更なる闖入
官兵衛って時折怖いよね。
どう考えたって、鉄球に激突しても大丈夫なんて思えないから。
それを平然と言ってのける彼に、味方で良かったと心底思うよ。
そんな官兵衛の策すらも、力技で追いつくイッシー太田組。
イッシーは何でも器用にこなすから、トリモチを狙うのも上手かった。
でも、年の功って言って良いのかな?
水嶋さんもそれを読んで、上手く避けたのには驚いたな。
正確だから読みやすい。
それって、イッシーを信頼してるから言える事だし。
意外とこの爺さんも、周りを見ているんだなと改めて思った。
そんな白熱したレースが、もうすぐ終わりを迎えようとした頃。
海の中から青いドラゴンがやって来やがった。
話が噛み合っておらず、何やら怒っている模様。
ただ、僕としてはちょっとイラッとした。
官兵衛が危うく、海に落ちそうになったからね。
太田が上手くカバーしてくれてなければ、シーサーペントに食われていた可能性が高い。
しかも話も聞かず、いきなり攻撃までしてくるし。
コイツは一発、ガツンとやり返さないと気が済まないな。
ウォータージェット?
それって、ダイヤモンドの加工とかする時に使ったりするアレか!?
「ウォータージェットは所詮は水である。炎で何とか出来なくもない」
「それだけ分かれば十分だ!」
スピーカーから聞こえるコバの声に、僕はすぐさま火魔法を使った。
火球程度の大きさではない。
炎柱を作り出して、それをそのまま青いドラゴンへと叩きつけた。
「この野郎!どうだ!?」
「フハハ!馬鹿が!我を怒らせるとどうなるか、その身で味わうが良い」
「あ、あれ?」
戦艦と同サイズの身体を持つドラゴンが、目の前に居ない。
さっき炎柱を食らった時は、確かに居たはずなのに。
「何をキョロキョロしている!目の前に居るだろうが!」
「え?」
嘉隆の声が聞こえた瞬間、大きな水流が目の前に現れた。
イッシーが僕に飛びついて、何とか難を逃れたらしい。
ただただ、何も見えなかった。
「レーダーには大きな影が残っている。奴は動いていないぞ」
「どうして見えないんだ?」
「さっきの主砲とウォータージェットの衝突による、水蒸気である!それを利用し、蜃気楼のような幻を見せているのであろう」
コバの声で、なんとなく理屈は分かった。
目の前に居ると分かったならと、水嶋は銃を見えない目の前へと連射している。
すると、やはりドラゴンが居るのは確実だった。
カンカンという、銃弾が弾かれているような音がしたからだ。
「そのような豆を食らったところで、痛くも痒くもないわ!」
今度は水嶋へと、狙いを変えたらしい。
彼の方へと、さっきより細いウォータージェットが向かって行った。
「佐藤、バーニング!」
「何だと!?」
佐藤さんが横から、右ストレートと一緒に炎を打ち出した。
水嶋さんの目の前で水が蒸発し、彼は少し濡れた程度で済んだようだ。
「ジジイ、大丈夫か!?」
「ジジイと呼ぶな!」
蘭丸もやって来たという事は、やはり来たか。
「オイオイお前!何してくれちゃってるわけ!?」
最後に甲板に現れたのは、兄だった。
兄には見えてるのか?
目の前へビシッと指をさして、胸を張り堂々と文句を言っている。
「何処を見ている?」
「え?」
兄の横からウォータージェットが飛んできた。
アホな声を出した兄だが、それは簡単に避けている。
しかし僕は、自信満々に指をさしておいて、それは無いだろと思った。
「ダサッ・・・」
「ダサいって言うな!」
「お前、ダサいぞ」
「ぬあっ!ドラゴンにも馬鹿にされた!?」
自信満々に外した姿は、ただの間抜けにしか見えない。
それをダサいと分かるドラゴンは、僕と感性が似てるっぽい。
ん?
それなら冷静に話し合えば、ちゃんと理解してもらえるかもしれない。
そこまでドラゴンも、馬鹿じゃないと信じたい。
「キミ、名前はあるの?」
「あ?」
「戦うにしろ話をするにしろ、まずは呼び方が必要だと思うんだよね。ドラゴンって呼んでて良いの?」
「ドラゴンなのだから、ドラゴンで良いだろう。我は海を支配するドラゴン」
「海を?」
昔エクスと会った時、色々と飛び回ってるって言ってたけど。
もしかして空とか大地とか、ドラゴンは各地で支配してるのか?
