お子ちゃまとの遭遇
この世界のお市は、結構大変だね。
日本のお市の方も色々とあって短命だったけど、長命だからといって幸せという事ではないと思わされた。
言われてみればそうだよなぁ。
はるか昔の祖先が未だに存命で、自分よりも発言力なんかあったらと思うと、やりづらいのは分かる。
過去の魔王達も、さぞやりづらかっただろうね。
そう考えると、彼女が歴代魔王としてきた約束は良案だと思う。
特に彼女の場合は、年齢的にもひっそりと暮らしても良いはずなんだよ。
僕が知る限り、一番の婆さんになるんだから。
見た目はアラサー前後だけど。
スーツなんか着たら、やり手のキャリアウーマンにしか見えない。
彼女は約束を反故した先代が許せないんだと、柴田勝家は言っていた。
しかし頭の良い彼女は、いつまでもこのままでは駄目だと分かっているらしい。
そこに現れた僕達は、今を脱却する良い機会なんだと彼は言う。
彼女も意固地になってるだけなんだろう。
キッカケさえあれば、好転するんじゃないかな。
夜になって柴田勝家とそんな話をしていたら、何故と聞きたくなる知らせが入ってきた。
この鎖国された越前国に、僕達以外の魔族の来客があったのだ。
その人は長浜前領主である、秀吉だと名乗ったらしい。
んー?
聞き間違いじゃないよね。
だって官兵衛も固まっているし。
「木下殿だと?前領主?一人で来ているのか?」
「はい、一人です」
「・・・偽者?」
そりゃ疑いたくもなるよなぁ。
柴田は一人でブツブツと呟き、考えている。
そこで再起動した官兵衛が、本物だと伝えた。
「木下様は長らく、帝国に捕まっておりました。長浜は今、領主代理にテンジ様が着任され、木下様は療養名目で旅をしておられます」
「なんと!?捕まっておったとな?木下殿と言えば、魔族有数の魔法使いだったはずだが。帝国も侮れないですな」
「俺達も会いに行ってみて良いかな?多分、見れば本人か別人か分かると思うけど」
「フム、客人に仕事を加担させるのは、あまり好ましくないのですが。知人となれば別ですね」
彼はそう言って、兄と官兵衛、護衛に長谷部がついて行った。
「早かったね」
ものの数分で帰ってきた三人。
どうやら本人だったらしい。
しかし三人は、少し変わった事を話してくれた。
「秀吉、ボロボロだったんだよね」
「怪我してるの!?」
「違う違う。格好がボロボロって意味。服も靴もボロボロだった」
「どうしてあんなに汚れてたんすかね?」
「分かりません。ちなみに今は、旅の疲れを取ってもらう為に、風呂へ案内されています」
そういえば、僕達も風呂入ってないな。
雪国だからかあまり臭わないけど、汚れてはいると思う。
「皆も入ってきたら?寒くて川でも洗ってないし、見えない汚れがあるんじゃない?」
「それもそうだな。皆も行こう」
「お前はどうする?」
「僕は風呂じゃなくても大丈夫だから」
人形の姿なので、別に風呂で洗う必要も無い。
洗剤とタワシで事足りるのだ。
「俺達は行ってくる。お前用に桶と洗剤、タワシでもこの部屋に持ってきてくれって頼んでおくよ」
「ありがたい。頼んだよ」
皆は風呂へ向かった。
おそらくは秀吉と会って、風呂の中で話をするだろう。
のぼせる程長時間は入れないにしろ、それなりの時間は戻ってこない気がする。
「ハァ〜、たまには一人でマッタリするか」
僕は足を投げ出して、ごろ寝を始めた。
知らない天井を見ながら、一人の時間を楽しんでいる。
しばらく動かないで居ると、桶を持った女性が入ってきた。
首が長いから、ろくろ首なんだと思う。
動かない僕に気付かず、彼女は普通に桶を置いて出ていく。
さて、身体を洗うかな。
桶の中にはタワシと水が入っていた。
横には洗剤もあるが、少し洗った感じでは埃くらいしか汚れが無い。
僕は川でチョコチョコ洗っていたから、大して汚れてないみたいだ。
タワシと水で洗い終えた僕は、ある事に気付いた。
「しまった!拭く物を頼み忘れた。雑巾でも良いから、頼んでおけば良かったなぁ」
「ん」
「タオル?貸してくれるの?」
僕は身体を隅々まで拭いた。
タオルに汚れもついてないし、タワシでちゃんと汚れは落ちている。
バッチリ綺麗だ。
「ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして」
僕はお礼を言って、再び寝転んだ。
その時、僕はようやく気付いた。
「誰だよ!」
焦って起き上がる僕の横には、同じように寝転がっている人物が居た。
「ふぇ?」
「キミ、誰?」
僕の横で寝転がっていたのは、小さな女の子だった。
額には小さな角があり、長い髪を三つ編みで結んでいる。
白い着物だが、膝丈くらいまでしか裾は無い。
「よくぞ聞いてくれた。妾は茶々。この越前国の姫じゃ」
胸を張る彼女だが、寝ているので全く偉そうに見えない。
というか、茶々!?
