刑の執行
翌日、アウラール町長の元へハゲのおっさん改め斎田さんの処分について、話をしに行った。
「死罪ですか!?それは思い切った事をしますね」
「彼はこの町だけでなく、他の町でも同じような罪を犯していました。盗みという罪は、反省したとしてもまた再犯する事が多いと聞きます。怪我人は此処でしか出していないとはいえ、もしまた同じような事を犯した場合、怪我人で済むとは言い切れないですから。もし町長なら、この場合どうしますか?」
「そうですね。強制就労一年が妥当かと。ただし他の町の犯罪は考慮していないので、そこは魔王様の判断に委ねさせていただきたいと思います」
この町だけの窃盗や空き巣、無銭飲食で強制就労一年か。
他の町も含めると、やっぱり懲役十年近くはある気がする。
「それでいつ刑は執行されるのですか?」
「僕等が町を出る日、それも出る直前に執行します。僕等が執り行なうのだから、死体の処理もこちらで行いますよ」
「そうですか。それは助かります。この町で死刑なんてした事無いですから、おそらく見物人はかなり多いと思われます」
「空き巣や無銭飲食に遭った皆さんに見てもらうのは、当然の権利だと思いますよ。それに彼が居なくなれば元の生活に戻れるという、安心を確認するという意味もありますから」
「なるほど、分かりました。では町内で、そのようにお触れを出しておきます」
町長との話が終わり、屋台へと向かう。
まだ出る日程は決めていないが、この町から近い次の目的地が決まり次第、出発したいと思う。
ラーメン作りも慣れたきたし、スマホの請求分は既に支払い済みだ。
これでスマホの請求額と物との等価交換が可能になれば、金銭面ではかなり裕福になるだろう。
豪勢な旅をしようじゃないか!
屋台に近付くと、やはり昼前くらいから長蛇の列が並んでいる。
この町で、というよりこの世界でラーメンは受け入れられたと言っていいだろう。
ちなみに毎日食べに来る人も少なくない。
理由は簡単。
僕達がこの町を出たら、しばらく食べられないから。
常連と化したその人達には、次に来る時は味噌やトンコツ、塩に坦々麺辺りを提供したいと考えている。
あまり増やし過ぎても一つの屋台では無理だから、屋台自体の数とラーメン職人の確保が必要かもね。
それはまた先の話だけど。
「マオくん、町長さんとの話は終わったの?」
「あぁ、彼の処分の話をしてきた」
「分かった。じゃあそろそろ町長さんも並びに来るね」
町長、常連の1人になっているらしい。
ちなみに町長に教わったお店で、胡椒の仕入れも済んでいる。
町を出る前に大量に買い込む事を伝え、店に影響が無い範囲で売ってもらえる事になっていた。
ハクトは気付くと、一人前の店長だったのだ。
僕の魔王より板についている。
「店長、時間が空いたら握手してもらって良いですか?」
「はい?握手ならいつでも良いですよ?」
「キャー!握手してもらっちゃったー!私、この手しばらく洗えない」
はい、モテ男ですね。
イケメン店長としても有名になったので、男性だけでなく女性のお客さんも多かった。
ラーメンは美味くて、イケメン店長とのコミュニケーションも取れる店。
そりゃ女性客も来ますよ。
ただね、一つ言ってもいいかね?
飲食店なのだから、そこは衛生面を考えて握手はどうなのかなぁ。
握手して手を洗ってからラーメン作るのは当たり前だけど、それにしても時間効率悪くない?
いや、僻んで言っているわけではないですよ。
決してそんな理由じゃないです。
キャーキャー言われてるのが羨ましいとか、そんな事思ってないんだからぁぁぁ!!
