油断と傲慢
やっぱりね、誠意が大事ですよ。
僕は別に、無理難題を押し付けたつもりは無いんだけどね。
彼からしたら、女性への贈り物は難しかったみたい。
フッ。
まだ若いな。
あ、嘘です!
反省してます。
ボディソープ、素晴らしい案だと思いました。
次回もよろしくお願いしますです。
やはり魔王の威厳というのかな。
軽く謝ったら、すぐに許してくれたよ。
軽くオデコを地面に付けただけ。
そして、このボディソープを誰に届けてもらおうか迷っていたところ、何故かズンタッタが一人帰ってきた。
彼はボロボロだった。
あんな怖い目に遭ったのは、僕にやられて以来だという。
何があったのか聞いてみると、どうやら又左のトライクに乗ったのが間違いだったようだ。
又左のトライクに、ブレーキという言葉は無い。
そして直進の邪魔になる物は、全て薙ぎ払うのだ。
そんな事をしていたら、大木にぶつかって転倒したらしい。
あまりの恐怖にズンタッタは気を失い、もう無理だと言って、一人で帰ってくる事を選んだという。
せめて慶次の後ろに座れば良かったのに。
又左の忠告を、慶次は大きく勘違いした。
本気で言ったつもりなのに、何故か冗談に受け取られてしまったのだ。
慌てて訂正しようとするが、時すでに遅し。
「準備はよろしいかな?」
「いつでも良いでござるよ」
「アタシもさ」
「絶対に先手必勝だぞ!」
又左の忠告に軽く手を振る慶次。
しかしその声は、アドネーにも聞こえている。
「アンタ、開始直後に攻撃してくるってのかい?」
「そんな事しないでござるよ。拙者が先手必勝なんて、した事無いでござるよ」
嘘である。
いつも話が長い敵には、すぐに攻撃している慶次。
しかし都合の悪い事はすぐに忘れるので、本気でそう思っている。
「よろしいかな?始め!」
アイゲリアが右手を振り下ろすと、いよいよ二人の戦いが始まった。
「さあ、掛かってくるでござる!」
両手を広げて、自分が受けてやると言わんばかりに大きな声を出す慶次。
それを見た又左は、頭を抱えてボヤき始める。
「あの馬鹿。他人の話を全く聞いてないじゃないか」
「仕方ないですよ。あの人はお兄さんに、良いところを見せたくて仕方ないのですから」
「何だ、慶次の事が分かるのか?」
「うちの弟連中も、似たようなものですからね。ゴエモンばかりに頼れないと、私に良いところを見せようと躍起になってるのを見ますから」
又左はイチエモンの話を聞いて、少し納得した。
思い返すと慶次はいつも、自分の前ではムキになっている気がしたからだ。
自分とは別行動の時は、活躍しているような話を聞く。
しかし、自分が目に見える範囲に居る時は、妙に視線を気にしている節があった。
「なるほどな。イチエモンの話は、為になる」
「な、何を言っているんですか!?私の話なんか、大した事無いですよ」
「そうか?兄弟の話は、かなり興味深いんだがな。出来れば今後とも、慶次の事でたまに相談に乗ってもらえると助かる」
「私なんかでよろしければ、いつでも。と言っても、陛下の護衛中は無理ですが」
照れ笑いを隠しながら答えるイチエモンに、又左は頼むと言って肩を叩いた。
そんな兄二人が弟の話をしていた頃、慶次は自分が間違っていたと後悔していた。
「お兄さんの助言通り、先手必勝じゃなかったのかい?」
「ハッハッハ!さあ、来るが良い」
慶次はアドネーなら何とかなると、本当に思っていた。
それは彼女が女性だからではない。
彼女の武器を見て、そう判断したのだ。
彼女の持っている武器は、通常より長い棍だ。
長いと言っても、又左の長槍ほどではない。
しかしそれでも、四メートルくらいはあるだろう。
彼女の身長の倍近い長さである。
慶次は又左と、普段から鍛錬を積んでいる。
その事から又左の槍には慣れているので、彼女の長い棍くらいなら、どうとでも出来ると確信していたのだ。
