良いのだろう?」
そういう機転は、素晴らしいと思うんだよね。
僕は何故、越前国で新発見のクリスタルが使えないかを説明した。
あくまでも、帝国が無理矢理作っていた鉱石という事にして、その製造方法を教えたのだ。
「人の命を吸って作られた石か」
「流石にそれは、妾達には無理じゃな」
「でしょ?もう完成済みの物は、奴等を倒して奪ったけど、あんまり使いたくないしね。もし三つの系統を使うとなると、その石の魔力を使うって感じだよ」
「うーむ・・・」
権六は目を閉じて、唸っている。
お市も考え込み、やはり不可能だと判断したようだった。
「今、僕達はそれを安全に作る方法を探し当てた。でもそれには、命の危険が無い代わりに、時間が掛かるんだよ」
「なるほどのう。アポイタカラなどを、帝国が作っておったとはな。しかも、お主は安全な方法で作れると言うし。時代は動いておるのだな」
「そうだね。帝国が何に・・・ん?僕、アポイタカラって言ったっけ?」
「妾達が何年生きていると思っておる。どのような効果があるか聞けば、それが何か分かるわ」
「アハ、アハハ・・・」
誤魔化そうとしていたのに、彼女達の経験を甘く見ていた。
やはり長年の知識は侮れないな。
「まあ良い。確かに帝国の話は胸糞悪い。だが、お前達が定期的に安全に作る方法を手に入れたなら、妾達にも回してもらえると助かる」
「分かった。まだ先の話だけど、必ず提供すると約束するよ」
「うむ。そう言うなら、越前国からも領主会談に参加する事を約束しよう」
「本当に!?」
「ここで嘘をついてどうする」
「え?私が行くのに聞きもしない?」
やった!
これで主要な領主達と、一度集まって話せる。
権六はお市が勝手に決めて戸惑っているが、僕は見なかった。
お市の方が偉いから、そんな事は知らない。
これで越前国は越中国とも近いし、協力関係を結んでくれたらなぁ。
ちょっとクセがあるけど、ベティと仲良くなってくれると助かる。
是非とも次の会談で・・・というか、集まらなくても良いのか?
「今度、電話で会談をしよう。それなら領主全員が、一ヶ所に集まる必要は無いし」
「そんな事も出来るのか?便利な道具じゃな」
「日時は後日連絡するという事で。それまでに何回か電話を使って、慣れてもらえると助かるかな」
「こちらからも慣れる為に、電話?を掛けてみるとしよう」
僕達はお互い約束をして、今回の来訪の件はまとまったのだった。
「あ〜、長かったような短かったような」
「慶次殿は意外と楽しんでたよね」
蘭丸は越前国に途中参加だったから、どっちとも言えないんだろう。
佐藤さんは妖怪に慣れたみたいだが、それ以上に楽しんでいたのは、意外にも慶次だった。
「妖怪とは本当に面白いでござる。見た事の無い術にも興味があったし、強者にも出会えた。拙者は出来ればこの都に、もう少し滞在したかったでござるな」
「本当に気に入ってるんだな。何なら残るか?又左には言っておくけど」
僕の言葉に本気で考え込んでいるようだ。
どうやら強い人と毎日戦っていたようで、いつも満足して帰ってきていたとの事。
「決めた!拙者、残るでござるよ」
「マジか!?冗談だったんだけどなぁ」
「慶次さん抜けるのは痛いっすね。でも、いつかは戻ってくるんでしょ?」
「ここで修行をして、兄上を驚かせるくらい強くなったら、戻るでござるよ」
こうして慶次は、この越前国に残る事になった。
「それじゃ、長い間お世話になりました」
「こちらこそ、魔王様直々に寒い土地へ足を運んでいただきまして、感謝しております」
僕と権六は、お互いに頭を下げて挨拶をしていた。
すると、僕達二人にゲンコツが飛んでくる。
「アタッ!」
「何で叩かれた?」
「馬鹿者共が。お前達は魔王と越前国の領主。人前でそう簡単に頭を下げるでない」
「あう。ハイ・・・」
「タハハ・・・。面目無い」
窘められた僕達は、お互いに苦笑いで答えた。
