海の怪物
普通、小型船舶持ってる人なんか居ないよね?
失敬なとか言われたけど、どうしても僕が間違ってるとは思えない。
発明や開発以外に興味無さげなコバが、そんな物取得してるって思う方がおかしい。
いよいよ出港する事になった。
コバが駆逐船の方に乗れと言ってきたのだが、これには少しだけ戸惑った。
だって、本当に操縦出来るか分からないじゃない。
嘉隆は以前と違い、自信を持って出来ると答えてくれた。
でもこのおっさん、いつ以来の操縦なの?
光魔法で川を光らせろって言うから、そりゃ乗ったけど。
何年振りに操縦するかは、怖くて聞けなかった。
そんなコバが、マオーエリザベス号の横を通過する。
兄はコバに通過出来るかと聞いた。
気が散ると怒鳴られた兄だったけど、僕は思ったね。
凄い横幅に余裕あるよ。
例えるなら高速道路の三車線を、バイクで通過するくらいの余裕はあった。
むしろ気にするべきは、後ろの見えない戦艦の方だろう。
そんな僕達の心配も杞憂に終わり、嘉隆は無事にマオーエリザベス号の横を通過した。
そして姿を現した戦艦と駆逐船のドッキング作業中、僕達は艦長へと任命されました。
艦長の仕事って何だろう?
川を下る事二日。
とうとう海が見えてきた。
「おぉ!やっぱり異世界でも広いなぁ」
「ワタクシ、海を見るのは初めてです。こんな大きな湖だったとは」
「湖じゃない。海だ」
「そうでした」
太田が予想以上に興奮していたのには、少し驚いた。
その興奮をメモしていたが、意外にも海を見た事ある人の方が少ないようだ。
海を見た経験があるのは、俺達日本人以外では、嘉隆を除くと慶次だけだった。
彼は修行の途中で、海を見たらしい。
ずっと一緒だった蘭丸やハクトが見た事無いというのは、想像出来る。
だけど、又左や官兵衛も経験が無いとはね。
信之も勿論、初めて見たという。
彼等は皆外に出て、潮風を浴びながら海を眺めていた。
「なんか新鮮な気分だ」
「俺達は普通に海なんか見てたけど、この世界だと一生見ない人も居るんだろうな」
「官兵衛さんがあんなに興奮してるなんて。俺、初めて見ましたよ」
子供のような反応をする異世界組を、召喚者組は全員が暖かい目で見ていた。
水嶋爺さんは、マイペースに釣糸を垂らしていたけど。
というか、いつ釣り竿なんか作ったんだ?
「釣れるんですか?」
「俺が知るわけ無いだろう。釣れたらオカズに出してもらいたい」
「食える魚なら、是非」
俺はぶっきらぼうなこの爺さんが、少し苦手だ。
でも、この船に乗ってから少し打ち解けた気はしている。
メシに出せとか、前なら言われなかったし。
それにしても釣れたらか。
「魚、食いたいなぁ」
海に出てどれくらい経ったかな?
あんまりそういうの気にしないから、忘れちゃったよ。
そんな俺達が普段、海上で何をしているか?
