ミノタウロスの悩み
見えたり消えたり、僕の欠片とはいえ何がしたいのか全く分からん。
兄には、持ち主同様に捻くれてるからじゃないかと揶揄われるし、本当に良い事が無いな。
ちなみに部屋に戻って検証をしていると、ゴルゴンとラミアに贈る見舞いの品を考えていたエルフが、見つけましたとやって来たんだよね。
そして持ってきた品が、植物由来のシャンプー&トリートメント。
なかなか良いじゃない!
そう思っていたんだけど、兄がある事を言って僕も固まった。
ゴルゴンの髪って、蛇じゃね?
蛇にシャンプーってどうなのよ。
エルフのお兄さんも固まったよね。
彼はゴルゴンに会っていないらしく、どのような種族か知らなかったらしい。
流石に失礼に当たると言って、彼は慌ててキャンセルをしに走っていった。
僕達は思ったね。
エルフみたいなイケメンでも、女の人に贈る品を間違える事があるんだなと。
ついでに言うとその間違いを正した兄は、俺の方がエルフより良い物を考えられそうだと、ちょっとした優越感に浸っていた。
だったら自分で考えたら?
そう言うと兄は、無言になるのだった。
最初はお茶なのに、少し甘みを感じる。
しかし少しすると、その後味からお茶の渋みとプロテインの粉っぽさが口の中に残った。
その不味さから又左は、慌てて近くにあった布巾で口を覆う。
吐きそうなのを我慢しているようだ。
「ど、どうしますか?」
「兄上がここまで言うとは・・・。拙者、遠慮しようかなぁ?」
「んん!んぶぶんんー!」
又左は口を押さえながら、ジョッキを遠ざけようとする慶次の腕を取った。
イチエモンも静かにテーブルの中央へ押していたが、又左から睨まれてゆっくりと手元に戻している。
「うえぇ・・・。飲み込みづらい。お前等、私だけに飲ませるとは良い度胸だな」
「や、ヤダなぁ。兄上にだけに飲ませるわけにはいきませんよ」
「そうですよ。慶次様なら、全部飲んでくれますって」
「ファ!?イチエモンくん?何を言っているのか、分かっているのでござろうな?」
目が笑っていない笑顔でイチエモンを見る慶次。
イチエモンは固まり、慶次が飲めば自分も飲むと宣言した。
「い、行きます!」
お互いがちゃんと飲むか牽制する二人。
それを見ていた又左は、早く飲めと慶次のジョッキを押した。
「んぶー!」
「お前もだ」
「んご!」
イチエモンも同じく押され、喉へと無理矢理流されていく。
二人は途中でテーブルを叩いた。
ギブアップだとタップしているつもりらしい。
しかし手を緩めない又左に、イチエモンは途中で鼻から白い物が吹き出した。
「汚いな!」
「ぶはぁ!ハァハァ・・・。呼吸出来なくて死にますよ!」
「ハァハァ。これは過酷でござるな・・・」
修行の一環だと勘違いしている慶次。
そこに再びミノタウロスが現れ、驚いていた。
「そのまま飲んだんですか!?」
「え?」
「その中にお茶が入っていたと思うんですけど。普通は飲みやすくする為に、それで割って飲むんですよ」
「・・・早く言ってくれ!」
テーブルの上にはジョッキ以外に、中身が見えないポットのような物が置かれていた。
てっきりおかわり分だと勘違いしていた三人は、中身を確認しなかったのだ。
あまりにドロドロのそれは、やはり普通に飲む物ではなかったという事だった。
三人はポットの中のお茶だけを飲み、気持ちを落ち着かせると、ミノタウロスの方から自己紹介が始まった。
「申し遅れました。私はこの隠れジムの代表を務める、アイゲリアと申します」
「ジム?」
「この修行場の事です」
三人は聞き慣れない言葉に聞き返したが、意味が分かったのでそのまま話を流す。
「自己紹介、ご丁寧にどうもありがとうございます。では早速で申し訳ないが、本題に入りたい。単刀直入に言おう。ミノタウロスの皆に、力を貸していただきたい」
「我々の力ですか?しかし、まだ我々にはやるべき事が残っております。力になれるかどうか。それに私達程度では、役に立つとは思えませんし・・・」
