マッツン、王国へ行く
見逃すのってどうなんだろう?
兄は良かれと思って、見逃したと気がするんだよ。
でもさ、ハマーにとって両足を失うって事は、ボールを蹴る事が出来ないわけでしょ。
サッカー選手だった彼にとって、それって生き地獄じゃないの?
それに、帝国が能力を失った召喚者を、わざわざ養うとも思えないんだよね。
二人で使う能力だと言っていたし、マックも一気にランクが下がるだろう。
足は速かったから、何かしらで役には立つとは思う。
でも下手したら、ハマーは見捨てられるんじゃないかなぁ。
敵なんだから、そんな事ウダウダと気にしてんなよって言われれば、それまでなんだけど。
なんとなく、彼等の行く末が気になっちゃいました。
それにしても、ミノタウロスは強いね。
太田が特別なんじゃなくて、種族が強いと改めて思い知った。
彼等も今後は僕達の仲間になると思うと、本当に心強い。
逆に裏切られたりしたら、恐ろしいですね。
何か勘違いで見捨てたと思われてたけど、今後は優しくしておこうと思います。
マックとハマーを撃退して数日。
再びロック達が、旅立つ日がやって来た。
安土の門の前は、人でごった返している。
「幸先悪かったけど、頑張ってね」
「幸先悪いとか、言わないでよ。でも、何とか頑張る」
ロックはおちゃらけた態度を取っているが、サングラスの奥の目は本気だ。
やりたい事には頑張れる男だし、必ず漫画家を探し出してくれるだろう。
「魔王様。帝国の実情を見て参ります」
「あ、そうか。ラビとロックは帝国にも行くんだっけ」
「俺っちの勘だと、確実に帝国には漫画家は居るね。隠れオタクやコスプレイヤーと居ると、断言しても良いよ」
「色々探してみてよ。ただし、くれぐれも召喚者を誘う時は慎重にね」
下手に大きく話が出回れば、ロックは良いとしてもラビの身に危険が及ぶ。
ロックはヒト族だから多少は見逃してもらえたとしても、ラビは本当に危ない。
軽々しく、安土に来ないって言うのは、やめてほしいかな。
そして、人が多い理由はもう一つあった。
ミノタウロス達も北の洞窟の守備へ、出発するのだ。
「アイゲリアも頑張ってね」
「おぉ!以前とは違い、そんなお言葉が頂けるとは。とても嬉しく思います」
仰々しく話すアイゲリアだけど、僕は苦笑いで返した。
彼と話すと、前回の挨拶が素っ気なかったように感じたみたいで、何かトゲがあるような言い方な気がするんだよなぁ。
ちなみに洞窟へ向かうのは、十人だけらしい。
残りのミノタウロス達は、安土とフランジヴァルドの間にジムを作り、そこでトレーニングを積んでから出発する事になっている。
卒業試験は、安土の誰かと模擬戦をする。
その内容次第で、洞窟へ向かう許可が得られる仕組みにしたようだ。
別に戦う相手は、又左と慶次だけに限らない。
佐藤さんや太田でも良いし、希望するなら蘭丸も参加させるつもりだ。
「北は未体験ですが、これもまた導きです。向こうで頑張ります」
「ゴルゴン達にも挨拶をよろしく」
アイゲリアにゴルゴン宛の手紙を渡すと、いよいよ出発の時が来た。
ロックやアイゲリア達とは一旦お別れだが、今生の別れというわけではない。
次に会う時は、あんなバタバタした形じゃないと嬉しいな。
安土で平和に過ごしていると、待ちに待ったこの時がやって来た。
それは、船の完成の連絡である。
実際には、まだ進水式などが出来るほど完成していない。
だが、外観は既に九割は終わったとの報告だった。
そして、残る問題点は一つ。
動力部の完成だ。
これは僕達のワガママによって、ストップしてしまった部分でもある。
オリハルコンとアポイタカラという、未知の鉱石を使って動かそう。
おかげで、この二つの検証結果待ちになってしまったのだ。
しかし今は検証も終わり、後は組み込んで試験運用を終えたら、ほぼ完成となっている。
そしていよいよ、船を完成させるべく、王国へ行く日がやって来たのだ。
「早く行くのである。昌幸殿も、楽しみにしているのである」
