興奮の昌幸
久しぶりに帰った蘭丸とハクト、それに又左達が早々に城の前で喧嘩をしていた。
どうやら蘭丸達が連れてきた老人が発端らしい。
しばらく見ていると、ハクトと慶次が城の中に入っていくのを確認する。
ちょっと待っていると、ハクトは僕の所にやって来た。
どうやら僕に、あの老人と会ってほしいという。
何故か蘭丸ではなく、コバが先頭で中に入ってくると、彼は小声で日本人だが召喚者ではないかもしれないと言ってきた。
正直なところ、汚いボロボロの服を来た老人という印象しかない。
よく見ると軍服のようだが、武器も持っていないので、気付くのが遅れたくらいだ。
彼が言う大日本帝国とは、僕達の中では戦争時の話だ。
すると蘭丸が、センカクから彼は迷い人だと言っていたと言う。
その話を聞いたコバは、一人納得して水嶋老人に話し掛けた。
戦争は終わったと。
水嶋はそれを聞いて、俯いた。
戦争が終わったと聞いて、ホッとしたのか落胆したのか。
僕からは顔が見えない。
「して、日本は勝ったのか?」
「・・・」
「・・・そうか」
無言のコバに対して、彼は一言だけ言った。
目を閉じて天を仰ぐと、彼はしばらく動かなかった。
「貴方は怒らないのであるか?」
「怒る?どうして?」
「日本を非難すると、非国民だなんだと言っていた時代であろう」
「いや、薄々は気付いていたからな」
勝ったのなら、自分を探しに来てもいいはず。
もしくはそういうニュースを、地元住民から聞く可能性だってあった。
それすらなく、しかも数十年もの間、誰とも会わない生活をしていたのだ。
異世界に来ていたとは思わなくても、少しくらいは人と出会う機会があっても良いと思っていた。
「俺だって前線に出ていたのだ。どちらに優勢に傾いているかくらいは分かる。だからこそ俺達みたいな遊撃隊が、活躍していたのもあるがな」
「であるか。それで、貴方は今後どうする?」
「どうするとは?」
「貴方には選択肢がある」
コバは正確にこの世界の情勢を伝えた。
帝国が魔族を排除している事。
その帝国が多くの日本人を召喚して、魔族を捕縛したり殺したりしている事。
僕を筆頭に、それに抵抗している事。
他の国は友好的であったり、中立だったりする事。
まあ、誰にも会っていない騎士王国という国は、どういう態度なのか分からないけれども。
「それはアレか?帝国に与してお前達と敵対するか。もしくはお前達と行動を共にして、祖国の子達を倒せという事か?」
「第三の選択肢として、森に戻りどちらとも関わらないという手もあるよ」
「魔王がそれを言うのか?」
「別にお爺さんの手を借りてもね」
武器も持たない爺さんなんか、対して戦力にならんし。
と思っていたら、そうでもなかった。
「この爺さん、召喚者と似たような能力持ってるぞ」
「え?」
「能力?あぁ、コレか」
彼は自分の手に銃を具現化させると、外を見ながら引き金を引く。
僕の方に無造作に撃ってきたのだ。
咄嗟に風魔法を使い、銃弾を逸らす。
「危ないな!」
「弾を見てみろ」
後ろへ逸らしたはずの弾が、何故か横の窓から出て飛んでいた鳥に命中した。
「俺は見た物を撃ち抜く。それが何処へ外れたとしても、弾が何処かに当たらない限りは追い掛けるのだ」
