お市の条件
この壁、中に巨人とか居るんじゃないの?
高過ぎる壁を登っている時に、僕はそう思っていた。
他の国ではエレベーターとかあったけど、魔族も作った方が良いよ。
こんな高い壁があったら、尚更ね。
というか、こんな高い壁の天辺から攻撃するってさ、普通の人じゃ無理だと思う。
防御一辺倒なのかと思っていたんだけど、実際はそうでもないらしい。
所々で顔を出せるような小窓が用意されていて、下に向かって爆弾とかを投下出来るようにしてあるという。
壁は大砲でも壊せないくらい頑丈だから、小窓まで登ってこられても侵入は出来ない。
中からは一方的に攻撃出来て、外からは何も出来ない。
帝国がチマチマした攻撃しかしてこないのは、そういう理由があるのかもしれない。
しかしそんな攻撃も不必要なくらい、お市の攻撃は凄かった。
広範囲に、回避不可とも思える吹雪による攻撃。
兄が思い出したブリザードクイーン。
こんなの一回食らっただけで、そう呼びたくなるわな。
僕等よりも強そうで、ちょっと魔王の威厳が無いんですけど・・・。
兄の言葉に、誰も頷きはしない。
そりゃ目の前に僕等が居るのに、ハイそうですねなんて言われたらショックだけど、多分心の中ではそう思ってる人も居ると思うんだよね。
「敵、全く動かなくなったな」
「全員凍りついたんでしょう」
「恐ろしい。しかし麗しい」
「秀吉、人妻だから惚れるなよ」
「手なんか出しませんよ!後が怖いですし・・・」
美人だけど近寄り難い。
まさにこの人が体現しているな。
それに軽い気持ちで、ちょっかいなんか出した時には・・・。
僕達は下の連中を見て、ああはなりたくないと心から思った。
「アンタ!終わったよ」
「ハイ!降りますです」
空を浮いているお市に言われた柴田勝家は、慌てて下に降りていった。
浮いている彼女が来ると、更に寒さが倍増する。
吹雪に乗って浮くとか、僕等には真似出来ないな。
人形の姿なら真似出来るかと考えもしたけど、多分関節とか凍りついて、逆に何も出来なくなりそうだし。
そこに高熱でも当てられたら、金属疲労で壊れたりしそうだしね。
「俺達も降りよう」
階段を一段跳びで降りていく兄を筆頭とした体力余裕組。
それに対して、僕や官兵衛、秀吉といった連中は、ゆっくりと降りていった。
「馬鹿だな。登る時より降りる時の方が、筋肉に負担が掛かるのに。あんな降り方したら、地上に着く頃には生まれたての子鹿みたいになるぞ」
「ハハハ。確かに。でも彼等は強いですから。大丈夫じゃないですか?」
言われてみれば、それは日本での話だった。
この世界の連中なら、そんな事は無いかも。
「そういえば、吾輩見ていて思ったのだが」
「何か気付いた?」
「彼女、金棒を使ってないのである」
「そういえば。吹雪にばかり目が入って、全くそっちに気付かなかった」
「あの金棒は何でしょうかね。吹雪を強める道具とか?」
光ったりして吹雪に反応した様子も無かった。
アポイタカラみたいに、魔力が貯蓄してあったりする?