やんわりと断りを入れてくるアイゲリア。
「やるべき事とは、何でござるか?」
「それは・・・修行です」
「修行?そういえばこの里、凄いでござるな。各家々が道場のようになっているでござる」
「分かりますか!?以前は他の誰かが住んでいたようですが、誰も居なかったのでしばらくしてから移り住みました。その時に改良したのです」
改良ではなく改造だと思う。
良くはなっていないので。
イチエモンはそう口にしたかったが、機嫌を損ねるのを恐れて敢えて何も言わなかった。
「それでは修行をする為に、私達の申し出は受けられないと?」
「そもそも我々は、負けた身分です。無理矢理とはいえ、オーガと戦って負けました。普通ならあの場で死んでいてもおかしくなかった」
「ならばその命、私達に預けてくれても良いのでは?」
「駄目です!まだ、我々はまだオーガに勝てるとは思えない。だからこそ、力を付けてから助けてくれた魔王様の助けになるべく、馳せ参じたいのです」
「なるほど・・・」
又左にはその言い分が、とてもよく分かっていた。
彼も魔王に仕えたいと日々思い、そしてようやく念願叶った。
彼等は仕えるのならば、もっと強くなってから仕えたいと思っているのだ。
その心は、オーガとのライバル心から来ている事も理解していた。
しかし、彼にはその魔王から頼まれた、大きな使命がある。
ここで引くわけにはいかない。
「魔王様からの頼み事なんだが、それでも駄目だろうか?」
「魔王様からの!?うーむ、いやしかしなぁ。ここで再び失敗をして、これ以上失望されたらと考えると・・・」
よく分かる。
又左はウンウンと頷きながら、アイゲリアの言い分を聞いていた。
そこで空気の読まない慶次が、ある一言を言う。
「でもここで話を聞いておかないと、もう頼まれないかもしれないでござるよ?」
「え?」
「だって、一度頼んだのに来ないのでござる。だったら戦力に入れない方が良いと、拙者なら考えるでござる」
「なっ!?それは困る!」
大きく前へ出る男に、慶次は言葉を続ける。
そして彼は口元を覆った。
「どうでござるか?自分達が役に立つか立たないか、そして今、自分達の力がどれくらいか。知りたくないでござるか?」
「どういう意味ですかな?」
「拙者達と軽く戦ってみる気はないでござるか?」
「そうだな。私はこれでも魔王様の右腕を自負している。その私と互角にやり合えるのなら、力不足とは言えないであろう?」
「右腕ですか!?そんな方が私達に、直接会いに来てくださっているとは。分かりました。胸をお借りしたいと思います」
慶次は口元が緩むのを見せないように、手で隠していた。
今の言葉で予想通り、自分の口角が上がっている事に気付く。
又左も慶次の意図に気付き、すぐに話に乗り、自分達がミノタウロスとやり合えるのを心から喜んでいた。
「彼はどうするのです?」
「えっ!?いやいやいや!私はここまでの案内人ですから。戦うなんてとんでもない!」
もし自分が戦ったら、確実にバキバキに骨が折られると、イチエモンは大きく首を横に振った。
アイゲリアも、彼が戦士ではないと思っていたので、すぐに理解した。
「では、我々の中で強い二人を用意します。一時間後に、あの大木の奥の広場でお待ちしています」
又左達はウキウキしていた。
大木の前で荷物を下ろして、自分達の槍を丁寧に磨き始めている。
そんな姿が周りから注目を浴びている事に、二人は気付いていなかった。
「早く時間が来ないかなぁ」
「兄上、どっちが先にやるのでござるか?」
「慶次はどっちが良いのだ?」
「拙者は兄上の考えに従うでござるよ」
又左は大きく悩んでいた。
先鋒を務めて、華々しく勝利を飾るのも良い。
だが、真打として後から登場するのも悪くない。
どちらが良いか決めかねていたので、慶次に話を振っていたのだが、従うと言われて更に悩んでしまっていた。
すると、さっきから注目を浴びて挙動不審のイチエモンの姿が、又左の目に入る。
