五武将、両腕崩壊
佐藤ブルー、性格が悪くなければなぁ。
考えが僕と似ていて、案外話が合った気がする。
どんな手を使っても生き延びるスタイルは、僕としては称賛に値する。
だけどその考えは、敵なら面倒極まりない。
似た考えを持つ彼の最期を、僕は見届けるのを避けた。
代わりに、長谷部と慶次ブラックの勝負を見届けたいと思い、僕は再び二人を探したんだけど。
道に迷ったよね・・・。
すると何故か、ハクトピンクに出会す結果になった。
彼女もピンク色の軽鎧を着ていて、手には弓を持っていた。
つり目の性格のキツそうな顔は、ちょっと僕の苦手なタイプだ。
案の定性格もキツイ。
そんな彼女自身はほぼ戦闘力皆無なのだが、いかんせん周りの男達と魔法が厄介だ。
助けに来たハクトと人形姿の僕は、ハッキリ言って接近戦では敵わない。
彼女の召喚魔法ウィルオウィスプは、そんな僕達が距離を取る事を許さなかった。
最後の手段である巨大化も破られ、残り魔力の少ない僕達は万事休すかと思われたが、粘った甲斐があったね。
空が暗くなると共に現れたのは、夜しか活動が難しい吸血鬼族の救援だった。
はぁ〜、今回は本気で危ないと思った。
自分の力を過信していたわけじゃない。
でも今回のような搦め手を使われると、どんなに力の差があっても、危険だと言わざるを得ない状況になると分かった。
「助かったね。マオくんが巨大化して手を出させなかったから、夜まで粘る事が出来たんだ」
「それは結果論。本来なら僕やハクトは、一人で敵陣の中を進むべきじゃなかったんだよ。マジでお前に何も無くて良かった」
今回は明らかに自分のミス!
それに巻き込んだ形でハクトが怪我を負っていたら、僕は自分が自分を許せなかったと思う。
「後は彼等がやってくれる。僕達は見物、じゃないな。助けてもらったお礼に応援しよう」
僕は心からそう思ったので、珍しく声を張り上げて彼等を応援した。
「嬉しいですね。夜間に他の種族の声が聞けるのは。しかもそれが自分達の応援ですから、気合が入るのもしょうがないですよね」
ニヤリと笑う吸血鬼族の男。
その口からは鋭い牙が、月明かりに照らされている。
「ヒィッ!お前達、何者なんだ!?」
「名乗る程の者ではないですが、敢えて言えばヤッヒロー村に手を出されると困る者です」
「も、モラルタ、ベガルタ!やって!」
その妖艶な雰囲気に飲まれそうになったハクトピンクは、慌てて自分の剣である二人を吸血鬼族の男達に差し向けた。
周りの男達も、それに合わせて一斉に斬りかかっていく。
しかし彼等は、驚愕の光景を目の当たりにした。
「だ、駄目です!」
「奴等が消えた!?」
黒いモヤになって姿を消した吸血鬼族に、彼等は剣をブンブンと振ってみせた。
剣の素振りでモヤは霧散するが、気付くと自分の周りに集まり始めている。
その瞬間、自分の腕が何かに掴まれた。
「う、うわあぁぁ!!」
「ひ、ヒイィィ!!」
掴まれた腕を見ると、手首だけが実体化している。
彼はそれを払い除けようと腕を振り回すも、全く離れる気配が無い。
その手首を見て怖くなった彼は、自分の持っていた剣で手首を斬り落とそうとする。
「ば、馬鹿!」
「離れろ離れろ!離れろおぉぉ!!ウギィィ!!」
混乱した彼は周囲の声など聞こえない。
自分の腕に見える手首に剣を突き刺すと、それは二の腕を貫通して自分の腕から血が流れ出した。
「うーむ、こうやってみると、血も美味そうじゃないですねぇ。早くトマァトが飲みたいので、貴女を早々に倒して終わらせましょう」
「ヒッ!来ないで!モラルタ、ベガルタ!早く倒しなさい!」
「あの二人ですか?私の仲間にやられてますよ」
彼が人差し指を向けた方を見ると、吸血鬼族の男に剣を向けていた。
