二人になった?
「太田さーん!腕立て腹筋背筋、全てノルマ達成しました!」
「では次、ズンタッタ殿との模擬戦をお願いします」
死刑執行という茶番から一週間。
僕等は町から少し離れた森で、斎田さんの鍛錬をしていた。
ズンタッタは斎田さんとの模擬戦で、あの苦戦の決着を着けたいと思っていたらしい。
しかしそこは日本から来た異世界人。
成長具合が早く、逆に負ける事が増えてしまった。
「異世界人というのはズルイですな。私が長年培った技術を、こうも簡単に吸収していくとは」
斎田さんはめちゃくちゃ強い方ではない。
それでもこの短期間で、ズンタッタの剣術を半分以上は習得していた。
そして太田との鍛錬という名の筋トレ。
最初はキツイと言っていたのに、3日目にして太田と出会った頃に兄さんがやらせていたトレーニング量を超えていた。
恐るべし、異世界人。
「スロウス、斎田殿と剣で戦ったら勝てるか?」
チトリがそんな事を聞いている。
「今なら勝てる。でも1ヶ月以上したら勝てない。・・・かもしれない」
この中で剣だけなら一番強いのはスロウスだ。
それでも1ヶ月で勝てなくなるのか。
なかなか凄いな。
「それならラコーンと太田殿、どっちが強いと思う?」
「スロウスお前、それは・・・どっちだろう?」
暴走したら間違いなく太田だろう。
でも通常時なら、バルディッシュ振り回してるだけなんだよね。
斧術なんか教えてくれる人居ないし。
技術ならラコーンだけど、怪力って意味では太田の方が上だし。
良い勝負しそうだね。
でも・・・
「お前等、サボってるとシーファクに怒られるんじゃないの?」
「ちょっとくらいは、休憩しても良いじゃないですか」
「へえ、サボりを休憩って言うんだ。アタシは休憩するなんて、一言も言ってないんだけど?」
「すいません!急いで戻ります!」
怒られるって分かってるなら、サボらなければいいのに。
ラコーン達4人は蘭丸とハクトとも連携が取れるように、今は新しい組み分けを思案中。
蘭丸とスロウスが、意外なコンビとして活躍していた。
ラコーンとシーファクの2人に勝つとは、そこまで強いとは予想外だった。
ハクトは基本的に後衛で回復や付与に専念して、手が空いている時に弓で嫌がらせという手段なので、誰とでも相性は良い。
そしてチトリも器用なのか、帝国組の他の3人どころか蘭丸ともそれなりに連携が取れている。
ちなみに僕は誰とも組まない。
組まないというより、一人で勝手に戦ってくれと言われた。
一応魔王なので、お守りします的な事を言われたけど。
なんだろう、この疎外感。
そこまで言うなら、踏ん反り返って座ってますよ?
偉そうにしちゃいますよ?
別に誰も相手にしてくれなくて、寂しいとかではない。
「暇なら、変身魔法の練習でもしてればいいんじゃない?」
あ、そういう言い方します?
分かりました。
僕は一人で魔法の練習してきます。
誰も来るなよ!
絶対に来るなよ!
って言えば、芸人的には来るはず。
振り返ると、誰も来ていなかった。
・・・魔法頑張ろう。
さて、変身魔法なんだけど、実は気になっている点が二つほどあった。
一つ目は、他人に対して掛けられるか。
物に対しても使えるのは聞いている。
魔物にも有効だった。
では、他人に対してかけるのはどうなのか?
ちなみにあの茶番劇では、斎田さん本人が魔物を自分の姿に、そして自分が椅子に変身している。
僕は何もしていなかった。
解除は僕がしたのだが、全ては斎田さんが行っていた。
今思えば、あの時に試すべきだったと反省している。
これ、もし他人に使えるとなると、本当に危険だと思う。
【そういえば違う使い方を考えていた時にも、何か言いたそうだったな。あの時は何を考えていたんだ?】
斎田さんと話していた時の話か。
実はこれ、使い方によっては暗殺に使えるんだよね。
【暗殺!?めっちゃ物騒な事に言い出したな】
例えばさ、長可さんをターゲットにしてみようか。
もし長可さんを殺そうとするなら、誰に変身する?
