新発想
どうして言ってくれなかったんだろう?
召喚契約を結んだ相手と関わりがある人は分かるとか、初めて知った内容だった。
何て事を思ったんだけど、よくよく考えると分かる事だ。
ツムジはいつも、セリカやチカと一緒に居た。
それはこの能力を使っていたんだろうと、今になって分かったのだった。
その話を教えてくれたお市。
過去の記憶を振り返っていたのだろう。
幼い頃、信長が亡くなった後もグリフォンと八咫烏が近くに居たらしい。
とても穏やかな顔で、怒鳴っている時とはまるで違う。
清楚系美人と言われれば、納得するレベルの空気を纏っていた。
ツムジとコルニクスは、もし僕達が帝国にやられても、安土に残ってくれるのかな?
ツムジは皆と仲が悪いわけではないが、話を聞くと印象が悪かった。
特におっさんお断りの条件は、酷いと言わざるを得ない。
それこそ僕達の姿がおっさんになったら、彼女は僕達から去っていくのかな?
少し悲しい気持ちになったよ。
そして、ようやくクリスタルの保管場所へ案内される僕達。
そこは城の地下で、目の前には氷の壁で覆われた部屋だった。
寒っ!
機嫌の悪いお市の前に立つのと同じくらい、この場所は寒かった。
「この壁は、市の妖術で作られた檻です。檻ですので、そう簡単には開けられません」
「割れば良いんじゃないの?」
「試してみます?」
聞いてる割には、無駄だよというような表情の権六。
そういう態度で出られると、流石に挑戦したくなるよね。
「魔法でも良いんでしょ?」
「どうぞ。火球程度では、全く傷も付きませんよ」
なるほどね。
初級レベルじゃ無理だと言うのなら、中級とか上級をやってやろうじゃないの。
「むむむ!氷の檻なら、こっちは炎の檻だ!」
「中級ですか。昔、魔王様が使っているのを見ましたね」
僕が使った炎の檻を見ても、全く動じない権六。
炎の柱が地面から噴き上がると、更に横に格子状に炎が伸びていく。
氷の前面を炎の檻が覆い、僕達は少しだけ寒さから熱を感じるようになった。
「表面すら溶けませんね」
「マジかぁ。僕の魔力なら行けると思ったのに」
「フフフ。魔王様も凄い魔力をお持ちですけど、まだまだですね」
「だったら上級だ!」
過去に使った記憶は、覚えたての頃しかない。
何故なら、使う必要性を感じなかったからだ。
使うと自分もめちゃくちゃ暑いのだ。
「えーと確か、火球をいくつも出してから、回すんだったか?」
大きな火球の周りを、いくつもの火球が回っている。
さながら、太陽系の惑星みたいな感じだ。
「上級魔法、俺初めて見ますわ。あっ!リーゼントが焦げてる!」
笑かすな!
結構集中して、火球を回してるんだから。
「炎が白くなってきた?」
「そろそろだろう。行け!白炎!」
大きな白い炎の球が、氷の壁へと命中する。
水蒸気が辺りを包んだ。
「アチッ!熱いっす!」
「アタシは無理!」
その場から消えるツムジ。
八咫烏は意地でも残ろうと、水蒸気で見えない部屋の中を飛んでいる。
おかげで風が起きて、辺りから水蒸気が薄くなってきた。
「寒い!バカモノ!逆に寒いのである!」
「何だよ!俺が乗せてこなかったら、ここに居ないんだぞ!」
「関係無いのである。バカモノ、入るのである。降りてこい」
コバはあの水蒸気から、氷が溶けていると確信していたようだ。
しかしコルニクスは降りてこない。
「寒いから飛ぶな」
「だって〜、まだ入れないし」
「なっ!?アレだけの熱で溶けないだって!」
まさかの無傷に、僕は敗北を認めた。
更にもう一段階上の魔法もあるが、それは今回は無理だ。
普通のオレンジ色の炎でも暑いのに、白はその上の熱量を持っている。
白い炎でこれだけの熱気を放つとなると、更に上の魔法を使えば、僕達はこの部屋で蒸し焼きになるだろう。
「僕はパス。魔法じゃ無理だね」
兄の力を使っても難しいかな。
下手したら、こっちの骨が折れかねない。
「長谷部くんなら破れるのでは?」
「俺っすか!?」
「なるほど。氷にドンドンと圧力を掛けていけば、いつかは割れるかも。やってみる?」
聞くまでもないみたいだね。
長谷部は既に二本の木刀を持ち、氷の前で準備万端だと構えていた。
「行くぞぁ!」
目の前の壁を叩く長谷部。
氷の結晶が剥がれ落ちてきて、キラキラとしていて綺麗だ。
【あのさ、長谷部見てると何かを思い出すんだが。何だったかな?】
奇遇だね。
僕も思った。
何処かで見た事あるんだけど。
何処だったかなぁ?
