少年の感情
いよいよ追い詰められたっぽい。
どうやら召喚者様のご登場のようです。
ゴブリン達はここ二日と変わらず、帝国兵に優勢だった。
余程なことがない限り、ここから押し返される事も無いだろう。
それなのに、街を守る壁の一部が破壊されたのだ。
遊撃隊として控えていたオーガ達が、劣勢を感じ取り走っていく。
ゴリアテが行くものだと思っていたが、彼は物見櫓から指示を出していた。
今日はフランジヴァルドが攻められている為、安土の住民は避難していない。
だから壁を抜かれると困った事になる。
なので正直なところ、僕も戦力の一部として数えられていた。
どうせゴリアテが上手く指示を出してくれるんだし、僕も壊された場所へ向かってみよう。
すると、そこには珍客が先に到着していた。
マッツンである。
そういえばこの辺りって、ロックの事務所がある場所だ。
もしかしたら友人であるロックを助けに来て・・・ませんね。
マッツンははわわわと言いながら、腰を抜かしていた。
むしろロックが引っ張り上げようとしている。
目の前には、太田並みの巨体を持つ男が立っていた。
官兵衛が何かを問うと、少年は再び本を開き、壁を背にして座り始めた。
話をする気は無いようだ。
その様子を見た長谷部が、怒りを露わにする。
「テメー、人に話掛けられて無視とは。良い度胸だな」
「・・・」
見向きもしない少年に、長谷部のこめかみには青筋が立っていた。
官兵衛に落ち着けと言われた長谷部は、深呼吸をする。
落ち着きを取り戻した長谷部は、まず関係無い話を振った。
「お前、こんな状況で怖いとか思わないのかよ。仲間は皆、死体になっちまったんだぞ」
長谷部の言葉に、少年は反応を見せる。
彼はこちらを見て、一言だけ言った。
「僕に仲間なんて居ないから」
「ほう?じゃあコイツ等は何なんだ?」
「さあ?王様の駒じゃない?」
僕には関係無いと言わんばかりの態度に、長谷部は再びイライラを募らせる。
それをあまりよろしくないと感じた太田は、丁寧な口調で話し掛けた。
「仲間ではないなら、ワタクシ達にお話ししてくれても良くありませんかな?」
「コイツがムカつくから嫌だね」
コイツとは、勿論長谷部の事だ。
それに対し壁をガンガン叩く長谷部。
直後に官兵衛に怒られ、少し凹んでいた。
太田は少し趣向を変えた。
優しい口調で甘やかしても、話してくれないと悟ったからだ。
「キミはこのまま、本当に迎えが来ると思ってるのかね?外にはワタクシ達の仲間も大勢居る。それを掻い潜って、キミを助けに来るとは思えないんだが」
「助けになんか来ないよ。欲しい物を取りに来たら、帰っていくはずさ。要は僕は金庫なんだよ」
自らを金庫という少年。
確かに彼の奥には、何かが隠されている。
助けというよりは、引き出したら帰るという話だった。
それを聞いていた長谷部は、彼に問うた。
「お前、それで悲しくないのか?」
「別に。構わないでくれた方が助かるからね。仲間とか友達なんか、邪魔でしかないから」
「・・・つまんねー奴」
どうやら琴線に触れたようだ。
少年は本を長谷部へと投げつけた。
本は壁をすり抜け、長谷部の胸へと当たる。
「お前みたいな奴に何が分かる!仲間?友達?何かあったらすぐに裏切る。僕は何も悪い事なんかしていないのに。気付けば一人になってた。だったら最初から一人で良い。お前みたいな無神経な奴、大嫌いだ!」
溜まった鬱憤を吐き出すかのように、捲し立てる少年。
長谷部もその勢いに少し下がったが、言われっぱなしなわけが無かった。
「お前はよぉ、それで抵抗したんかよ?理由とか聞いたのかよ?何も言わずに分かれって方が、無理な話だぜ」
「うるさい!」
透明な壁が破裂したかのように、大きく膨れ上がった。
それに押し出され、長谷部は壁と洞窟に挟まれる。
ガラスに顔を押しつけたような間抜けな顔に、少年は大きく笑った。
「ハハハ!偉そうな事言ってカッコつけても、結局は僕に潰されて死ぬんだ。ざまあないね」