・・・よし、僕もラーメン作れるようになろ。
そうすれば少しモテる気がする。
そして町の外では、ズンタッタ達が太田を相手に戦闘訓練の最中だった。
ズンタッタは斎田さんを取り押さえるのに苦戦したのを反省し、初心に戻ると言って模擬戦を繰り返している。
「私が若い頃なら、太田殿とも1人で戦えたと思うのですが。それにしても、腕が鈍っていると痛感させられました」
という本人談なので、どうせ盛っていると思っていた。
そしたらラコーンに、昔ならラコーン達4人を相手にしても勝てなかったと思うなどと真顔で言われてしまった。
あながち嘘ではないんだな、疑って申し訳ないと心の中で謝っておきました。
そして町を出る当日、朝から町の入り口には大勢の人が集まっていた。
高台の上には太田とラコーン。
そして椅子に縛られて動けない斎田さんが居る。
死刑執行の直前なのだ。
「魔王様、準備が整いました」
「分かった。じゃあ太田、斎田さんの首を落とせるように、動かすなよ」
太田が身体を取り押さえて、ラコーンが首を落とす。
後は剣を振るうだけだった。
斎田さんには舌を噛み切らないように、布で口を塞いである。
最後に僕が刑の執行を命じたら、終わりだ。
「町の皆さんに伝えておきたい。彼はこの町で、多くの方に迷惑を掛けた。無断で家に入り、物を盗られた。自分に成り済まし、勝手に食事を奪われた。そして怪我を負わされた人も居る」
俺も盗られた、勝手に食われた等、多くの人が罵声を浴びせている。
「この町だけの罪であれば、強制就労一年くらいかもしれない。しかし彼はこの町に来る以前にも、色々な町や村で同じ事を繰り返しやってきたのだ。そこで全ての罪の清算として、彼には死罪が妥当だと思う。町の皆は、それで納得してもらえるだろうか?」
厳し過ぎる、妥当だ、償いの機会は与えられないのか等、色々な意見が飛び交った。
しかし刑は確定している。
「様々な意見をありがとう。彼にもその言葉が胸に響いているだろう。最期に皆の本音が聞けて良かったと思う。では刑の執行を開始する!」
その言葉をキッカケに、ラコーンが剣を振り上げる。
人々は色々な思いで見ているのだろう。
重い罪を犯した者の末路を。
そして、ラコーンが剣を振り下ろした。
目隠しをされた斎田さんの首は、高台に転がっている。
悲鳴や歓声の入り混じった中、ズンタッタが早々に首を布で覆い、死体を高台から降ろした。
「罪を償った彼を、長々と見世物にするのは忍びない。これで全ての刑の執行が終わったと宣言する」
そうして高台から全員が降りた。
「町長、最後に無理を言ってすいませんでした。死体は森の中で埋葬したいと思います」
「魔王様、今更ながら少し厳し過ぎたとも思いますが」
「彼には早く、新しい人生を歩んでもらいたかったので。次の人生では罪を償うはずですよ」
あまり納得のいっていない様子だけど、それはそれで済んだ事。
彼の事はもう終わったのだ。
「それと町長が持っていた光魔法の伝書と地図。持ってきてもらえましたか?」
「えぇ、あげる事は出来ませんが、持ってくる事は持ってきています」
それを受け取り、太田とラコーンに広げて持ってもらう。
「まさか、今全て読むのですか?」
そんなわけない。
地図なんか頭の中に全部入らないし、伝書なんか何枚もあるんだから。
だからコレを使うのである。
「それは、確か神から授かったと言われる神器ですよね?」
いえ、スマホです。
スマホなので、カメラが付いているのです。
そう!
全て写真に収めてしまえばいいのだ。
「あの、何をしているので?」
「コレはこの神器の中に、全ての記録を保存しているのです。見てみますか?」
撮った写真を表示して、スマホの画面を町長に見せてあげた。
「な、なんと!?こんな小さな物に全く同じ絵が入っている!?」
ズンタッタ達も、興味津々で覗き込んできた。
カメラ機能と言えばやっぱり女子。
シーファクが一番興味があるようだったから、一枚撮ってあげる。
自分の姿を見て、恥ずかしいような嬉しいような反応をしていた。
「はい、これで全部かな。町長ありがとうございました。これで旅を続けながら、光魔法も鍛錬出来ます」
「そのように使われるのですね。神器とはとても便利だ」
まだ他にもネット検索とかもあるけど、それは通信料が惜しいので見せなかった。
ごめんね。
「それではそろそろ次の町に向かいます。くれぐれも帝国兵には気をつけてください。近隣の町や村とも、密に連絡を取る事をオススメします」
「帝国の商人は良い方ばかりなのですがね。森の定期巡回を増やし、帝国軍の方には気をつけたいと思います。他の町村にも、定期連絡が出来るように掛け合ってみます」
それくらい警戒しておけば、下手に奇襲を受ける事も無いだろう。
後はこの町の人達で頑張ってもらいたい。
「それでは、出発します。お元気で」
「魔王様、是非、またこの町へお寄りください。ラーメン待ってます!」
最後がラーメンかよ!
