闖入
クソー、チート連中め。
水嶋爺さんには振り子鉄球を簡単にクリアされたと思ったら、今度は官兵衛が路面凍結ゾーンを簡単にクリアするとは。
自らトリモチをタイヤに付けてグリップ力を上げるなんて、そんな考えしてなかったよ。
チートって言えば、イッシー太田組も変わらないけどね。
まさかノーブレーキで全てをぶち破るという、力技だけでクリアしていくとは思わなかった。
せっかくの部屋スラロームも壁が粉々になってるし、鉄球なんかパンチで弾いてるんだぞ?
おかしいだろ!
そんな強引な走りに、水嶋官兵衛組も被害を受けた。
せっかくの振り子鉄球も、太田のパンチで全てタイミングが狂ったのだ。
嫌がらせと言わんばかりに、今度は官兵衛がトリモチを鉄球のコース上に置いていた。
爆走するイッシーはそれを見落とし、太田は大仏くんから放り出される事になった。
前方の鉄球にぶつかってたけど、流石は太田。
無傷である。
対してイッシーはボロボロだったけど、大仏くんが間に入ったんだろうね。
怪我はしていなかったけど、代わりに大仏くんの顔は半分にひしゃげてしまった。
失格じゃないよねと、後ろを振り向くイッシーだったが、こんなボロボロになるとは想像していなかった僕には、何も言えないのだった。
酷い。
ここまでボロボロにするなんて。
神様に叱られちゃうんじゃないか?
「これ、良いんですかね?」
「え?何が?」
「確か大仏くんは壊しちゃいけない。壊れたら直さないと駄目なんじゃなかったっけ?」
「そうそう、それ。俺達も何度か腕が取れたりしたけど、あんな頭が半分無いくらいにボロボロなのは、初めてだよ。判定としては、まだ問題無しなの?」
それ!
それだよ。
実況なんだから、映像見てる人達にも説明しろや。
「えーと、良いんじゃない?まだ走る気あるみたいだし。大仏くんが動かなくなったら別だけど、まだタイヤ回ってるからね」
「大仏の面影はほとんど無いけど?」
「大丈夫だよ。頭見れば、あのパーマっぽいの分かるし」
酷い理由だな。
でもこれで判定は決まった。
続行だ!
「太田殿!急いで!」
「大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫。大仏くんの方が酷いがな」
端まで吹き飛ばされた大仏くん。
太田が後ろに乗り込むと、魔力を一気に放出する。
「動きますか?」
「トリモチがタイヤにくっついて、やっぱりスピードは落ちそうだ。だが太田殿の馬力なら、それでも前の二人に追いつく。行くぞ!」
空転させたタイヤが白煙を上げながら、トリモチを少し削ぎ落とす。
ブレーキを離したイッシーは、急加速で振り子鉄球ゾーンを抜けていった。
「お前、かなりえげつない事してたな」
「見てたんですか?」
「そりゃ、後ろから叫び声が聞こえればな」
振り子鉄球ゾーンを抜けようかというタイミングで、官兵衛のトリモチに引っ掛かったイッシー太田組。
太田が前方に身体を投げ出された瞬間を、水嶋は目撃していた。
「オイラ達も鉄球で邪魔されたではないですか。おあいこです」
「おあいこって・・・。向こうは鉄球に激突してたぞ。怖い奴だ」
「オイラだったら身体が粉々になってたかもしれないけど、皆さんなら大丈夫!」
「・・・本当に怖いな」
ドン引きの水嶋だったが、予想外の展開が待っていた。
路面凍結ゾーンで再び残ったトリモチを、少しタイヤに付けて走る二人。
既にトリモチは使い切った。
この氷ゾーンを抜けようかというタイミングで、再びイッシー太田組が姿を現したのだ。
「鉄球に自ら激突しておいて、無傷だと!?」
「太田殿ならアレくらい、意に介しませんよ」
「官兵衛の言った通りか。ここは逃げに徹するぞ!」
水嶋はたまに振り返りながら、路面凍結ゾーンを無難に走っていく。
「むあぁぁてえぇい!」
何処ぞのインターポールの警部っぽい言い方で追い掛ける、イッシー。
さっきと同じように、激突しても無理矢理走ろうとしていたが、何故か滑らない大仏くんに驚いている。
「もしかして、トリモチのせいじゃないですか?」
「なるほど!って事は、あの二人が滑らないのも・・・。それじゃアイツ等、自分でトリモチを踏んだ、いや付けたのか!?」
「官兵衛殿の策でしょうなぁ。しかし、これならワタクシ達の方が有利」
「だな。太田殿、一気に追い付くぞ!」
「御意!」
アクセルをベタ踏みするイッシー。
氷の上でもグリップが効いていて、物凄いスピードで駆け抜けていく。
「これなら甲板で追い付ける!」
ラスト一周。
そして最後の甲板ストレート。
いよいよクライマックスがやって来た。
「凄い凄い凄い!水嶋官兵衛組を、とうとう捉えたぞ!」
「イッシーさん!ここまで来たら逆転だ!」
「ジジイ!最後に抜かれたら、みっともないぞ!」
「え〜、解説の方は個人の応援を控えて下さい。その他の人達は、じゃんじゃん応援してやって下さい」
うおぉ!
