偽者
吸血鬼って言っても、大してヒト族と変わらないな。
むしろヒト族よりデリケートなんじゃない?
肌が弱いからという理由で、昼間は活動出来ないと言っていたけど、それって無理すれば大丈夫って事だろうし。
多分だけど銀の壁だか門の話も、金属アレルギーとかそんなオチだろう。
痒みを我慢すれば、破壊出来そうな気がする。
そんな彼等の作ったトマトジュース。
正確にはオレンジがブレンドされてるから、ミックスジュースだけど。
アレは本当に美味かった!
トマトジュースがあんなに甘いとか、革新的なレベルだよ。
是非とも作り方を伝授願いたいものだ。
そんな事をしていたら、村に誰かが攻撃を仕掛けてきたらしい。
魔王とか言ってるからどうせ帝国かなと思ったら、魔法使ってるって話じゃないか!
となると、又左達が関係してるのかと僕達も慌てて見に行ったんだけども。
そしたら本当に、バーニングとかフリージングとか言ってるじゃん。
でもね、何故か又左バーニングとか慶次フリージングじゃなくて、全部魔王なんだよね。
ハッキリ言おう。
誰だよ!
あまりの稚拙なレベルに、思わず叫んでしまった。
集まった吸血鬼達も向こうの誰だか分からない連中からも、注目を集める事になった。
「何だとこのガキ。俺の名を言ってみろ!」
「知るかボケ!」
無詠唱で同じように氷の矢を作り出すと、柵の向こうからはどよめきが広がっている。
まさか魔族が村に居るとは、思ってなかったのか?
「ま、魔王バーニング!」
「使い方が違うんだよ!太田!」
「太田バアァァニング!!」
太田の放った炎は、向こうからやって来た小さな火球を呑み込んだ。
放射状に広がる炎に、向こう側に居る数人に炎が燃え移ったらしい。
慌てて水で消化しているのが分かる。
「ま、マズイ!炎が強過ぎて、村の周りに延焼している!」
「太田殿、やり過ぎですよ。佐藤フリイィィィジング!!」
「おぉ!氷が広がっていく。これなら村に被害は出ないだろうね。助かったよ」
佐藤さんの右ストレートが吹雪を起こして、地面を氷が覆っていく。
数人の足が凍り付き、逃げられないようだ。
「ひ、引け!引けえー!」
「逃がすかボケェ!」
「長谷部くん!逃げ遅れた者を捕まえて下さい!」
「分かりました!」
長谷部は足を引き抜こうと足掻いている者の頭を木刀で殴り、気絶させた。
同じような事を数人にすると、辺りには人の姿が無くなっていた。
「一度、私の家に戻りましょう。大丈夫ですよ。私達はそう簡単に、やられはしませんから」
「だったら俺達も手伝ってくる!」
「長谷部くんが行くなら、俺も手伝ってくるよ」
長谷部と佐藤さんが、逃げた敵を追い掛けている吸血鬼の手伝いを買って出た。
ヴラッドさんはそれに頷くと、二人も外へと走っていく。
「聞かないのですか?」
「何をです?」
「佐藤殿と長谷部くんの事を」
そういえば、追い掛けるのを許可はしたけど、ヴラッドさんって二人の強さとか知らないんだよね。
足手まといになるとか、考えなかったのかな。
「信用してる、と言うと嘘っぽいですね。でも、私は私の仲間を信用しているので」
「なるほど。理解しました」
「吾輩も吸血鬼の強さを、見たかったのである」
「お仲間さんから聞いて下さい」
要は佐藤さん達が強かろうが弱かろうが、関係無いと言いたいんだろう。
自分達だけで済ませられるという、確信があるっぽい。
それを佐藤さんと長谷部に聞けって言ってるんだから、どれだけ自信あるんだよって話だ。
「家で待っていれば、夜明け前に帰ってきますよ」
確かに二時間程したら、二人は帰ってきた。
疲れたという様子は無く、怪我もしていない。
「どうだった?」
「い、いやぁ、何もしなかったわ」
「俺達、見てるだけでした」
マジか!
