苛烈なお市
ショックだわー。
キルシェと協力して何年も費やして船を完成させ、やっとこさ魚が獲れるようになったのに。
越前国では朝食に出てくるくらい、ポピュラーな食べ物らしい。
こっちでは船一隻で数が獲れないから、高級食なんだけどなぁ。
悔しいけど、食事の面で手は抜きたくない。
頭を下げてでも、どうやって獲っているのか聞こうと思う。
でも、茶々が果物を食べた事が無いというのは意外だったな。
子供って甘い食べ物好きでしょ。
それなのに甘味が無いというのは、ちょっと可哀想だと思う。
これも出来る事なら長秀と相談して、越前国に品種改良に詳しい者を派遣してほしいと考えている。
出来ればお市に協力を求めたいけど、この点は茶々の事を考えて、断られたら無償提供でも良いかな。
やっぱり食育は大事ですよ。
そんな考えさせられる食事を終えても、何故か柴田勝家からの連絡は来なかった。
すると八咫烏が飛び込んできて、外から攻撃を受けているというではないか!
早速向かうと、そこでは壁に向かって攻撃をしている連中が居た。
お市の話では、彼等は騎士王国の連中らしい。
騎士王国って、どういう国なんだろう?
行きたかったけど、それどころじゃないっぽいね。
お市の声を聞いた僕達は、何故か姿勢を正してしまった。
背筋を伸ばし、ピンと立っている。
どうしてそうしたかは分からないけど、そうしないと怒られる気がした。
それは僕だけでなく、あの官兵衛や秀吉、コバですら同じだった。
「帰さないという事は?」
「越前国に歯向かうのだ。ゴミは殲滅する」
ご、ゴミですか。
彼女は越前国が好きだって言ってたし、分からなくもない。
僕達だって安土が攻撃されたら怒るけど、ゴミ扱いはしてないなぁ。
「アンタ、行くよ」
「は、ハイ!」
二人は壁に向かって歩いていく。
まさか、二人だけで外に出ようというのか!?
「お前等二人で相手するつもりかよ!危ないだろ」
「フン!相手をするのは妾だけだ」
「尚更危険ですよ!オイラ達も手伝います」
「まあまあ官兵衛殿。危険になったら、手を貸すという方向で行きましょう」
官兵衛は彼女に、恩を売りたいと考えていた。
手助けをすれば、交渉は有利に働くと。
しかし秀吉は、それは得策ではないと手を引かせたのだ。
「秀吉殿。何故ですか?」
「私はお市様と以前お会いした事がありますが、彼女は誇り高い方です。無闇に手を貸すと言ったら、その誇りを傷つけられたと、逆に印象は悪くなりますよ」
「な、なるほど。参考になります」
「彼女と話をしたいのなら、まずは彼女の言う通りに。本当に危険になった時だけ、手を貸しましょう」
「分かりました」
秀吉がいつ会ったのかは知らないが、確かに彼の言う通りかもしれない。
ただでさえ気まずい雰囲気を、更に気まずくする必要は無い。
今は静観する時かな。
「木下殿は物分かりが良いの。そなたに免じて、見物する事を認めよう」
「ありがとうございます」
秀吉のおかげで、機嫌を損ねるどころか多少は良くなった。
僕達も壁の上に行く事を、許してもらえたようだ。
「市の後ろから見ていて下さい。参りましょう」
ハッキリ言おう。
この壁、高過ぎると思う。
上を見ても、何処が頂上か見えない。
さながら東京タワーを階段で登ってる気分だ。
しかも東京タワーなどと違い、安全はそこまで考慮されていない。
所々、手すりも何も無い場所があり、足を滑らせたら地面に真っ逆さまになる。
ただ、柴田勝家や太田が余裕で歩けるくらいの階段だ。
余程の事が無い限りは、足を踏み外す事は無い。
「神経使うなぁ」
「下さえ見なければと思ったけど、何故か気になっちゃうんすよね」
体力に余裕のある佐藤さんと長谷部は、そこまで苦ではないみたいだ。