【そりゃ、身近に居る人だろう。蘭丸とか】
そう、蘭丸に変身して長可さんに近付けば、警戒もされずに殺せるよね。
これって町に来てちょっと調べれば、誰でも分かると思うんだよ。
前田さんだってリザードマンの町長だって、親しい人が必ず存在する。
その人になりすませば、簡単に近付く事が出来ちゃうんだよ。
【なるほどね】
しかも逃げる際には、知らない人を蘭丸とか親しい人に変身させれば・・・。
知らない人に罪をなすりつけて、自分は脱出。
もし見つかりそうになっても、知らない人に変身して誤魔化す事も出来るだろう。
制限があったら分からないけど、斎田さんの話を聞く限りでは、そこまで長時間じゃない限りは使えるみたいだし。
自分の魂の欠片ながら、本当に厄介な物だと思ったよ。
【ちなみに他のもう一つは?】
そっちは簡単。
魂の欠片自体に、変身魔法をかけるとどうなるのかなって思って。
欠片が何かに変化するのか、それとも変わらないのか。
こっちは今でも出来るから、これから試してみようとは思ってるけど。
【それは確かに興味あるかな。やってみてよ】
僕は欠片に向かって、赤べこ人形を作ってみようと念じてみた。
結果、赤べこ人形は出来なかったんだけど、何故か目の前に自分が見える。
どういう事?
「ん?どういう事?身体の中に俺しか居ないんだけど」
(おーい!気付いてくれ〜。こっち見て〜)
声は聞こえるけど、姿は見えない。
何かに変身してるって事か?
(いや、欠片の方を見て)
見た。
欠片も変化してないな。
(いや、その欠片の中に僕が居る)
「ハァ!?欠片に変化したんじゃなくて、欠片の中に入ったって事?」
(そういう事らしい。もしかしたら何かの人形を作ってその中に欠片を入れれば、動けたりするかもしれない)
「人形って、俺じゃあ上手く作れないぞ?」
(ちょっと待って。解除してみるから)
「おぉ、元の身体に戻った。多分だけど、自分の魂の欠片だからそっちにも意識を移動出来るっぽい」
【なるほどな。使い方次第では便利そうだけど、お前がこの身体から出ていっても特にメリット無くない?】
まあ、何かしらはあるんじゃない?
とりあえず、仮の肉体になる物を作ってみよう。
ミスリルも余ってるし、ミスリル人形という事で。
うわぁ、ミスリルで自分の顔を似せて作ると気持ち悪いな。
これは無しの方向で・・・。
あまり思いつかないから、能面でいいか。
【お前、能面の人形が動いてたら不気味だぞ。下手したら子供泣くよ?】
じゃあ、どうしろっていうのさ!
そこまで言うなら、何か良い方法を考えなさいよ!
【丸顔で適当に作れば良いだけじゃん!何でリアルに作ろうとするんだよ】
デフォルメしろって事か。
じゃあ丸顔ニコニコマークでいいや。
うん、気持ち悪くはないな。
これなら子供に泣かれないだろう。
胸に欠片を綺麗にはめ込む穴を作ったから、これで上手くいけば・・・。
「どうだ!?声聞こえてる?」
「聞こえてる、聞こえてる。俺以外にも聞こえるかは分からないけど、多分大丈夫だと思う。その人形、動けるのか?」
「うーん、上手くは動けないな。プラモみたいにジョイントパーツ作ってみれば、もっとスムーズに動けそうな気がする」
ふむ、変な人形が喋りながらぎこちなく動いてる。
なかなか笑えるんだけど、笑うと怒るんだろうなぁ。
「笑えるとか考えてるだろ?顔に出てるぞ」
何故分かった!?
そんなに顔に出やすいかな?