「うへぇ、面倒な能力だなぁ。でも、俺もそんな能力が欲しかった」
マッツンは水嶋の能力を聞き、羨ましがっている。
お前は自分の腹でも叩いてろ。
「なるほどね。確かに凄い力だけど、対応出来ないわけじゃない。まあ、出来れば敵対はしたくないけどね」
「この至近距離で弾を逸らす力を持った童など、こちらとしても敵対したくないな」
「それで、水嶋さんはどうしたい?出来れば帝国には行ってほしくないけど、それは水嶋さんの人生だから」
「うーむ、難しいな」
どちらも知らない勢力に入るかいきなり選べと言っても、確かに難しいか。
少し急ぎ過ぎかもしれない。
「あのさ、水嶋さんに安土の街で過ごしてもらうのはどうかな?」
「ナイスだハクト!」
「吾輩もそれが良いと思うのである。もう少しすれば、佐藤やイッシーも戻るだろう。こちらに居る日本人に話を聞くのも、また選択する指針になると思うのである」
「俺は貴君にも話を聞きたいがな」
水嶋はコバに興味を持ったらしい。
ただ、僕は思った。
コバ、さりげなくロックの事は除外してるんだよね。
街の案内という事で、マッツンに水嶋を連れ出してもらった。
コバでも良かったのだが、蘭丸達によると彼に話があるらしい。
「それで吾輩に話があるとは?」
「出来れば真田さんにも、来てもらえると助かるんですけど」
「昌幸殿であるか。今は復旧工事で忙しいが、呼んだ方が良いか?」
「僕達じゃあ判断しかねるので」
何の話か大凡の予想は付いているが、聞いてもらいたいというので、昌幸も呼ぶ事にした。
ものの十分程ですぐに来た昌幸。
しかし仕事の最中に呼ばれたからか、少し不機嫌だった。
「ワシに話があるとは何かね?」
「実は鉱石の事で話があるんですが」
蘭丸達はオリハルコンの事しか知らない。
だからアポイタカラの件もある為、続きは僕から話す事にした。
「単刀直入に言おう。オリハルコンとアポイタカラが発掘された」
「・・・は?オリ、え!?アポイ?えっと、ちょっと待って下さい」
混乱する昌幸。
頭が追いつかないようで、ブツブツと言いながら自己消化しているっぽい。
「フゥ、もう一度聞きます。オリハルコンとアポイタカラですよね?」
「そうだ」
「両方とも伝説の鉱石ですよ!そんな簡単に同時に見つかるなんて、無いんですよ!」
僕に怒鳴ってくる昌幸だが、そんなの知らんがな。
何故こんな言われ方をしなきゃならんのだ。
怒鳴り過ぎて息切れを起こしている昌幸に、コバは悪い笑みを浮かべて言った。
「魔王よ。吾輩と昌幸殿を呼んだという事は、吾輩達がどう扱っても良いのだな?」
「まず聞きたいのが、加工した事があるのかって話なんだよね。どう扱う云々の前に、加工出来なければ意味が無いでしょ」
「昌幸殿」
コバに話を振られた昌幸だが、そんなのあるわけが無いだろと即答してきた。
「さっきも言いましたが、両方とも伝説の鉱石ですよ!?ワシもですが、うちの領主である滝川ですら無いんじゃないですか?」
「そんな希少なの?」
「希少ですよ。ワシが聞いた話では、オリハルコンは魔力増幅効果を持ち、自由に形をも変えると言われています」
「形を変える?」
「魔力を流すと、変わるとか変わらないとか」
何だそれ。
オリハルコンって、形状記憶合金?