「では、お言葉に甘えて。行かせてもらうよ!」
アドネーは自分の棍の間合いに入るように距離を詰めると、慶次もそれに合わせて警戒を強くした。
慶次は少し下がり、様子を見た。
予想していたより、アドネーが自分の所に踏み込んできたからだ。
慶次としては自分の距離に近いのだが、受けると言った手前、アドネーの距離で戦おうというのだ。
少し意外な顔をしながら、アドネーの攻撃が始まる。
それを余裕の顔で避ける慶次。
「どうした?まだまだ出来るのだろう!?」
「喧しい男だね。戦いに集中しなよ」
慶次の余裕がアドネーを苛立たせている。
しかし彼女は怒っているように見せて、感情に任せて攻撃していなかった。
「そろそろ拙者の方から行かせてもらおうか」
「慶次、油断するな!」
「任せて下さい!」
慶次は右手を引いた。
その時、彼女の棍が顔の横を通り過ぎる。
慶次は棍を持った彼女が、手を伸ばし切っているのを見た。
狙いをアドネーの左手に定め、慶次はいよいよ槍を伸ばした。
だが、慶次は予想外の事に槍を外してしまう。
「どわっ!」
通り過ぎた棍が、反対側から飛び出してきたのだ。
「な、何だぁ!?」
慶次は自分の左右を見回すと、顔の左右に棍があるではないか。
混乱した慶次は咄嗟に後ろに飛んだ。
「アタっ!え?」
後頭部に何かをぶつけ、前につんのめる。
いよいよ何が起きたのか分からない慶次は、アドネーから目を離して後ろを振り返った。
「な、何じゃこりゃ!?」
慶次が見た物。
それは通り過ぎた棍棒が、途中から折れ曲がっていた姿だった。
目を丸くして見る慶次に、アドネーが言った。
「馬鹿だね。相手から目を離したら駄目だろうが」
「むっ!」
前を向くと目の前には、アドネーが接近していた。
その勢いのまま、前のめりに倒れている慶次の頭を蹴り飛ばそうとしている。
「拙者をナメるなよ!」
倒れたまま槍を伸ばす慶次。
彼女の軸足である左足目掛けて、槍を突いていた。
「だから、甘いんだよ」
「アウッ!」
後頭部に棍が命中し、槍の狙いがズレた。
慶次は頭を蹴り飛ばされそうになったが、左手で間一髪防いだ。
しかしミノタウロスの身体能力は、魔族の中でも最強クラス。
慶次は左腕を吹き飛ばされ、蹴られた部分は大きく腫れ上がっていた。
「その様子だと、折れたんじゃないかい?」
「何のこれしき。拙者はまだ戦えるでござる」
「そうかい?それじゃ、オネンネの時間だ」
「え?あっ!」
再び後頭部を棍で打たれると、慶次は目を回してそのまま倒れ込んでしまった。
微動だにしない事から、気を失ってしまったらしい。
「勝者アドネー!」
慶次は勝者の名乗りのタイミングで、目を覚ました。
「ま、負けたでござるか!?」
「そうだよ。アンタの負けだ。偉そうな事を言っておきながら、負けたんだよ」
「・・・」
何も言えない慶次。
頭を打たれている事から、イチエモンと又左は慶次の下へとやって来た。
しかし又左は、心配どころか慶次の腹をおもいきり叩く。
「うっ!あ、兄上!?」
「お前、俺が何て言ったか覚えてるか?」
「油断するなと・・・」
「今の敗北、油断以外の何物でもないだろうが!」
「す、すいません!」
「俺はな、彼と戦って思った事を口にしたんだぞ。助言はちゃんと聞け!」
「ハイ!申し訳ありませんでした!」
直立不動で謝る慶次。
ただ、この言葉は自分にも返ってきている事から、これ以上は又左も強く言えなかった。
結果としては、運良く勝った又左。
そして実力を発揮する前に負けた慶次。
このような形で戦闘は終わりを告げたのだった。
慶次は自分が油断して負けた事を受け入れると、早速アドネーの下へと向かう。
アドネーはそれに気付き、少し身構えた。
「何だよ?」
「そう邪険にしないでほしいでござる。拙者の負けでござる。後学の為に、さっきの棍棒の事を教えてもらいたいと思ったのでござるが。駄目かな?」