しかも魔王の顔なんか、見慣れてないはずなのに。
何度か作り直した結果、首と肩肘、股関節と膝等は可動出来るようになった。
ゴムとかで作るとまた変わるんだろうけど、フニャフニャ過ぎて気持ち悪い気もする。
「よし!これで満足しておこう」
【じゃあ移ってみてくれ】
「どうだ!人形劇の人形並みには動けてると思うけど」
「うん、その通りだな。めっちゃ笑える」
「笑うんじゃないよ!次に兄さんの欠片が見つかったら、同じ事するから。その時に、この身体どんな感じか思い知るがいい」
それは勘弁。
でもこれなら、ズンタッタ達と話をする時に2人とも話せるかもしれない。
それを考えると、悪くないな。
「移動は流石に難しい。だから・・・ツムジ〜!」
空の彼方から、小さなグリフォンがゆっくりと降りてくる。
「遅い!全然呼んでくれないから、ずっと暇してたよ」
「悪い悪い、ちょっと色々あってな。ところで、コレ乗せてほしいんだけど」
「コレ扱いするなよ。ツムジ、僕を乗せて移動してくれない?」
この変な人形を見て、ツムジが二度見している。
グリフォンなのに、芸達者だな。
「どういう事!?何で魂がこっちにあるの?」
2人でツムジに説明をした。
信じられないみたいな顔をしてるけど、事実なので受け入れてほしい。
「へぇ、元々そういう理由があるんだ。分かった、じゃあ今日から魔王人形様の乗り物になるね!」
魔王人形様・・・。
カッコ悪い。
「おい、カッコ悪いって思っただろ。ツムジ、僕は魔王であっちはキャプテンって呼び分けてくれ。太田なら多分すぐに分かると思うんだけど」
「太田って、あの筋肉ミノタウロス?あの人、そんな特技あるんだ。ちょっと意外」
筋肉ミノタウロスも酷いな。
腹ポコミノタウロスよりは、マシだと思うんだけど。
「ツムジ、どう?ミスリル製なんだけど重くない?」
「このくらいなら全然大丈夫。2人乗せても重くないよ〜」
「じゃあ俺も乗る。このまま皆の所に行ってくれ」
このまま俺達の事を説明しておこう。
この魔王人形様が、全部やってくれるはず。
「説明しておくのは分かるけど、魔王人形様に丸投げしようとするんじゃないよ!」
な、何で考えてる事が分かるんだ!?
「魂の一部が移っただけで、結局はそっちが本体なんだよ。だから以前と同じ状態で、心の中は分かる感じみたいだね」
じゃあ内緒話はしやすいな。
「そういう事になるね」
「何?どういう事?」
「ツムジには内緒話はしないって事」
ニヘヘって雰囲気出してるのが分かる。
だって飛ぶスピード上がったし。
空の旅も早々に終わった。
下を見るとラコーン達が談笑している。
じゃあ降りるか。
「ちょっと待って」
「どうした?」
「説明は少し後にしない?斎田さんには、伝えなくていい情報だと思うんだよね。信用してないわけじゃないけど、変に人形魔王の話が広まっても面倒じゃない?」
魔族の魔王に人形魔王か。
確かにごちゃごちゃになりそうかも。
帝国には、魔族の魔王の話は広まってほしい。
だけどここで人形魔王が登場すると、それだけで怪しさの度合いが上がるな。
「でしょ?だからこのまま斎田さんとはやり過ごして、僕等だけになった時に話そう」
分かった。
そういう事なら、下に降りる必要は無いかな?
でもここまで戻ってきたし、いいか。
皆に合流しよう。
それなら人形から戻るか?
