ようこそお牛様御一行
嫌な予感はしたんだよね。
又左達から連絡無いなと思っていた時に、電話が鳴ったんだよ。
勘が鋭い時って、大体が悪い予感は当たったりしない?
見事に面倒事を頼まれたよね。
というか、慶次が負けたっていうのには驚いた。
僕の中では、オーガと戦わされていたミノタウロスしか知らない。
あの時の強さを見ると、確かに強いけど、めちゃくちゃ強いって感じはしなかった。
後で知ったのは、やっぱり前魔王が強い戦士を連れていってしまって、残ったのは普通の連中だけだったらしい。
それでも彼等は、ミノタウロスとしての誇りがあったらしく、オーガに負けて凹んでいたという話だった。
凹むだけなら良いけど、大半が隠居生活に入ってしまったみたいだからね。
残された人達は大変だよ。
そんな残された彼等の願いは、ジムを作る事。
隠れジムって何?
会員制のジム?
それって普通だろ!
しかも機材は任せるとか言ってるけど、ジムに通った事の無い僕が、そんな物を知っている訳ないじゃない。
多分通ってるだろうなと思ったゴリ川に聞いても、名前だけじゃサッパリ分からんかった。
ゴリ川は何語を話しているのかな?
英語なんだろうけど、全く分かりませんよ。
「もう一回言って」
僕はゴリ川にゆっくりと言ってもらい、それをスマホで検索するという手に出た。
「あぁ!テレビで見た事あるね。腹筋が火を吹いてきただろう的な感じでしょ?」
「どれも腹筋は鍛えませんが・・・」
「例え話だよ!」
冗談の通じない男だな。
しかしパッと見では、なんとなくしか分からないな。
これは本格的に、ゴリ川に監修してもらう必要がありそうだ。
「悪いんだけど、仕事終わったら機材作り手伝ってくれない?手伝うと言っても、完成品を使ってもらうくらいなんだけど」
「良いんですか!?この世界に来てジムに通えるかもしれないって思うと、嬉しいですよ」
仕事終わりで疲れてるはずなのに、喜んで協力してくれるとは。
ありがたい話だ。
今度鶏のササミでも、差し入れしよう。
翌日から僕のジム作りが始まった。
一応作ってくれないかなぁと、コバにも一声掛けたんだけど。
案の定、即答で断られました。
自分の興味の無い物に、時間を掛ける暇は無いと言われたよ。
僕も同じような思考だから、仕方ないと諦めたけどね。
僕の場合は、仕事の一環だと割り切ってるから。
その辺はね、キチンとした物を作りますよ。
「さてと、作ってみたよ」
「は、早いですね。それよりも、今の魔法が凄過ぎてビックリした」
ゴリ川は創造魔法を見るのは初めてだっけ?
もしかしたら、他の誰かと戦ってたから見てないとかかな。
鉄の塊から出来上がっていく様を見ていた彼は、口が開きっぱなしだった。
それでも恐る恐る作った感じだから、時間は掛かった方なんだけどね。
「どう?このプリケツは」
「プリケツって・・・。そうですね、仕組みは合ってると思います」
おぉ!