皆で予想したけど、結局思いつかなかった。
「もうすぐ地上です」
「ここから外の様子が見れるのである」
コバが並んでいる小窓を発見し、僕達はそこから顔を出した。
下を見ると、これでも地上五階のマンションくらいの高さはある。
「あぁ、ああいう使い方なのね」
「持っていた意味、あるんですか?」
「さあ?ただ、無駄な行為な気もします」
全員が頷くと、僕達は少し遠い目になった。
お市達を見つけた僕達が見た光景。
それは彼女が凍りついた敵を、金棒をフルスイングで破壊している様子だった。
「死ねぃ!この雑魚共が!」
兄達はそのフルスイングで破壊している様子を、横一列に並んで見ている。
さながら、先輩の命令を待っている後輩みたいだった。
「死ねって言ってるけど、既に死んでるよね」
「馬鹿!」
「そこぉ!」
「おぶっ!」
なんと金棒で壊した兵達の氷を、僕達にぶつけてきた。
しかし当たったのは兄。
僕は小さ過ぎて狙いづらいらしい。
「あ・・・すまぬ」
「い、いえ。お気になさらず。ほら、全然身体動かせますから」
兄は自分のバットで、素振りを始めた。
するとお市は途端に腕を止めて、兄のスイングに釘付けになった。
「今代の魔王、なかなか良い振りをしておるの」
「恐縮です」
「何故そこまで振りが速いのじゃ?」
兄は身振り手振りで、スイングを教え始めた。
野球の事になったからか、さっきまでのオドオドした態度は消えている。
「凄いの。力を入れずとも速くなった」
「後は金棒を当てる場所や、何処を叩くかでもっと変わると思いますよ」
「ふむ、素晴らしい。魔王よ、褒めて遣わす」
「ありあーす!」
「なんじゃそれは?」
「あ・・・」
野球部時代の癖なのだろう。
帽子を取るような仕草に、大きな声で答えてしまった兄は、訝しげな目でお市から見られている。
しかし彼女は、それよりも兄のスイングに興味があった。
「魔王よ。そなたもやってみせよ」
「え?わ、分かりました」
兄は素振りを何度かした後、倒れて凍りついた男の前に立った。
足場を平すと、目つきが変わる兄。
「フッ!」
バット一閃とでも言うのかな?
バットが兵の頭に当たると、小気味良い音と共に空の彼方へ飛んでいった。
「やるのお!」
「ありあーす!」
「おぬしを見ていると、なかなか気分が良い。今日はこの辺にしておこう」
お市は金棒を投げ捨てると、土蜘蛛達が再び現れて回収を始めた。
僕は思った。
金棒、必要あるのかと。
「何をしておる。城に戻るぞ。昨日の続きを始めよう」
お市の一言で戻る事になった僕達は、昨日より広めの部屋に案内された。
「さて、昨日は茶々が迷惑をかけたの」
「迷惑だなんて!楽しかったですよ」
「そう言ってもらえると助かる」
彼女はそう言うと、煙管を取り出して手の中で遊び始めた。
吸うわけではないらしい。
「今日は茶々の話ではない。魔王よ。お前達は何をしに、越前国へ来たのじゃ?」
「それはオイラから話を」
「妾は魔王に聞いてあるのだ」
官兵衛が話そうとすると、彼女はそれを遮った。
そして兄を煙管で指すと、ジッと見つめて目を逸らさない。
「僕も魔王なんですけど。僕が言っても良いですか?」
「そうだった。茶々が最初に世話になったのは、お前だったの。忘れておったわ。言うてみよ」
「単刀直入に言いますね。僕達にクリスタルを下さい」
「・・・何故じゃ?」
「僕達は帝国と戦っています。自分達の身を守る為にも、武器が必要なんです。その武器にはクリスタルがあると、大きく戦力が上がります」
「身を守る為とな。では、その武器を利用して、帝国に攻めたりはしないのだな?」
「そのつもりは、今のところ予定に無いです」
官兵衛を見てみたが、やはりこちらから攻める予定は、今のところ無い。
あくまでも、予定は無いのだ。
バスティの王座奪回も含めると、いつかはこちらから打って出なくてはならない時が来るかもしれない。
だが現状では、それも未定と言わざるを得ない。
「今のところか。素直な奴じゃな」
「素直が取り柄です」
「嘘っぽいの」
ハイ、嘘です。
素直ではなく、ひねくれてる部類に入ると思いますから。
「俺も良いかな?クリスタルも大事なんですけど、それよりも越前国と安土で交易を始めたい。です」
