船の隠匿
今更だけどマッツンって、かなり謎の存在だと思う。
神様が僕達の手助けにって、この世界に転生させてきたのは聞いているけど、本人は戦力にすらなっていない。
でも、本人以外の戦力はかなり強力だ。
それに加えて、今回のよく分からない意思疎通の件。
何してるかな〜って考えてたら、相手と連絡が取れただぁ?
そんな馬鹿な話あるか!
なんて思ったけど、マッツンだからなって感じになったし。
それにしても、マッツンも少し可哀想な奴ではある。
タヌキの獣人に転生させられ、しかも力も弱い。
僕達は魔力が異常に大きかったから、身体強化だけでも戦えた。
でもマッツンは、ゴブリンが居なかったら、ただのうるさいタヌキだからね。
明らかに雑魚キャラだ。
そう思ったら、王国へ同行する事を許可していたよ。
何というか、お得なキャラだよね。
庇護欲をそそるというか、憎めない雑魚キャラって感じ。
そういうところが、ゴブリン達を強く惹きつける要素なのかもしれない。
ま、それが他の種族には効かないのも、マッツンらしいんだけどね。
勿論それは、ヒト族のキルシェにも同様だった。
笑顔のキルシェだが、少しだけ頬が引きつったのを僕は見逃さなかった。
ふざけんなよこのタヌキ!とか、身の程を知れとか内心では思ってるんだろう。
一瞬の僅かな変化だが、ドルヒも同じ事を思ったっぽいね。
小声で何か言われて、すぐに正した。
「お話もしていないのに、初対面というのはおかしいですよ。タヌキの方」
「ま、万里小路です!」
「万里小路様ですか」
キルシェはやっぱり、彼を怪しんでいるな。
万里小路という名前を聞いて、この世界の人間じゃないと思ったのかもしれない。
面倒だから、後で話しておこう。
ただ、今は間違いだけ訂正しておく。
「コイツは松平家康くん。通称マッツンだ。だからマッツンと呼んであげてくれ」
「オイィィィ!!せっかくカッコ良く決めたのに。俺様をその名で呼ぶな」
「あら、マッツンさんですか。可愛らしい呼び方ですね」
「ゴホン!どうもマッツンです。よろしくお願いします」
アレだけ嫌がっていたのに、キルシェの一言で物凄い手のひら返しだ。
何故か僕に寄り掛かって、よく分からないポーズでカッコつけている。
重いから身体を捻ったら、すぐに倒れた。
「痛っ。何してくれてるの?」
「マッツン、少し真面目にやって。相手は女王なんだから。そういえば、遷都は終わったの?」
「終わりましたわ。今はドワーフの方々に協力を仰いで、新しい城も作っております」
なるほど。
信之達以外のドワーフが居るのは、そういう理由か。
というより、僅かだが魔族が街の中を歩いている。
このツヴァイトフルスという街に住んでいる王国民は、既に魔族への偏見も無いようだ。
「ちゃんと改革が進んでるんだな」
「おかげさまで、新たな生活様式も生まれましたから。しかし問題も多く残っています。それは後々お話ししますわ。それよりも、立ち話も長々としていると、皆の迷惑になりますから」
キルシェはそう言うと、僕達を自分達の仮住まいへと案内してくれた。
このツヴァイトフルスは、新しい首都ととして今も作られている未完成の都市だ。
城もまだ無いので、キルシェは今、川に面した街の中の大きな屋敷に住んでいた。
「この家も気に入っているんですよ。人々の様子がよく見えますから」
窓から外を覗くと、確かに多くの人達が見えた。
さっき言った新しい生活様式。
それは、川を利用した移動の事らしい。
流石にあの漁船のような大きさの物は無いが、ちょっとした荷物や人を運べるくらいの船が、いくつも往来していた。
どうやら、橋を使うよりもこっちの方が普通になっているようだ。
「なかなか面白いね」
「いつかは水の都ヴェネツィアのように、街の中を船で回れるようにするつもりです。この街を美しい観光都市に変えてみせますわ!」
声が大きくなるキルシェ。
やけに気合が入っているな。
農業以外の事でも収入を得ようと、色々と考えているみたいだ。
女王しているなぁと、改めて思った。
「ん?ヴェネツィア?」
「あ・・・ホホホ。何でもありませんわ」
マッツンがちょっと引っ掛かっていたが、それはキルシェがすぐに流す。
「それよりも、魔王様本人がいらっしゃったという事は。船の件ですわね?」
「流石は女王。ご名答。ほぼ完成したので、こちらから技術者を連れてきた。あとはちゃんと動くか、試験をする段階に移るみたいだね」
キルシェの顔から、笑顔が無くなった。
船の完成と聞いて、彼女も少し驚いている。
進捗は聞いてなかったのか?
