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意外な特技

 ズンタッタが帰ってきて数日後、今度はロックが安土を出る番となった。

 ちょっと予想外だったのは、ラビも連れていくって話だったんだよね。

 僕の影武者兼情報収集をしていた彼女。

 最近は影武者として、僕の代わりの踊りと歌がメインになっていた。

 嫌だったら断っても良いよと言ったのだが、意外と満更でもない様子で、遠くから見た彼女は楽しそうでした。


 漫画家探しという大役?を任されたロックは、花鳥風月のツアーも込みでやらせてくれという話だったのだが、そこに必要なのがラビだという話だった。

 理由は大きく分けて二つ。

 行く先の情報収集をしてもらう為。

 そして、花鳥風月のサポートメンバーという意味もあった。

 最初は安土に必要だから、断ろうかとも考えたんだよ。

 でも、ロックから爆弾発言を言われて、考えた末に許可したんだよね。


 その爆弾発言っていうのが、帝国侵入。

 ロックは帝国へ戻り、ラビと二人で召喚者のスカウトを考えているのだ。

 流石に花鳥風月は連れていけないので留守番になるのだが、ラビという姿を変えられる彼女ならば、潜入もお手の物。

 現地で猫田さんにも会って、見込みのある人を探すつもりらしい。

 意外と考えてるな。

 そして、何故こういう行動が普段から出来ないのだろうと、僕は不思議に思うのだった。







 新しいジム。

 それに食いついたのはアイゲリアではなく、遠巻きに聞いていた周りのミノタウロス達だった。



「代表、行きましょう!」


「代表、ここは行くべきです!」


「ど、どうしたお前達!?」


 いきなり出てくる連中に戸惑うアイゲリア。

 彼等は切実に、このジムを出る事を願っていた。



「このジム、機材がもうボロボロなんです」


「自分達で作れば良いのでは?」


 又左の疑問に、他のミノタウロスが答える。



「たまたま作れただけで、どうやって作ったか分からないんですよ。もう一度作れと言われても、自信は無いです」


「それに、我々はそこまで器用ではないですから。新しい機材があるのなら、そちらへ行くのは考えるべきです!」


「という事は、皆は私達に協力するのにやぶさかではないと?」


 頷くミノタウロス達。

 テリオスとアドネーも同意のようだ。

 問題は、アイゲリアの返事次第という事になる。



「しかし、まだ未熟な者達も居ります。彼等を出すのは危険かと・・・」


 やはり渋るアイゲリア。

 だが、慶次がまたしても勝手な発言をする。



「それなら、未熟な者達は安土預かりにしてはどうでござるか?戦力としてアイゲリア殿が認めた者達のみ、手伝ってもらうのでござる。他の者達は、安土で鍛えれば良いでござる」


「なるほど。安土にはお二人のような強者も、多々居るのでしょう。鍛えながら安土の方々と戦っていただき、自分の現在の強さが分かる。それは良いですなぁ」


「お前、そんな勝手な事を」


「その条件で良ければ、我々一同、安土にお世話になりたいと思います」


「え・・・」


 慶次の勝手な言動により、アイゲリアは安土へ行く事を決めた。

 又左は頭を抱えたが、当初の目的は達成したからと諦めたのだった。



「イチエモン」


「はい、魔王様に連絡しておきますね」






 ん?