「交易?越前国に何の利益がある?」
「利益?えーと」
「越前国に無い物、沢山ありますよね?肉は獲れても、野菜は育ちづらい環境です。それに果物とかね」
彼女の眉が少し動いた。
やはり予想通りかもしれない。
僕の言った通り、野菜や果物のような食べ物は、なかなか育たないようだ。
「しかし交易とは言うても、どのようにして物を運ぶのじゃ?西には帝国、南西には騎士王国が控えておる」
「船です。僕達が乗ってきたような船を建造して、海を渡って持ってきます」
「海か。確実に運べるのかの?」
「絶対という事はありえません。だけど実際には、目の前に海を渡ってきた者達が居ますよ」
「なるほどの。青果物とクリスタルを物々交換したい。魔王の要求はこんな感じかの?」
そうなれば嬉しいけど、そんな都合良くないでしょ。
そもそも価格が合うとも思えないし。
「別にクリスタルは良いんじゃない?それよりも、茶々が果物知らないって言ってたから、食べてもらいたいかな。あ・・・食べてもらいたいです」
「そうだね。僕もクリスタルと野菜とか果物が釣り合う品とも思えないし、クリスタルは一旦置いといて。果物くらいは、茶々に見せてあげたいですね」
「おぬし等、変わっておるなあ。普通なら、そうですの一言で済むだろうに」
呆れたような顔で見てくるお市。
茶々の名前が出た事で、柴田勝家も嬉しそうな顔をしている。
「変わってるか?」
「どうだろ?まあクリスタルは別の物と、交換か売買って感じで良いと思ってます。他に必要な物があれば、言ってくれれば用意しますけど」
「そうか。少し考える。下がって良いぞ」
部屋を出た僕達は、再び寝室に戻ってきた。
アルノルトさんはまだ寝ていた。
明るいからか、アイマスクのような物まで装着済みである。
「官兵衛、悪いな。作戦とかもあったろうに」
「仕方ないですよ。それにあの子に果物を食べてもらいたいという考えは、オイラも同意ですから」
「そう言ってくれると助かるよ」
「何が助かるのじゃ?」
「茶々!?」
輪になって話し合っていたところ、太田の脇から茶々が顔を覗かせてきた。
そのまま輪の中に入ってくると、太田の膝の上に座り込んだ。
「何しに来たんだ?」
「遊びに来たのじゃ」
「そっか。ならキャッチボールでもするか?」
「何じゃそれは?」
兄はゴムボールを取り出すと、茶々へと投げた。
「蹴鞠ではなく、投げるのか?」
「投げるのだ」
「真似するな」
「ワハハ!嫌なのだ」
「むー!」
「おっ?上手いぞ」
茶々は真似する兄にボールを投げつけたが、それが丁度胸の辺りにやって来た。
兄は下手投げで返すと、茶々はまたボールを投げてくる。
「なかなか面白いのだ」
「野球も広まると嬉しいんだけど」
「そうだね。阿久野くん、雪国で野球出来ないかな?」
「どうなんだろ?」
僕はなんとなく、お市の協力があれば出来そうだと思う。
まあ、彼女が遊びに協力してくれるかは疑問があるが。
そんな事を話していると、部屋に伝言を伝えに小さな者がやって来た。
「小豆洗いじゃ。何しに来たのだ?」
「魔王様、殿とお市様がお呼びです」
「皆は?」
「お二人だけでお願いします」
官兵衛やコバの方を見ると、彼等は頷いた。
僕達に一任するという事だ。
案内された部屋は、今までで一番小さかった。
柴田勝家に案内された書斎よりも、狭い気がする。
四人で丁度良いくらいの部屋だが、とても質素で落ち着く部屋だと思う。
「来たか。座りなさい」
座布団に座ると、彼女は軽く咳払いをしてから言った。
「妾も単刀直入に言おう。クリスタルの件、飲んでも良い」
「本当ですか!?」
「ただし、条件がある」
ですよね。
そんな簡単には行きませんよね。
覚悟はしてました。
「条件とは、何でしょう?」
「二つのうち、一つを選ぶが良い」
「選択式!?」
何だろう?
ちょっと怖いな。
「どちらか選ばないと駄目なんですよね?」
「どちらも駄目なら、この話は無かった事にする」
「聞きます。お願いします」
「一つ目は簡単だ。魔王、お前と茶々が婚姻する事。歳も近そうだし、お前なら茶々を幸せにしてやれるだろう。その条件が無理だと言うなら、二つ目。騎士王国へ向かい、今後越前国に手を出したら国を殲滅させると伝えてこい」