蹴られる魔王
「というわけで、昼には旅に出発する事になった。まずは正体を隠して、リザードマンの町に戻ってもらう。まさか死んだはずの人間が、罪を償う為に町に戻ってくるとは思わないだろうし」
「随分と急な出発ですね。でも前々から準備をしていたと聞くと、私達の返事待ちだったのかもしれません」
「僕も同じ事を思ったよ。だからこそ、本人がすぐに出発を求めたのかもしれないね」
周りの皆も感じていたように、各々納得しているようだ。
もうちょっとしたら、スロウスと戦っても面白いかなと思ってたんだけど。
その機会が訪れる事は、あるのか無いのか。
それは神のみぞ知る、かな?
「準備出来ました。まずはリザードマンの町へ戻って、怪我をさせた方や町長の役に立ってみせます!」
「頑張ってください。それとこれを」
僕が頑張って作った、石の仮面だ。
これを被れば、顔が隠れて斎田さんだとは分からないだろう。
カツラを渡そうと思っていたのだが、あまりに酷いと言われたので仮面に変更しておいた。
鉄とかミスリルの仮面は処分に困るかなと思ったから、わざわざ石にしたんだけど。
「流石に顔バレはマズイと思うので、作ってみました。これを被れば、そうそうバレないと思います。バレそうになったら、ウリィィィ!!とでも叫んでください」
「俺、吸血鬼になるつもりは無いんだけど・・・」
あら?
元ネタ知ってるのか。
というかアラフォーですもんね。
読んでても不思議ではないか。
「それと一応カツラも準備したんですが、持っていきます?」
一応作ったから。
酷いと言われようが、欲しいというかもしれないじゃないか。
でもこちらは、あまり作りが良くない。
何故なら、カツラの作り方なんか知らないから。
そもそもアレって、本物の毛を使ってるのかすら知らない。
だから植物繊維か何かから作った物なので、触り心地も何もかもが違和感があった。
被ったら別種族扱いされて、それはある意味で変装になってるのかもしれない。
「これは要らないかなぁ。せっかく作ってくれて申し訳ないけど、ちょっと違う気がする」
ですよね〜。
そう言われても仕方ない作りなので、分かります。
「何故カツラなんか必要なのですか?」
ズンタッタが真顔で質問してきた。
何故って、それは、ねぇ。
こちらからは言いづらいですよ。
「ズンタッタさん。俺はね、前の世界で散々この頭を揶揄われてきたんですよ。20代半ばで薄くなり、変わりたいと願ったのも、ある意味これのせいもあるかもしれないですね」
自分のコンプレックスを包み隠さずに言えるのって、結構凄い事だと思う。
この人はやっぱり、強い人だ。
僕は言いづらいな。
【なんだ、隠してる事でもあるのか?】
今はいいよ。
それより斎田さんの方に集中。
「別に髪が薄い事なんか、悪くないですよ。どの国だったかな?確か髪が薄い事は騎士の誉と言っている国もありますよ。兜を長時間被ると、蒸れて髪が薄くなりやすいとかで。長時間被っているという事は、それだけ戦場に長くいるという事ですからな」
髪が薄いと騎士の誉って、凄い国だなぁ。
でもそういうの聞くと、ちょっとは元気付けられるかな。
「そんな国があるんですね。償いが全て済んだら、そちらの国に向かってみようかな?」
「それと髪を生やしたいなら、妖精族を頼ってもいいかもしれませんよ?」
妖精族?
何で急に妖精が関わるんだ?
「妖精族が作る回復薬に、魔法よりも優れた物があります。気付や軟膏、その他回復薬とは違った効果を持っている物があるそうで。何とかポーションとか言って、通常のポーションより希少みたいですが、元の状態に戻す効果があるとか」
「ななな何て言いましたか、今!」
「ポーション?」
「違います!効果の話!」
グイグイ来る斎田さんに、かなり引き気味になっている。
でも日本でも状態を元に戻す発毛剤なんか、売ってないからね。
それだけ価値はある。
「俺、償いが終わったら、妖精に会いに行くんだ」
死亡フラグみたいな事を言い出した。
ここまで強くなっていれば、そんな簡単にはやられたりしないはずだけどね。
「皆さん、ありがとうございました。誠心誠意を込めて、償いを行いたいと思います」
そう言い残し、振り返らずにリザードマンの町へ戻っていった。
石仮面、ちゃんと被ってくれよな。
僕はそう思いながら、その背中を見送った。
斎田さんが見えなくなったところで、そろそろ例のアレを発表しようと思う。
【そうだな。どうせだから驚かせないか?俺が人形持って、腹話術やってるフリしてさ】
それいい!