僕も今は人形の姿なので問題無いのだが、コバが既に顔が真っ赤になっている。
息も絶え絶えで、かなり辛そうな感じがする。
彼は本当は行きたくなかったようなのだが、お市に言われて渋々同行した形だった。
「わ、吾輩はもう無理である・・・」
「なんだ、だらしない男だの」
「吾輩、戦闘とは無縁の男なのである。皆と一緒にされては困る」
コバはその場で座り込み、途中リタイアとなった。
いや、なる予定だった。
「コバ殿。一緒に乗れませんか?」
「なるほど。吾輩の設計では二人まで問題無いが。良いのか?」
「コバ殿が作った物ですよ。勿論です」
「では、遠慮無く」
コバは官兵衛の足代わりとなっているロボに、同乗した。
少しサスペンションが沈んだが、すぐに元に戻っている。
コバが設定を、その場で変えたようだ。
「行きましょう」
長い階段を登りきると、視界は雲の中だった。
下を見ても雲に隠れて、何も見えていない。
「着いたけど、景色も何も見えないな。俺、結構期待したんだけど」
「越前は基本的に、一年を通して寒いですから。少しでも天気が悪いと、雪が降りますよ」
「でも柴田様は、その格好寒くないんですか?」
ハクトの指摘した柴田勝家の格好は、短パンに半袖のシャツだった。
流石に昨日のようなパンイチ姿ではなかったが、それでも季節感がおかしい。
僕からすると、クリスマスにTシャツ短パンで街中を歩いている、危ない人みたいなイメージだ。
「私は問題無いですよ。元々寒さに強いので。市も同様です」
「着物だけで寒くないんだ。凄いなぁ」
「そこ、うるさいぞ。無駄口を叩くな」
「すいません・・・」
兄は感心しただけで怒られていた。
ちょっと理不尽な気がするけど、これから戦う人の邪魔になると思えば、怒られても仕方ない。
「俗物共め。越前国に手を出した事を、後悔させてやろう」
お市の雰囲気が少し変わった。
昨日の僕達との初対面でも冷たく感じたが、今は冷たいを通り越して、その言葉や雰囲気が痛い。
「殿、お持ちしました」
「うむ。市よ」
階段の方から声がしたので振り返ると、そこには男の人が数人で金棒と扇子を持っていた。
「土蜘蛛か。ご苦労、褒めて遣わす」
「ありがたき幸せ!」
少しだけ視線をやったお市は、持ってきた男性達に言葉を掛けた。
膝をついた彼等は、それだけで喜びに打ち震えている。
「なぁ、何処が蜘蛛なんだ?」
「僕にも分からないな」
兄はお市の耳に入らないように、小声で僕に尋ねてきた。
しかし僕も分からなかったのだが、予想外にコバが答えてくれた。
「土蜘蛛というのは元々、天皇や将軍に従わない者達の事である。蔑称だから、本来はあまり良い言葉ではない。しかしいつからか、蜘蛛の妖怪を示すようになったのである」
「御仁、詳しいですね。その通りです」
どうやら土蜘蛛の一人に聞こえていたらしい。
コバの説明は正解らしく、彼等は自分達が蜘蛛の妖怪だと教えてくれた。
「下の階までは、蜘蛛の姿で登ってきたのですよ」
「おぉ!凄い!」
「魔王!うるさいぞ!」
「しゅいません・・・」
再び声を出して怒られた兄。
成長しない人だなぁ。
「土蜘蛛」
「はい」
金棒と扇子を渡すようで、土蜘蛛達は二人に近付いていく。
そこで僕達は、仰天の光景を目にする事になった。
「は?」
「なんじゃ?」
「えっ!?いや、ちょっと・・・」
「そういう態度は嫌いでな。ハッキリと申せ」
あんまり兄の事言えないかも。
僕も驚いて声を上げてしまったので、お市から目を付けられてしまった。
「それじゃ遠慮なく・・・。持ってる物、逆じゃないんですか?」
「合ってますよ。私はこっちです」
「妾はこっちじゃ」
「あ、ハイ。合ってるなら良いんです」
二人とも何の疑問も無く、金棒と扇子を持っている。
