嫌がらせと嫌がらせ
とうとう壊したかぁ。
狙いと違って下りのスロープでコケまくって、既にボロボロだったけど。
それでも振り子鉄球で、大仏くんにダメージを与えるという狙いは間違ってなかったな。
ただね、ノーブレーキで鉄球をすり抜けるとか、そういう神業じみた事を初見でやるのはやめてほしい。
通用しなかった僕にもダメージがあるし、次から挑戦する人達にもプレッシャーだからね。
せめて、ブレーキ踏んで躊躇したけど、それでも無傷でしたくらいがよろしいのよ。
その点、イッシーと太田は良い具合に、目論見通りにハマってくれてる。
見当違いだったのは、路面凍結であんなに安全運転するとは思わなかった事くらいかな。
なまじ経験があるとどういう運転が危険か分かるから、逆に意図しない方向に進むんだなと思った。
ようやく一周目の難所を全て終えた二組だけど、まだ逆転の目は残っている。
二組とも、持たせたトリモチを使ってないからね。
どういう使い方をするのか?
この後、どういう運転をするのか?
非常に楽しみになってきた。
僕の背後からの途中経過を聞いたイッシーは、予想以上の差に驚いていた。
「マジで!?」
「多分下層から中層に戻る頃、向こうは甲板に戻るんじゃないかな」
「イッシー殿。どうしますか?」
「どうするって言われてもな。まずは確実にこなしていくしかない」
イッシーには、まだ太田のポテンシャルを引き出す考えが浮かんでいないようだ。
様子見からいつ攻勢に出るか、楽しみに後ろから見てみようと思う。
「速いなぁ」
「水嶋さん、コツを掴んだんじゃないですか?鉄球を全く苦にもしていないですよ」
「あのジジイ、普段から新しい事に挑戦するのが面白いとか言っているからな。このままだとぶっちぎりで終わってしまう。イッシー殿!頑張れ!」
「解説なのに片方に肩入れは駄目〜。しかし蘭丸の言う通り、このままだと面白くない展開ですね。イッシー太田組の奮起に期待しましょう」
簡単に言ってくれるなよ。
太田の不安定な加速に、イッシーは必死になってるんだぞ。
復路の鉄球では同じように一直線に抜けようとして、第二の鉄球に弾き飛ばされてたし。
また頭取れちゃったから、今度は前向きに直してた。
「イッシー太田組は、何をこんなに手間取っているんてすかねぇ」
「太田殿のポテンシャルは、とんでもなく高いと思うんですよ。俺も組んだけど、速さだけなら一番だし」
「確かにそうですね。でも速い分、扱いづらい。俺なんか太田殿と初めて出会った時から一緒だけど、感覚がこうも違うのかと思ったし」
蘭丸は太田が引き篭もりの頃から、一緒に旅をしてきた。
だけど、一緒に組んだ時は負けてた気がする。
多分、皆のちょっとという感覚と太田のちょっとは、かなりズレがあるんだと思う。
太田からしたら、もっと具体的に言ってくれって感じなんだろうな。
だからいつも、ちょっとだけスピード落としてとか言うと、フルブレーキを掛けたくらい遅くなるんだろう。
「さあ、このままだと差は開く一方です。イッシー太田組、ようやく二周目に入ります」
「慣れてきましたか?」
「え?あぁ、お前の助言が的確だからな。問題は、あの路面凍結している場所だ」
「そうですね。あの凍結は厄介なので、少し対策しましょう」
「対策?」
「下層へ行ったら、一度止まって下さい」
官兵衛の策とは何なのか?
水嶋は既に下層で何をするのか、楽しみになっていた。
そして、自分が官兵衛を信頼している事に、少し驚きを感じていた。
あまり話した事もない人物。
水嶋は官兵衛との接点が、ほとんど無かった。
安土でよく絡んでいたのは、蘭丸を筆頭に、又左や慶次という戦いを主にした連中。
そして、同じ日本からやって来た、イッシーや佐藤、コバといった連中が主だった。
ちなみにロックは、気持ち悪いという理由で遠ざけている。
そんな中、官兵衛は皆の口から出てくる名前だったが、話す機会がほとんど無かった。
長谷部とは少し話すのだが、官兵衛は話さない。
そんな相手にこの一周半で、自分が官兵衛を頼っている。
不思議なものだと、少し笑みが浮かんだ。
「この先が氷だ。官兵衛、どうするんだ?」
「それはですね、こうしようと思いまして」
「何!?」
「面白い!こんな使い方を考えるなんて」
「やっぱり官兵衛殿は凄いな!」
「攻撃にばかり使う物だと考えてたけど、目から鱗だな」
何?
