すり替える
いや〜、兄のアホな声が聞けて良かった。
又左の代わりに、佐藤さんとイッシーに参戦してもらったんだけど、至極当然の疑問にたどり着いたよね。
ボールがハマーに渡る前に、攻撃すれば良い。
パスを出しているマックに先に攻撃して、パスを出す前に潰せば良い。
何故こんな簡単な考えに至らなかったのか?
兄は真正面から潰したいと思ったんだろう。
自分の得意分野でやられれば、負けを認めるとでも思ったんじゃない?
イッシーと佐藤さんがその二つを実行したけど、やっぱりそう簡単じゃなかった。
ボールがすり抜けたのは能力だとしても、まさかマックが佐藤さん並みに速いとは思わなかったな。
足が速くてパスも上手い。
普通なら代表にも選ばれたんじゃない?
その二つともこの世界で手に入れてたら、奴はそれなりに人を傷付けてきたって事だけどね。
数で勝ってる上に対抗策が失敗したからか、ハマーが挑発してきた。
意外に煽り耐性が低いイッシーと佐藤さんは、簡単に引っ掛かってキレていたけど、兄は違う。
中身がガキでモテないと言われ、更に上の激怒状態まで至ってしまいましたよ。
まあ僕も、かなり怒ってるけどね。
さぞかしサッカー選手は、モテるんだろう。
リア充爆発しろ。
許しはせん。
許しはせんぞ!
俺がガキでモテない?
ブッブー!
モテてますぅ!
男にはモテてますぅ!
(言ってて悲しくならない?)
・・・。
(ゴメン。なんかゴメン)
謝られると、もっと惨めだろうが!
ハァー!
アイツ等、絶対にギッタンギッタンのボッコボコにしてやる。
「佐藤さん、イッシー。分かってるよな?」
「佐藤!おっさんの力、見せてやるぞ!」
「待って!俺はまだおっさんでは」
「アラサーはおっさんだ!」
「はうっ!言ったな。二度も言った。この世界に来て、おっさんって言われた事なかったのに・・・」
佐藤さんは膝から崩れ落ちた。
余程ショックだったのだろう。
向こうで横浜が、ニヤニヤしているのが分かる。
「ムカつくな」
「ムカつく」
「俺なんかモテないのオマケ付きだからな!」
「それは事実じゃないか?」
味方なのに殴りたい!
こんな事でチームワークを乱しちゃ駄目なのは分かる。
でも、もう少し言い方があるでしょうよ。
「おっさんとガキなんかほっといて、早く街を壊すぞ」
「マックの言う通りだ。どうせ俺達は前では無力だからな」
「言ったな、お前」
言い返したものの、正直言って対抗策は無い。
どうやって倒すか。
(考え方を変えてみたら?マックに攻撃が当たらないなら、ハマーを狙うとかね)
なるほど。
幕張のパスは防げなくても、横浜の邪魔をすれば良いのか。
そうすれば、シュートは打たれずに済む。
「佐藤さん、イッシー。横浜へ目標を変えようと思う」
「俺もそれを考えてた。シュートさえ打たせなければ良いんだから、アイツの行動を制限すれば良いんだ」
「だったら俺が、アイツに付くよ。幕張って奴は速かったけど、アイツもそこまでとは思えないし」
佐藤さんなら追いついて、横浜をぶん殴ってくれるだろう。
サッカーの試合なら一発退場だけど、これは試合じゃないから。
フフフ、アイツの顔が歪む様が浮かぶぜ。
(悪役っぽいセリフだなぁ)
魔王なんだから良いんだよ!
