ハクトピンクの力
太田イエロー、なかなかやるな。
佐藤さんと太田を入れ替えて、お互い別の偽者と対峙した二人。
とは言っても、太田は頑丈だから多少殴られても平気だろう。
そういう判断を勝手に下して、僕は佐藤さんだけをフォローしていた。
武器の違いはあるものの、佐藤さんと太田イエローのテクニシャン対決だ。
もっと拮抗するかとも思ってたんだけど、これがまた佐藤さんの速攻が効いたね。
周りをウロチョロしていた太田イエローの取り巻き達も、佐藤さんの速さには付いていけなかったらしい。
魔法を放つタイミングを計っていたけど、速過ぎて撃てなかったみたいだ。
下手に撃てば、味方の太田イエローに当たる。
佐藤さんを狙っていて僕に気付かない連中を、端から順々に、彼等を倒していった。
彼は起死回生の一撃とばかりに、よく分からない事を言いながらバルデッシュを地面に叩きつけた。
すると地面が割れて、佐藤さんが飲み込まれようとしているじゃないか!
あんな技もあるんだ。
土魔法を応用した技みたいだけど、僕も参考にしよう。
太田イエローを倒した佐藤さんは、少し元気が無かった。
何処か感情移入でも、するところがあったのかもしれない。
しかし自分の偽者、佐藤ブルーには厳しい佐藤さん。
彼にヤジを飛ばしていると、彼は倒れた。
うーん、魔王として不意打ちはどうなんだろう?
兄が横から鉄棒をフルスイングして、こめかみにぶちかました。
倒れる佐藤ブルー。
「えっ?ワタクシの出番は?」
「お前が遅いからだろ!」
その理由は酷くないか?
逃げ回る佐藤ブルーを追い詰めても、下手したら自棄になったかもしれないし。
倒すのは良いけど、もうちょっと太田への言い方ってものがあると思う。
「気を付けろ。コイツ、わざと倒れたからな」
「え?そうなの?」
「阿久野くんは、角度的に見えなかったかな。この野郎、鉄棒が当たる瞬間に、頭と鉄棒の間にグローブを入れてたんだよね。アレなら衝撃は吸収されてるはず」
「そうなんだ。じゃあ、今のうちにトドメを刺しておかないと。太田、全力で叩きつけろ」
「御意」
両手で持ったバルデッシュを振り上げ、力の限り太田ブルーに向かって振り下ろす。
角度的に当たるのは、心臓辺りかな。
しかし佐藤さんの言った通り、彼は振り下ろされるバルデッシュを寝転がりながら避けた。
「危なっ!お前達、多勢に無勢で卑怯だぞ!」
「お前がそれ言うか!?」
思わず僕が答えてしまった。
あまりに自分勝手な言い分に、怒りを通り越して呆れるレベルだ。
「ハァ、俺の偽者がこんなのとはなぁ。ダサくて泣きそう」
「うるせーよ。生きてナンボの命だ」
なるほど。
蘭丸シルバーとは対極の考えだね。
僕としてはこっちの方が賛同出来るけど、コイツに言われるとイラっとしてしまう。
「太田、佐藤さんはキッチリと倒したからな。お前はどうなんだ?」
「俺が代わりにやっても良いよ。このおっさん、ムカつくし」
「キャプテンの手を煩わせるわけには。佐藤殿は仕事をこなしたのですから、ワタクシも」
「だったら、俺達は手出ししないでいいな」
兄と佐藤さんは、周囲から邪魔が入らないように見張りを始めた。
僕はそれを見て、この場は任せられるかなと思い、長谷部が戦っている場所へと向かおうと考えた。
だが、その前に。
「佐藤ブルーさん、ハクトピンクを見ていないんだけど。何処に居るのかな?」
「ケッ!知るかあんな性悪女」
性悪って、性格だけならアンタも負けてないから。
しかしハクトピンクは、性悪なのか。
ハクトとは真逆の性格なのかもしれない。
うーん、相性悪そうだな。
まあ、会っていない女の事を考えても仕方ない。
「僕、長谷部の方を見に行くから。後は頼んだよ」
僕は長谷部が戦っている場所を目指した。
目指したのだが、迷った・・・。
いかんせん、佐藤さんが途中で振り回してくれたので、自分が何処へ来たのか分からないのだ。
なんとなく勘を頼りに人が多そうな場所へ向かってみたが、どうやら間違えたらしい。