そう。
お市が金棒を持ち、扇子を柴田勝家が持っているのだ。
明らかに二人とも、不釣り合いな持ち物に見える。
「ふ、ふふふふ・・・アハハハハ!殲滅を開始する!」
お市の高笑いが聞こえると、いよいよ二人は動き出した。
そして僕達は、最初から度肝を抜かれる事になった。
「は?飛び降りたぞ!?」
「お市様!?」
秀吉もお市の戦う姿は、見た事が無いようだ。
会った事があると言っても、飛び降りたのを見て慌てている。
「と、飛んでる。どうやって!?」
「凄い!吹雪に乗ってるぞ!」
「コバ殿!」
「任せるである。撮影開始!」
その姿を録画しようと、官兵衛の後ろに座るコバは、立ち上がって撮影を始めた。
「妾の越前国を攻撃した罰は、死をもって償うが良い!」
彼女が左手を握ると、さっきまで見えなかった下の様子がハッキリと見えるようになった。
雲が無くなったのだ。
僕達の邪魔をしていた雲は、ある一点に集まっている。
彼女は雲を操る事が出来るらしい。
「スゲー!下がハッキリ見えるぞ」
「結構多いね。こうやって見ると、本当に高くまで来たなって実感するよ」
ちょっとした観光気分になって下を眺めていると、地上では大砲か何かを撃っているのが分かる。
下から爆発音がするのだが、ほとんど揺れは感じない。
「あのセリフ、言って良い?」
「見ろ、人がゴミのようだ」
「佐藤さん!」
「フフフ、俺も言いたかった」
クソー!
先に言われてしまうとは。
兄も言いたかったみたいで、悔しがっている。
コバは撮影に夢中で、長谷部はお市の姿に少し惚けている感じがする。
「死ね!俗物!」
お市は左手を横に振ると、雲は一斉に広がっていった。
再び地上が見えなくなると、僕達には下で何が起きているのか分からなくなってしまった。
「柴田様、何が起きてるんですか?何をしてるんですか!?」
「何をって、舞だが?」
お市ばかりに集中していて、気付かなかった。
ハクトが下で何が起きてるか聞こうとしていると、なんと後ろでは柴田勝家が踊っていたのだ。
「無駄に上手いな」
「華麗ですね。しゃがみ込む時のあの外腹斜筋。素晴らしい」
佐藤さんの言う通り、本当に上手い。
お遊戯とかそういう感じではなく、僕等でも日本舞踊を嗜んでいるのが分かるレベルなのだ。
日本舞踊なのかは知らないけど。
「あの姿勢、地味にインナーマッスルに効きますよ。いやぁ、流石は柴田殿ですな。ワタクシも負けていられない」
「お前は踊るな」
「駄目ですか!?」
駄目かどうかは知らないけど、何かしら意味があったら邪魔になりかねない。
ここは静観しておこう。
「フハハハ!お前達に逃げ場など無いわ!凍え死ね!」
「雲が動いた。あっ!」
柴田勝家を放置して下を見ると、何が起きているかようやく分かった。
雲の下では、吹雪が起きていたのだ。
それは広範囲に吹雪いていて、壁から離れる連中に集中して当たっているようにも見えた。
「これは・・・」
「一方的ですね。まさかここまでとは・・・」
僕達は少し引いていた。
ここまで一方的になるとは思ってみなかったからだ。
笑いながら凍らせていくお市に、兄はある言葉を思い出した。
「ブリザードクイーン。ブリザードクイーンだよ!ズンタッタが言っていたのは、お市の事だったのか!」
「これは確かに、女王様としか言いようがないな」
誰も兄と僕の言葉に反論しない。
誰もがこの光景を見て、帝国が付けた二つ名に納得してしまったからだ。
「俺、思った事言って良い?」
「何?」
「アングリーフェアリーやらスカイインフェルノやらも凄いよ。確かに阿吽やベティは強かった。でも正直なところ、敵にして恐ろしく感じるのは、お市だと思うのは俺だけか?一人で軍を殲滅するって、俺達でも出来ないぞ」