一発で完成しちゃったよ。
ゴリ川は座って足を投げ出し、ワイヤーを引くように力を込めている。
画像で見た通りに作ったつもりだけど、まさか一発OKとは。
「でも、ちょっと問題が」
あ、やっぱり一発ではなかったか。
そう甘くはないよね。
「重さを変えられるようにするのと、足の置き場、ステップですかね。これを変えられるようにしないと、体格差があると使えません」
「なるほど」
ゴリ川に合わせて作っちゃったけど、確かにそうだ。
ゴリ川と太田は似たような体格だけど、もっと大きなミノタウロスも多そうだし。
しかし、予想外にゴリ川がマトモな事を言ってるんだよね。
もっと脳筋の馬鹿だと思ってたのに、予想以上に的確な指摘で、僕としてはそっちの方が驚きだわ。
おっと、それよりも改良改良と。
ゴリ川に付き合ってもらう事、二週間ほど。
ようやくゴリ川希望の機材のうち、半分が完成した。
そんなタイミングで、又左とイチエモンの二人が帰ってきたのだ。
「お帰り」
「只今戻りました」
イチエモンは少しお疲れ気味だが、見当は付いている。
どうせ又左の運転に巻き込まれて、乗り物酔いしてるんだと思う。
そこへ走ってやってきたのは、一人徒歩で帰ってきたズンタッタだった。
「又左殿、ミノタウロスとの交渉は?」
「上手くいきましたよ。今頃は慶次と共に、向かっていると思います」
「おぉ!しかし無理を言って乗せてもらったのに、本当に申し訳ない。不甲斐ない自分に、やるせない気持ちで一杯です」
ズンタッタは自分を責めているけど、あんなの無理だから。
ブレーキは使わないわ、前に障害物があっても槍で破壊するわ。
壊せなかったら、トライクごと転倒するだけだからね。
だからコイツのトライクが、一番ボロボロだ。
「魔王様、ジムの方はどうなってますか?」
「聞いて驚け。ゴリ川くんの協力の下、半分は完成したぞ。見たい?ねぇ、見たい?」
「そうですね。私達もどのような物かお伝えする為に、先行して帰ってきたので。どのような物か確認したいです」
イチエモンはそう言うと、トライクから少しふらつきながら降りた。
では、お披露目と行こうかな。
「こっちだよ」
城の裏手でひっそりと作っていたジムの機材。
動かすとガッチャンガッチャンうるさいから、夜にやるならコバ達の工房や工場の近くに作るしか無かったんだよね。
「さあ、ご覧あれ!」
雨除けのシートを取ると、そこにはゴリ川監修の機材がいくつも置いてある。
フフフ、現代日本の力を思い知るが良い!
「何ですかコレ?」
「・・・え?」
ちょっ、思ってた反応と違うんだけど。
「こんなんじゃなくて、もっともっと大きいですよ」
「大きい!?」
「木にぶら下げたり、ロープを張ったりしてます」
「あ、そういう事」
もっと原始的な感じだったらしい。
ちょっと試しに、又左に動かしてもらった。
「コレを持って引っ張ると?あ、なるほど。背中の筋肉に負荷が掛かってるのが分かりますね。もしかしてコレ、部分部分で鍛えられるんですか?」
「その通り!鍛えたい箇所を限定して、鍛えられるのだ」
「凄いですね」
アレ?
又左の反応薄くない?
もっと驚いても良いのよ?
「でも全部軽いです。もっと負荷を掛けないと、鍛えられてるとは言えないような・・・」
「何だと?」
もしかして、日本に居た時と同じ感覚で作ったからかな?
全て倍くらいに設定変更しておこう。
「それと、戦える広場のような場所があると良いと思いますね」
「模擬戦用の広場?」
「そうです。彼等は、自分達がどれだけ強くなったか知りたいと言っていたので。定期的に安土の方々と戦いたいという事です」
模擬戦ねぇ。
ただ、場所的に安土の街中では難しそうだな。
【アデルモの方の街に作れば良いんじゃないか?】
フランジヴァルドか。
それ、良いかもしれない。
森の中に隠れるように作ってあるから、開拓して離れた場所にジムを作れる。
それにアデルモ達も、ミノタウロスと模擬戦が出来ると言えば、黒騎士の戦力アップに繋がると喜ぶかも。
【アデルモのOKが出たら、決定だな】
後で確認しよう。
「広場の件も了解した。ミノタウロスのガタイに合わせて、ガッツリ大きいの作っておくよ」
これで何とか、ミノタウロス受け入れは行けそうだ。
アデルモにミノタウロスとジムの話をすると、即快諾してくれた。