「イチエモン、そういえば兄弟が多かったよな?」
「はい?えぇ、血は繋がっていませんが、皆兄弟だと信じてますよ」
「お前が戦うなら、どっちで出る?」
「そうですねぇ。先に出るかな」
「理由を聞いても?」
「俺、いや私の兄弟は、まだ小さな子も居ますから。兄は皆の見本にならないといけない。そう思うんですよね」
石川一家はイチエモンが支えている。
二右衛門や三右衛門とすぐ下の子達はもう大きいが、一番下の子はまだ寺子屋に入ったばかりだった。
そんな子達に色々と教えるには、自分が見本になるのが一番だと、彼は考えていた。
「今思えば、魔王様の所に来て本当に良かったですよ。そうじゃなかったら、今頃は兄弟達も山賊として生きて、いつ死ぬか分からない生活でしたからね」
「そうか。お前、なかなかカッコ良いな」
「え?」
「決めた。先に出る」
「分かりました。拙者は二番手をやります」
二人は武器を構えると、空気が変わった。
遠巻きに見ていた連中も、その様子にすぐに気付く。
「時間だ。行こう」
三人が広場へ行くと、アイゲリアの両隣に二人立っているのが分かった。
そして又左と慶次は、その二人を見て驚いた。
「この二人と戦うのですか?」
「そうですよ。私を除くと、この二人がジムでは強い部類に入ります」
「そうですか」
又左は少しだけ落胆した。
目の前に居る二人が、強者だと紹介されたからだ。
彼の斜め前に立っていたのは、紛れもなく少年だった。
他のミノタウロス達と比べても、身体は小さく、明らかに筋肉も少ない。
自分とやり合うには、どうしても見劣りするのだ。
「彼女が拙者の相手でござるか?」
「アンタ、アタシを女だと思って、下に見ただろ?」
「そんな事は無いでござる。拙者は誰が相手でも、手は抜かないので、安心するでござるよ」
「その言い方が下に見てるってんだよ」
対して慶次の相手は、女性だった。
男のミノタウロスよりも一回り小さいが、それでも慶次よりも全然大きい。
慶次はナメているわけではなかったが、どうしても隣のアイゲリアと比べると、やる気が出なかった。
「それでは、どちらが先に戦いますか?」
「私が先です」
「そうですか。テリオス」
「はい」
小さなミノタウロスが、一歩前に進む。
やはり又左の相手はこの子だ。
「どうすれば勝ちになりますか?」
「武器の先端にはこちらを装着して下さい。降参するか気絶したら、負けです」
渡されたのは、黒いブヨブヨのゴムみたいな物だった。
槍の先端に装着すると、刃先に合わせて形が変わっていく。
触ってみると、ゴムの塊のようになっていた。
「彼の武器は?」
「普通は相手の武器なんか、教えないんですけどね。特別に教えます。武器はナイフです」
「・・・そうか」
又左はアイゲリアの言葉に、自分を恥じた。
確かにその通りだと思ったからだ。
「それでは準備がよろしければ、離れてから合図を出します」
「どうぞ」
「僕もいつでも大丈夫です」
お互いに距離を取った二人。
双方の準備が出来たところで、アイゲリアは声を掛けた。
「始め!」
まず動いたのはテリオスだ。
様子見をしようとしていた又左に対して、物凄い勢いで接近する。
長槍を見ても臆さないその行動に、又左は即座に横薙ぎをしようとした。
その瞬間、テリオスは又左に向かって、持っていたナイフを投げ付ける。
「なっ!?」
まさか武器を投げ付けてくるとは思わなかった又左。
彼はナイフを払うと、一瞬だけ目を離したテリオスを見失った。
「何処に・・・ゴフッ!」
真下から鳩尾を殴られる又左は、一瞬呼吸が止まる。
その隙を見逃さないテリオスは左右のフックでボディを連打した。
膝蹴りでテリオスに対応する又左だったが、そこにはテリオスは居ない。
「ナイフが武器じゃなかったのか」
「武器はナイフですよ。でも、ナイフしか使えないとは言ってません。そう思い込んだ貴方が、油断しただけでしょう?戦場なら、死んでたかもしれませんよ」