老人、安土へ来る
マッツンは這いつくばりながら、物凄い勢いで僕の方へ戻ってきた。
顔は鼻血と涎と涙でボロボロ。
身体は埃まみれで、すり傷や打撲が目立つ。
オーガに囲まれた大男を見て、遠く離れた場所からやっておしまい!と叫んでいる。
そんな大男も腕をへし折られ、自分と同じような体格の連中に囲まれればそれまでだった。
金棒によって頭を砕かれ、即死だったようだ。
マッツンはそれを見て、正義は勝つ!と連呼していたが、勝ったのはオーガであってお前じゃない。
横でそんな目をしていたのがバレたのか、マッツンは自分が粘ったからオーガが来たんだと言っていた。
それは間違ってないので、素直に頑張ったなと褒めておいた。
そんな彼に、今後連中が帝国に戻るまで酒は控えるように伝えると、駄々を捏ね始めた。
彼としては今さっきの頑張りを、ゴブリン達と一緒に話したいのだろう。
しかし、ゴブリン達の戦力が落ちれば、お前また同じ目に遭うよ?
そう伝えると彼は、回復魔法を長可さんに掛けてもらおうと、走って逃げたのだった。
とは言っても、彼女は回復魔法使えないと思ったんだけどね。
官兵衛は直政の話に乗った。
自分から聞こうと思っていた事を、先に話してくれたので、スムーズに話は進んでいく。
「北の洞窟は金剛石とアポイタカラねぇ。こっちはオリハルコンなんだけど。奴さん、何でそんな伝説の鉱石の在処を知ってたんだろう?」
「他の場所が襲われたという話は聞いてないので、おそらくはこの二箇所しか知らないとは思うんですけど。また襲われないように警備を派遣するのは賛成です」
「ちなみにラミアのお姉ちゃん達の話だと、オリハルコンは人工的に作ろうとしたっぽいね」
「アポイタカラも同様です」
彼等は落ち着いたら、安土でその話をじっくりしようと言って、電話を切った。
「井伊直政か・・・。なかなかのやり手ですね」
「ゴブリンでも凄い人居るんすね」
官兵衛が褒めるなんて、そうそう無い。
長谷部はちょっとだけ、直政に嫉妬した。
頭の回転では敵わないのは分かっているので、彼は違う事で褒められるようになろうと誓うのだった。
「それじゃ、僕達急いで戻ります」
「今回はワシは残るとしよう。まだ手練れが残ってないとも言い切れんからの」
センカクが残ると分かり、ナオちゃんは安堵する。
佐藤は一対一なら無類の強さを発揮するが、大勢での戦闘には不向きだ。
対してイッシーは逆だが、ソロでの戦闘で強い召喚者が相手になると厳しくなってしまう。
直政個人の戦闘力はさほどではない。
そう考えると、個人戦も集団戦もこなせるセンカクが残るのは、理想的だった。
「マッツンによろしく言っておいてね」
「分かりました」
二人はトライクで帰ろうとすると、一人の老人が目の前を遮った。
「ジジイ、邪魔だぞ」
「俺も安土とやらに連れて行け。助けになってやる」
「はあ?」
水嶋がトライクの前に出た理由は、安土まで同行しようと考えていたからだった。
彼は早く、日本から来たという連中と会ってみたかったのだ。
「どうする?」
「乗せていってやりなさい。彼にも何か考えがあるのじゃろう」
「師匠がそう言うのなら。ただし変な行動をしたら、分かってるよな?」
「馬鹿にするなよ」
蘭丸は渋々了承すると、ハクトの後ろに水嶋を乗せた。
彼は戦争中にバイクは見た事はあっても、乗った事は無かった。
三輪とはいえ、ちょっとだけ楽しみだった。
「出るぞ」
ハクトの後ろに乗った水嶋は、その爽快感から顔がニヤけてしまう。
「楽しそうですね」
「ん?あぁ、こんなにも気持ち良いとは思わなかった。俺の知ってるバイクは、走るともっと喧しかったしな」
彼の知ってるバイクと違って、静かなのは当然である。
魔力で動いているのだから。
アクセルを回しても魔力消費が激しくなるだけで、別にうるさくなる事も無いのだ。
