勝負
何で勉強してなかったのかな?
兄は自分と同類だと思ったゴリ川が英語を使った事で、物凄くショックを受けていた。
僕としては、いつかはメジャー挑戦も視野に入れて、日常で使う英会話くらいは勉強していると思っていた。
結局ほとんど会話に参加せず、兄は寂しそうに帰っていった。
しかし、そんな兄にもチャンス到来!
なんとブギーマンは野球に興味があったらしい。
興味があるというよりは、やっているみたいな感じだった。
球場に行くと佐藤さんが一人テンパっていたが、それを見た兄は少し嬉しそうだった。
同類だからだろう。
低い次元で争う兄に、僕は少しだけ残念さを感じたけどね。
そんな佐藤さんは、子供達の見本にとブギーマンとの勝負をする事になった。
でも僕的には、これは罠だったんじゃないかなと思っている。
元メジャーリーガーの転生者がピッチャーで、高校野球までの佐藤さんに打ち返す事が出来るのかと聞かれたら、僕は唸るくらいしか出来ない。
ジャイロボール?とかいうよく分からない球に三振した佐藤さん。
イッシーは微妙な感じだったが、三振した彼に対してブギーマンからの言葉を伝えてくれた。
子供は上手いのに佐藤さんは下手だと。
僕の思った通り、罠っぽかった。
自分達の序列を上に見せたいという、彼等の作戦だったようだ。
兄はブギーマンのこの態度に、どう出るかな?
イッシーの言葉に、佐藤さんは凹んでいる。
でも、俺は敢えて言いたい。
帝国が攻めてきたり、ゴルゴンとかラミアを助けに行ったりして、佐藤さんだって野球やってる暇は無かったんだ。
プロ野球選手みたいに、野球やってりゃ良いって話じゃない。
俺の中では、忙しい中でも少年野球のコーチをしてくれるサラリーマン的な立ち位置なのだ。
しかもボランティアで。
俺、野球教える佐藤さんに、コーチ代とか払ってないし。
そんな彼を馬鹿にするのは、俺は許せんね!
「オウオウ、好き放題言ってくれちゃって!ここは俺が相手だ!」
「オゥ!ブレイブボーイ」
な、何だ!?
何か英語で色々言ってきてるけど、早口で全く分からん。
こ、コイツ、こうやって俺の平常心を奪いに来てるんだろ!
(単純に兄さんが、英語を分かってないだけだと思うよ)
クウゥゥゥ!!
この野郎、俺にビビってやがるな。
だから英語で捲し立ててくるんだ!
(いや、だから英語が)
ヘイヘイ!
ピッチャービビってるぅ!
(聞けよ!)
・・・だって何言ってるか分からないんだもん。
(ほら、イッシーが通訳してくれるっぽいよ)
「子供の出る幕じゃない。もし怪我させても、責任取れないしだってさ。俺としてもこのまま馬鹿にされてるのは悔しいんだが」
「じゃあこう言って良いよ。俺を打ち取れたら、安土で欲しい物をやるってね」
「良いのか?」
「別にラーメンだろうがミスリルの武器だろうが、それくらいは問題無いでしょ」
「分かった。伝えよう」
イッシーは英語でそう伝えると、驚いた顔をしていた。
何か予想外の物が欲しいって言われたかな?
「何だって?」
「えっと、欲しい物言われたんだが、俺にはその返事は答えられなかったわ・・・」
「何が欲しいって言ってきたんだ?」
イッシーは何も見ずに空を指さした。
向こうに何か看板あったっけ?
そう思いその指の先を見て、俺は驚いた。
冗談だよな?