「またいつか会いましょう」
「うむ。達者でな」
「お市様!俺が居なくなっても、泣かないでくれよベイベー!」
コルニクスがふざけた事を言うと、辺りが寒くなってきた。
手をかざすお市を止める権六。
「凍らせろ!」
「あ、アハハ。魔王様、早く行ってください!」
「バ烏!怒らせてどうするの!早く船まで行くわよ」
「何だよー。越前を離れる俺に、もう少し感傷に浸らせろよー」
「コルニクス!命令だ。先に船へ向かえ」
「おぉ!魔王様から命令だぜぃ!俺行くわ」
コルニクスは、真っ直ぐ海の方へと飛んでいった。
ようやく静かになったと溜め息を吐くと、そこに後ろから何かに激突された。
「うおっ!何だぁ?」
「魔王、帰るのか?」
「茶々か。帰るよ。またね」
「ふーん。またね」
小さな手を開いたり握ったりしている。
これは和むな。
「八咫烏は後で殴っておくが良い。茶々とも会いたいなら、また遊びに来い」
「分かった。出来れば陸路が良いから、ボブハガーがケルメンの領地を通してくれると、助かるんだけどね」
「そうじゃな。あの地を通れるようになると、妾達も楽なのだが。今度会った時に、話しておこう」
「魔王様、クリスタルとは別のお土産です」
「別の?うわっ!マジで!?」
権六が用意していた物。
それは蟹だった。
しかも日本の物とは違い、一匹の大きさが数倍ある。
「鍋にすると美味いですよ」
「ありがとう!」
喜ぶ僕に、他の皆の視線が集中する。
皆は蟹を食べた事が無いので、喜ぶ理由が分からないっぽい。
帰りに船の中で蟹鍋にして食べたら、皆の意識は変わるだろう。
「さらばだ。今代の魔王よ」
「三人とも、元気で。バイバイ!」
僕達はトライクに乗り込み、越前国を出発した。
「お市さん、良いよな」
「あの冷たい視線で見られると、こうキュッとしますよね」
お歯黒とろくろ首にフラれた二人が、馬鹿な事を言っている。
人妻を良いと連呼している時点で、現実逃避に入ったようにしか見えない。
「人妻に手を出そうと考えてるんすか?」
「馬鹿!あの人に手を出したって、俺達が瞬殺されるだけだろ」
「そういうんじゃないんだなあ。知らなかったか?越前国には、お市の方ファンクラブがあるんだぞ」
「えっ!?」
そんなのあるの?
初耳なんですけど・・・。
権六とか、自分の奥さんにそんなのあるって知ってるのかな?
「まさか、入ってるんすか?」
「フフフ。越前国以外で入ってるの、俺達だけだぜ」
自慢して取り出す会員カード。
アイドルにハマる人と、変わらない気がする。
「ちなみに親衛隊も居る。ファンクラブの会長は、柴田殿だ」
「凄いな・・・」
自分の奥さんのファンクラブの会長やってるんだ。
ちょっと何したいのか、分からないですね。
「官兵衛は、越前国での思い出とかあるか?」
「そうですね。甘味はあまり甘くない物もあり、美味しかったです」
「そ、そうね」
官兵衛は餡子にハマったようで、暇があると食べに行っていたようだ。
長谷部も護衛として付き合ったみたいだけど、吐き気を催している事から、想像を絶するレベルで食べていたんだろう。
「コバはクリスタルが手に入ってホクホクだし、蘭丸は?」
「俺は・・・特に無いな。妖怪って見た目が凄いなという感じかな」
つまらん感想だ。
なんて思っていると、逆に僕に質問が飛んできた。
「魔王様はどうだったんです?」
「そうね。ちょっとだけ懐かしい気持ちになったかな」
「懐かしいですか?」
この世界に来て、雪を見たのは初めてだった。
日本でもあまり降る場所に住んでたわけじゃないけど、たまに降っては積もったりしていた。
そんな雪を見て、ちょっとだけ日本を思い出したのだ。
「ノスタルジックになるつもりは無いけど、久しぶりに雪を見てたら、冬に流行ってた曲とかを思い出したんだよね。寒いしクリスマス前になるとカップルは増えるし、ウザかった。アレ?あんまり良い思い出が無いぞ」