それを説明すると、水嶋は魔法に興味を持った。
「ヒト族だったか?俺達にも魔法は使えないのか?」
「使える人は使えますよ。そういえば、チカちゃんなんかは魔法使えますね。あの子も日本から来たんじゃなかったかな?」
「なんと!?日本から来た女の子が使えるのか。俺も教わりたいもんだ」
「大人は何故か使えない奴が多いから、無理だと思うぞ」
せっかくのやる気に水を差す蘭丸。
ハクトは慌てて、彼のフォローをする。
「でも、使えるって信じてれば、使えるっぽいですけどね。子供はそういうのに先入観も無いから、使えたって説があります」
「だったら俺も使えるって信じてれば、使えるって事か」
「それが出来たら、誰でも魔法使えるけどな」
「蘭丸くん!」
水嶋は蘭丸の言う通りだと思った。
信じていれば出来るなんて、そんなのはまやかしだ。
大人になるとひねくれてしまうのか、単純に信じる事が出来ない。
自分で口にしたものの、自分自身でそこまで信じられるとは思っていなかった。
「使えたら良いなって思うだけで留めておこう。やはり魔法なんてモノは、俺達からしたら夢幻なんだから」
「ジジイになると、頭が固くなるからな。使えなくても仕方ねーさ」
「だったらお前も歳食ったら、偏屈ジジイになるのは目に見えてるぞ」
「うるせーよ。エルフの寿命、ナメんなよ」
ハクトは後ろと横で口喧嘩しているのに辟易しながら、走っていく。
そして彼は、面倒だから考えるのをやめた。
一方、北から南下していた又左達は、障害物を薙ぎ倒しながら直進して戻っていた。
「兄上、そろそろ安土でござる」
「戦をしているなら、煙が上がっていてもおかしくないのだがな」
「何も見えないでござるな」
又左は嫌な予感がすると、スピードを上げた。
慶次もそれに続き、いよいよ安土が見えてきた。
彼等は高台から見下ろすような位置でトライクを止めると、安土を見て驚く。
「どういう事だ?」
「帝国兵が見当たらないでござる」
わずか数日で、敵が居なくなっていた。
一部の壁が壊れているのが見えるが、城は健在だ。
「兄上、蘭丸達が」
「お久しぶりです!」
丁度同じ場所を目指していた蘭丸達が、少し遅れてやって来た。
「アレ?帝国兵なんか居ないじゃないか」
「もしかして、終わったのでござるか?」
「俺達、急いで戻ったんですけどね」
「無駄足だったのかな」
高台から様子を伺うが、何処にも戦闘をしている様子は無い。
街の中は遠くて見えないが、騒がしい感じもしなかった。
そこで水嶋は、街の様子をスコープを持ち出して確認し始める。
「復旧作業をしているようだぞ。壊れた壁を、直している連中が見える」
「蘭丸、その老人は?」
水嶋の紹介をする蘭丸。
又左達も名乗ると、水嶋は再び驚くのだった。
「うーむ、利家と利益が兄弟になってるとは。この世界、なかなか不思議だな」
「何を言ってるでござるか?」
「気にしなくて良いですよ」
一人唸る水嶋に、ハクトは意外と厳しい意見を言う。
延々と口喧嘩を聞かされ、ハクトの中で彼の評価は地に落ちていた。
「戻りましょうか。ここに居ても、何も分からないし」
「そうだな。街に入れば、何か分かるだろう」
五人は揃って、安土へと帰還した。
街の中は、ほとんど被害が無かった。
住民達にも笑顔がある。
「これ、本当にどうなってるんですかね」
「そんなに多くなかったとか?」
「だったら電話で、あんなに慌てる必要も無いですよ」
不思議そうな顔をする四人。
対して、初めて異世界に来て街にやって来た水嶋は、興味深そうに周りを見回していた。
「少し古臭くも感じるが、それでもあの城は凄いな」
「そうでしょうそうでしょう!アレこそは魔王様が座す安土城です」
又左は得意げに説明を始める。
「魔王にも会ってみたいものだな」
「安心しろ。会わせてやる」
キョロキョロと周りを見ながら城へと向かうと、城の前にはコバが立っていた。