ここまで白熱した展開は、今までのチキチキ走れ大仏くん史上初だ!
どっちも応援したい気持ちで一杯だが、まだレースは動くだろう。
「イッシー殿!ここは仕掛けましょう!」
「ストレートなら多少ブレても問題無い。食らえ!」
イッシーは右手を振り上げると、手投げでトリモチを投げた。
「おおっと!最後の最後に、残しておいたトリモチを投げたイッシー。しかし勢いが無い。水嶋官兵衛組には届かなかった」
「やっぱり手投げじゃ無理があるか。少しスピードが落ちるけど、立つしかないな」
「イッシー、アクセルから右足を離し、なんと大仏くんの上で立ち上がったぞ!頭に大仏くんの腕をぶつけて、また折ったけど、ギリギリ繋がっている!」
「危ねぇ!また壊すところだった。食らいやがれ!」
イッシーは、今度こそトリモチをしっかりと投げた。
投げた後は、すぐにアクセル全開にしている。
「水嶋殿、前方を注意して下さい。後ろからトリモチが来ます」
「ぬおっ!素晴らしい精度だ。しかし、正確故に読みやすい!」
目の前に落ちたトリモチだが、ハンドルを切ってドリフト気味に抜けていく水嶋官兵衛組。
ドリフトで落ちたスピードによって、イッシー太田組が後ろへと張り付いた。
「よしよしよーし!ゴール直前まで、スリップストリームに入らせてもらうぜ」
「急ブレーキを」
官兵衛の無慈悲な一言に、水嶋は頷きもせずにブレーキを踏む。
イッシーは慌ててそれを回避。
「そのままぶつかっても、良かったのでは?」
「駄目だ。こっちの大仏くんは、もうボロボロだ。少しでも壊れたら、一時停止して直さなくてはならない」
「なるほど!官兵衛殿の策、恐るべし!」
「だが、それでも太田殿の加速には関係無い!」
急ブレーキで生まれた差も、太田のとんでも加速には敵わなかった。
再び背後に張り付くと、今度こそスリップストリームに入る。
「まもなくゴールラインが見えてきます。さあ、どっちが勝ってもおかしくない展開だ!」
既に僕も、イッシーの後ろというよりは二台の後ろを走っている感覚だ。
もうすぐゴール、これは決定的瞬間を収めたい!