 電話だ。

 連絡先は・・・又左だ。



「もしもし」


「すいません。魔王様ですか?」


 又左と声が違う。

 イチエモンか。



「どうした、イチエモン」


「あの〜、非常に言いづらいのですが・・・」



 イチエモンは、ミノタウロスとの話し合いを終えた事。

 又左と慶次がミノタウロスと戦って、慶次が負けた事。

 そして、僕にミノタウロスの新しい鍛錬場を用意してほしいという事を伝えてきた。



「その隠れジム?そこにある物と全く同じ物を作るの?」


「ちょっと待って下さい」


 何やらイチエモンが大きな声で尋ねている。

 ミノタウロスの誰かに確認しているっぽいな。



「お待たせしました。別に同じ物でなくても良いそうです。鍛えられれば、問題は無さそうですね」


「そうか。分かった」


「え?受け入れてくれるんですか?」


「どうして?来てくれるなら、作るしかないでしょ」


「いえ、お断りになるのかと思っていたので。それではミノタウロスの代表の方に、承諾を得たとお伝えしてきます」



 イチエモンは、予想外とばかりに驚いていた。

 鍛える事は悪くないからね。

 他の種族も使っても良いし。

 それで戦力になるのなら、喜んで作りますよ。



「喜んでましたよ。嬉しいようで、準備が出来次第、すぐに安土へ来てくれるようです」


「分かった。イチエモン達はどうするんだ?ミノタウロスと一緒に帰ってくるのか?」


「そうですね。私は陛下の護衛があるので、早く戻りたいなと考えているんですが。お二人に乗せてきてもらったので、私に選択権はありません」


「そうか」


 確かにイチエモンは、主にバスティの護衛の仕事を任せているんだよな。

 本人は信用問題とか気にしないだろうけど、ズンタッタやビビディ達は違いそうだし。

 極力早く帰ってこれるなら、戻した方が良さそうだ。



「どちらか一人と帰ってきてくれない?もう一人は、安土までの道案内で残ってもらおう」


「承知しました。そのように伝えておきます。それでは、私の魔力もそろそろ危ないので」


「あ、そうか。長々と悪いね。気を付けて帰ってきてくれ」


 そう言って僕は、こちらから電話を切った。



 よくよく考えると、向こうからは切りづらいよね。

 それに又左や慶次と違って、魔力量も多くはない。

 長電話をしたら魔力切れになるかもしれないなんて、すっかり忘れていたよ。

 それを本人から言ってくれて助かった。

 僕ももう少し、察するように出来ないといけないな。








「というわけなのですが、どちらが残りますか?」


 イチエモンは電話の内容を、二人に説明した。

 二人は悩み始めた。



「慶次はどうしたいのだ?」


「難しいでござる。そもそも、ここを出て帰れる自信が無いでござるよ」


「なるほど。だったら慶次は残った方が良いだろう。ミノタウロスならここから出て、ある程度の方角は分かるはずだからな」


「そうですね。そうします」



 慶次は又左の言葉を、すんなりと受け入れた。

 イチエモンからしても、その方がありがたいと思っていた。

 自分で帰れる自信が無いと言っている者の運転で、どうやって安土に戻れるのか疑問だったからだ。



「今日明日はここで休ませてもらって、二日後に帰ろうと思う」


「どうして明日帰らないんですか?」


 イチエモンの疑問は当然だ。

 極力早く帰りたいと言っているのに、一日遅くする理由が分からない。

 明確な理由が知りたかった。



「うむ。これは私が見ても、どうこうなる物でもないのだが」



 又左の考えはこうだった。

 初めて来た隠れジムだが、ここは村全体が大規模な鍛錬場になっている。

 しかし自分達は、案内された場所以外は全く分からない。

 安土に新たに大規模鍛錬場を作るにしても、自分達が先行して帰るのなら、その情報を持ち帰るのが得策ではないか?

 それを見るのに、今から全てを確認する事は出来るのか?

 その観点から、又左は一日見学に回るべきだと判断したのだった。



「確かに、魔王様に形にしてもらうなら、ある程度の情報が必要ですよね。分かりました。明日は見ていない建物を回りましょう」


 イチエモンはそうして、又左の言葉は納得した。






 イチエモンの話だと、ジムとか言ってたな。

 ジムって、あのジムだよな?

 事務所の事務じゃないよな?



【お前、流石にそれは無いだろ。身体を鍛える方しか、思いつかないって】


 いやいや、考えてみなよ。

 もしこれが太田なら、事務所もあり得ると思わないか?