面白そうだ。
最初は腹話術風にやって、途中でネタバラシで僕が動けばいいんじゃない?
【それだな。それで行こう。皆のビックリする顔を思い浮かべると、先にニヤニヤしてきちゃうな】
駄目だよ。
ドッキリなんだから。
あ、どうせなら僕の真似してれば?
僕の真似して腹話術してて、実は人形の方が僕でしたみたいな。
【お前もノリノリだなぁ。じゃあ交代しても、お前のフリを続けてみよう。その後に腹話術をして、最後にネタバラシ。これでいいな?】
OKブラザー。
あぁ、楽しみだな。
よし、代わったな。
お前もちゃんと動くか、見えない所で確認してみてくれ。
ツムジの背中の上だったら分からないだろ。
「アタシも協力するの?面白そうだからいいけど」
ツムジが空に上がっていった。
「大丈夫だね。じゃあ魔王人形ドッキリ開始だよ!」
「アタシは何するの?」
見ていてくれればいいよ。
驚く様子を見て、楽しんでくれ。
「皆、斎田さんも旅立った事だし、僕等も出発の準備をしよう」
(兄さん、上手いじゃないか。皆、まだ気付いてないね)
あぁ、ただ太田だけは要注意だ。
アイツはすぐに見抜くからな。
そしてこれ見よがしに、人形を胸の前に持っていた。
「魔王様、その人形は何ですか?」
よし!食いついたぞ。
予定通り、腹話術を開始する。
「あぁ、皆が鍛錬を頑張っていたからね。僕も皆を労おうと思って、腹話術の練習をしていたんだ」
「腹話術ですか?俺達、初めて見ます」
チトリがいい反応をしてくれている。
このまま腹話術をしてみよう。
ついでに喋るのはお前に任せるからな。
(OK、適当に何か喋るよ)
「チトリは腹話術は初めてか?僕もこういうの初めてやるよ。他の皆はどうだい?」
「魔王様、上手い!」
「なかなかやるじゃないか!」
「・・・どうやって喋ってるの?」
反応は上々。
なかなか良いぞ。
「シーファクも楽しんでるか?僕の顔を見て、惚れるなよ?」
おいおい、言うねぇ。
人形だからか、いつもより強気な気がするぞ。
「ハァ?悪いけどコレ、めっちゃブサイクですよ。もうちょっと上手く顔作れなかったんですか?」
シーファクがちょっとキレ気味に文句を言ってきた。
まあブサイクというか、愛嬌のある顔じゃないかな?
俺はまだアリだと・・・って、オイ!
「ブサイクで悪かったな。これでも頑張って作ったんだよ!」
俺の腕から離れて、人形がシーファクの前に立ち上がった。
「き、キャアァァァァ!!!!」
ドガァァァン!!
「え?」
立ち上がった人形を、全力で蹴り飛ばすシーファク。
物凄い回転をしながら、遙か後方へ飛んでいった。
「お、オイィィィ!!お前何してくれちゃってんの!?」
「だって気持ち悪かったから」
「気持ち悪かったって!お前、蹴飛ばすなよ!あ、アイツ大丈夫か!?」
振り返ると、瀕死の重傷を負ったかのような人形が倒れていた。
油が切れたかのように、ギィギィ音を立ててそうな動きで立ち上がる。
「おぉ!立ち上がった!無事だったか!?」
と思ったのも束の間。
そのまま仰向けにパタリと倒れた。
「あ・・・」
皆も言葉を失っている。
シーファクだけが、自分は悪くないみたいな顔をしているが。
「あ、アタシ連れてくる!」
ツムジがそう言って、人形を咥えて戻ってきてくれた。
「ひ、酷い目に遭った」
「お前、怪我は無いのか!?」
「怪我とか痛みは大丈夫。それよりも凄い回転で、目の前が縦に回ったり横に回ったり。気持ち悪い・・・」
そしてパタリとまた倒れた。
「こ、これは一体・・・?」
人形と会話をしている姿に、一同困惑をしている。
ドッキリどころじゃなくなってしまったわ!
「もう面倒だから先に話しておく。この人形の胸の石が、魂の欠片だ。それでこの中にも俺が入っている。正確には俺じゃないけど」
「ハァァァァ!?」
「あぁ、なるほど。こちらの人形には魔王様。そして此方の身体には、キャプテンがいらっしゃる訳ですな」
皆が驚く中、一人冷静に分析する太田。
この感じだと、途中でバレてたかな?