やはりミノタウロスと戦えるというのは、かなり大きいらしい。
魔族の中でも強力な種族だから、彼等と渡り合えれば、帝国の兵くらいは倒せると思う。
というわけで、ノーム達の力を借りて森を開拓した。
場所は、安土とフランジヴァルドの中間地点から少し離れた所を選んでみた。
安土が襲撃に遭っても、フランジヴァルドに行くまでの時間稼ぎが出来そうだからだ。
「広いですね」
「種族が種族だからな。太田みたいな連中が大勢来るなら、スケールは大きくしないと」
「確かに。それではミノタウロスの方々が来たら、挨拶に伺います」
アデルモは意外とやる気だ。
ミノタウロスが来ると言ってから、黒騎士達への指示が厳しくなった気がする。
勝つ気なんだろうけど、慶次に勝ったような連中だからなぁ。
無理だと思う・・・。
又左達が帰ってきてしばらく。
ロック達が漫画家探しの旅に出る事になった。
「魔王様、色々と情報を集めてまいります」
「ラビ、じゃなくて。今は誰って事になってるのかな?」
「ハハ、今はラビで良いですよ。旅先では適当に名乗ります」
ラビの見た目はヒト族の男性になっている。
もし帝国に見つかっても、ロックとラビが魔族を捕まえたって事にするつもりらしい。
「それじゃマオっち。俺っちが色々と探してくるぜ!」
「あぁ、頼んだよ」
ちなみに一緒に向かうゴブリンは、なんと八割以上が女性だった。
花鳥風月の人気、恐るべしだわ。
中には男性のゴブリンも居るのだが、どうにもベティと同じ香りがする連中だった。
女性のゴブリンと仲が良く、ヤーダーと言いながら相手の肩を叩いている。
仲が良いのは良い事だ。
「それじゃイワーズ事務所総出で、出発するよ!」
イワーズ事務所総出って。
なんか旅芸人の一座が次の町に向かうみたいな感じだな。
そんな時、安土から出ようとしていた先頭集団が立ち止まった。
何か異変でもあったようだ。
「魔王様、安土に向かってくる集団が居ます!」
「集団?帝国兵か!?」
「分かりません」
まだ遠くて見えないらしい。
物見櫓からの連絡は無い。
もし帝国なら、今頃は鐘の音が鳴り響いているはず。
「あ、ミノタウロスじゃないですか?」
一緒に見送りに来ていた又左がそう言うと、僕もそんな気がしてきた。
慶次も電話があるのに音沙汰が無かったせいで、すっかり忘れていたのだ。
「やっぱりそうですよ。トライクが見えます」
「慶次か」
「運転してるのは、アイゲリア殿ですね」
誰?
よく分からないけど、運転を任せている時点で知り合いなんだろう。
「あのぅ、俺っち達はどうしたら?」
「少しだけ待っててよ。新しい仲間なんだから、顔合わせくらいしてから行きなさいって」
「それもそうね。うちの事務所に入れたいって子も、見つかるかもしれないし」
随分と前向きな意見だ。
ミノタウロスって太田よ?
美少年やイケメンが居るとは、全く思えないんだけどな。
そんな話をしていると、後ろに慶次を乗せたトライクが到着する。
他のミノタウロス達は、大きなトカゲのような生き物に乗ってきていた。
「お久しぶりでございます。ミノタウロスの代表を務める、アイゲリアでございます」
トライクからすぐに降りると、膝を突いて頭を下げてくるアイゲリア。
しかし僕の記憶には、この人は居ない。
大人な対応で、知っているフリはするけどね。
「お久しぶりです。今日から安土に協力してもらえるって事で、よろしくね」
「今後、お世話になります」
彼を起こして握手をすると、やはり手はゴツゴツしていた。
会った当初の太田とは、大きく違う。
ミノタウロスがこれだけ集まると、やっぱり凄いな。
と思ったのだが、ちょっと拍子抜けした。
あんまり身体が大きくないぞ。
ほとんどの人が太田より小さい気がする。
「我々が気になりますか?」
「え?いや、そんな事は無いんだけど」
後ろを見ていたのに気付いたらしい。
まあ、ちょっと予想外だけど。
そんな時、更なる予想外の出来事が起こった。
鐘の音が鳴ったのである。
「敵襲か!?」
「敵襲!敵襲!」
マジか。
本当に帝国が来るとは。
「すまん。歓迎の準備もしてあったのに、それどころじゃなくなった」
「好都合です。我々が親父達とは違うところを、とくとお見せしましょう。皆、ジムでの成果を見せる時が来たぞ!」