【ぬぅ、あながち間違いとも言い切れないな。鍛錬といっても、美しい字を書く為の方になりそうだ】


 太田が言ったなら、可能性はあるよね。

 でもそれって、単純に書道教室だわ。



【あ、そうとも言うな。となると、やっぱり身体を鍛える方になるよな】


 問題は一つ。

 僕、ジムなんか通った事無いから、機材なんて知らないんだけど。



【なるほど。俺もバーベルとかダンベルくらいだ。やっぱり詳しい人に聞くのが一番だろうな】


 詳しい人?

 そんな人居るのかなぁ。

 だって、この世界にそんな物見た事無いよ。

 召喚者だって、ジムに詳しい人なんか居る?

 佐藤さんなら知ってそうだけど、あの人のジムは違う意味っぽいし。



【ジムはジムでも、ボクシングジムだよな。でも俺、もう一人だけ心当たりあるんだけど】


 は?

 佐藤さん以外にそんな人居るかよ。

 コバとかロックって言わないよね?

 イッシーも無いと思うけど。



【違う違う。もっと最近来た人だよ。あの体格なら、通ってたと思うんだよな】


 あっ!

 分かったぞ。



【試しに聞く価値はあるだろう?今日はもう遅いから、明日聞きに行こうぜ】


 確かに。

 明日の昼にでも、話を聞きに行こう。






 僕は昼食を摂った後、街へ繰り出した。

 目的の人物に会う為だ。



「こんちわ。誰か居ますか?」


「あぁ、魔王様ですか。魚の追加注文ですか?」


「いや、ちょっと別件で用事があってね」



 僕が訪ねたのは、トロスト商会の安土支店だ。

 僕の応対をしてくれたのは、連合のニックの会社で働いていたヒト族の男性である。



「ゴリ川は居るかな?」


「五里川ですか?今は魚を捌いてる最中ですが」


「アイツ、魚捌けるの!?」


「過去に魚市場で働いていたとか。イベントのデモンストレーションで、解体ショーなるものも経験あるらしい

 ですよ。呼びましょうか?」


「頼んで良いかな」



 なんという意外な特技!

 アイツ、魚が入った途端に即戦力じゃないか!

 これには僕も驚いた。



 それに解体ショーの経験は、この世界で大きく活きる。

 何故ならこの世界の魚は、異常に大きいからだ。

 普通の魚ですら、メートル級が当たり前。

 センチなんて魚は、稚魚と見られるレベルだった。

 ここで魚を捌くのは、解体ショーをやるのと同じようなものだろう。



「お待たせしました。俺に用って何ですか?」


 ゴリ川が裏手からやって来た。

 その姿は、本当に魚屋っぽい。

 ビニールの前掛けに、血の痕が沢山付いている。

 今まで捌いていた証拠だろう。



「おぉ、仕事中に申し訳ない。ちょっと聞きたい事があるんだけど。ゴリ川って、スポーツジムとか通ってた?」


「ジムですか?週三で通ってましたけど」



 イエス!

 神は僕を見捨てなかった。

 見捨てるどころか、本当に拾い上げてくれたんだけども。



「ちょっとさ、訳あってこの世界で、ジムを作る事になったんだよね。僕はそこまで詳しくないから、ゴリ川に教わりたいんだ」


 ミノタウロスの件も話すと、ゴリ川はすぐに快諾してくれた。

 しかし、やはり問題もあった。



「俺が知っているのは、器具の名前と使い方です。だから器具の作り方なんかは、全く知りませんよ」



 でも、名前さえ分かればスマホで調べる事が出来る。

 そうすれば、コバに頼めば作ってくれるんじゃないかな。



【無理じゃないか?コバはまだ、昌幸とアポイタカラの研究をしていると思うんだけど】


 あっ!

 そうだったわ。

 という事は、僕が作るの!?



「上手く作れるかな?」


「どうでしょう?でも、ルームランナーやエアロバイク以外なら、作れなくはないと思いますけど」


「よし!それならゴリ川が、この世界で使いたい機材を教えてくれ」


「ペクトラルマシンやチェストプレス。プーリーも良いですね」






「は?ペクなんだって?プーリーってプリケツにでもなるの?ハッキリ聞こえたのはチェストプレスだけど、何に使うのか全く想像つかないな」

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