「んんー!んむむー!」
「何言ってるか分かんないよ。早く潰れて死んじゃえ!」
更にその壁の圧力が強くなった。
太田や官兵衛達は、ゴルゴンを連れて出入り口側へと避難している。
今は長谷部と少年が、対峙している状況にあった。
「背後から攻撃出来ませんかね?」
「無駄でしょうね。おそらくは彼を中心に、透明な壁が広がっていますから」
「魔法も効かないか?」
秀吉は試しに、背後から風魔法を使って突風を生み出した。
風は見えない壁に遮られ、自分達の方へと返ってくる。
「駄目なようだ。彼を助け出す手立ては無い」
「長谷部くん!」
官兵衛が叫ぶと、ガラスに張り付いたようなブサイク顔の長谷部が、指で丸印を作った。
心配掛けまいとやった事だが、実際はかなり厳しい。
このまま圧死させられる可能性もあるが、それよりも問題なのは呼吸が出来ない事だった。
「んふーんふー!」
長谷部が何かを言っている。
木刀で小刻みにリズム良く壁を叩く。
「諦めて歌でも歌ってるのでしょうか?」
「分からんなぁ。何か目的があるのは、違いないだろうけど」
太田と秀吉は他人事のように言っているが、官兵衛だけは違う。
心配そうな顔で、何か手立てが無いかと思考を巡らせていた。
「んっんっんー。んふっふー」
「アハハ!面白いな」
彼は無邪気に笑うと、長谷部の方へと近付いていく。
長谷部の顔がある辺りを見て、笑いながらバシバシと叩き始めた。
「アンタみたいな不良でも、この世界では僕には手が出せないんだ。僕に触れて良いのは、選ばれた人間だけだ!」
長谷部の目の前で喚き散らす少年。
彼は自分が言っている事に夢中で、異変に気付いていなかった。
長谷部の叩く音が、大きくなっているという事に。
長谷部は木刀を落とさないように、透明な壁の位置を確認していた。
壁は見えないが、平坦な形をしていなかった。
最初はまっ平な壁があったのだが、少年が大声を出して壁が大きくなった辺りから、少し歪になったのだ。
顔は潰されているが、腰より下辺りは少し空洞を感じる長谷部。
自分が強く叩ける場所を確認し、徐々に強く振っていく。
「んふっふー!ふぶー!」
「ちゃんと喋れよ。喋れるならね」
長谷部の足辺りを、ゴンゴンと蹴飛ばす少年。
その時、彼は初めて気付いた。
この男の木刀が、大きな音を出している事を。
しかし、時既に遅し。
彼は突如、胸に痛みを感じ始めた。
「カハッ!え?何これ?」
よく分からない息苦しさを感じる。
肺から無理矢理、空気を吐き出されているような感覚だ。
周りには頼れる人は誰も居ない。
彼は初めて弱気になった。
「んぶー!」
長谷部が更に二本の木刀で強く叩くと、少年が胸を押さえて膝をついた。
そして長谷部の顔を押しつけられていた壁が、突然無くなった。
「ブハァ!流石に死ぬかと思った」
「長谷部くん!」
官兵衛が洞窟の反対側から手を振ると、長谷部も手を振って応える。
大きく呼吸をして、長谷部は息を整えた。
「な、何で急に?」
「俺が圧し退けたからだろ」
「圧し退ける?」
「俺の力だ」
長谷部が木刀を振り続けたのには、理由があった。
まず第一に、能力が発揮出来るくらい強く振れる場所を探す事。
第二に、この壁に自分の能力が効くか判断する事。
最後に、モールス信号で向こう側に合図を送る事だった。
長谷部は無駄に、モールス信号だけは覚えていた。
理由も下らなくて、覚えられたらカッコ良さそうだからだけだった。
使えるとは思っていなかった長谷部だが、初めて実践すると、官兵衛が心配してくれているではないか。
やったぜと思いながら強く叩いていたが、彼は勘違いをしている。
官兵衛はモールス信号を覚えていなかった。
ンフーンフーと苦しそうだったから、心配で声を上げただけなのだ。
しかしそれが功を奏したのか、長谷部は気持ち良くなり木刀を叩く強さが上がり、更にリズミカルになっていた。
結果的に圧力という能力は発揮され、長谷部は自力で呼吸困難から脱出したのだった。