さっきまでの上からの傲慢さは無く、自然体の慶次に、アドネーも少し悩んだ後に快諾した。
「はいよ」
「ん?普通の棍みたいだが」
「魔力を流してごらん」
「おおう!折れたでござる」
言われた通り魔力を流すと、棍棒が大きく折れ曲がった。
危うく自分の手を叩きそうになったが、魔力を止めると棍棒も動きを止めた。
「なるほど。魔力を流すとこのように折れるのか。しかし、どうやって折れる場所を決めるのでござるか?」
「それはどの指から魔力を流すかで、折れる位置が変わるのさ。魔力量によって、折れる角度も変わる。難しいだろう?」
「う、む。なかなかというより、かなり難しい・・・」
「どれ、私も試して良いかな?」
又左も興味深かったようで、慶次が触らせてもらっているのを見て、近くに寄ってきていた。
アドネーの承諾を得ると、慶次は又左へ手渡す。
「おおう!危なかった・・・」
「ハハハ!アンタ等、兄弟揃って同じ反応だね」
「む?そうか?私は慶次ほど驚いていないと思うのだが」
「兄上!自分だけカッコつけるのは、卑怯でござるよ」
「カッコつけてなどおらん!」
「兄弟喧嘩は犬も食わないよ。って、アンタ等は犬の獣人だったっけ」
アドネーにそう言われると、二人はお互いに顔を見合って、頭を掻いた。
そしてゴマかすかのように、アドネーへと棍を返す。
「この武器、普通の棍ではござらんな。特別製でござるか?」
「私も気になった。とても無銘の武器とは思えないのだが」
慶次と又左の疑問に、アドネーが答える。
「これは多節棍という。名前は蛇腹滅打だったかな?多節棍は知らなくても、三節棍辺りなら知っているんじゃないか?」
「知らん」
「知らないでござる」
「あら?ちょっと予想外。しかしミノタウロスの中でも扱う人は、全く居ないからね。アタシが特別なんだ」
ちょっとだけ照れて言うアドネーだが、アイゲリアもそれに賛同する。
「この武器は、遠い昔に他の種族からもらった武器なんです。その種族が誰だったかまでは残されていないんですが、使い手が現れなかったので、ずっと眠っていた武器なんですよ」
「ほう。何故現れなかったのでござるか?」
「ミノタウロスは男女関係無く、斧や大剣のような大きな武器を好む。力任せに振るだけで、倒せるだけの力があるからね」
三人は、太田を想像した。
確かに力任せに倒している。
その身体の頑丈さから、あの人は避ける事も少ないなと、三人は遠い目をして思った。
「でもね、アタシは思ったんだ。力で対抗出来ない相手と出会ったらどうするのかと。実際にアタシ達の親達は、オーガに負けた。だったら、勝つ為には他の事を磨く必要があるんじゃないのか?そう思って、力に頼らないこの武器を手にしたんだ」
「僕もその為に、ナイフにしました」
テリオスもアドネーの考えと同じだと、手を挙げて発言している。
「なるほど。これは私も含めて、見習うべき点が多いな」
「負けた拙者が言うのもなんですが、負けるべくして負けたと思います」
二人からの賞賛に、アイゲリアを含めた三人は照れ臭そうだ。
そして又左は、元々本題であった話を、再び切り出した。
「私は貴方達を、本気で迎え入れたい。どうだろう?魔王様の為に、力を貸してもらえないだろうか?」
「拙者もお願いするでござる」
「わ、私もお願いします」
三人からのお願いに、代表であるアイゲリアは黙ってしまう。
テリオス達もアイゲリアの返事を待った。
「協力したいのは山々なんですが、やはりこのジムを無くすのは惜しい。我々はこのジムがあったから、強くなれたのですから」
周りには、様々なお手製の器具がある。
確かに勿体無いなと又左達も思った。
しかし、慶次が変な事を言い出した事で、話は一変する。
「だったら同じ物を、魔王様に作ってもらうでござるよ。創造魔法なら作れるでござろう?それにコバ殿に頼めば、もっと凄い物も作ってもらえるかもしれないでござる」