この二人だって、あの程度の連中には遅れを取らないとは思ったけど、手出しすらさせないくらい吸血鬼は強いのか。
ヴラッドさんの温和な印象を、改める必要がありそうだ。
「ほらね、私の言った通りでしょ?でも、二人も凄かったですね。彼等の動きを見て、注意を促したましたから」
「村長さん、見てたような言い草だな」
「実際に見てましたからね」
「えっ!?あっ!」
窓枠に、小さな蝙蝠が一匹居るのが見える。
佐藤さん達もそれを見て、そういえば蝙蝠が飛んでいたと言い出した。
「まさか、俺達監視されていたとはね」
「監視だなんて!阿久野くんのお連れの方に、怪我が無いようにと配慮しただけです。必要ありませんでしたがね」
それを聞いた二人は苦笑いで、戦いの様子を話し始めた。
「吸血鬼族って凄いっすわ。斬られても霧というか、黒いモヤみたいな物になって斬れないし」
「そうそう。腕が斬り落とされたー!って思ってたら、元に戻ってるんだもん。俺達、驚いて口開けて見てただけだよ」
「それに剣も強いし、魔法も使ってたし」
「魔法くらいしか効かないんじゃない?」
二人の話ぶりからすると、吸血鬼族の強さは尋常じゃないっぽい。
おそらくはこの中で彼等と戦えるのは、僕とハクト、辛うじて佐藤さんと太田になりそうだ。
しかも佐藤さんと太田は、クリスタルの中の魔法が切れたら、お手上げだろう。
吸血鬼族、恐るべし!
「そんなに褒められると照れますね。ところで私からも質問があります」
「何でしょう?」
「さっき村を襲った連中と同じ攻撃を、こちらのお二人がやっていました。皆さん、何か知っているのではありませんか?」
佐藤さんと太田の攻撃の事か。
威力は段違いだが、確かに同じと言えば同じ。
それに気付いたんだろう。
彼等と敵対するのは得策じゃないし、ここは全て話した方が良いだろう。
「ヴラッドさん、魔王の名前は知ってます?」
「阿久野ですよね?」
「それは苗字。姓の方です。下の名前は?」
「そうなんですか?知らなかったな」
「姓は阿久野、名はマオ。真の王と書いて、マオ。それが魔王の名前です。そして、僕の名前でもある」
「・・・ん?僕の?阿久野くんが魔王なんですか!?」
やっぱり驚いた。
でも、魔王という存在が彼等の中ではそこまで重要ではないようで、僕が魔王だと分かっても態度が変わるような事は無かった。
「少し質問良いですか?ワタクシ、先程の佐藤殿達のお話を聞いて疑問に思ったのですが、吸血鬼族は先代の魔王様から招集はされなかったのですか?」
あ、言われてみれば確かに。
それほど強いなら、先代はすっ飛んで誘いに来そうなものだが。
「先代の魔王ですか?どなたか知らないですし、私達の存在も知らないと思いますよ」
「どういう事でしょう?」
「吸血鬼族の存在を知っているのは、この辺りだと柴田さんくらいでしょう。彼等とはイザコザを起こしたくなかったので、先に挨拶をしておいたのです」
「となると、柴田殿の方には招集に伺ったけど、ヴラッドさんの方には来てないのか」
「帝国にもこの村は、ヒト族の村だと思われてますし。その先代魔王も来る必要が無いと思ったのでしょうね」
なるほど。
吸血鬼族って、そこまで存在が知られてないのか。
そうなると、僕達に正体を教えてくれた理由が気になるな。
「ヴラッド殿。この村は帝国から、ヒト族の村だと思われていると仰いましたね?では、連中はヒト族の村を襲ったという認識で大丈夫ですか?」
「そうです」
「理解しました」
官兵衛が何かに気付いたらしい。
ヴラッドさんも気になるらしく、官兵衛の言葉の続きを待っている。
「帝国は安土を、ヒト族の共通の敵に仕立て上げようとしているのです」
「安土を?」
「安土って阿久野くんの住んでる場所?」
「そうです」
「どうして帝国が、安土にそんな事しようとしてるのかな?」
僕はその言葉に違和感を覚えた。
もしかしてヴラッドさん、帝国がどんな事をしてるのか知らない?