どうしたの?
このヘボ実況!
面白いとか感想言ってないで、何をしたのか早く言いなさいよ!
「まさか、トリモチをタイヤに自ら付けちゃうなんてなぁ」
「しかも一個を四分割して、粘着力も落としてる。これならスピードも少し落ちるだけで、そこまで影響しないでしょう」
「実際走ってるのを見るまでは、何やってんだ?って思ったけど。曲がる時も坂道も、氷の上なのに普通に走ってるのを見て、あの人本当にすげーやって思ってしまった」
・・・トリモチ?
え!?
まさかそんな方法で、路面凍結もクリアされちゃったの!?
「これはもう、イッシー太田組に勝ち目は無いかもな」
「半周以上の差が出来たからね」
「イッシー殿も太田殿には、上手く指示は出せなかったか・・・」
半周か。
今僕達は、甲板のストレートを目一杯踏んでる。
対して向こうは、氷ゾーンを越えたって事だもんな。
「イッシー、官兵衛達は下層の路面凍結をもう越えたってよ」
「は?マジかよ!」
「上がってきたら最終ラップだぞ。このままだと差が広がるだけで、負け確だ。何か対策を考えた方が良いんじゃないの?」
「そんな事を言われてもなぁ」
イッシーはどうやって上手く走れるか、未だに思いつかなかった。
太田はそれを見て、頭を下げている。
「ワタクシが不器用なばかりに、本当に申し訳ありません。キャプテンには、常に全力を心掛けろと言われていましたので、どうにも力を調整するというのが苦手なんです」
それって魔力調整が下手なのは、あの馬鹿兄のせいって事じゃないか。
全く、もっと上手く教えろよな。
って、僕も見てたんだけどね。
共犯だから、何も言わんとこう。
「常に全力か。本来ならそれが当たり前なんだよな。ん?太田殿、常に全力ってどれくらい全力でいられるんだ?」
「そうですねぇ。戦う相手にもよるかと」
「ゴールするまで、全力出しっ放しになれるか?」
「それくらいなら、ハイ」
お?
イッシーの雰囲気が変わったぞ。
何か思いついたようだな。
「太田殿、魔力を放出しながら、身体強化は使えるか?」
「勿論です!でも、武器の使用は禁止ですよ」
「大丈夫。これなら追いつけるぞ!」
イッシー太田組は、部屋スラロームに入った。
微妙な魔力調整をして、加速したり速度を落としたり、太田が最も苦手とするコースだろう。
しかし、彼等は度肝を抜く作戦を使ってきた。
「イッシー殿、どうするんですか?」
「良いか?ここから全力で突っ込め!前に来て、壁を殴りながらぶち抜いていけ!」
「えっ!?」
「へ?」
僕の聞き間違いか?
ぶち抜けと聞こえたのだが。
「この戦艦はミスリルを多く使っているとはいえ、部屋の壁にミスリルを使ってるとは思えん。だから太田殿なら、簡単にぶっ壊せるはずだ」
「なるほど!ではイッシー殿、姿勢を低くしていて下さい。行きます!」
急加速する目の前の大仏くん。
僕も置いていかれないように、アクセルを回す。
ほ、本当に突っ込むんだよな?
抜けなかったら、僕も一緒に壁に激突するんだけど。
・・・やっぱり様子見でスピード落としておこう。
「ぬおぉぉう!!」
太田が壁を殴ると、凄い音を立てながら、破片が飛び散っていく。
マジかよ。
本当に全部ぶち抜いていきやがる!
