新しいクリスタル
魔王である僕達も、流石にこれは無理だわ。
何百年もの時間を掛けて作り出した、氷の壁。
まさか白い炎でも、駄目だとは思わなかった。
火の温度というのは、実は見慣れているオレンジっぽい色はそこまで熱くない。
その上に行くと白い炎があるのだが、まさか全く溶けないとはね。
お市さん、ホント凄いです。
実は魔王よりも、強いんじゃないの?
そんなお市の作った氷の壁も、権六の妖力を流すだけで通れるようになった。
なんというか、こっちの方が魔法っぽい。
氷の中を歩いていて思ったけど、かなり幻想的な風景だった。
冷蔵庫で作る氷とは違い、透明度が高いこの氷。
歩いていると自分達の姿が、氷に映っているのだ。
隣を歩く自分の姿に、ドッペルゲンガーとか想像して少し怖くなったのは内緒ね。
そして目的のクリスタルだが、驚くくらい沢山あった。
大きさもケタ違いで、重さなら自分の体重より上なんだろうなと思ったくらいだ。
そんなクリスタルの中で、コバが見出した物。
それは権六から言わせると、欠陥品と呼ばれる物だった。
しかしコバは、それの特殊性を分かっていた。
二系統の魔法を封じられるクリスタル。
僕が使った魔法は、とんでもない威力を生み出したのだった。
コバの言葉は、最初耳に入ってこなかった。
それよりも驚いたのは、この魔法の威力だ。
僕の中級火魔法でも、この氷の壁は溶ける事はなかった。
長谷部の気合の入った和太鼓連打で、ようやくダメージを与えたと分かるレベルの強度だ。
すぐに元に戻ってしまったが、それでも凄い回数を叩いていたのは覚えている。
百回近くは叩いたんじゃないか?
僕の記憶の中で、そこまで叩かないと圧力が掛からなかった物は無い。
そんな氷の壁だが、なんと長谷部と同じくらいの大きな穴が空いたのだ。
驚くべきはそこではなく、魔法の種類。
火魔法の方はかなりの魔力を封じていたが、風魔法はそうでもない。
しかし両方とも共通するのは、初級の魔法を封じていた事だ。
このクリスタル、初級同士の掛け合わせで中級以上の威力を出した。
あの容量なら、おそらくは中級。
もしかしたら、上級も入ると思われる。
「柴田殿、ここにあるのは欠陥品と言いましたな?ならば吾輩が、全て頂いていきたい!」
「え、あ〜・・・。ちょっと待っていただきたい!」
権六は急ぎ、ここから出て行ってしまった。
そして残された僕達だが、問題がある。
「アイツ、一人で出ていっちゃったよ!戻ってくるまで、僕達ここから出れないぞ」
寒い。
非常に寒い。
火を焚こうとしても燃やせる物も無く、僕が火魔法を常時使い続けるという事になった。
結果的に人力ストーブと化した僕の周りには、官兵衛や長谷部、ツムジとコルニクスが集まっている。
一人だけ元気なのは、コバだった。
「やはりこのクリスタルは、希少価値が高いようである」
「さっきから欠陥品の方を調べてるけど、何を見てたの?」
「結晶構造である。いくつかある構造の中でも、どうやら吾輩達の世界には無い構造があるようなのだ」
クリスタルは専門分野ではないが、僕も大学時代に興味本位で調べた事がある。
その興味というのも、有名RPGで必ず出てくるから、クリスタルって何なのか知りたくなっただけなのだが。
実物のクリスタルは、ゲームとは全く関係無くて、すぐに飽きてしまった。
この世界には、そんなゲームのクリスタルと近い物があるのだろう。
「コバ殿、オイラ達にも分かるように説明してもらえますか?」
「そうだな。このクリスタルは、全く違う構造が二つあるのだ。要は、二つの部屋があると思えば良いのである」
「それは分かった。でもよ、どうしてあんな凄い威力だったんだ?」
「そうね。熱気は白い炎と同等以上だったわ」
皆もあの威力には、度肝を抜かれたようだ。
誰もが、どうしてあんな凄かったのかを知りたがっている。
「本来なら一つずつしか、魔法は使えない。それは分かるな?」
「分からん」
「・・・まあ良い。機嫌が良いので説明するのである」
「ちょっと待ってよ。何故コバが、魔法についてそんなに詳しいのさ」