「そうですな。ワシも久しぶりに息子達の仕事ぶりを見るので、ちょっと心が落ち着かなくなっています」
二つの鉱石の取り扱いを任せる為、今回はコバと昌幸の二人は参加確定だ。
護衛として、蘭丸とハクト、太田の三人が参加し、船の運用に関して話をするので、官兵衛と長谷部も参加だ。
勿論、僕も一緒に向かう事になっている。
「ワハハ!安土は俺様に任せろ。お前が居なくても、安土は俺様が居る限り安泰だ。むしろ俺様に任せてくれても」
「それじゃ長可さん。安土をお願いします」
「あれぇ?俺様は?」
「ゴリアテも頼むよ。ジムのミノタウロス達も、試験的に使って良いって言われてるから」
「ちょっと、無視はやめて」
長可さんとゴリアテに後を頼むと、久しぶりの王国へ出発だ。
小さめとは言ったけど、戦艦の完成である。
楽しみでしかない。
「もしもーし。アナタと話したい、タヌキが此処に居ますよー」
「ハクト、この時期に王国で採れる野菜って何だろう?」
「え?な、何だろうね」
「おい、ウサギ。俺様も会話に加えろ。いや本当に。むしろ加えて下さい」
ハクトも、王国の旬の野菜は分からないか。
やっぱり美味い物食べたいんだよなぁ。
「すいませんでしたぁぁ!お願いだから会話してえぇぇ!!」
「うるさいタヌキだな」
「うるさいタヌキでございます!」
嬉しそうに自分で言うなよ。
余程寂しかったのか、半泣きで会話出来た事を喜んでいる。
ただ、ちょっと予想外の言葉が出てきて、僕もどうして良いか分からなくなったけど。
「俺様も行って良い?」
「は?」
「いやね、カッちゃんもまだ帰ってこないし、暇なのよ。それにカッちゃんとナオちゃん、半ちゃんも頑張ったし。王国で良い酒買って、労ってやりたいんだよね」
これは難しいな。
正直言って、マッツンが言ってる事は賛同出来る。
又左やイッシーから聞いた話では、彼等が凄い活躍したって話だ。
彼等の為に酒を探したいというのは、マッツン良い奴じゃんとも思える。
だけど、コイツ居なくなったら、ゴブリン働くかな?
ゴリアテの指揮に、従わない気もするんだけど。
ぶっちゃけ、それ次第でマッツンの処遇は決まる。
「一つ確認して良い?マッツンが安土から離れて、ゴブリン達は安土から離れない?」
「うん?大丈夫じゃねーの?此処ってメシ美味いし、遊ぶ所もあるし。何なら、ちゃんと言っておくけど」
「言ってくれるなら、助かるな。そしたら安心して王国への旅に参加してもらうよ」
「マジか!?じゃあ皆には、ゴリアテの指示に従えって言っておく。イェーイ!俺様、初めてヒト族の街に行くぜ!」
そうか。
考えたらコイツ、ゴブリンとしか行動してなかったんだ。
それを聞くと、王国で楽しんでもらいたいという気にもなる。
「出発する前に、ゴブリン達への指示よろしく」
予定より遅れたけど、急遽マッツン参戦で安土を出発した。
コバが早く行くぞとか、タヌキなど置いてけとかうるさかったが、そんなものは無視。
「それと、ナオちゃんが途中で合流するっぽいよ」
「え?」
「ブギーマンとの引き継ぎも終わって、帰ろうとしてたんだって。だからそのまま王国へ向かうらしい」
「そうなんだ・・・」
何かとても重要な話を、サラッと言われたのだが。
というか、凄く気になる事がある。
マッツンがどうやって、遠く離れた南の洞窟の連中と連絡を取り合っているのか?
携帯電話を持っているわけでもないし、僕みたいに魔法で連絡している様子も無い。
「ナオちゃんがさ、王国どれくらいで着くのって。こっちのペースに合わせて出るよって言ってるけど」
「は?ちょ、え?今言ってるの?」
「今言ってるよ」
コイツは何を言っているんだ。
「マッツンって、ナオちゃんとどうやって話をしてるの?」
「どうやって?そういえばどうやってるんだ?なんとなく、ナオちゃん元気かな〜、声聞きたいな〜って思ったら、聞こえた」
「何だそれ!」
マッツンは平然と話しているが、かなり異常だろ!