「太田はいつ気付いた?」
「全く分かりませんでした。蹴られて慌てたキャプテンを見て、初めて気付きました」
俺の物真似も満更ではないという事だな。
いつかまたやろう。
「ふぅ、ようやくマトモになってきた。オイ!ブサイクってどういう事だ!」
そっちに文句言うのかよ!
蹴られた事は怒ってないのか。
「だって可愛くないんだもん!もう少し、マトモな造形にしてから文句言ってくださいよ」
「僕だって頑張って作ったんだよ!これだから美術は嫌いなんだ!そこまで言うなら、シーファクがこの顔の代わりを作れ!」
めっちゃキレてるな。
あんまり怒ると、眉間のシワが取れなくなるよ?
「兄さんは黙ってて!つーか人形の眉間にシワなんか出来ないから」
冷静なツッコミをありがとう。
俺、もう丸投げしていいですか?
「確認ですが、キャプテンが兄で魔王様が弟という認識でよろしいですか?」
ズンタッタが恐る恐る聞いてくる。
さっきまで物真似とかしてたから、頭の中でこんがらがってるのかもしれない。
「そうだ。俺が兄、あっち弟。でも弟の方が頭は良いから。何か相談があるなら、向こうにした方が良いと思うぞ?」
「でもこれなら、お二人ともお話が出来ますね。俺達には、中の人がどっちだか全然分かりませんでしたから」
ラコーンの言葉にチトリとスロウス、そして蘭丸が頷いてる。
蘭丸は分かってくれても良くない?
ちょっとショックだわ。
「僕がよく話してたマオくんは魔王様の方だね。なんとなく分かるよ」
流石はハクトだ。
どこぞのイケメンエルフとは違う。
中身までイケメンだな。
「魔王様って、そんな事で怒るなんて心が狭いよね!」
「にゃんだと!?頑張って作った物をそんな風に言われたら、頭に来るに決まってるだろ!」
にゃんだとって言ってる。
マジギレしてるな。
ギャーギャーうるさい。
「一生懸命作った物を、ブサイク呼ばわりしたシーファクが悪い。でもそこで大人気なくキレるお前も悪い。それでいいだろ」
「流石はキャプテン。名裁きでございます」
「そうですな、太田殿の言う通りかと」
え?そう?
俺、活躍しちゃったかな?
キャプテンですからね。
というか、高校時代もこんな事あったからね。
「ひとまずはシーファクがそこまで言うなら、自分で作ってみる?カッコよく作れたら、僕もそれを使うよ」
「私にそんな技術ありませんよ。だからしばらくはこのままで我慢します」
我慢って・・・。
もうちょい言い方ってものがあるでしょうに。
「手先が器用な者に会ったら、作ってもらおう。正直言って、僕だってカッコいいとは思ってないから」
「魔王様、その身体でも魔法は使えるのですか?」
「使えるけど、めちゃくちゃ弱い。一般的な威力しか出せなかったな。それに創造魔法は使えなかった」
正直な話、この状態では戦闘は無理だろう。
俺が接近戦で、人形を盾にして使うくらいだな。
「その使い方はやめてくれ。死なないにしても、怖いから」
冗談だよ、冗談。
でも真面目な話、戦う時は戻った方が良いな。
欠片を集めれば変わるのかもしれないけど、現状なら会話するだけにした方がいいと思う。
「そうだね。この状態だと、ツムジに乗って偵察出来るくらいかな」
「偵察だけなら、アタシだけでも十分だけどね。魔王様2人なら、遠くても話しかけられるし」
それはつまり、魔王人形は要らないのでは?という宣告かな?
通常会話や作戦会議くらいにしか、活躍する場は無いという事か。
「せっかく作ったんだから、もう少し活用方法を考えようよ。じゃないとコレ、シーファクに貶されただけのブサイク人形って扱いになっちゃうし」
残念だけど、ブサイク人形って事で。
そういえばさ、隠し事か何かしてるっぽい話が出たけど、何か隠してるのか?
「特に隠し事なんかしてないよ。あっても言えない事ってあるじゃない?」
そうか?
俺、特に無いぞ。
基本的に全てを曝け出すスタイルだからな。
痛くない腹を探られるなら、最初から全ての扉は開けっ放しにしておくって決めている。
「随分とお気楽な考えだね。僕には無理だなぁ」
ふーん、自分から言いたくないなら別に聞かないけどね。
(言える訳がない。野球してる時の兄さんみたいに、人を感動させられるような人間に変わりたかったとかね)