「帝国で調べたからである!」
そういえば、魔族相手にしてたんだっけか。
一つずつしか使えないとか、全然知らなかったんだけど。
「まず、単純な事から説明しよう。本来、魔法は詠唱するのである。しかし人には口が一つしかない」
「あ、一つしか唱えられんわな」
「だろう?では、それが詠唱しなければどうだ?」
「詠唱しなくても、頭の中で考えなくちゃ駄目だね」
なるほど。
自分で言って、どうして一つしか無理なのか分かったかも。
「無詠唱は、魔法を想像する事で使えるのである。これは魔王に確認済みである。しかし余計な事を考えれば、魔法は発動しない。では、二つの魔法を同時に考える事が出来るか?」
「無理、なんですかね?」
官兵衛は僕を見て、尋ねるように答えた。
そんな疑問系で聞かれても、そりゃ無理だよ。
「二つ同時に事細かく想像するなど、人間には無理なのである。コンピューターがあれば、並列的に進められるだろうがな」
「並列的に・・・。それって、魔王様なら可能なのでは?」
「いやいや!無理だよ。だって火魔法を考えながら水魔法を考えるなんて、どっちも中途半端になっちゃうよ」
おそらく魔力だけ減って、どっちも発動しないと思う。
「正確には魔王様だけでなく、キャプテンの力も借りれば、という事なんですが。どうですかね?」
「面白い発想なのである!流石は官兵衛!」
コバは興奮して、官兵衛に駆け寄ってきた。
物凄く楽しそうに、目が爛々と輝いている。
簡単に言うけど、多分無理。
理由は簡単。
兄が魔法を、ほとんど使えないから。
【オイオイ!俺のせいですかな?】
兄さんのせいとか、そういうんじゃないけど。
でも、ほとんど発動しないよね。
【ピ〜ピピ〜ピ〜】
頭の中で口笛吹くのやめてくれない?
意外と響いて鬱陶しい。
【俺だって魔法使いたいわ!想像しても、使えないんだから仕方ないじゃんかよ】
想像はしてるんだ。
それでも上手くいかないのは、想像力不足なのかな?
でも、官兵衛の考えは理屈としては出来そうな気もするんだよね。
僕達って、何処で考えているのかが分からない。
表に出ている人は、脳で考えているのかもしれない。
じゃあ今の兄さんみたいに、引っ込んでいる時はどうなんだろう。
一つの脳で、二人が考えている?
それともお互いの心の中で、考えているのかな?
こういう科学的に証明出来ないような事は、どうやっても答えは出ない気がする。
うーん、一度試してみても良い気がしてきた。
「何を騒いでおる!」
「さ、寒い・・・」
僕を中心に円になり、暖を取っている皆だが、お市が来て更に寒気が増した。
僕の火球では、お市の発する冷気には勝てないらしい。
「い、一度外に出ましょう」
流石に寒過ぎて堪えたので、僕達は風呂へ向かった。
風呂から出た僕達は、すぐにお市から呼び出しを食らった。
「そこの男が見つけたというクリスタル。アレはどういう仕組みなのじゃ?」
コバを見て説明を求めるお市。
コバは説明しようと立ち上がったが、懸念がある。
問題は、コバの態度が無礼に当たらないか。
下手したら、コバが氷漬けにされちゃうんじゃないかという心配があった。
「コバ、丁寧に。失礼の無いように」
「子供ではないわ!オホン!では説明しよう」
だから、その上から目線の言い方をやめろと言っているのに。
コイツ、ブレないな。
「こちらのクリスタルだが、実は違うクリスタルが二つあるような物である」
「どういう意味なのだ?」
コバが説明すると、権六とお市はある程度は理解したようだ。
「コバ殿に聞きたい。その二系統クリスタル?それを判断するには、どうしているのか?」
それは僕も気になった。
個人的には、コバが着けているゴーグルがとても良く見える、顕微鏡みたいな仕組みなのかと思っていた。
しかしそれは違ったらしい。
「その眼鏡を使っているのか?」
「違うのである。これは吾輩の能力らしい」
「能力!?ちょ、ちょっと待ってよ。そんな話、僕達も初めて聞いたんだけど?」
「当たり前である。魔王には初めて言った」
お市の質問から、とんでもない爆弾発言が飛び出した。
このおっさんは!