「敵か?お嬢さんを守れ!」
「お嬢さん?」
男達が壁を作り出すと、誰かが弓で僕を狙い撃ちしてきた。
とは言っても、このミスリル製の身体を貫く程の威力はサラサラ無い。
僕の目でも反応出来たのだ。
当たっても、大した事は無いと言っているようなものだ。
「ウソッ!弾かれちゃった!」
「なるほど。お前がハクトピンクか」
「人形が喋った!?キモ〜イ」
「き、キモイィ!?」
フゥ、冷静になれよ僕。
性悪だと聞いていたじゃないか。
これもこの女の作戦なのかもしれない。
「この辺の連中って、こんな気持ち悪い人形使ってるの?人形が動くとか、呪いの人形でしょ。放っておくと髪とか伸びそう。うわぁ、キモイ」
「こんのクソ女があぁ!!」
「スヴェル!」
「何!?」
盾を持った大男が、急に彼女の前に立ちはだかった。
頭に来て火球で髪でも焦がして、驚かそうと思っていたのに。
盾を前に出すと、火球は霧散してしまった。
「オホホホ!魔法の対策は万全でしてよ」
「それじゃ、弓矢の対策はどうかな?」
僕の後ろから、矢が丘の上に向かって放たれた。
大男は再び盾を前に出して、矢を弾き落とす。
「誰よ!」
「女性は優しくしろってロックさんから言われてるけど、今回は良かったよ」
「ハクトか!?それよりも良かったってどういう事?」
「ヒステリックな女性だけは別だって」
ロック、アイツは何を教えてるんだ・・・。
しかし、ハクトの言葉が火に油を注いだらしい。
「誰がヒステリックよ!アンタ、ちょっと顔が良いからって調子に乗ってるんじゃないの!?」
「ホントにヒステリックな女だなぁ。キイキィ喧しいわ」
「マオくん駄目だよ。本当の事を言うと、もっとうるさくなるからね」
「アンタ達、黙って聞いていれば!」
女は再び矢を放ってきた。
今度はハクトが狙いらしい。
風魔法で簡単に防ぐと、ハクトはお返しとばかりに、矢を丘の上に放った。
「そんなショボい弓で、アタシに当たるわけないじゃない。スヴェル」
やはり大男が守っていて、彼女には届かなかった。
どうやら彼女は、そこまで力が無いっぽい。
代わりに部下のスヴェルという大男が、確実に攻撃を防いでくれている。
スヴェルさえどうにかすれば、問題無さそうだ。
「フーン、弓使いと魔法を使う人形ね。だったらこっちにもやり方があるわ。モラルタ、ベガルタ。奴等を斬り殺しなさい」
「ぬわっ!二人も来た!一旦下がろう」
こっちは後方支援がメインの二人だ。
剣を持った男二人を相手にしていたら、ちょっと面倒である。
わざわざ相手の土俵に上がる必要は無い。
「この辺りまで来れば、大丈夫かな。それよりもハクト。どうして前まで来たんだ?官兵衛の護衛は?」
「長谷部くんが戻ってきたんだ。かなり怪我をしてたから、彼を回復させてから交代でこっちに来たんだよ」
長谷部は慶次ブラックを倒したのか。
有言実行とは、長谷部やるな!
「長谷部の事は分かった。代わりにハクトが前線に来ても、厳しいんじゃない?」
「丘の上から見ると分かるんだけど、前線がかなり押し上げられているんだよ。僕は後方支援だけをするつもりだったんだけど、何故かマオくんが一人だけ明後日の方へ向かうから」
やらかしたのは僕だったか。
一人孤立しかけた僕を助けに、わざわざ前線に来てくれたとは。
やはり視線が低いと分からんな。
と、言い訳をしておこう。
「居たぞ!」
「追っ手だ。どうしよう?」
「兄さん達と合流しよう。あの剣使い二人は、僕達じゃあ面倒だ」
「場所は?」
「えーと、あっち?」
アレ?
どうして僕は自信が無いんだ?
佐藤さんに振り回されていた時とは違い、ポケバイで自分で走ってきた道だぞ。
明らかにおかしい。
「ごめん。自信が無い」
「その気持ち、分かるよ。僕も来た道が分からなくなってる」
ハッキリ言って、この丘は見晴らしが良い。
迷う程複雑な道ではないのに、どうしても思い出せない。
「居ました!」
「それ!」
僕達の前から矢が飛んできた。
前から?