「作戦開始!」
佐藤さんとイッシーは、横浜と幕張へそれぞれ付いていった。
サッカーボールで狙われないように、少しずつ距離を詰めていく。
俺は幕張に嫌がらせでボールを投げまくって、パスを乱す役割だ。
「コイツ等、狙いをハマーに変えたな?」
「俺もナメられたもんだな」
横浜は佐藤さんにシュートを打っているが、全て避けられている。
徐々に近付く佐藤さん。
いよいよパンチが届く距離まで来た。
「さて、俺がおっさんでないところを見せてやるよ」
佐藤さんは軽くジャブを、横浜の頬へお見舞いする。
顔が横へ飛ぶ横浜。
「やった!佐藤さんナイスだ!」
「あーあーやっちまったな」
幕張は横浜が殴られたのに、特に慌てた様子も無い。
むしろ、軽くため息を吐く始末だ。
「佐藤、奴をぶっ飛ばせ!」
「俺はまだ若い!」
ちょっと何を言っているのか分からないパンチを繰り出した佐藤さんだが、思わぬ光景を目にする。
「あぶねっ!」
「マジか。コイツ、ナイフ持ってやがるぞ」
「しかも、そこそこ扱い慣れてるな」
横浜は据わった目で、ナイフを佐藤さんに突き刺そうとしている。
「だから言っただろ。アイツは暴走ストライカーだって」
「暴走って、そういう意味かよ!」
「俺の得意プレーは、むしろラフプレーなんだよ!」
佐藤さんが、横浜のショルダータックルで吹き飛ばされた。
たたらを踏む佐藤さんに、横浜からの追撃のナイフが襲い掛かる。
「コノヤロ!」
「邪魔するな!」
ボールを横浜へ投げると、それをナイフで突き刺す横浜。
動体視力が相当良い証拠だ。
「大丈夫か?」
「ちょっと面を食らっただけですよ。普通に対峙する分には、余裕で勝てます。ただ・・・」
軽く後ろを向く佐藤さん。
彼は自分の背後にも、気を付けなければいけなかった。
幕張からのパスが渡れば、至近距離で必殺のシュートを食らう事になる。
パスが来る時は離れるか、奴にボールを触れさせないようにしなくてはならないからだ。
「佐藤の身を考えると、この作戦の続行はあんまり賛同出来ないな」
「だな。佐藤さんを犠牲にする事は出来ない。作戦変更したいけど、何か案ある?」
「お前等に作戦を練らせる暇なんか、与えるかよ!」
ですよね。
横浜がさっきから、誰彼構わず狙ってきている。
もはや壁は穴だらけで、いつ崩壊してもおかしくない。
「コンチクショー!」
俺がボールを三回当てると、イッシーがそれを横浜へおもいきり蹴り返した。
嫌がらせのつもりだったのだろうが、奴は軽く胸でトラップする。
「素人のおっさんにしては、なかなか良いパス出すじゃねーか」
「パスじゃねーよ!」
イッシーのシュートは、奴にとってパス程度だという事だ。
横浜は余裕を見せつけるかのように、その場でリフティングを始める。
「ハマー、遊び過ぎだぞ」
「おっさん程度、どうとでもなるさ」
「おっさんならな」
俺は野球のボールではなく、鉄球をサッカーボールへと投げつけた。
破裂してそのまま足に当たれば良かったのだが、運が悪かった。
サッカーボールは奴の足に当たり、鉄球の勢いで前のめりに転んだだけだった。
「イテッ!」
「今だ!」
「やらせるかよ!」
転んだ横浜に佐藤さんはダッシュするが、幕張のパスがそれを阻む。
目の前で立ち上がり、パスを受けられたらと考えた佐藤さんは、途中でスピードを緩めた。
「クソッ!どうしようもないな」
「水嶋の爺さんでも連れてきて、狙撃させた方が早いかもしれんな」
あの爺さんか。
安土に所属してるわけじゃないから、手伝ってくれる保障は無いんだよね。
(それよりも僕、対抗策見つけたかもしれない)
「何だって!?」
思わず声を出してしまった。
佐藤さん達が驚いた俺を見てくる。
両手で驚かせてすまないと謝り、俺は弟の話を冷静に聞く事にした。
どんな策があるんだ?
(イッシーがボールを蹴り返して思ったんだ。マックの作ったボールって、僕達でも蹴る事が出来るんだって)
言われてみれば、確かにそうだな。
二人の能力だから、二人しか触れられないのかと思ったのに。
(だから、それを逆手に取るんだ)
逆手に?
(サッカーボールを横浜に蹴り返すんだ。ただし蹴り返すのは、マックが作ったボールじゃない。僕が作ったボールだ)
それ、何が違うんだ?
(大違いだよ!まず僕が作ったボールを蹴る事が出来るのは、兄さんだけだから)
ん?
どういう事?