答えは、船の上で戦闘の訓練に励んでいる。
船が大きくなった事で様々な場所が作られたのだが、そのうちの一つが、修練場だった。
修練場は外に作られていて、舞台の他に弓場も設けられていた。
「クソッ!本当に難しいな」
「イッシー殿でもそう感じますか?俺もですよ」
弓を射るイッシーと蘭丸。
しかし、大半が的の外側に当たるか大きく外していた。
「その点、ハクトは上手いよな。何故だ?」
「えっ!?うーん、風の音を聞いてるから?」
「もっと具体的に頼む」
「えぇ・・・。具体的に言ったつもりなんですけど」
海風が強い船上で弓を射るのは、かなり難しい。
そんな中、二人より綺麗に的中していたのは、意外にもハクトだった。
俺も横で聞いていたけど、ちょっと何言ってるか分からなかった。
「蘭丸。言い訳ばっか言ってないで、ちゃんと当てろよ」
「ジジイ!能力使ってんじゃねーよ!」
そんな三人の横で、全て真ん中を的確に撃ち抜いている人物。
それは水嶋爺さんだった。
俺も見ててスカッとするくらい、ど真ん中をずっと通過していく。
見当外れの場所を狙っても、軌道が変わって真ん中に向かっていくのを見ると、蘭丸が文句言いたくなるのも分かるけどな。
「さーて、釣りに変更だ」
「このジジイ、小馬鹿にしやがって・・・」
「だって俺、釣りしながらでも命中させられるから」
糸を垂らしながら命中させると、途中で銃を置いた。
竿が引いている。
「来た!大物だぞ!」
「うおっ!凄いしなりだ。水嶋さん、行けるか?」
「だあぁぁ!厳しいぞ!」
イッシーの問いに、慌てて答える水嶋。
糸が切れないように、甲板を右往左往し始めた。
俺もその様子を見て、今までに無い大物だと気付く。
「太田、爺さんを手伝え!」
「御意!」
「馬鹿!無理矢理引くな!糸が切れるぞ」
爺さんの身体ごと引く太田だったが、無理矢理引けばバラしてしまうと爺さんは言う。
太田は何をして良いか、分からなくなってしまった。
「キャプテン!」
「俺を呼んでも、釣りは分からんて!」
「糸を変えよう」
「魔王様!」
人形がポケバイに乗ってやって来た。
かなりシュールな絵面だが、今は置いておこう。
「ちょっと兄さん。僕を持ち上げてよ」
「どうするんだ?」
「この糸に、ミスリルをコーティングして。コレで切れないでしょ」
創造魔法でそんな事出来るんだ。
俺もビックリ。
「糸が切れないのだな?だったら話は早い。引け!」
「オォ!」
爺さんの声に、太田は叫びながらリールをグルグルと巻いていく。
「流石は牛。俺とは力が段違いだ」
「牛って・・・。太田牛一という名があるので、ちゃんと呼んでくれませんか?」
「そうだった。太田、左右に竿を振れ。そして奴が疲れるのを待つのだ」
「何故そんな事を?一気に巻けば良いのでは?」
「万が一、糸が切れたらどうする」
「なるほど」
太田は身体ごと大きく左右に振った。
竿が右に行ったり左に行ったり、見ているだけで忙しい。
「今だ!一気に巻け!」
「ぬおぉぉ!!」
太田渾身の叫び声と共に、一気にリールは巻かれていく。
そして、とうとう奴が海の中から現れた。
「は?何じゃこりゃ!?」
海面に姿を現したのは、魚ではなかった。
身体がウネウネしており、俺も水族館で見た事はある姿をしていた。
「巨大海ヘビ?」
「違う!シーサーペントだ!」
そう叫んだのは、嘉隆だった。
外へのスピーカーで、毒持ちで危険だと皆に注意喚起される。
「十メートル級は小さい方だ。逃げずに倒せるぞ!」
「えっ!?小さい方なの?」
「大きい奴だと、逃げるしかない。頑張れ!」
ブツッ!というマイクが切れた音がした。
後は外に居る連中が、戦えという事なのだろう。
「魔王よ」
「何?」
「シーサーペントとやらは、食べられるのか?」
「俺が知るか!」
「僕が知るか!」
奇しくもハモってしまった。
この爺さん、この化け物を食べる気だったのか。
「そもそも海ヘビって食べられるの?」
「海ヘビならな。沖縄の伝統料理にイラブー汁ってのがある」
「流石は中年サラリーマンイッシー。詳しいですね」
「茶化すな!」
沖縄料理なんて、有名なのしか知らんもん。
しかしコイツ、意外と面倒だぞ。
毒を吐いてくるから、接近戦が出来ない。
隙を見て近付こうとすると、尻尾から何かが刃物のような物が飛んでくるし。