そんな大事な話は、こんな場所で言うんじゃないよ!
おっさんのくせして、ホウレンソウが分かっていない。
今どき、子供でもうるさいというのに。
「どうやら吾輩の召喚者としての能力は、目らしい。遠くが見えるというような視力的なものではなく、成分分析などに役に立つようだ」
「例えば?」
「大雑把に言うと、人の体というのは大半が水分で出来ているのは知っているな?例えば長谷部の場合、お前はピッタリ六割が水分である」
「は?人にも適用されるの!?」
「そのようであるな。ちなみに魔族は興味深い。柴田殿は水分が四割弱に対して、お市殿は」
「ちょちょちょ!ストップ!」
コイツ、サラッと危険な事を言おうとした気がする。
女性の身体の事を勝手に見て、皆の前で発表しようとしたのだ。
永久凍土の中に、閉じ込められてもおかしくない発言だぞ。
「とまあ、こんな感じなのであるな」
「それは、私達では把握が出来ないと?」
「結晶構造、原子や分子を見る事が出来るなら、可能である」
そんな事を言っても、権六には伝わらない。
お市も、少し不機嫌そうな雰囲気を醸し出してきた。
これは爆発する前に、早く終わらせなくては。
「特殊な目を持つ者が必要という話です。そういう方が居れば、可能みたいですよ」
「目が良ければ構わないのじゃな?」
「いやぁ、そういうわけじゃ・・・」
「問題無い。その件のクリスタルを持って、城に戻るのじゃ」
ようやく寒冷地獄から脱出出来た。
今にして思えば、説明だけならここですれば良かったのに。
「それで、どうするのかな?特殊な目を持つ人なんか、居るの?」
「既に呼び出してある。入れ」
中へ入ってきたのは、少し身なりの良い男の人。
着物姿がカッコ良く、首に巻いたマフラーが妙に似合うナイスミドルな男性だ。
「百目鬼と申します。以後、お見知りおきを」
「此奴は、越前国で一番の商人じゃ。目利きに優れており、どんな品でも適正価格を見出す」
お市が紹介すると、彼は僕等に向かって頭を下げた。
でも、この人を僕達に紹介する意味が分からない。
「商人は必要無いんですけど」
「話は最後まで聞け。百目鬼よ」
お市が何かを指示すると、彼は目を閉じて俯いた。
彼が顔を上げると、僕達は予想外のモノを目にする事になった。
「目の色が変わった!?」
「百目鬼よ。その目は、どのような目なのだ?」
「この目は温度を見る事が出来ます」
「温度?」
「熱い部分は赤くなり、冷たい部分は青く見えるようになるのです」
何そのサーモグラフィー。
今、この人の目は少し赤みがかっている。
もしかして、目が変わるって事は?
「他にはどんな目があるんですか?」
「そうですね。透過もあれば、暗視もあります。広角で見えたりも出来ますし、遠くを見る事も可能です。様々な用途に合わせる事が出来ますよ」
一人で何役もこなせるなんて、何て便利なお人!
偵察から分析まで、何でも出来るじゃないか。
「魔王は気付いたようじゃな。この男は、百の目を持っておる。その中に必要となる目があるのか。百目鬼を貸すので、調べてもらいたい」