「茶々のお父さんとお母さんは、柴田勝家とお市なの?」
「む!人形のクセに呼び捨てにしたな。後で言いつけてやる」
「ごめんごめん。それでどうなの?」
「そうだ。凄いだろ」
日本とは少し違うけど、やっぱりそうなのね。
この世界に浅井長政は出てきていないし、父親は柴田勝家で間違いなさそうだ。
「ところで茶々は、どうしてここに?」
「この城に客人が来るなんて、妾が生まれて初めてなのだ。だから見に来た」
「初めてなのか!うーむ、なかなか興味深い」
僕達がこの世界に来る前から、この城にはあんまり来客は少ないっぽい。
でもこの城、なかなか立派なんだけどなぁ。
僕の中では、安土の次にこの城が凄いと思ってる。
「人形、お前の名前は?」
「僕は阿久野。阿久野マオだ」
「悪の魔王だと!お前が母さまを泣かせたのか!」
「違うよ。名前がマオなの。僕も魔王だけど、茶々のお母さんを悲しませたのは、僕の前の魔王だから。僕じゃないよ」
「そうなのか?」
「そうなの」
「なら許す」
許すも何も、僕は悪くないんだけどね。
でも、この子が分かるくらい泣いてたのか。
やっぱり根は深いのかなぁ。
「妾は、お前の聞かれた事に答えたのだ。お前も答えろ」
「何が聞きたいの?」
「マオは魔王なんだろ?何しに越前国へ来たのじゃ?」
これはストレートに聞いてきたなぁ。
交易がしたい?
封鎖をやめてほしい?
クリスタルが欲しい?
どれを取っても、違う気もする。
「馬鹿だなぁ。そんなの簡単だろ。来たかったで良いんだよ」
「兄さん」
振り返ると、兄達が部屋の中に入ってきていた。
風呂上がりだから、少し顔が火照っている。
「む!誰なのだ?」
「お前こそ誰だ」
「ハッハッハ!聞いて驚け。妾は茶々じゃ」
「知らん」
「茶々を知らないだと!?」
「知らんものは知らん」
「うわあぁぁぁん!!」
「えっ!?」
な、泣かせた!
兄さんが泣かせた!