あ!
ヒト族の村だと思われてるから、魔族の情報なんか入ってきてないのかも。
もしくは、昼の村長であるパウルさんには、魔族に悪い印象を与えるような情報は入ってるのかもね。
でも彼等には吸血鬼族が居るから、魔族に悪い印象を与えられなかったんだろう。
そんな情報を、夜の村人であるヴラッドさん達には回さなかったのかもしれないな。
「オイラ達と帝国がどんな関係にあるか。お話ししましょう」
ヴラッドさんは、寝耳に水といった様子だった。
もし何も知らずに、帝国の連中と遭っていたなら、彼等も帝国に実験に付き合わされていたに違いない。
「全く知りませんでした。パウルさんの情報統制のおかげですね。後で直接、お礼を言わねば」
彼は夜の村長として、昼の村長に直接お礼を言いたいらしい。
確かにパウルさんのおかげ、というよりも、昼の村人全員のおかげだと思う。
「そういうわけで、僕達は帝国と敵対してるんだよね。その事もあって、東の魔族領である柴田勝家の所に行きたいんだけど」
「越前国ですか。かなり広いですよ。今は固く門を閉ざして、中に入るのは一苦労だと聞きますが」
東側の人でもそう言うくらいだ。
やっぱり会うには、一筋縄ではいかないようだね。
「ヴラッド殿でも会うのは難しいですか?」
「どうでしょう?でも私、ヤッヒローから離れる気は無いです。さっきのような事があったので、尚更ですね」
そりゃそうだ。
村を離れて戻ってきたら、帝国に滅ぼされてましたなんて、冗談でも笑えない。
「ならば、書状はどうでしょう?オイラ達への案内状を、一筆認めていただけないでしょうか?代わりにこちらからは、数台の洗濯機を用意しましょう」
「案内状ですか。それくらいなら」
おぉ!
官兵衛やりおるな。
コバにも頼んで、乾燥機付きの洗濯機の作り方を聞こう。
そんな事を話していると、何やら動きがあったらしい。
ヴラッドさんの眉間に皺が寄った。
「どうやら皆さんの言った通りだったようです。捕まえた敵から、帝国の名が出てきました。それと同時に、再び侵攻してきたようです」
「返り討ちにするんだね」
「そうしたいのですが、問題が・・・」
あ!
空が少し明るくなってきてる!
「私はまだ大丈夫なんですが、やはり若い連中は陽の光に当たると、身体が焼け爛れてしまいます」
「若い吸血鬼は、耐えられないの?」
「スキンケアが下手なんですかねぇ」
スキンケアって・・・。
日焼け止め塗ったって駄目でしょうよ。
「皆さん」
「おう!任せて下さい!」
官兵衛が言おうとする前に、長谷部はすぐに立ち上がった。
佐藤さんや太田も、やる気十分だ。
「皆さん、良いんですか?」
「案内状を書いてもらいたいのもあるけど、それ以前に帝国のやり方がムカつくからね」
「やり方が汚いよな。他人の名を騙って、大した力も無いヒト族の村を襲うなんてさ」
「トマァトとトメイトゥ美味しかったし、僕もこの村を守る為に頑張りますよ!」
そうだよ。
トメイトゥを安土で作りたいのもある。
ここは絶対、死守しなければならない。
「それに吾輩と昌幸殿の努力の結晶である、クリスタル内蔵の武器を使われているのも許せん。皆の衆、やっつけるのである」
そうなんだよね。
とうとう解析されちゃったかって気分だわ。
試作段階なのか、小さいクリスタルを使った武器しかないみたいだけど、ヒト族である帝国がガンガン魔法使ってきてる。
「油断すると食らうからね。弱くても魔法だ。気を付けよう」
いざ出撃!
と思ったのだが、その前に官兵衛から注意があった。
「外に出る前に、まだ来るまでには時間があります。皆さん仮眠しましょう。オイラはこのまま、パウル殿が起きてくるのを待ちます。ヴラッド殿と村の状況説明をしておきますので、皆は寝ていて下さいね」