それって、結構な能力だぞ。
携帯要らずの連絡方式だし、こんなの事出来るなら、各地にゴブリン派遣したいわ。
しかも直政だけじゃなく、忠勝も可能らしい。
カッちゃんウェーイとか言い出した。
「ナオちゃんには、時期が分かり次第連絡するって言っておいて」
「分かった。ナオちゃん、それまでラミアとよろしくやってるって」
「何だと!?」
クウゥゥゥ!!
ゴブリンなのに!
ナオちゃん、ゴブリンなのに!
「分かる。非常に分かるよ。でもね、ナオちゃんモテるのよ」
「お前もゴブリンにはモテてるからな」
「まあな。エルフとまでは言わないが、せめてヒト族にモテたかったけどな」
モテるだけ羨ましい。
ただそう言うと、調子に乗るから絶対に言わないけど。
ナオちゃんモテるのは置いといて、それにしてもマッツンのその能力には驚きだな。
マッツンをゴリアテの横に置いておけば、襲撃の時にタイムラグ無しにすぐに連絡来るぞ。
コイツ、マジで有能になってきた。
久しぶりにやって来ました、ライプスブルグ王国。
船の進水式以来ですよ。
そんな王国の新しい首都になった、ツヴァイトフルスに到着。
「ほえー。デカイ川だなあ」
「あんまりウロチョロするなよ。王国は表向き、魔族との協調路線を取った。けど、キルシェに反対する連中は、魔族嫌いのままだからな」
「そうなのか。カッちゃん達も居ないし、気を付けるわ」
はしゃいで勝手に何処かへ行かないように、少し脅して釘を刺しておいた。
本当は反対派の連中なんか、この新しい首都には居ないみたいだけどね。
反対してるのに、わざわざキルシェのお膝元に来るわけがない。
「早速、船へ行くのである」
「そうしたいのは山々なんだけど、まずはキルシェに挨拶からだよ」
「それは魔王に任せるのである。吾輩達には会う理由が無い」
「そうですな。ワシも息子達に会いたいですし、先に造船所とやらに向かいたいのですが」
まさか昌幸まで、コバに賛同するとは。
段々とコバに毒されてきたな。
「魔王様。オイラもそれで良いと思いますよ」
「官兵衛がそう言うなら」
「オイラと長谷部くんだけでも良いかと」
蘭丸達も堅苦しいのは面倒だと、コバと一緒に行っちゃうらしい。
長谷部は行きたそうにしていたが、官兵衛から名指しで呼ばれた為、残念そうに見送っている。
「俺様はどうすれば良い?」
「マッツンかぁ。キルシェに会った事あるっけ?」
「無い!名前だけは聞いた事ある」
「そうか。じゃあ会っておくか?」
「フフフ、良いのかい?俺様のダンディーフェロモンでイチコロ、やめて!川に落とすのはやめて!」
ちょっとムカついたので、マッツンの尻を川の方へ押してみた。
かなり大きい川なので、落ちたら泳げないとかなり危険だ。
多分泳げないんだろう。
「あらあら、ワタクシが誰にイチコロになるのかしら?」
「え?キルシェ!?」
橋の上でふざけていると、何故かキルシェが後ろから現れた。
その横には、キルシェの護衛であるドルヒ以外に、見慣れない男性も立っている。
彼は元暗殺者グループの睡蓮改め、撫子の一員らしい。
今では護衛として就いているようだ。
「久しぶり。よく僕達が来たって分かったね」
「それは彼等が、街に目を光らせてますから」
あぁ、なるほど。
流石は元暗殺者グループ。
新しい首都も、今では庭と化したかな。
僕がそんな軽い挨拶を交わしていると、何やら背中を触られている感覚があった。
何やらマッツンが、背後でモジモジしている。
「マッツン?」
「だ、誰ですか、この美人は!?お、俺様は万里小路いちゅや!あ間違えた。一夜!初対面から決めてました!どうぞよろしくお願いします!」