「アンタ、海を支配してるって言ったな。だったらエクスは知ってるか?」
「エクス?そんなモノ知らん」
「エクス、知らないのか。残念」
やっぱり兄は、ちょっとお馬鹿さんっぽい。
エクスって名前は、僕達が付けたんだ。
僕達と会うずっと前に、他のドラゴンと会ったって言ってたのに、その名前を知ってるわけがないじゃないか!
「そもそもエクスとは何なのだ?」
「僕達が出会ったドラゴンだけど。僕達と会った記念に、名前を付けてあげたんだ」
「ドラゴンに?ハッハッハ!馬鹿を言うな!ドラゴンが貴様等如き矮小な人間に、名前を与えられたなど。そんなドラゴンは恥だ!」
「何だと!?」
「そもそも本当にドラゴンか?その辺のワイバーンと、間違えておるのではないか?」
「テメッ!エクスを馬鹿にしてんじゃねーぞ!」
あぁ!
喧嘩口調になってきた。
このままだと戦うしかなくなってしまう。
それは困る。
「佐藤さん達、兄さんを黙らせて!」
「え?」
「このままだと喧嘩になる!」
「それはマズイ!」
「うわっ!何だよ!あの野郎に言わせ・・・んグゥ!」
佐藤さんが羽交い締めにした後、イッシーが猿ぐつわをして兄さんはようやく静かになった。
ンフーンフー!と鼻息がうるさいが、それくらいは我慢しよう。
・・・アレ?
見間違いか?
「何だ?小僧、何処を見ている?」
僕は戦艦の甲板に、居るはずのない生物を見つけた。
佐藤さんやイッシーも僕の視線に気付き、水嶋さんと蘭丸は急な攻撃に警戒している。
「猫だ」
「猫が居る」
「・・・まねき猫だろ!」
ちょっと待て!
こんなタイミングで現れるって事は、このドラゴンと会ったのは必然だったのか?
「まねき猫だと!?以前見掛けたのは、千年ぶりか?」
「僕とアンタは出会うのは必然だったと?」
「ふざけるな!貴様の配下になるのが、必然だと言いたいのか!?」
「だから、その配下にって話は知らないんだって!僕達とは別人だよ!」
「黙れ小僧!」
「そもそも僕は小僧じゃない!この姿見て、分からないの?人形だよ?」
「人間も人形も、見分けなんかつかんわ!」
あ、そうですか。
まあそういうもんかもしれんな。
向こうからしたら僕達なんか、ただのちっさい生き物としか思ってないんだろう。
人形が動いていれば、人間と勘違いしてもおかしくないか。
「どうしてまねき猫が現れたんだろ?」
「小僧の召喚獣か?なかなか面白い物を見せてもらった。一思いにお前達だけを殺してやろう」
「ふざけんなよ!お前、エクスと違って、話も通じねーな!」
どうやって外したのか。
猿ぐつわを首に掛けた兄が、羽交い締めになりながらも怒鳴りつけ始めた。
「ワイバーンなんかと一緒にするでない!」
「ワイバーンじゃねーよ!」
「そもそも人間に媚を売ったドラゴンなど、雑魚以外の何者でもない。どうせ生まれたての、ワケの分からないドラゴンなのだろう?我からしたらそんな奴は、ドラゴンですら無い!」
「さっきから言いたい放題言いやがって!お前より大きいからな!」
「ガハハハ!冗談も過ぎると不快だな。エクスという名前をもらって、喜んでいたんだろう?愚物だな」
段々、僕も腹立ってきたぞ。
エクスは最初は怖かったけど、話をしたら良い奴だったのに。
何故知りもしない奴に、ここまでコケにされなきゃいかんのだ。
「ほれ?早くそのワイバーンを連れてこい。我が相手をしてやる」
「テメェ!ん?」
「何だ?どうなってる?」
皆も異変に気付いたらしい。
急に空が暗くなった。
「な、何だ。これは?」
「ジジイ、一旦引こう。何か嫌な予感がする」
「俺達も同意見だ。手を離すから、阿久野くんも暴れないでくれ」
皆も急激な天候の変化に、何かを感じたらしい。
少しずつこちらへ近付いてくる。
「なあ、まねき猫が空を見ているんだが。何か見えるか?」
「・・・僕程度の視力じゃ分からないな」
皆が空を向いている中、イッシーだけが前を見ていた。