「欲しい物って、もしかして安土城?」
イッシーは頷いた。
それを見ていたブギーマン達は、気のせいかニヤニヤしているようにも見える。
あの野郎、本気で馬鹿にしてやがる。
「良いだろう。俺を三振に出来たら、城をやる」
「お、オイ!マジで言ってんのか!?」
「マジもマジ。大マジですよ。代わりにこう伝えてもらいたい。安土城みたいな物を賭けるのだから、そっちにもそれなりの代償をもらうってね」
なんて言ったけど、特に何も思いつかないんだよね。
そんな事を言っていると、俺達の後ろからその件で提案があった。
「だったら彼等には、北か南の洞窟の守護をしてもらいましょうか」
「官兵衛!?お前、話聞いてたのか?」
「長谷部くんが、前回召喚者を集めた時に呼ばれなかったと、少し凹んでいたのでね。様子を見に来ました」
ホントだ。
少し後ろで長谷部が凹んでる。
あまり元気無かったから、気付かなかった。
言い訳させて欲しい。
長谷部が英語を話せると思う?
ロックは百歩譲って、社会人だったから英会話をする機会もあったと思うんだよ。
でも長谷部は、ただの元不良だよ?
学校に海外からの転校生とか留学生が居たとして、話す機会があると思うかね?
俺は断じて無いと思っている。
だから長谷部を呼ばなかったのは、妥当でしょ。
「長谷部、英語喋れる?」
「無理」
「ほらな。喋れる人を呼びたかっただけだから。別に仲間外れにしたわけじゃないぞ」
「なるほど。それは俺の出番は無いな」
呼ばれなかった理由が分かってスッキリしたのか、元気になった。
それよりもだ。
「洞窟の守護を任せるっていうのは?」
「ミノタウロス達が、必ずしも手伝ってくれるとは限りません。それに両種族が手伝ってくれるなら、一つずつ任せる事も出来ますから」
「それは言えてる。いつまで守れと期限も分からないし、交代出来るようにした方が良いもんな」
多分帝国の脅威が無くなるくらいまでは、守らないと駄目だろうな。
「イッシー、今言った事を伝えてくれ」
「俺も悔しかったからな。よし分かった!」
イッシーがピッチャーに寄っていくと、俺を指さして何かを言っている。
途端に笑いが起きた。
指で丸を作っている。
OKだという事だろう。
さあ、今度は過信したその投球を打ち砕く番だ。
「ブレイブボーイ、ゴーイージーオンミー」
「ああん?何言ってんだアイツ」
そんな感じの言葉を言われたのが聞こえた。
他のブギーマン達が笑っているのを見ると、馬鹿にされてるのは明らかだな。
イッシーがちょっと怒り気味な声で、意味を教えてくれた。
「手加減してくれってよ!」
「ハッハッハ!オーケー。ノーホームラン、ヒットオンリーで許してやるよ」
「HAHAHA!」
完全に下に見てるな。
脳天に打ち返してやろうか?
「アーユーオーケー?」
「きゃもーん!」
俺がバッターボックスに入り構えると、男はニヤニヤしながらストレートを投げてきた。
しかも相当遅い。
ストレートというよりはスローボールだ。
明らかに手を抜いている。
ここで頭にきて、力んだら俺の負けだな。
バッティングは丁寧にセンター返しを狙って・・・。
「何て言うかバーカ!」
俺は遅いストレートに身体が開くのを我慢しながら、ボールを引きつけてバットを振り抜いた。
あまりボールが上がらないように。
そして奴を驚かせるように、センターを狙って振り抜いた。
「アウチ!」
流石に顔面直撃とまではいかないまでも、真横を抜けるヒット性の当たりだ。
しかも当たると思ったのか、避けようとして変なポーズを取っている。
「ワハハ!ダセー!手加減してやったんだから、感謝しやがれ。えーと、ゴーいちゃもんめだっけ?」
「イージーオンミーだ。だけど関係無い。その調子で打ちまくれ!」
イッシーが手を振り上げて、めちゃくちゃ喜んでいる。
髪以外の事であんなに喜ぶイッシーは、とても珍しい。
あの様子だと、本当はもっと馬鹿にされてるのかもしれないな。
「シット!ネクスト!」
「やっと本気になったか。だったら今度は、こっちから煽ってやる。へいゆー!次からはノーヒット。オールホームランだ。オーケー?」
フハハハ!!
通じる。
俺の英語が通じているぞ!
完全にキレてるのが分かる。
ジャイロボールがなんぼのもんじゃい!