「イテッ!でもこれで良い。このまま行け!」
「御意!」
前に突き出した拳が、壁をぶち抜いていく。
大仏くんの頭が赤べこのように揺れているのが、少し滑稽だ。
「下りはどうするんですか?」
「そのまま飛び越えろ!一気に下まで行くぞ!」
「おぉ!」
部屋スラロームをぶち抜いて、いよいよ中層へと降りていくイッシー太田組。
狭いスロープなんか使わず、その勢いのまま下へと飛んでいく。
「衝撃に備えろよ」
「だったら、こうすれば!」
太田は下へ着く直前、横の壁をぶち抜いた。
太田の腕が壁を削りながら、減速していく大仏くん。
「怪我してないか!?」
「ワタクシ、そんなヤワではありません」
「そ、そうか。よし、鉄球も同じだ。飛んできたら、ぶん殴れ!」
マジかよ。
全て力技じゃないか。
鉄球をパンチで弾いていくイッシー太田組。
おかげで振り子が不規則になって、後ろを走る僕がとんでもない目に遭ったんだが・・・。
頭下げただけで通り過ぎる事が出来る、人形サイズで良かったよ。
「イッシー殿、氷の場所だけはどうしようも無いですぞ」
「大丈夫だ。そのままぶつかっても良いから、全力で走れ」
いよいよ路面凍結ゾーンに突入する二人だったが、どのように越えるのか?
と思ったら、これまた力技かよ!
「ぶつかりますぞ!」
「行け!ぬおぉぉ!!」
オイィィィィ!!
何してんの!?
大仏くんの顔を壁に押し当てて、無理矢理衝突回避してるぅぅ!
「イッシー殿、塗装が剥げてますが」
「ハゲって言うな!違う。落ちたと呼べ」
未だにハゲに敏感なイッシー。
しかし、大仏くんの頭は、既に半分は下地が見えている。
この調子で、坂道もクリアしたイッシー太田組。
差はどうなってるんだ?
「オイオイオイ!あんなのアリなのかよ!?」
「ワハハ!流石はイッシーさん!破天荒過ぎるだろ!
」
「俺、あの人と組むの怖くなってきた・・・」
「イッシー、考える事が凄過ぎる。でも、半周以上あった差が一気に縮んだ!」
おぉ!
やっぱり縮んだか。
さて、ラスト一周はどうなるか?
僕の目に水嶋官兵衛組の姿が見えるのか?
楽しみになってきたぞ。
「な、何だこれは!?」
壁がぶち抜かれた部屋を見て、水嶋は驚いた。
しかし官兵衛は、冷静な判断でその突き抜けた中央を通っていこうと言う。
「太田殿が突き破ったのでしょう。しかし、凄い荒技に出ましたね」
「おかげで俺達も楽して通れるけどな」
スピードを落とさず、部屋を突き抜ける二人。
しかし、振り子鉄球ゾーンに来て、その考えが変わった。
「厄介な!」
「まさか、鉄球も弾いていくとは・・・」
「大丈夫だ。少し時間は掛かるが、もう一度読み直す」
太田が弾いた鉄球は、全て振り子の間隔がズレている。
おかげで水嶋は、また読み直しになった。
「・・・行くぞ」
水嶋は再び一直線に抜けていく。
官兵衛はそこに、更なる罠を仕掛けた。
「何をしたんだ?」
「鉄球を乱されましたからね。嫌がらせには、嫌がらせです。むっ?速いですね。後ろからイッシー太田組がやって来ましたよ」
「追いついた!」
凄い!
本当に最終ラップで追いついた。
向こうはもう下層へ向かうようだが、太田のパンチで鉄球も意味を為さない。
これなら下層で追いつくぞ。
「凄いデッドヒートの展開になってきました!面白い!これは好レースですよ!」
「折り返しでは、完全に追いつきそうですね」
「あっ!官兵衛殿、やりやがったな」
太田が鉄球を弾きながら、進む大仏くん。
しかし、突然その大仏くんから太田が吹き飛んだ。
「なっ!?トリモチか!?」
振り子のど真ん中にあったトリモチに気付かず、イッシーはそれを踏んづけた。
すると猛スピードで走っていた大仏くんに、急ブレーキが掛かる。
前に身体を乗り出していた太田は、そのまま前方へと飛んでいった。
「太田殿!」
「イッシー危ない!」
「へ?あー!」
思わず声を出してしまった僕だったが、その直後、鉄球は大仏くんに直撃した。
大仏くんごと吹き飛ぶイッシー。
「イタタタ・・・。これが官兵衛の罠か。スピード出し過ぎて、トリモチなんか気付かなかった。あー!大仏の頭が無いぃぃ!!左半分、凹んじゃったよ。これ、ゴールしても失格にならないよね?」