「ドララララ!!」
「あっ!」
分かったよ。
太鼓だ。
ゲームセンターで、太鼓のゲームやってる人にそっくりなんだ。
【それか!長谷部もそれを狙ってるのか?音を聞くと、妙にリズミカルに感じるんだよな】
狙ってそうだね。
僕等じゃ出来ない芸当だよ・・・。
「む!」
「長谷部くん、凄いですよ!ヒビが入ってきました」
「うおおおお!!」
長谷部のリズミカルな連打で、いよいよ氷に大きなヒビが入った。
そして大きな音を立てて、氷の表面に球の形をした凹みが出来たのだ。
「フゥ、ちょっち休憩」
流石に連打しまくった長谷部は、腕をだらんと下ろした。
汗だくのまま氷の壁を背に座り込むと、やり切ったような顔をしていた。
しかし、次の官兵衛の言葉にそれも驚愕へと変わる。
「なっ!?氷が自動的に修復していく?」
「えっ!?マジかよ!俺、すげー叩いたんですけど。もしかして叩き損?」
長谷部は後ろを見て、ガックリと項垂れる。
もうやる気は無いと、汗を拭いていた。
「クァー。無理っすよ〜。だってこの氷、お市様の妖力が込められてるんですから〜」
「その通り。魔王様でも破壊出来ないのは、その妖力が何百年も込められているからです」
「自己修復機能は、その妖力のせい?」
「そうです。だから何百年分もの妖力を無くすくらい破壊すれば、力任せでもクリスタルは取り出せますよ」
無茶言うなよ。
そんな元気というか、魔力は無い。
例え安土の戦える連中を総動員しても、何百年分の妖力を使い切るくらい壊すのは無理だと思う。
「じゃあどうやって開けるのよ。鍵でもあるの?」
「そうですね。ある意味、鍵です。鍵は鍵でも、私しか使えませんが」
「どういう意味ですか?」
「こういう事です」
権六が氷の壁に触れると、彼は力を入れた。
妖力を発揮したのか、一瞬だけビキッという音と小さなヒビが入ったように思える。
「何も起きないね」
「これからです」
「う、うおぉぉ!!すげー!」
権六が触れた辺りの氷が、突然粉々に砕けたのだ。
五メートルくらいの高さと横幅に割れた氷は、奥までドンドンと続いていく。
バキン!という派手な音が、氷の通路内に響くと、いつしか音が聞こえなくなった。
「あの先にクリスタルが保管されてます」
権六を先頭に僕達が通路内へ入ると、一番後ろを歩いていたツムジの後ろから、再び氷が徐々に構成されていく。
「入ったらまた自動で閉じるのか」
「盗難防止ですね。クリスタルを手に入れても、逃げられなければ意味が無いですから。長時間この中に居れば、いかなる者でも凍りつきますよ」
「それは、権六でも?」
「そうですね。出る事が出来ますが、おそらくは私でも凍りつくでしょうね」
もしこの中で権六が意識を失ったら、自分も凍りつくという。
だからここに入る時は、必ず準備をしてからでないと入らないらしい。
「素晴らしい金庫であるな。うーむ、オリハルコンを使えば、この機能は流用出来るか?」
「そんな金庫に何を入れるのさ?」
「勿論、こちらで頂いたクリスタルである。吾輩達がクリスタルを盗まれないとは、限らないのであるな」
魔王から盗む奴なんか居ないよ。
と思ったが、別に魔族に限らないんだった。
かつて、帝国のブラックキャットを名乗る女が二人も居たしね。
それに、チトリやスロウスを殺して僕等の武器を盗んでいった、あの男も居た。
用心に越した事はない。
「着きましたよ。こちらがクリスタルの保管庫です」
「めちゃくちゃあるな!しかも大きい」
「どれでも良いのであるか!?」
「どれでも結構です。駄目な物は、他に置かれていますから」
そうは言うものの、部屋の中を見渡す限り、全てがクリスタルだ。
大小さまざまな大きさであるが、大きな物はバスケットボールくらいのサイズになる。
「これだけあると、目移りしそうですね」