「キャプテン!お子様を泣かせるとは、どういうお考えですか!」
「阿久野くん、これには見損なったよ」
「ち、違っ!俺はコイツの事を、知らないって言っただけで」
「魔王様。交渉する相手の事は、事前に調べるべきですよ」
「官兵衛まで!?」
全員から責められる兄は、茶々の周りをジタバタと走っている。
どうにか泣き止まそうと頑張っているが、全く泣き止む様子は無い。
「魔王はこの子と精神年齢同じくらいであろう?喜ぶ事をすれば良いのである」
「誰が子供だ!」
「うわあぁぁん!バカー!アホー!」
「はい、バカです。アホです」
「マヌケー!」
「マヌケですよ」
「チビー!」
「お前に言われたかないわ!」
「ワハハ!」
「泣き止んだ!」
どうにか機嫌が直してもらい許してもらった兄は、それから彼女の遊び相手をしている。
「茶々様!どうしてこの部屋に!?」
「越前国に来た客を見たかったのだ」
女中のような女性が、部屋の前で驚いている。
どうやら勝手に来てしまったようだ。
「茶々。お父さんとお母さんの許しは、もらってないの?」
「もらってない」
「怒られないの?」
「分からない。でも大丈夫!父さまは優しいから」
「お母さんは?」
「・・・怖いのだ。アレは鬼より怖い鬼なのだ」
酷い言われようだ。
多分、お市が聞いたら怒りそうだけど。
「誰が鬼だって?」
「母さま!?あ、アイツが言ったのだ」
「お、俺ぇ!?」
「このバカタレ!全部聞こえてたんだよ!」
「ヒイィィィ!!逃げろー!」
茶々は女中の後ろに隠れてから、そのまま部屋を飛び出していった。
女中は慌てて追い掛けていくが、お市は残ったままだ。
「なんか悪かったね」
「え?」
「茶々の相手をしてくれて、ありがとうって言ってるのさ。お詫びに明日、もう一度話を聞く。今日は休むが良い」
「ありがとうございます!」
官兵衛が珍しく大きな声を出した。
彼女はそれを聞いて、部屋の前から立ち去っていった。
「魔王様!おかげで助かりました!」
官兵衛としても、今回の件はどうするべきか分からなかったという。
情報が少な過ぎる挙句、柴田勝家の話を聞いて、このままだと取りつく島も無いと感じていたらしい。
それが茶々のおかげで、少しだけ態度が軟化したのだ。
官兵衛としては大きな声を出すくらい、今回の件は大きかったらしい。
「まあね。僕が話し相手になってたからね」
「流石は魔王様です!」
これだけ感謝されているんだ。
勝手に部屋に入ってきて、話をしていたのは内緒にしておこう。
「ところで、秀吉は何処行ったの?」
「今はメシを食べてる」
秀吉がボロボロだった理由は、風呂の中で聞いたらしい。
彼は旅の途中、自分が足を踏み入れた事の無い、東の領地に興味を持ったらしい。
しかし東に行くには越中国を最後に、魔族の領地は無い。
現状では帝国か騎士王国のどちらかを通り抜けなければ、東の領地へ行く術が無かった。
そして彼は当初、越前同様の鎖国している国である、騎士王国を通ろうと考えたらしい。
しかし流石は騎士王国。
あらゆる山道に関所が設けられ、通る事は不可能だったという。
渋々北上した彼は、帝国領内へ侵入。
もう少しで帝国内を抜けるという所で、見つかってしまった。
多勢に無勢で彼は全力で逃亡し、山の中を隠れながら少しずつ進んできたらしい。
そして先程、ようやくこの越前国に到着したというわけだった。
「アイツ、なかなかチャレンジャーだよな」
「そうだね。長浜で初対面の時を思い出すと、随分と大胆な考えになったなと思う」
「それは私も同じ事を言いたいですよ」
「秀吉!って、腹出てるなぁ・・・」
「食べられる時は沢山食べた方が良いと、私の経験が言っています」
腹を叩きながら入ってくる秀吉。
さながらマッツンを見ているようだ。
「同じって、どういう意味だ?」
「私は陸路を使って無謀な賭けに出ましたが、魔王様だって負けてないでしょう?流石に海路を使おうなどとは、私だって思いませんでしたよ」
海は海で、本来はかなり危険だからね。
テンジから聞いて、僕達が船を作っているのは知ってたかもしれない。
だけど、それが帝国を飛ばして東の領地へ向かう為だとは、思いもしなかったみたいだ。
「しかし吾輩の記憶では、秀吉殿はもっと安定した道を行くと思っていたのである」
「それは私も思いました。何故、越前国へ来たかったのですか?」
僕も気になるな。
彼は言うなれば、公務員タイプの人間だと思っていた。
安定した道を進んで、危険は冒さないと思っていたのに。
「そんなに変ですか?」
「変だな。俺も予想外だし」
彼は兄の言葉を聞いて、頭を掻きながら言った。
「だったらそれは、魔王様の影響ですかね。私も予想外の事を、やってみたくなったのです。元領主が一人旅でヒト族の領地を越境してやって来るなんて、誰だって思わないでしょう?だから、騎士王国や帝国にも見つからないかなと思ったんですよね。失敗しましたけど」