「それに対してアポイタカラは逆に、とても硬度が高く、普通の工具では加工出来ないという噂を聞いています」
「普通に加工出来ないって、どうやって加工するのよ?」
「伝承にも残っていないので、分かりません。ワシじゃ無理かも・・・」
「駄目なら別の方法を探すしかないな」
そう言うと、昌幸の落胆ぶりが凄い。
やっぱり伝説の鉱石だけあって、試したい気持ちはあるらしい。
そこにコバが、横から口を出してきた。
「アポイタカラとは、そもそも何であるか?」
「アポイタカラは金剛石の変異した鉱石と言われていて、魔力を帯びた金剛石と言っても良い。それは金剛石の中に留まり続け、どんなに魔力を消費しても消えないと言われている」
「金剛石?ダイヤモンドであるか?」
「ダイヤ!?」
思わず僕の声が裏返った。
オリハルコンは知っていても、アポイタカラは知らない。
まさかダイヤの変異した鉱石だとは思わなかった。
ダイヤの変異した物か、まだ分からないんだけど。
なんとなく期待してしまう。
「ダイヤモンドが何かは知らないが、コバ殿は金剛石の加工の仕方を知っておるのか?」
「ダイヤであろう?勿論知っているのである」
「ほ、本当か!?もし金剛石と変わらぬやり方で出来るのなら、加工は可能やもしれませぬぞ!」
「なるほど。それじゃ、オリハルコンとアポイタカラを持って、一度こっちに帰ってきてもらおうか」
コバの言葉を聞いた昌幸の目は燃えていた。
伝説の鉱石を扱うなんて、鍛治師冥利に尽きるのだろう。
横のコバの方がちょっと怖いけど。
明らかに何かを企んだ顔をしている。
「それともう一件良いか?」
「ん?蘭丸、まだ話あるの?」
「こっちもそこそこ重要っていうか、かなり重要?」
「吾輩達にも関係あるのか?」
「そりゃあね。なんかオリハルコン、作れるみたいな話なんだけど」
「・・・え?」
流石のコバでも、コレには間の抜けた返事をした。
伝説の鉱石と呼ばれるオリハルコンが、人工的に作れる。
昌幸は開いた口が塞がらない様子で、蘭丸を目を見開いていて見ていた。
そんな様子を無視して、蘭丸は続きを口にする。
「ラミアの人達は、洞窟で魔力を使わされていたんだ。それこそ死ぬまで、搾り出すくらいに使わされていたらしい」
「強制労働させられていたわけか」
「それが違うんだよ。魔力を洞窟のある場所に向かって、発していただけなんだって」
蘭丸の話を聞いて、分かってしまった。
人工的に作るオリハルコン。
それは洞窟内のある鉱石に向かって、魔力を浴びせ続ける事で変異する鉱石なのだろう。
「作り方は分かった。そして、連中が魔族を連れ出している理由もね」
「おそらく、南北の洞窟以外にもあるのであろうな」
帝国へ連れて行かれた魔族の中には、こういう使われ方をしている人も居そうだ。
コバは帝国で、魔族を使った実験が嫌でこっちに来た。
流石にこれは見過ごせないのだろう。
「ムカつくのである。しかし気になる事がある。何故帝国は、オリハルコンが必要なのであるか?」
「どういう意味ですか?」
「昌幸殿の話を聞いて、アポイタカラは分かるのだ。アポイタカラであれば、ヒト族であっても魔法が使えるのである。それこそ、クリスタル内蔵と同じような使い方も出来るだろう」
アポイタカラで魔法を使いつつ、クリスタル内蔵の武器で強力な必殺技が使える。
魔族との差は、身体強化のみになるわけか。
それも召喚者であれば、ほとんど差は無くなる。
むしろSクラスになると、身体強化した又左や太田よりも強いかもしれない。
おっと、コバの話が途中だった。
「しかし、オリハルコンは違うのである。魔力増幅をするという鉱石を、魔法が使えないヒト族が集めてどうするのだ?」
「言われてみれば確かに。全然気付かなかったけど、オリハルコンを集める理由が分からないな」
「嫌がらせとか?」
「それならラミアを捕らえて、オリハルコンにする必要は無い」
コバの話に僕等は考えたが、結論はなかなか出ない。
しかしハクトが、とんでもない事を言い始めた。
「素人考えなんですけど、良いですか?」
「大丈夫である。吾輩達も皆素人同然だ」
「そ、それじゃ。オリハルコンなんですけど、魔力を増幅するんですよね?それってアポイタカラの魔力やクリスタルの魔力も、増幅出来るんじゃないですか?」
「っ!?」
「アポイタカラの魔力を増幅すれば、とんでもない威力の魔法を無制限に使えるんじゃないですか?」
コバと昌幸は顔を見合わせた。
二人とも顔が真っ青だ。
ハクトの考えがもし正しければ、魔族の優位はほとんど無くなる。
強いて言えば、精神魔法や影魔法のような特殊な魔法が使えないくらいだろう。
そしてコバは、珍しく僕へ命令口調で言ってきた。
「魔王よ。これは全魔族の領主に知らせるべきである。他の採掘場があるなら、すぐに襲撃。もしくは採掘場の破壊を命ずるのだ。もしハクトの言っている事を実行しようとしているなら、吾輩達に勝ち目は無くなるのである!」