その件は代わりに、元睡蓮の男性が話してくれた。
「造船所は私達でも、見る事は敵わなかったのです」
「え?何故?」
「それは代わりにオイラが説明しましょう」
「官兵衛!?」
後ろに控えていた官兵衛が口を開くと、元睡蓮の男性が少しだけ目つきが変わった。
あまり良い雰囲気ではないが、それもすぐに消えたので、見なかった事にしよう。
「女王様に何も言わずに申し訳ないとも思ったのですが、何処から情報が漏れるか分からないので、安土の人間を派遣して、全ての情報を遮断させていただきました」
「そうなの!?」
「お前も知らないんかい!コホン!知らなかったのですか?」
鋭いツッコミを見せたキルシェだが、小さな咳払いをして言い直す。
マッツンが何故か目を輝かせているが、それは置いといて。
「そこの彼。名前は存じませんが、貴方は気付いておられますよね?」
「・・・」
撫子メンバーの護衛は、無言だった。
しかし、何も言わないのは是と考えたのか、官兵衛は話を続ける。
「この街には、密偵が居ますね」
「はい、それは貴族派の連中が放った者達ですね」
「そうです。しかし、それでは五十点です」
「え?」
「帝国の密偵も居ます」
「何っ!?」
帝国からの密偵と聞いて、ドルヒが立ち上がった。
キルシェを挟んで反対に座っていた男に、目で確認すると、彼も知らなかったような素振りを見せる。
「ほ、本当なのですか?」
「まず間違いなく」
官兵衛が言うには、貴族派よりも帝国のスパイの方が多いという話だ。
それを聞いたキルシェは、少し考え込んだ。
「もしかしたら、貴族派は帝国と手を組んだのかもしれません」
「あり得る話です。魔族を捕まえたい帝国と、排除したい王国貴族。利害は一致してますから」
「か、官兵衛殿は、どのようにお考えか!?」
ドルヒが慌てて官兵衛に話を振ってきた。
自分達が気付かなかった事を、すぐに見抜いた人物。
味方なら頼らない方がおかしい。
官兵衛が僕の方に目を向けてきたので、軽く頷いて許可を出した。
「オイラが船を隠したのは、そちらに被害を出さないようにという意味もあります。もし武器を搭載した戦艦を作っていると帝国が知れば、どうなると思いますか?」
「いちゃもんつけて戦争を吹っかけるか、もしくは船をよこせって、奪いに来るんじゃないですか?」
「長谷部くんの言う通りです」
長谷部は正解した事に嬉しそうだ。
マッツンが逆に悔しそうにしている。
キルシェの前でカッコつけたいのだろう。
「見つかれば、まず間違いなく帝国から何かしらの接触があるでしょう。それは確実に悪い意味で、という事です。女王様すら知らないなら、この情報が漏れ出る事はほとんど無いでしょう」
「機密保持にそのような意味があったとは。感服しました」
男性が頭を下げると、官兵衛も頭を下げた。
「王国の方々に黙ってこのような対応を取ったのは、誠に申し訳ないと思っています。しかしこの情報が漏れたなら、貴族派は大きく糾弾してきたでしょう。戦争をする気なのかと」
なるほど。
僕も知らなかったから、ちょっと意外な話で驚いた。
横で話を聞いていたマッツンは、何か違う事を考えているっぽい。
「何かアレだな。連邦が巨大ロボットを作っていた、コロニーみたいな感じかな。そのうち赤い人の部下が来ちゃうんじゃないの?」
「お前、縁起でもない事言うなよ」
「大丈夫だ。そしたらちょっと陰気な少年が、コイツ動くぞ?って言って、主砲でも打ちかますだろ」
「・・・」
危ない危ない!