「実際にしているのである。大きいだけでは意味は無い。やはり実用性を兼ねた物を選ばなくては」
眼鏡を掛けて、一つ一つじっくりと確認しているコバ。
何を見ているのか分からないが、僕の予想とは違っていた。
大きければ大きいほど、魔法を封じられると思っていたのだ。
しかし実際には、持ち運びなどを考えると大きいだけでは不便になるという。
そういう事を踏まえて、一つ一つを見ていくコバだったが、途中でピタリと手が止まった。
「柴田殿、少しお聞きしたいのだが」
「何でしょう?」
「このクリスタルは特殊なのですかな?」
どうやら一角にあるクリスタルが、何か他と違うらしい。
権六もそれを見て、違う点を説明し始めた。
「そちらのクリスタルは、大きさの割に魔法が多く入らないんですよ。なので横に弾いておいたのですが。何か気になる点でも?」
「そうか。試してみたい事があるのだが、もしかしたら破壊してしまうかもしれん。それでもよろしいか?」
「欠陥と思われる物です。どうぞお試し下さい」
越前国からしても、扱いに困る微妙な品らしい。
権六は快く承諾してくれた。
「魔王よ。これは面白い事になるかもしれないのである」
「欠陥品じゃないの?」
「良いか?こことここを、左右の手で持て。そして、右手と左手で違う魔法を入れるのである」
「は?同時に使えと?」
「同時使用でなくとも良い。右手側に魔法を封じた後に、左手側にも魔法を封じてほしいのである」
言ってる事は分かるけど、確かクリスタルは一種類しか入らないと思ったんだけど。
もしかしてこれ、欠陥品じゃなくて特別性?
入るのかな?
「じゃあこっちには火魔法。左手側に風魔法で良いかな?」
「そうだな。別系統の方が分かりやすいであろう。では試してみるのである」
コバの言う通り、僕はまず右手に火魔法を限界まで入れてみた。
権六が言うように、思った以上に魔法が入らない。
これ以上入れると、割れてしまうのではと思う辺りまで入れてみた。
次に、左手にも風魔法を入れてみた。
反発して暴発しないだろうな?
そんな事を気にしつつ恐る恐る入れてみると、なんと入るではないか!
ただし、右手に比べると量は入らない気がした。
「入っちゃった!」
「す、凄い発見ですよ!」
権六が目を丸くして驚いている。
僕の方へ寄ってきて、クリスタルを見せてほしいと言ってきた。
「おぉ!左右で色合いが違う。本当に二系統の魔法が入ってますよ!」
「よし!試し撃ちするのである」
「は?こんな場所で!?」
「どうせ壊れない氷が、目の前にあるのである。魔法の一つや二つぶちかましても、怒られはしないのである」
物凄いぶっちゃけるコバだが、権六は苦笑いしながらも許可をくれた。
「これは同時使用するのである。吾輩が作った武器とは違うから、叫んでも使えん。意思表示は自分でやるのである」
「普通に魔法を使う感覚で良いの?」
「問題無い」
「じゃあ、やってみるよ」
コバと官兵衛には、権六と長谷部の後ろまで下がってもらい、安全な場所から見てもらう事にした。
ツムジとコルニクスにも、風魔法を使うから降りてくるように指示して、これで準備完了。
「行くよ!火と風同時・・・それ!ん?何だこれ?」
僕の想像では、風に乗った火が凄い勢いで燃え盛るものだとばかり思っていた。
しかし実際には、火球サイズの小さな丸い塊が、ゆっくりと前へ進んでいくだけだ。
「失敗?」
「伏せるのである!」
「は?ブハッ!」
突然目の前から、熱風が自分の顔に当たった。
凄く熱い。
思わず後ろへ走って逃げるレベルだ。
「な、何が起こった!?」
「凄いのである!圧縮された炎があのような大きさになって飛んでいったのである。今までは広範囲に広がる攻撃が多かったが、これは対個人では最強クラスの魔法である。魔王よ。このクリスタル、使えるぞ!」