(まず、サッカーボールを無力化させる。そしてそれを蹴り返す前に、佐藤さんかイッシーの身体で、隠してもらいたい。その隙に、僕がそっくりなサッカーボールを作り出すから。ボールをすり替えて、蹴り返すんだ)
なるほど。
あのボール、真っ黒だから見た目には分からないな。
でも、俺だけしか蹴れないの意味が分からないんだけど?
(簡単だよ。そのボールの中身は、鉄球だからね。兄さんの身体強化した足でしか、蹴る事は不可能なんだよ)
ナニィ!?
それって俺が、鉄球を蹴り飛ばすって事か!?
俺の足、折れるんじゃねーの?
(何の為の明鏡止水なのかね?)
うぐっ!
お前、兄の扱いが酷いぞ。
(僕もリスクを背負ってるんだから。兄さんが足を折ったら、必然的に僕も折るんだよ。だから頑張って!)
軽く言ってくれるけど、信頼されてるという事にしておこう。
やってやるよ!
「二人とも、ちょっと良い?」
「だから、作戦なんか練らせないって言ってるだろ!」
「うるせー!テメーはこのボールでも食らえ!」
俺が投げたボールが、横浜の足下に向かっていく。
奴は軽く避けたつもりだろう。
しかし今までとは、少し違う。
「うおっ!いってぇな!」
「馬鹿め。サッカーのシュートと違って、野球は変化球が投げられるんだよ」
俺の投げたスライダーが、横浜の脇腹に当たった。
とは言っても、作戦がバレないように鉄球ではないので、本当に痛いだけだろう。
奴等の能力的に、おそらく硬球が当たってもパンチされた程度の痛みだろう。
我慢出来ない事はないと思う。
「このガキ、許せねぇ!」
「今度は本気で投げるぞ。次は腹なんかじゃなくて、股間か頭に当たったら、どうなると思う?」
「う・・・」
想像しちゃったな。
身体が竦んで動けなくなりやがった。
今のうちに二人に、せめてボールを隠す事だけを伝えなくては。
「何をしようとしているのか分からないけど、やる事は分かった」
「俺も任せておけ」
二人は作戦が何かも分からずに、了承してくれた。
俺って信頼されてるなぁ。
(それ、僕が普段から頑張ってるからだと思うけど。作戦も僕が考えたし)
それはそれだよ。
お前の身体は俺の物。
お前の作戦も俺の物。
(ジャイアニズムの塊め。早くやっておしまい!)
横浜の動きが鈍くなると、幕張からの怒声が響いた。
「お前のシュートは無敵だ。あんな変化球、お前のシュートでぶち抜けば良いんだよ!」
「そ、そうだ。野球のボールごと、貫通しちまえば良いんだ!来い、マック!」
立ち直ったハマーに、マックは最高のパスを出す。
「この角度、俺の好きなコースだ!食らえ!」
「佐藤さん、イッシー!」
俺の合図で、二人は弓矢とボールを投げた。
そして俺の一球で、サッカーボールの無効化に成功する。
二人はそれを知っていながら、サッカーボールを避けた。
「危ねぇ!」
「もう少しで当たるところだった」
無駄に演技をする二人だが、おかげで幕張と横浜の気は逸れたようだ。
(出来た!そのボールはそのまま避けて背後にでもやっちゃえば良いよ。こっちを蹴るんだ!)
簡単に言ってくれるなよ。
鉄球を蹴るなんて、かなり覚悟が必要だからな。
(文句を言ってる暇は無い。早くしないと、奴等に後方へ流したボールが見つかっちゃうから)
うぅ・・・。
集中だ。
集中、集中、超集中。
右足に、俺の身体強化を集中しろ!
「食らえ!俺のシュート!」
ドン!という音と共に、鉄球は飛んでいく。
佐藤さんとイッシーは、それを見て横っ飛びで回避した。
「何だぁ?ガキのキックにしては、速いじゃないか。さっきのおっさんよりも速いぞ。なかなか良いパスだ」
ニヤリと笑い、俺のシュートを左足で受ける横浜。
その瞬間、奴の膝から下が吹き飛んだ。
本人は何が起きたか分からず、一瞬呆然としてから、叫び声を上げている。
「どうだ!俺のアイアンシュート!足の甲が凄くジンジンするけど、ネットどころか足だって突き破ってやったぜ!」