「きゃもーん!」
俺の戦いは終わった。
とてもスッキリしたよ。
「阿久野くん!キミ、マジで天才!」
「俺、魔王を初めて尊敬したわ」
おいおい、イッシー。
初めてって遅過ぎでしょうよ。
もっと褒め称えてくれて良いのよ?
「ワハハ!完・全・勝・利!!」
結論から言おう。
泣きの勝負も含めて四打席立った俺は、ジャイロボールを含めた彼のピッチングを完全に打ち砕いた。
金網の上部へ直撃する、ホームラン性の当たりを三回。
そして金網を超える場外ホームランが一回だ。
「さてと、彼のプライドも粉々でしょう。メジャーリーガーがなんじゃ!俺の方が凄い!」
「いよっ!野球の天才!」
「イチロー超えのアベレージヒッター!」
フハハハ!
もっと言って。
最近褒められてないから。
もっと俺を気持ち良くさせてくれ・・・。
「ナンノサワギデスカ?」
買い物をしていたと思われるルースが、両手に荷物を持って球場へやって来た。
マウンドで膝をつく仲間を見て、どうやら察したらしい。
「ウタレマシタカ」
「彼、本当にメジャーリーガーだったの?」
そう聞くと、英語で返されたのでイッシーに通訳を頼む。
イッシーが驚いたような仕草をしている。
もしかして、ハッタリだったのか?
「何というか、間違ってはいないんだけど・・・」
イッシーが聞いたのは、彼は確かにメジャーリーガーだった。
しかし数試合メジャーのマウンドに上がっただけで、すぐに降格した選手だったらしい。
要は、主力になり得なかった選手というわけだ。
確かに間違ってはいないが、これで堂々とメジャーリーガーと言うと少し恥ずかしい。
「負けたんだから、約束通り洞窟の守護を頼むよ」
「ドウクツノシュゴ?」
ルースがどういう事だと言うので、イッシーに説明をしてもらった。
すると、みるみるうちに顔色が変わるルース。
マウンドに行ったと思ったら、打たれて凹んでいる男の胸ぐらを掴んで、何かを怒鳴っている。
「険悪な雰囲気だけど、良いのかな?」
「俺達には関係無いでしょ。多分、そんな約束をしたもんだから、怒ってるんじゃない?」
「とりあえず勝ったんだから、約束さえ守ってくれれば無問題。後は俺、見学でもしてるよ」
「チョトマテクダサイ!」
ベンチに下がろうとする俺に対して、ルースがマウンドから呼び止めてきた。
子供達は俺を見て、スターでも見るような視線を送っている。
だからわざと、子供達が居るベンチへ向かっていたというのに。
呼び止めんなや!
「何ですか?」
「ソーリー。プリーズワンモアチャンス」
これは俺でも、何を言っているのか分かる。
要はリベンジ戦をさせてくれという事だな。
と思ったのだが、この後は色々と英語で言われて何言ってるか分からない。
頼むぞイッシー、キミに決めた!
「次は試合形式でお願いしたいという話だ」
「えぇ・・・。メンドイんだけど。洞窟守護の約束も無しになるの?」
「・・・OK。なんか洞窟行くのが嫌だとか、そういうんじゃないっぽいぞ」
「じゃあ何故?」
「ルースさん曰く、プライドの問題だという話だ」
プライドねぇ。
そんなもんあっても、別に役に立たないと思うんだけど。
プロとしてのプライドを持て!
とかいうけどさ、じゃあプロの選手は高校生の球が必ず打てるのかって言ったら、そうじゃないわけだし。
謙虚にしてた方が、何かあった時に楽だよね。
「ネクスト、ワタシモヤリマス。レッツプレイ、ベィスボー!」
「なるほど。今度は自分も参加するから、絶対に負けないぞと言いたいわけね」
「ソノトオリ!」
自信満々に言い切ったな。
ルースさん、何気に強気だ。
これは俺も負けたくない。
「異世界版日米野球、やってやろうじゃないの。楽しんでやって・・・アレ?三バカは忙しいから、もしかして召喚者だけで九人揃わないんじゃ?」