「勝負に出る!」
水嶋官兵衛組の真後ろから、左後ろへと出るイッシー。
更に加速していくようだ。
「勝てるぞ!」
「まだまだ!」
ゴールラインが僕にも見えてきた。
まもなくこのデッドヒートも終わりを迎える。
迎えるはずだった。
「なっ!?戦艦が揺れている!?」
大きな縦揺れの後に、戦艦は大きく傾いた。
大仏くんに乗っていた四人は、甲板を滑っていく。
「官兵衛!」
「官兵衛殿!」
官兵衛が思わぬ衝撃で、大仏くんから放り出されてしまったのだ。
水嶋も慌てて後ろに手を伸ばしたが、届かない。
しかし斜め後ろを走っていたイッシー達が、それにすぐに気付くと、太田はそのまま大仏くんから飛び降りた。
「ナイスキャッチだぞ!太田ぁ!」
「太田殿ぉ!」
「すいません。助かりました」
お姫様抱っこで助けられた官兵衛だが、ここにBとLが交わるようなモノが好きな人は居ない。
「レースは中断だ。まずは状況確認!」
ナイスキャッチと叫んだ後の兄は、意外に冷静な判断だった。
このまま興奮のまま続行するって言うかと思ったが、やはり原因不明のこの状況には看過出来なかったみたいだ。
「太田はそのまま、官兵衛を連れてブリッジへ。水嶋さんは銃持ってる?」
「持ってるというより、すぐに出せるぞ」
「なるほど。それじゃ、敵襲に備えて甲板でイッシーと警戒を」
水嶋は銃を何処からか取り出し、イッシーも甲板に備え付けられていた銃を持ち出した。
「兄さん!そっちは何か分かった?」
「今、嘉隆に確認を取っている。・・・何?巨大な何かって何だよ?」
嘉隆の方なら、レーダーで何かを探知しているはずだ。
むしろ、普段の嘉隆なら何かにぶつかる前に回避している。
それが出来なかったという事は、生物か?
「全員、衝撃に備えろ!」
兄達の声を遮って、嘉隆の声がスピーカーから聞こえた。
甲板に居た僕と水嶋イッシーは、慌ててその辺の手すりにしがみついた。
その直後、海面が大きくうねると、海中からシーサーペントが姿を現した。
「これが原因か!」
銃弾を浴びせる二人に対し、僕も風魔法でシーサーペントを押し返す。
「違う!そんな小さな雑魚じゃない!」
「これで小さい!?」
甲板に乗り上げたシーサーペントは、明らかに今まで見た中で、一番大きい。
それを小さな雑魚と言った嘉隆。
「何だ?急に静かになったぞ」
海面が穏やかになり、シーサーペントの群れが海面から一斉に頭を出していた。
こんな大群は、初めて見たぞ。
「本命のお出ましだ!皆、海に放り出されるなよ!餌になるぞ!」
海面に段々と波紋が広がっていく。
そして地鳴りのような音と共に、海面からそれは姿を現した。
「なっ!?ドラゴンだとぉ!」
海面から姿を現したのは、戦艦と同サイズの青いドラゴンだった。
戦艦の真正面に位置を取るドラゴンに、嘉隆は急旋回を始める。
「あんな化け物に勝てるか!退避だ!退避!」
「逃がすか!この人間どもめ!」
えっ?
コイツ、普通に話したぞ。
エクスは最初、僕達をゴミ扱いして話してくれなかったのに。
意外と話せる感じ?
「僕達は何もしてないですよ。一度話し合いませんか?」
「何もしてないだと?貴様等、我の眷属を倒したではないか!」
もしかしなくても、シーサーペントさんの事ですよね。
マズイね。
そりゃ怒るのもごもっとも。
「でもでも!そっちが先に手を出してきたんだけど。それを退治しただけで、僕達が怒られる謂れは無いかな」
「黙れ小僧!貴様等は、我をも取り込もうとした事を知っているのだぞ!」
「え?」
「何度も海へ足を運び、シーサーペントを痛めつけて我を呼び出そうとしたではないか!」
何だそれ!?
知らんぞ、そんな情報!
「嘉隆!聞こえてたな?」
「聞こえてましたけど、オレ達はそんな事してないですよ!たまに襲ってきたシーサーペントを駆除した事はありますが、痛めつけてというのは一度も無いです」
「という事なんだが」
「そんな話、信じろと?馬鹿か、小僧」
ですよねぇ。
僕だって魔族の死体の前に帝国兵が居て、俺じゃないですよ言われても、信じるわけがない。
「お前等は敵だ。死ね」
青いドラゴンが口を開くと、そこには大きな水球が出来ていく。
それが発射されるのかと思いきや、その水球から細い水の線が飛び出してきた。
「主砲発射!」
「何!?」
水とレーザーが交わると、そこには水蒸気で霧が発生する。
周りが見えなくなり、手探りで水嶋、イッシーと合流すると、そこにスピーカーから大きな声が鳴り響いた。
「ウォータージェットである!その水圧なら、腹に穴が空くぞ!それか切断である。このままだと、戦艦は撃沈されるのである。魔王よ、どうにかしろ!」