そして、ある異変に気付いた。
「あのドラゴン、震えてない?」
上を向いている皆に、イッシーの言葉が耳に入る。
皆も一斉にドラゴンを見ると、確かにさっきまで散々悪口を語っていたのに、今では無言になっている。
そしてドラゴンが何かを言おうとした瞬間、それは起きた。
「総員!衝撃に備えろ!上から何か落ちてくる!」
嘉隆の叫び声に、皆は近くの手すりに捕まった。
その直後、空からドラゴンに向かって、僕なんかではとても作り出せないレベルの大きな炎の塊が落ちてきたのだ。
それは何故か、炎なのに雷を纏っていて、触れたら一瞬で死を約束するような代物だった。
「や、ヤバイ!」
「うおあぁぁぁ!!」
海にそれが落ちると大きな爆発が起き、戦艦は波で転覆しそうになった。
全員が、落ちたドラゴンの居た場所を凝視している。
「なっ!?生きてる!」
「でも、相当なダメージだぞ!」
「誰があんな魔法を使ったんだ?」
「魔法じゃないぞ」
兄がとうとう気付いた。
そして僕も、目の前で何が起きたか理解した。
それは空から、悠然と降りてきた。
皆はその姿に誰もが凍りつき、そして目を疑った。
「エクスだ!」
空から降りてきたドラゴンは、戦艦よりも大きかった。
そして以前と違い、身体は燃えたように真っ赤になり、鱗の一枚一枚が熱を持っているのが分かった。
「なっ!?何で!?」
海に居る青いドラゴンが、ボロボロの姿で驚いている。
僕と兄は、それを見て思ったね。
ざまあみろと。
「あ、阿久野くん!降りてきたドラゴンは知り合いなの!?」
「知り合いですよ。慶次と太田も会ってるし、か・・・まあ、会ってるんだよ」
「か?」
危ない危ない。
思わず官兵衛と言いそうになってしまった。
半兵衛の頃に会っては居るけど、別人扱いなのに会ってたらおかしいもんね。
「あの赤いドラゴン、怒ってない?」
「ドラゴンの表情なんて、分からないが」
蘭丸と水嶋さんが、悠長にそんな話をしていると、エクスが口を開いた。
「貴様ぁ!誰を愚弄しているのか、分かっているのか!?」
「す、すいません!!」
「・・・え?」
エクスのブチギレた声に、青いドラゴンは必死に謝り始めた。
僕達はそれを聞いて、皆同じような声を出した。
「え?ちょっ、え?」
「誰がワイバーンだと?誰が雑魚だと?」
「え、そんな事言ってませんけど」
コイツ、すっとぼけようとしてやがる!
しかしその瞬間、小さなエネルギー弾のような物が青いドラゴンに直撃。
その瞬間、青いドラゴンは後ろへと吹き飛んだ。
「ヒイィィィ!!」
「全て空から聞いてたんだよ!誰が生まれたてで、媚を売ってるだぁ?殺すぞ貴様ぁ!」
さっきから青いドラゴンが吹き飛んで、戦艦から一気に遠くなっていく。
海も奴の血で染まっていて、辺りは真っ赤だ。
「な、なんか一方的過ぎて、少し可哀想になってきた」
「もう声が泣いてるもんな・・・」
気付くと周りから、同情の声が聞こえてくる。
僕としても、このまま青いドラゴンが殺されるのは、あまり良い気分じゃない。
それに、誰と勘違いしたのかも気になるしね。
「エクス!もうやめて!彼のHPはもう瀕死よ!」
「HPとは何だ!?」
「体力の事」
「瀕死で結構!死ねぃ!」
「だから殺すなっての!お互いに勘違いっぽいから、ちゃんと話を聞きたいんだよ」
「むぅ・・・。ならば、話を聞いてから殺す」
どっちにしろ殺すのか。
ドラゴンの諍いには、あまり口を挟まないでおこう。
それよりも攻撃が止んだ事で、青いドラゴンが猛スピードで近付いてきた。
そして僕達は、さっきまでは何だったのかと、耳を疑う事になる。
「坊ちゃん!やっぱり話が分かる人は違いまさあ!坊ちゃんのおかげで、九死に一生を得ましたわ。本当に、本当に助かりました。いや、冗談じゃなくてマジで。聞きたい事は、何でも全部答えます!だから助けて・・・」