「そうだね。今は元に戻ろうか」
「ただいま。斎田さんの様子はどうかな?」
「おかえりなさい。今はズンタッタ様と話をしていますよ」
じゃあ、斎田さんの所に行こう。
ズンタッタと太田がOKを出せば、斎田さんは一人でやっていけるはずだ。
「ズンタッタ、斎田さんの剣の腕はどう?」
「魔王様、斎田殿も今では私と互角・・・どころか強くなっております。いやはや、今なら王子が召喚にこだわる理由が分かりますよ。こんな戦士を量産されたら、魔族がいかに強かろうと負けますまい」
ちょっと話が逸れてはいるが、それでも剣の腕に問題は無さそうだ。
後は太田の体力作りが合格なら、斎田さんには償いの旅に出てもらう。
「その召喚を止めたいのもあるけどね。後、太田は何処に居るか分かる?」
「太田殿なら、今は書道の練習かと。メモも少し貯まったので、清書したいと言ってましたから」
「分かった、ありがとう」
「太田、ちょっと斎田さんの事で聞きたいんだけど」
「何でしょう?」
「さっきズンタッタからは、剣の腕が相当上がっているって言われたんだけど。太田から見て体力面はどう思う?」
ちょっと思案しているようだ。
考えるという事は、まだ足りないって事かな?
「一般的な体力はあると思います。ラコーン殿やチトリ殿と、そうそう変わらないでしょう」
「でも考えるって事は、何か問題があると?」
「ワタクシ的には、もう少し筋肉を付けた方が素晴らしいと思うんですよね。せめて肩に馬車が乗ってるよって言えるくらいに」
肩に馬車って何だよ!
そんな小さい馬車、聞いた事ねーよ!
「じゃあ馬車は置いといて、一人旅に出ても問題無いと思うか?」
「危険な魔物と遭遇したら、すぐに逃げられるくらいの体力や走力はあるはずです。今ならオーガの方達とも、戦えるくらいの強さはありそうですね」
オーガと戦えるなら相当だな。
じゃあ明朝、斎田さんの卒業を伝えよう。
翌朝、晴れ渡る太陽の光が、彼の頭を照らしている。
早朝もトレーニングを続けているようで、額に汗を流している。
あの眩しさは汗だと思いたい。
「斎田さん、トレーニングお疲れ様です。体調はどうです?」
「魔王様、今はすこぶる快調だよ。日本に居た頃とは比べものにならないくらい、身体が動くからね」
袖をまくり、力こぶを見せてくれた。
確かにその辺のアラフォーサラリーマンが、週一ジム通い程度じゃ付かないレベルの筋肉だ。
「それは良かった。じゃあお伝えします。斎田さんは卒業です!」
「卒業?」
「剣の腕もズンタッタより強くなったし、体力面も言う事なし。これから償いの旅に出てもらおうと思います」
トレーニングを始めた目的、忘れてないよね?
「ようやくその時が来たか・・・。実はもうその覚悟は決まってて、旅に出る準備は終えてある。昼にでも出発しようと思えば出来る状態になっている」
目的を忘れるどころか、むしろ準備万端だったとは。
これは僕の認識が甘かったと思う。
彼の中で、それくらい重要だったって事だからね。
「そこまでの覚悟だと思っていませんでした。甘く見ていた事を謝ります。すいません」
「いやいやいや、やめてくれよ!むしろ感謝しているんだから。変われるキッカケをくれたのはキミだよ?そんな頭を下げるような事をする必要は無いから」
そう言ってもらえると、ちょっとは嬉しいな。
「じゃあ昼にでも、俺は償いの旅に出るよ」
「分かりました。皆には僕からお別れだという事を伝えます」
荷物を取りに戻る斎田さん。
斎田さんが出発となると、僕等も次の目的地に向かわないとな。
でも次の目的地って何処だろう?
【案外、次の目的地で会っちゃう可能性もあるんじゃない?】
それは嫌だなぁ。
お別れしといて一週間後、早々に出会うとかダサ過ぎる。
でも可能性は無くはない。
あ、最初にリザードマンの町に向かってもらえばいいんだ。
それなら目的地が被る事は無い!
【でもそしたら、変装なり変身してもらわないと駄目だろ】
確かに。
じゃあ変装してもらうか。
カツラでも作って。
【お前、何気に酷い男だな。嫌味か?】
そんなつもりは毛頭無い。
【その言葉選びに嫌味を感じる】
だからそういう意味で言ってないよ!
早々に会うと気まずいから、考えてるんじゃないか。
【ヘイヘイ、そういう事にしておきましょう】
目的地が被らないように、カツラは被ってもらう。
ただそれだけ。
【お前、やっぱり酷いと思う】