二人掛かりで立ち向かっていくが、吸血鬼族の男の持つ剣に軽くあしらわれている。
男は赤黒い西洋風の剣を持っていた。
サーベルと呼ばれたそれで二人を軽くあしらうと、途中でベガルタの足が斬り落とされた。
バランスを崩したベガルタは、思わずモラルタの身体に倒れ込む。
その瞬間を見逃さなかった彼は、倒れ込んだ二人の首を刎ね飛ばした。
「あ、終わっちゃいましたね」
首から血が噴き出ている中、吸血鬼族は顔についた血を手で拭き取ると、それを軽く舐めた。
「な、何なの!アンタ達!」
「だから、ヤッヒローを守りたいだけの有志ですよ」
「こ、来ないで!スヴェル!」
青くなった顔で盾持ちの大男を呼ぶと、彼女はその陰から弓で攻撃を始めた。
身体に刺さっても、その場で落ちる矢。
「こ、攻撃は当たらなくても、スヴェルさえ居れば」
「頼りにされてますね」
「う、うおぉぉぉ!!」
盾で殴り掛かるスヴェルだが、目の前で身体が霧散してしまう。
辺りを見回すスヴェルだったが、他の兵同様に彼も手首だけの吸血鬼族に掴まれてしまった。
しかも掴まれた場所は首で、その巨体を手首だけで持ち上げられてしまう。
「う、ぐうぅぅ!」
「スヴェル、何とかしなさい!」
口の端から泡を噴くスヴェルに、女は厳しい言葉を投げつける。
バタバタと身体全体で暴れるスヴェルだったが、最期の瞬間が訪れた。
「それでは、心臓を一突きさせてもらいましょうかね」
徐々に現れる手首から先の身体。
そして反対側の手には、先程モラルタとベガルタを斬り殺した物よりも大きなサーベルの存在があった。
「スヴェル!」
彼女の叫び声も虚しく、スヴェルは首を絞められたまま、心臓を一突きで殺されてしまった。
彼女はそれを見てその場でへたり込むと、倒れたスヴェルを見たまま身体が動かなくなってしまう。
「それではマドモアゼル。アデュー」
「ま、待っ!」
男はサーベルを横に一閃すると、彼女の首を綺麗に刎ね飛ばした。
「ふむ、昔は未婚の女性の血は美味かったんですが。舌が肥えたのですかね。トマァトジュースの方が美味しいです」
行けー!頑張れー!
そこだ!
やれぇ?
うん、そうね・・・。
僕達の応援なんか、必要無い気がする。
思ってた以上に、凄惨な現場なんだけど。
手こずってた僕達が何だったのかと思われるくらい、圧倒的な強さだった。
「強過ぎじゃない?」
「こんな強い人達が追い出される別大陸って、ヤバイでしょ」
ハクトと二人、自分達の無力さを痛感させられる光景だった。
こう言ってはなんだけど、魔法なら多分勝てるよ。
音魔法使って、動くなとか言えばあの剣使い達も追ってこなかったと思う。
でも、召喚魔法を防ぐ術が無い。
ウィルオウィスプの力を消さない限り、僕達はどうやっても彼女達の前に戻ってた。
動けない敵の前に自ら戻るとか、かなりシュールな光景だよ。
「二人とも、無事で何よりだよ」
「助けてくれて、ありがとうございました」
「何を言ってるのかな?助けてもらったのは私達の方さ。十人に満たない人数で全員を相手にするなんて、自殺願望でも無ければやらないと思うよ」
サラッと酷い事を言われたけど、それも感謝の裏返しだと思おう。
助けてもらったのはお互い様。
そう思えば良いのだ。
「ところで、さっきあの娘を倒せば一気に形勢が傾くと言っていたけど」
「彼女達が隊長みたいなものみたい。えーと」
「私かね?私はアルノルトだ」
「アルノルトさん達が来る前に、五武将と両腕と言われてるうちの、五人は倒したんですよ」
「なんと!?お人形さんが似合う少年だと思っていたが、そうでもなかったね」
人形が似合う少年って、それ僕とハクトの事か?