「クソー!当たらん!」
弓で攻撃するイッシーと蘭丸だが、全く当たっていない。
ただでさえ風が強いのだが、それに加えてシーサーペントが戦艦を揺らしているから、尚更難しいようだ。
ちなみに俺も鉄球を投げたが、シーサーペントが上がってきた時の海水で足を滑らせてコケてしまった。
「うーむ、硬いな。銃弾が弾かれる」
水嶋爺さんも太田に抱えられながら発砲していたが、全て鱗に弾かれている。
この鱗、ミスリル並みかそれ以上かもしれない。
「魔法だな。それしかないだろ」
「魔王様、ハクト。魔法をお願いします!」
水嶋の声に反応して、太田は叫んできた。
蘭丸はそれを聞いて悔しがっていたが、渋々魔法へと切り替える。
「クソー!弓で倒したかったー!」
「僕も同じだよ。対策練らないとね」
「二人とも、何を使うんだ?」
弟が二人に何かを聞いている。
対になる魔法で、打ち消し合わないようにする為かな。
「そりゃ火だろう。炙ってみたら、良い匂いがしそうだし」
「僕も同じ事考えてた」
「だよな。よし、今日のオカズはシーサーペントの丸焼きだ!」
三人の火魔法が直撃した。
三発入った程度では、死にはしないらしい。
怒りの鳴き声と共に、暴れ回っている。
毒を吐きまくるシーサーペントに、皆は遠くに避難した。
「もっと当てまくれ」
火球を連発する三人に気付いたシーサーペントは、毒を三人に集中して攻撃を開始していた。
しかし弟の方が上手だ。
甲板から盾のように壁を作り出し、自分以外の二人を守っていた。
ちなみに人形の弟は、毒が溶けたりするような物ではないと分かり、ビチャビチャと浴びまくっている。
「虫の息だ!レッツ丸焼き!」
三人がトドメとばかりに、同時に火球を打ち込んだ。
シーサーペントは最後の断末魔と共に、倒れ込む。
「倒したかな?」
弟はスタスタと歩いて近付いていくと、完全に動かなくなった事を確認して腕で丸印を作った。
「試食しよう!」
シーサーペントはハクトとイッシーにより、解体された。
丸焼きになっていたが、鱗は黒くなっていただけで、まだまだ硬い。
「コレ、火耐性あったんじゃないの?」
「僕もそう思う。三人がかりでアレだけの火魔法を放ったら、その前に炭クズになってると思うんだよね」
弟も同じ意見らしい。
丸焼きにしたいって考えから火魔法を使ってたみたいだけど、失敗だったっぽいな。
「さて、食べてみようか」
「・・・誰が食べるの?」
誰も手を挙げない。
あの慶次ですら、立候補しないのだ。
やはりシーサーペントのインパクトが大き過ぎる。
「慶次、お前食べろ」
「は!?兄上、それはズルイでござるよ!」
「長谷部も行っておけば?」
「イッシーさん、自分で食えよ!さっき沖縄料理がとか、話してたじゃないか」
誰も行かないなら、仕方ない!
「俺が食べる」
「キャプテン!?」
怖い物見たさで、ちょっと食べてみたい。
イッシーの言う通り、海ヘビを沖縄料理で食べてるなら、シーサーペントだって似たようなもんだろ。
「アツツ!流石は火魔法食らいまくっただけあるな。鱗の下はまだ熱いぞ」
湯気が出ている身を箸で取り、俺は意を決して口の中に放り込む。
「むっ!・・・グハァ!マズイ!臭い!」
咽せた。
臭いが凄いな。
身が白いから淡白な味を想像していたのに、とにかく臭い。
このままじゃ食べられたもんじゃない。
「シーサーペントは食えないのか」
「食えるぞ」
「え?」
その声に振り返ると、嘉隆が大剣を持って立っていた。
十メートル級の海ヘビを、切ろうという魂胆らしい。
「すっごい臭かったけど。アンモニア臭みたいなのがキツくて、俺は無理だ」
「焼いたままだからですよ。これは煮込んで食べるんです。脂は乗ってるから、臭みを消さないと駄目です」
なるほど。
丸焼きという調理方法が間違っていたわけか。
それよりも、彼女からもっとショックな事を言われてしまったがな。
「何故、丸焼きにしたんです?」
「毒吐いてくるし、接近戦しづらいから。遠くから魔法ぶっ放した方が早くない?」
「それ、一番手間ですよ。盾を持って毒を防いで、首を一撃で斬り落とす。コレが一番早いです。血抜きも出来て一石二鳥。臭みも取れて、調理しやすくなりますから。もっと早く言ってくれれば良かったのに」