「さてと、どうするかな?」
呼吸を整えた長谷部は、肩を回してから少年へと近付いていく。
それに気付くと、胸を押さえながらビクッとする少年。
「来るな!来るなよ!」
再び壁が大きくなるが、長谷部はそれを大太鼓を叩くように連打する。
少年はそれに耐え切れず、とうとう吐血した。
「ゲホッ!う、うわあぁぁ!!血だ!」
自分が血を吐くとは思わなかったらしく、パニックに陥っていた。
長谷部はその様子を見て、壁を叩くのを中断する。
「お前、このままだと死ぬぞ」
「ゲホッ!ど、どうせ僕なんか金庫なんだ。死んだって誰も困らないよ」
「良いのかよ?そうやって意地張ってて」
「うるさいな!説教なんか聞きたくない!ゴボッ!」
今度は大声を出したからか、吐いた血の量が増えている。
彼は涙目になりながら、誰も頼れないと再び心を閉ざした。
そうするとまた壁は厚くなり、長谷部が三歩程後ろへと押し出される。
「どうせ外に敵が居るのを見て、あの連中も僕を見捨てたんだ。もう頼れるのは自分しか居ない。そこの不良」
「あ?」
口の周りを血だらけにした少年は、不本意そうに言った。
「帰ってよ。もう僕の所に来ないで」
「嫌だね」
「アンタ、また押し潰すよ?」
「やれるもんならやってみろ。また圧し返すぞ。そしたらお前、どうなるか分かってるよな?」
次に同じ事をすれば、下手をすれば死ぬ。
長谷部は暗にそう言った。
彼もその事に気付いていないはずは無い。
だから、壁を消し去るように仕向けた。
「それでも僕は良い。どうせ誰も心配なんかしてくれないんだから、死んだって関係無い」
「馬鹿野郎!」
長谷部が木刀ではなく、素手で大きく壁を殴った。
また胸に痛みが走るのかと身構えた少年は、そうならなかった事に安心する。
「お前みたいなガキンチョを心配しないだぁ?俺が心配してやるよ!だからこれ以上、俺に木刀で殴らせるな」
「い、意味が分からないよ!」
「お前、こっち来いよ」
長谷部が勝手な勧誘をし始めた事で、反対側の三人は驚いている。
長谷部は良くも悪くも、単純だ。
信用した人の言う事しか聞かないし、他人とは距離を置くタイプだった。
勿論、自分から誰かを誘う事は無かった。
それが、敵である子供を誘っている。
官兵衛達にはそれが、信じられなかった。
「お前さ、ちょっとだけ俺と似てる」
「は?ふざけんなよ!僕はお前みたいな不良じゃないし!」
全力拒否の少年に、長谷部は言葉を続ける。
「俺も帝国に居た。そんでもって、誰とも関わらなかった。味方なんか居なかったし、一人で生きていけると思ってたからな。だけど、俺にも頼れる人が一人だけ居たんだ。この世界に来て、初めて信用出来た人が」
文句を言っていた少年が、長谷部の話を聞き始めた。
何も言わなくなった少年に、長谷部は続きを話す。
「でもその人は、帝国から出て行った。俺も裏切られたと思った。でも違った。あの人は自分がやるべき事をする為に出て行っただけだった。その人が世話になってる場所に行ったら、俺も居心地が良かった」
「長谷部殿・・・」
安土を作った時から居る太田としては、長谷部の言葉は嬉しかった。
普段は自分と話さない長谷部だが、思っている事は一緒だったからだ。
「お前さ、帝国の居心地は良いか?」
「・・・普通」
「だったら俺と来いよ。俺がもっと楽しい事を教えてやる。ちなみに安土には、ラーメン屋だってあるからな」
「はぁ?ラーメン屋なんて、久しぶりに聞いたな」
「ラーメンだけは何でもあるぞ。他にも美味い物は多いし、それだけでも来てみる価値はあるだろ」
「・・・そうかな?」
「そうだ!」
力強く応える長谷部に、少年は長谷部へ近付いていく。
長谷部は壁に手を触れた。
触れたつもりだった。
そこには壁が無く、長谷部の手が少年の頭に触れた。
「よし!俺がラーメン奢ってやる!どうせだから、ここのモン全部かっぱらってやろうぜ。魔王に高い金で売っ払って、その金で楽しむぞ!」




