四番と投手
ブギーマンも喧嘩とか売ってくるのね。
子供は上手いが大人は下手だと言い切る彼等。
勝負した佐藤さんは、呆気なく三振に終わってしまい、言い返す事も出来なかった。
それを見た兄は、普段から頑張ってる佐藤さんを知ってるからか、彼等に勝負を挑んだ。
怒ってるから?
ただ打ちたかっただけかも。
打てなかったら安土城を寄越せとか、ふざけた事を言ってくる連中に、兄は自信があるのか承諾してしまう。
代わりにこっちが打ったら、向こうは洞窟の守護をさせるという提案付きだ。
信じてなかったわけではない。
ただ不安だった。
そんな心配も他所に、兄は全てヒットとホームランを打ち返したのだ。
これは魔王の身体が凄いからなのか。
それとも兄自体が凄いのか。
僕みたいな凡人には、そこまで分からない。
僕の中では、きゃもーんの声がツボだったくらいだ。
完全に相手をノックアウトした兄は、佐藤さんとイッシーに褒められてご満悦だ。
そんな時、ルースさんが球場へやって来た。
何があったのか説明すると、ルースさんは急変。
すると彼は、もう一度やりたいと頼んできたではないか。
しかも洞窟の守護はちゃんとやる、何も賭けないでやりたいという事だ。
兄はそれを快諾しようとしたのだが、途中である事に気付いた。
安土は選手が足りないかもしれないと。
えーと、一回落ち着いて考えよう。
まずは佐藤さんとイッシー。
イッシーは遊びくらいなら、野球やってるだろう。
それにアレだけ色々な武器を扱えるんだから、バットやグローブだって余裕なはず。
次に凹んでいた長谷部。
不良は運動神経が良いというのが通説なのだ。
それにバットくらいは、振った事あるんじゃないか?
釘バットかもしれないけど・・・。
それと、犬山とゴリ川。
犬山はどちらかというと、肉体派というよりは頭脳派だと思う。
それでもこの世界に来た召喚者として、身体能力も多少は上がってるはずだ。
ゴリ川は言わずもがな、脳筋。
戦力になると思いたい。
それとロック。
年齢的にも、野球には必ず触れた事のある世代だと思う。
上手いか下手は置いといてもね。
最悪、ベンチ要員だな。
コバと高野達は、伝説の鉱石の検証に専念してもらいたい。
コバは戦力外だとしても、高野達ならやってくれそうな気もしたんだけど。
これは遊びと仕事、どっちを優先させるかという問題になってしまうので、招集は見送りたい。
それとチカやセリカ、雉井は女性なので難しいと思う。
三人が肉体派の能力を持っていたのなら考えたが、そうでもないのでね。
怪我をされても困るから、応援要員として呼ぶくらいだろう。
チアリーダーとか、良いよね・・・。
アレ?
六人しか居ない。
「試合、三日後でも良いかな?」
「OK!」
「じゃあ三日後の昼に、この球場でやりましょう。よろしく!」
ルースさんはそれで納得して、帰っていった。
あのピッチャーを捕まえて何か言っている事から、多分対策でも考えてくるのだろう。
それよりも、時間稼ぎが出来て良かった。
誰を招集しよう?
俺を入れても七人。
やはり日米戦は出来ないという事は確定だ。
やはりここは、安土内で野球を知っている連中を呼ぶしかない。
「長可さん、蘭丸も呼んでもらえますか?」
「ここにですか?連れて来ますね」
「佐藤さん達はハクトを探してきてくれない?」
「何処に居るんだ?」
「知らないから探してほしいんだけど」
「ラーメン屋でも回ってみるか」
佐藤さんとイッシーがラーメン屋に行くと言うと、官兵衛もそれに賛同した。
「オイラ達も行きます。何か食べたいし」
「官兵衛さんが行くなら俺も」
二人は探すというより、昼食の為に行く感じだ。
後で長谷部が戻ってきてくれれば、問題無い。
蘭丸とハクトを入れて九人か。
ギリギリだな。
もう少し誰か呼ぶか。
「へいへいへーい!今、俺様の事が必要な声がこっちから聞こえたんだが?」
太田辺りなら出来そうな気もするな。
「んん〜?野球かね?」
今は戻って書道に励むって言ってたから、家に居るだろ。
「あの、ちょっと」
野球やった事無いはずだけど、太田なら俺の期待に応えてくれるはずだ。
「私が悪かったです!反応を!何か言って下さいまし!」
「最初からそう言えば良いんだよ。お前、野球やった事ある?」
「野球?オホン!俺を誰だと思っていやがる。北町に松平アリと言われたり言われなかったりした、俺だぞ?」
それは、そこまで話題になってないんじゃないか?