やはりおかしい。
「どうして前から矢が?」
「お馬鹿さん達、理由を教えてあげよう」
前から現れたのは、派手なピンクの鎧を着た女だった。
その手には何やら、光る火のような物が見える。
「何だそれ?」
「ウィルオウィスプって言うのさ。アタシの召喚魔法で呼び出せる」
ウィルオウィスプ!?
名前はゲームで聞いた事ある。
人を惑わせて、沼とかに誘い出す鬼火だったかな?
人魂とも言われてた気がしたけど、召喚魔法なのか。
「アンタはこの火を見た時点で、既にアタシの術中にハマってるのさ」
「下手な弓でも倒せるのは、そういう訳か」
「キモイ人形がうるさいわね。さっさと壊れなさい。モラルタ、ベガルタ」
マズイ。
剣使いの二人がこっちに向かってきた。
このままだと接近戦になってしまう。
「マオくん、どうする?」
「逃げたいけど、どうしようも出来ない。ちょっと無理をするしか無いね」
これは最後の手段でもある。
巨大化してハクトを掴んで、走って逃げる。
問題は人形の姿で、巨大化をした事は無い事だ。
おそらくは人形の姿時の魔力の量を考慮しても、残された時間はあまり無いと思う。
巨大化すれば、道に迷おうが関係無く距離は取れる。
上手くいけば踏み潰して、ある程度の数は減らせそうだしね。
「僕が巨大化して、ハクトを持って逃げるから。ハクトは魔法で支援して」
「巨大化して!?出来るの?」
「自信はそこまで無い。一旦距離を取って戦うには、これしか無いと思う」
「何かをするつもりだろうけど、残念。この子を見たら、火が消えるまでは駄目よ」
馬鹿女め。
調子に乗って、突破方法を教えてくれたじゃないか。
「僕が走り出したら、ハクトはあの火を全力で狙って」
「分かった」
駄目で元々。
最悪はハクトだけでも逃げてもらおう。
「行くぞ!」
僕は巨大化を試みると、自分の視点がどんどん上がっていくのが分かった。
さっきまで見上げていた木々を見下ろし、今では十メートルくらいの大きさにはなったと思われる。
「ハクト!」
僕は手を広げて、ハクトの前に差し出した。
彼は手のひらに乗ると、指を掴む。
「走るから握るよ。痛かったら言って」
「分かった!攻撃を開始するね」
僕は彼等に背を向けて走り出すと、あの忌々しいピンク色が遠ざかるのが分かった。
「行ける!このまま距離を取ろう!」
僕は走った。
ハッキリ言って、こんなに全力疾走したのは何年振りかというレベルだ。
「マオくん、前!」
「なっ!?」
「ハイ、おかえり。だから言ったのに」
「ハクト、僕がどう走ってたか分かる?」
「分からない・・・。気付いたら僕達の目の前に、あの女が見えてきた」
やはり自分から、元の位置に戻ってしまっているという事か。
明鏡止水で消費量を減らしていても、魔力も少ないのが分かる。
僕の身体が、小さくなってきているからだ。
「万策尽きたようね。そろそろ死になさいな」
「本人は大した事無いのに、周りが厄介だね。辺りも暗くなってきたし、嫌でもあの火が目に入るよ」
確かに。
今ではあの火が、松明代わりになっているような感じになってきた。
ん?
暗くなってきた?
「ハクト!脱出は出来ないかもだけど、応援を呼ぶ方法なら思いついた」
「他の皆は佐藤ブルーと戦ってるんでしょ?」
「もう倒し終わってるかもしれないし、それ以外の連中かもしれない」
とにかくやってみよう。
「何をごちゃごちゃと。モラルタ、ベガルタ。今度こそ終わりよ。始末しなさい」
「そんなお前にフラアァァッシュ!!」
「何よ!?そんな嫌がらせ、意味無いじゃない!」
どうせ目を潰して逃げても、元の場所に戻ってきてしまう。
彼女達は無駄な行為だと感じたのだろう。
だけど僕の狙いは、別にある。
来た!
「おーい!こっちですー!」
僕が見つけたのは、無数の蝙蝠。
それは僕達を見つけると、すぐに集まってきた。
「急に光ったから、ビックリしましたよ。しかし夜になるまで、本当に耐えきるとは」
「気付いてくれてありがとう。彼女達を倒せば、形勢は一気にこちらへ傾く。吸血鬼族の皆さん、やっちゃって下さい!」