それ、ちょっと見たいなって思っちゃったじゃないか!
「この船は存在自体が秘匿です。東の領地へ向かう為と言っても、帝国や王国の貴族派は納得してくれないでしょうからね」
「そうですわね。しかし官兵衛殿、どのように出港させるつもりですか?」
「それは偽装します。あまり大きくなくて良いと伝えてありますので、外見を違う船に装うくらいなら、簡単に出来るでしょう」
木の板でも張り付けていけば、ボロ船に見えなくもないか。
なるほどね。
「もう完成間近ですし、女王様達なら見られても困る事はありません。どうでしょう、一緒に見に行きませんか?」
「それ、良いな!俺様が女王様をエスコートしますよ」
「あら、マッツン様がエスコートを?楽しみですわね」
「うひゃ!?頑張りましゅ!」
キルシェの言葉を本気で捉えるマッツン。
悲しいけど、それ社交辞令なのよね。
「では行きましょう」
造船所に着くと、確かにそこは異様な風景だった。
あの巨大漁船、マオーエリザベス号を作っていた時とは大きく違ったからだ。
あの時はあまりのサイズに、隠すなんて出来なかった。
国政として行っていたから、隠さなかったのもあるけど。
しかし今回は違う。
大きな建物で川の一部を覆い、明らかに中で何かを作っている音がするのだ。
街の人達は慣れたもので、今では気にせず素通りしている。
「街の人には、この場所に魚の保管場所を作っていると話しているのです」
「理由が分かれば気にしないもんな。やっぱり官兵衛って、ナオちゃん並みに頭良いよね」
そりゃ逆だ。
直政の頭が官兵衛並みなんだろ。
「そんなナオちゃんです!」
「え?」
振り返ると、ゴブリンの集団が立っている。
先頭に居るのは、僕達が安土で見送った井伊直政だ。
「ナオちゃん!お疲れちゃ〜ん!」
「マッツン!私頑張ったよ!」
「皆もお疲れ〜。どうせだから、皆も一緒に行こうか?」
「え?」
こんな大勢連れて行って、大丈夫なのか?
「行きましょう。向こうの状況もお聞きしたいので、丁度良いです」
官兵衛が言うなら、問題無いんだろう。
最悪は外で待っててもらうだけだし。
直政達が加わった僕達は、造船所に到着した。
聞いていた通り、川の前に大きな木の壁が立っている。
「入りましょうか」
コバと昌幸が先に向かった時に、後から行くと伝えてあるらしい。
門番からすんなり通された。
中に入ると、意外にも奥行きがある。
ゴブリン達も全員が入れるくらいだ。
「まずは信之達を探した方が良いよね?」
「責任者は彼ですから。でも、その必要は無さそうです」
奥から信之と昌幸の声が聞こえる。
久しぶりの親子の再会。
盛り上がっちゃってるのかな。
大きな声で話している。
「ちょっと待て。喧嘩してないか?」
長谷部が奥の声を聞いて、そんな事を言い出した。
まさかとは思ったけど、もし本当なら心配だ。
いざ奥へ行ってみると、通路で昌幸と信之、幸村の真田親子が、言い合いをしていた。
「お前達、何て事をしたんだ!」
「ちょ、ちょっと!喧嘩は駄目だぞ」
「しかし、アレを見て下さい」
昌幸が通路の奥を指さすと、官兵衛が足を引きずりながらも、早歩きで向かった。
すると官兵衛は、何かを見て座り込んでしまった。
「どうした?」
「アレを・・・」
指さす方を見ると、僕達は驚愕する事になる。
「な、何だこりゃ!?頼んだ船は小型でって言ったよね?何でこんな戦艦並みのサイズになってるんだ?これじゃ、官兵衛の作戦は無理なんじゃ?」