とりあえず経験者というのは分かった。
「ポジションは?」
「ピッチャーとキャッチャーと外野だ」
「ピッチャーとキャッチャー!?」
「主にその二つだったぞ」
マジか。
ピッチャー候補が現れたぞ。
「後で試しに投げてくれないか?」
「誰に?そうだな、太田と対決してみてくれよ」
「ほう?俺様の投球で、あの牛は泣いちゃうかもしれないぞ?」
間違っても泣く事は無いだろうな。
ルールも知らんし、ポカンとするだけだろう。
「お前の実力と太田の実力、両方見たいから。一緒に太田の家行くか?」
「行く!」
マッツン、夜のゴブリン達との飲み会まで暇なんだろうな。
昼間は彼等も働いてるし、何もする事が無いんだろう。
相手してやるか。
太田を球場へ連れてくると、丁度皆も戻ってきた。
蘭丸は長可さんに言われて一人で、ハクトは佐藤さん達と一緒に。
官兵衛と長谷部が一番遅かったが、後から聞くとラーメン屋をハシゴしたらしい。
よく食うなぁ。
「さて、キミ達の実力を見せてもらう」
「俺と牛だけ?蘭丸とハクトは良いのかよ」
「だって二人とも一緒にやってたし」
「俺達も一緒にやった方が良くないか?」
「そうだよ。久しくやってなかったから、身体が動くかどうか分からないし」
それもそうか。
だったら全員、一度練習を兼ねて見てみよう。
「最初は太田とマッツン。その後は順番に見ていこうか」
「よーし!俺様のピッチング、とくと見るがいい!」
「ワタクシ、何をすれば良いんですか?」
「ここに立って、マッツンが投げた球を打て。打ったら、反時計回りに走れ。それだけだ」
「分かりました」
マッツンはかなりやる気だ。
ピッチング練習の相手を、俺がしてやろう。
その間に、蘭丸達から太田はバットの持ち方でも教わってれば良いと思う。
「魔王自らが俺様の球を受けたいとな?良いだろう。見よ!俺の豪速球!」
「来い!」
マッツンは左足を大きく上げた。
背負い込むような動作で、右手に持ったボールを俺に向かって投げる。
これは、マサカリ投法!?
俺はボールを受けると、マッツンに言った。
「遅い」
「はえ!?」
「遅過ぎる」
正直、これは無理だ。
多分、高校球児より遅い。
投げ方が悪いのかな?
「マサカリ投法じゃなくて、普通に投げられない?」
「うぅ・・・。この投げ方カッコ良いのに」
試しに普通に投げさせると、結構速くなった。
というより、コントロールも良い。
明らかにこっちだな。
「次、変化球投げるぞ」
「投げられるの?」
「スライダーとチェンジアップくらいは」
チェンジアップはそんなにって感じだけど、スライダーはなかなかだ。
あんまり変化しないけど、手元で曲がるから打ち損じが増えそう。
それでも納得していないのか、マッツンは首を傾げている。
「どうした?」
「前はもっと曲がった気がするんだけど。何故だ?」
「そりゃ今の身体を考えろよ。お前、タヌキだぞ」
「ハッ!そういえば!」
すっかりタヌキに馴染んでしまったようだ。
コイツはこっちの世界に来て、大正解の男だよな。
ゴブリンと違和感無く、飲み会とかやってるし。
ただ、今の身体を元の身体と同じに感じるのはどうなんだ?