何処をどう見れば、似合うと思うのか。
ハクトも褒められたとは思えずに、酷く困惑した顔をしている。
多分、内心は嫌なんだろうな。
「ちなみに、あと一人だけ残ってるんだけど」
「流石に倒しちゃってるんじゃないかな」
佐藤ブルーは今や一人、孤軍奮闘している。
だけど対峙している太田以外に、兄と佐藤さんも残っている。
それに加えて吸血鬼族の人達が集まってきたら、流石に絶望して生を諦めたかもしれない。
「行ってみようか?」
もう敵は来ないし余裕だろうと、僕達はアルノルトさんと歩いて佐藤ブルーが居ると思われる場所へ向かった。
すると、まだ兄達は包囲を解いていないではないか。
「まだ戦ってる!?」
「どれどれ?ほう、アレが敵の将軍かね?」
ボロボロになりながらも、未だに太田の攻撃を避けている佐藤ブルー。
何故か太田もバルディッシュではなく、素手で対応していた。
「どうしてこうなった?」
「おう!お帰り。いやぁ、アイツ凄いな。敵ながら感心しかしないよ」
奴は利用出来るものは、全て使おうとしたらしい。
一つは僕が放った光魔法。
遠くで見えたあの光を逆手に、彼は逃亡を謀ったという。
勿論、兄の手によって阻まれたみたいだが。
他にもクリスタル内蔵の武器というか、小さなクリスタルをいくつも隠し持っていて、避けられない命に関わるような攻撃の時に使ってきたという。
まさか夜になるまで耐えているとは。
「佐藤ブルー。諦めたら?」
「あ、諦めたら、死合終了してくれるのか?」
そのセリフ、そうやって使うんじゃないけど。
でも意味合いは間違ってない。
「ハッキリ言おう。お前以外の五武将及び両腕は、全員死んだ」
「なっ!?う、嘘だろ?帝国でもSクラスを期待された連中だぞ」
帝国ってハッキリ言っちゃうんだ。
コレを聞いたアルノルトさんは、少し険しい表情になった。
牙が見えてしまって、少し怖い。
「お前に逃げ場は無い。というより、この村の秘密を知ったお前を、逃すつもりも無いみたいだよ」
「悪いが牛の方、彼は必殺でお願いいたします」
「その依頼、承りました」
アルノルトさん達は、ヤッヒローの秘密を帝国に知られたくないのだ。
襲ってきた連中の絶対に話さないという口約束など、信用に値しない。
精神魔法で契約を結ぶという手もあるが、それは僕達がやるべき事ではないのでね。
あくまでも、ブラッドさんやパウルさん達。
ヤッヒローの村人主体で、この連中をどうするのか決めるべきだと僕は思う。
「諦めるんだな。お前だって、命乞いをしてきた連中を殺したんだろう?」
「クソが!それ以外の手が、あるわけないだろうが!」
「逃げれば良かったんだ」
逃げれば良かった。
そう言ったのは、アルノルトさんだった。
今までこの場に居なかった人物を見た佐藤ブルーは、その病的なまでよ色白な顔と牙を見て、何者なのか悟った。
「なるほど。こんな連中が裏に居たのか。こりゃあ確かにバレたら大事だわな。でも、逃げれば良かったってのは意味が分からない」
「私達はね、生きる為に逃げてきたんですよ。貴方と同じように、人を殺しながら生きてきた私達は、逆に殺される立場に変わりました。だから、殺されないように逃げてきた」
「・・・へぇ。ヴァンパイアって弱いのか」
「馬鹿!お前見てないから言えるけど、めっちゃ強いぞ!」
「ハクトピンクは、何も出来ずに死んだぞ。僕達が手を焼いた周りの厄介な護衛も、彼等の前では子供同然だったわ」
僕達の言葉を聞いたコイツは、理解出来なかったのか固まった。
「あのウザい女は分かるが、周りの連中もだと!?」
「瞬殺だったぞ」
「嘘だろ!そんな連中がどうして逃げるんだ!?」
「私達が弱かったからですよ。調子に乗った結果が死です。貴方も同じだったのでしょう。そして逃げる機会はあったのに、逃げなかった」
「逃げる暇なんか無かったわ!」
いやいや、こっちにはイッシーという経験者が居るのでね。
それは言い訳にしかならない。
「残念ながら、貴方は選択を間違えた。牛の方、どうぞ」
「は?な、なんだこりゃ!?身体が動かねぇ!」
どうやら話している間、アルノルトさんは徐々に身体を霧状に変えていたらしい。
よく見ると身体が薄くなっている。
「いよいよ逃げられないようですね。では、ワタクシ渾身の拳で打ち抜くとしましょう」
太田が拳を握ると、メキメキという嫌な音が聞こえた。
腕の筋肉が盛り上がり、太田は大振りのパンチを佐藤ブルーへと打ち込んだ。
「や、やめっ!」
う、うわぁ・・・。
後頭部が背中にくっついたぞ。
首が折れて、明後日の方向を向いている。
かなりグロテスクな光景だ。
「牛の方、ありがとうございます」
「ワタクシ、太田と申します。貴方のおかげで、ようやく攻撃を当てる事が出来ました。感謝します」
「太田氏には、こちらこそ感謝します。まだ夜も更けてきたばかり。ここからは我々が掃討戦に移りますので、皆さんは村でゆっくりとお休み下さい」