「戻ったのであるか?」
「ただいま戻りました」
「む?その服は旧陸軍であるな。ボロボロだが、そんな格好をするなんて。珍しい爺さんである」
水嶋を見たコバは、日本という言葉を口にする。
それを聞いた水嶋は、コバの両肩を掴み、激しく揺すった。
「オヌシ!大日本帝国を知っておるのか!?」
「痛いでござる!一体何を言ってるでござるか!?」
「答えろ!」
「ええい!邪魔である!」
両手を払いのけるコバ。
水嶋はそれでも、しつこく食い下がる。
「ジジイ!迷惑は掛かるなと言っただろ!」
「うるさい!」
「城の前で騒ぐな!魔王様に失礼であろうが」
蘭丸と又左も加わって、気付くと周りには人集りが出来ている。
ハクトと慶次は、我関せずという感じで城に入って行った。
「喧しい!俺様の居ない場所で目立つ奴は誰だ!?」
「な、何だ!?あのタヌキは。ボロボロじゃないか」
「マッツン、生きてたのか?」
「勝手に殺すなよ!」
城から出てきたのは、身体中傷だらけのマッツンだった。
どうやら人集りを見て、自分より目立っているのが気に食わなかったらしい。
「この爺さん、旧日本兵の格好か?好きだなぁ、アンタも」
「旧日本?」
「タヌキよ、待つのである」
「何だよ」
マッツンの言葉に止まった水嶋。
そこにコバが言葉を止めさせた。
「この老人、本気で話が分かっておらん」
「何だと?」
「老人、魔王を含めて話すのである」
「魔王と?俺は日本人に会いに来たんだが」
「吾輩が日本人である。だから言う事を聞くのである」
怪しい雰囲気の白衣の中年が日本人?
水嶋は疑いつつも、陸軍という言葉を発した彼を信じる事にした。
「城に入るのである」
僕は上から、騒ぎを覗いていた。
だって城の前でうるさいと思ったら、その相手が又左達なんだもん。
誰と喧嘩しているのか、気になったんだよね。
「マオくん、ただいま」
「おぉ!ハクトも帰ってたのか。無事で良かったよ」
「とりあえず、ラミアの村と洞窟の話を報告したいんだけど。その前にちょっと面倒な事があるんだよね・・・」
「下の揉め事?」
ハクトが頷くと、今度はコバが入ってきた。
「魔王、ちょっと話があるのである」
「何?ここじゃ出来ない話?」
「そうではないが、ちょっと厄介かもしれん」
コバに厄介と言わせる人物か。
少し興味が湧いてきた。
するとコバは、内緒話とばかりに僕の耳元で言ってくる。
「あの老人、召喚者ではないかもしれん。しかし日本を知っている」
「どゆこと?」
「詳しい話をするのに、面倒な連中は離すのである」
面倒な連中。
又左達の事かな?
「分かった。とりあえず、その老人を部屋へ案内して」
部屋へやって来たのは、水嶋と最初に会った蘭丸とハクト。
そしてコバとマッツンである。
「何故マッツンがここに?」
「俺様は今回の功労者だからな。魔王も逆らえんのだ」
「そうなの?」
別に功労者ではないが、コイツも中身は元日本人だ。
話を聞いても問題無いだろう。
「別にマッツンが居ても構わないよ。それで、水嶋さんでしたっけ。どのような話をしに来たんですか?」
「俺は日本人に会いに来た。森に住んで何十年経ったか分からん。今、大日本帝国はどうなったのか、教えてほしい」
「というわけなのである」
コバが僕の目を見て言ってきた。
これは確かに召喚者とは違う。
そもそも大日本帝国って、第二次世界大戦の頃かな?
ボロボロだけど、よく見ると日本兵の服っぽい。
「そういえば師匠が、迷い人とか言ってたな」
「迷い人?」
「何らかの理由で、異世界から来た人らしいよ」
「なるほど。読めたのである」
コバは自分が納得したらしく、水嶋の方を向いて話を切り出した。
「老人、まず最初に言っておく。戦争はとっくに終わっているのである。貴方はもう戦う必要は無い。もう休んで良いのである」