それって、前から体型が似たようなものだったと言っているような気がするんだが。
「あぁ、俺の指が短くなったからか」
「今更!?」
体型がというより、鈍感なだけかもしれない。
「そろそろ太田も準備出来ただろ。二人で勝負するか」
「来た球を打ち返せば良いんですね?」
バッターボックスに立つ太田は最終確認として、こっちに聞いてきた。
頷くと、今度はマッツンを見てバットを構える。
太田がバットを持つと、とても短く感じるな。
でも身体の大きさからか、威圧感は半端ない。
主砲という言葉がピッタリだ。
「マッツン、そろそろ投げていいぞ」
「行くぞ!俺の初球、投げました!」
自分で実況するのか。
ちなみにマッツンには、サインとか何も決めてないので、好きに投げさせている。
少し曲がる程度なら、俺には取れる自信があるからね。
「うおぉぉ!!」
「へ?」
雄叫びを上げながらフルスイングの太田。
全くタイミングが合っていない。
「おい、お前ちゃんと球を見てるのか?」
「え?合わせてくれるんじゃないんですか?」
「ちげーよ!自分で見て当てるんだよ!」
「なるほど。次からはそうします」
練習だから、当たるように投げてくれてたのか、勘違いしていたらしい。
太田は再び構えるが、マッツンの方がヤバイ。
雄叫びにビビったのか、顔面蒼白だ。
「マッツン、どうした?」
「叫ばないでもらえますか?少しチビるかと思いました」
雄叫び禁止了解。
太田に注意すると、それもルールかと聞いてきた。
だからルールって事にしておいた。
「マッツン、ビビるな!ピッチャーは顔に出たら負けだからな。それに太田は、本番では味方なんだから。安心して投げてこい」
「そ、そうか。それは頼もしいな」
マッツンは覚悟を決めて、ボールを投げた。
手元で少しだけ曲がると、太田はそれを見送る。
「曲がるんですね。マッツン殿、凄い!」
「む?まあな!俺くらいになると、曲げられるからな」
太田に褒められたマッツンは、気分が良くなったらしい。
次は落とすからと、チェンジアップ宣言をしてきた。
「ワタクシも打てるように、頑張ります」
「行くぞ。ピッチャー第三球、投げました!」
マッツンは宣言通りのチェンジアップだ。
太田はそれをジッと見ている。
振らないのかよ!
そんな風に思っていると、俺の目の前に風が起きた。
「フン!」
太田は落ちたボールを掬い上げるように打つと、マッツンの横をボールが通り過ぎる。
あまりの速い打球に、マッツンは見送る事すら出来ていない。
「マジかよ・・・」
太田の打球は、ライナーでセンターのフェンスに直撃した。
マッツンも後ろから聞こえた音に振り返り、自分が打たれた事に初めて気付く。
また顔が青くなっていた。
「俺、当たってたら死んでたんじゃ?」
「死にはしないだろ。瀕死かもしれないけど」
「そうか」
マッツンはバッターボックスに立つ太田に近付き、声を掛けた。
「合格だ。キミには我がチームの四番に座ってもらう。エースである俺を、助けてくれ」
「え!?あ、はい」
意味も分からず生返事をする太田。
自分のチームとか勝手な事を言っているが、それでも見ていた佐藤さん達も、太田の四番に文句は無いらしい。
「あんなの見たら、俺達には無理だって」
「だけど阿久野くんは四番じゃなくて良いの?」
「俺?俺は元々四番ってタイプじゃないので、別に良いですよ」
「そうなんだ。何処やるの?」
そういえば俺、何も考えてなかったな。
三番、キャッチャー?
そうすると全員出れないし。
あ!
良い事を思いついた。
「俺、監督やりますよ。プレイングマネージャー?監督やりながら、指揮を執ります。代打、俺!言ってみたいし」