どんだけラーメン好きなんだ。
この町にラーメンブームを巻き起こし、僕等は次の町へ向かった。
と見せかけて、実は近くの森でまだ滞在していた。
理由は一つ。
斎田さんの為だ。
「さて、解きますか」
死体にかけた変身魔法を解くと、大きな鶏に似た魔物が姿を現した。
首は既に無い。
ズンタッタが持った布の中から、紫色の鶏冠をした鶏の頭が出てくる。
「これは、ラーメンのスープ作りに役に立ってもらおう。鶏ガラとか煮干系のラーメンも考えたいからね」
そう言ってハクトに全てを渡す。
そして本番はこっち。
「聞こえてると思うけど、元に戻します」
そして僕は、椅子に向かって変身解除を念じる。
「・・・ありがとうございます」
全ては茶番ですよ。
悪いけど、リザードマン達には騙されてもらった。
彼等には町に入る時に、笑われたりしたからね。
これくらいの事は許してもらいたい。
そして斎田さん。
彼には罪を償ってもらう。
でも変わりたいと願ったその気持ちも、僕には分からなくもなかった。
だから一度死んでもらった。
そして変わらぬ身体で、新しい人生を始めてもらいたい。
「僕は斎田さんがした事が、全て悪い事だと思ってます。でも死ぬほどではない。死ぬような経験はしてもらったけどね」
あの偽斎田の首を落とす時、椅子に座ったままだったのだ。
あたかも自分の首が落とされる感覚に近いだろう。
しかも自分の顔をした頭が、目の前に落ちていくのが見えるのだから。
「貴方は今からでも変わりたいと言った。だったら罪を償ってから、変わればいいと思うんですよね。この世界は日本じゃないんだから」
「そんな事、勝手に決めてもいいのか?」
「そんなの知りませんよ。まあいいんじゃないですか?僕、魔王だし。魔王が自分勝手に決めたって、誰も文句言えないでしょ」
「俺は言うけどな」
蘭丸は言うだけじゃなく、ゲンコツも落とすじゃないか。
って言うと、怒りそうだから言わない。
「でも、まずはこれだけは受けてもらう。精神魔法で契約はしてほしい」
内容は既に考えてある。
今までに行った町村に戻り、被害を出した家々に損害を出した分のお金をこっそりと置いてくる。
もしくはその家が困っていたら、無償のボランティアを行う。
以上の内容を、彼に見せた。
「こんな事でいいのか?」
「こんな事って言うけど、全て回るには相当な時間がかかると思うけど。一年で済むかな?」
「時間の問題じゃないんだが。いや、やっぱりいい。その魔法、是非かけてほしい」
というわけで、本人の承諾も得たので、精神魔法契約を初めて使った。
この魔法、酷いな。
契約という名前の割には、相手のサインも承諾も必要無いじゃないか。
使い勝手良すぎて、帝国が使うの納得しそうだったよ。
「ちなみにこの契約内容を全て終えた時、そこで本当の自由が手に入ります。貴方がやってきた事は無かった事にはならないけど、既に一度死んだ身。新しくやり直す事は出来ますよ」
「なんか、本当に色々とありがとう。俺、もう一度頑張ってみます」
「泣かないでください。僕がもし日本で40歳近くになっていたら、貴方と同じような事を考えていたかもしれないです。こう言っては何だけど、働いた事の無い奴が20年近くもサラリーマンやってきた人に説教なんて、本来はおこがましいと思ってるくらいですから」
「うぅ、キミが俺の部下だったら、こんな苦労もしなかった気がする。アイツ等、キミみたいな考え絶対にしてないし」
そこは返事をしづらいですよ。
その部下の人は知らないし、僕だって社会に出たら役立たずかもしれないんだから。
「そんなに高く評価されても困りますけどね。じゃあお別れをする前に、何週間かは付き合ってもらいますよ」
「え?何かするの?」
「まずは独りでも生きていけるように、太田と鍛錬に励んでもらいます。この世界に来た日本人は成長が早いらしいので、短期間で太田よりも強くなれるかと」
「えーと、太田さんって誰?」
「アレ」
「俺を一撃で吹き飛ばした人かよぉぉぉ!!」
顔を青くして叫んでいる。
まあ太田に勝てるくらいじゃないと、この先何かあったら死んじゃうからね。
「ハッハッハ!斎田殿、そんな前の話は覚えておりませんぞ。ではまず、上腕二頭筋を鍛える筋トレから始めましょう!」
「アラフォーでジムにも通った事が無いおっさんには、いきなりハードだなぁ」
成長が早いなら、数週間後にはナイスバルクと呼ばれるだろう。