救援現る
昼過ぎになって腹が減ったのか、タヌキが起きた。
ようやく安土がどういう状況か、外を見て分かったようだ。
腹ごしらえと言いながらおにぎりを片手に、物見櫓へと向かっていくマッツン。
何故か同行しろと言われ、渋々一緒に物見櫓へ登った。
物見櫓には、異変を知らせる為の銅鑼や望遠鏡、マイクが用意されている。
マッツンは銅鑼には手を出さず、持っていたおにぎりを食べ終えてからマイクを持った。
ゲエェェップ!
安土の街に不快な音が響き渡る。
だがゴブリン達には、それが誰によるものなのか分かったらしい。
急にゴブリン達が元気になったのだ。
その後、マッツンはマイクで叫んだ。
負けたら飲み会は中止だと。
途端に盛り返すゴブリン達。
帝国兵からしたら、頭に来る行動だろうね。
生死を懸けた戦いが、飲み会という言葉で急に強くなるんだから。
望遠鏡で斬られた帝国兵を見ると、やっぱり悔しそうな顔をしていた。
これで死んだら、飲み会に負けたって事になる。
昼まで押していたからか、余裕だった帝国兵の顔も、必死の形相に変わっていた。
悔しいが、マッツンが居ないとゴブリンはやる気を出さないのかもしれないな。
「救援隊?」
蘭丸とハクトは、いつの間に隊になったんだと水嶋を見る。
しかしお構いなしの水嶋は、更に言葉を続けた。
「お前達こそ誰だ!人に名乗らせておいて、自分は名乗らないのか!?」
「馬鹿が!死んでいく奴に名乗って、何の意味がある」
「・・・それもそうだ。無駄な事をした」
「だろう?お前達はもうす」
「死ぬのは貴様だがな」
言葉の続きも言わせず、後頭部から額に向けて銃弾が貫く。
前のめりに倒れた男に、向こうの連中は剣や槍を持って攻めてきた。
「ふむ。銃と弓だからな。接近戦を挑んでくるのは常套手段だ。蘭丸よ。お前、槍も持っているが、使えるのか?」
「飾りなわけないだろ」
「それを聞いて安心した。お前は俺を守れ。後ろから援護する」
水嶋は蘭丸の後ろへと移動する。
更に距離を取ると、銃を構えた。
「露払いを頼むぞ」
七発の弾が蘭丸の横を抜けていく。
その凶弾で全員が倒せるはずが、中には剣で弾いた者も居た。
「剣で弾かれた!?蘭丸!」
「分かってる!」
目の前に迫ってくる男が三人。
蘭丸は一人で三人を相手にしなくてはならない。
防戦に徹する蘭丸に、再び銃弾が援護をする。
「散開しろ」
男達三人は弾を避けると、蘭丸から少し距離を取り、密談を始めた。
「あの三人は只者ではないな」
「召喚者かもしれないですね」
「なるほど。これが召喚者というヤツの実力か」
「来るぞ!」
三人が一斉に蘭丸へと向かってくる。
と思われたのだが、彼等の作戦は違った。
「マズイ!狙いはハクトだ!」
三人のうち二人は蘭丸へ攻撃を仕掛け、一人は動けないハクトへと急転換したのだ。
土壁を攻撃する鉱夫達に対し、土壁を延々と作り対抗するハクト。
彼は片手間に、召喚者を相手にする事など出来ない。
「ジジイ!」
「ジジイ言うな!」
ハクトに向かっている者に対して、弾を全て放つ水嶋。
だがそれを読んでいた男は、全ての弾を叩き落とした。
三人は密談で、水嶋の銃に充填時間が必要な事が分かっていた。
そしてハクトが動けない事も確信し、目標を変えたのだった。
再充填に時間が掛かる事に気付いている男は、その足で急ぎハクトへと向かう。
「クソッ!」
水嶋は慌ててハクトを守るべく走っていく。
銃剣で男に突くが、簡単に避けられると、裏拳で吹き飛ばされてしまった。
「弱いな」
「接近戦は何十年もやってないんだよ!」
馬鹿にするように言われた水嶋は、それに反論をしている。
だが、吹き飛ばされハクトから遠ざかった水嶋に、ハクトを守る術はもう無い。
剣を振り上げる男は、嘲笑しながら言った。
「化け物を守る為に死ぬとか。お前、馬鹿だな」
剣が振り下ろされると、ハクトは思わず目を瞑る。
痛みに耐えようと、グッと歯を食いしばった。
「・・・アレ?」
「本当に危ないところじゃった」
「し、師匠!?」
ようやくアジトを崩壊させたセンカクは、事後処理をゴブリン達に任せて洞窟へ向かっていた。
鶴の姿に戻り、空から洞窟を目指していた。
数時間飛び続けたセンカクは、洞窟付近まで来ると地上へ降り立った。
二人を探すセンカクだったが、見当たらない。
二人だけで行ったのだと考え、洞窟へと向かった。
洞窟の前には、男が倒れていた。
しかしセンカクは不審な事に気付く。
倒したのは、槍や弓での攻撃ではないと。
もしかしたら、新たな敵に遭遇したのかもしれない。
センカクは慌てて中へと入っていった。
中へ入ると、二手に分かれた道が出てくるが、彼は迷わずに左を選んだ。
血の臭いが濃いからだ。
しばらく進むと、何やら土を掘るような音が聞こえてくる。
彼はラミア達を奪い返そうとする鉱夫達の土壁を掘る音を聞き、そして蘭丸の槍と剣がぶつかり合う金属音を聞いた。
先へ向かうと、ラミア達がこちらを警戒して立っている事を発見。
「オヌシ等は洞窟に居たラミアか?」
「貴方は?」
「ワシはセンカク。アジトは崩壊させ、仲間は助け出したぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「むっ!礼は良い。先を急ぐぞい」
ラミアとの会話を打ち切り、走って先へ向かうセンカク。
そこには自分の弟子であるハクトが、目の前で斬り殺されようとしていた。
「鎌鼬!」
ハクトの方へ手を向けると、何かが袖の中から飛び出していく。
とても速いそれは、振り下ろされた腕を肘から刈り取った。
「し、師匠!?」
蘭丸は斬られる瞬間、どうにか出来ないかハクトを見ていた。
その時、尻尾が鎌になっている何かが、男の腕を切った。
鎌鼬が走ってきた方向を見た蘭丸は、そこに居ないはずのセンカクを見つけ、思わず声に出たのだった。
「ジジイ!」
「分かってる!」
腕を切られ発狂する男に、銃弾が上下左右から撃ち込まれる。
男は静かになると、その場で倒れた。
「ありがとうございます!」
「礼には及ばん。それよりも、そのまま壁を維持出来るか?」
「ハイ!大丈夫です」
「蘭丸、お前はそのまま粘っていろ。それとも無理か?」
「馬鹿言うな!二人なら何とかなる」
ニヤリと笑う水嶋。
顔のシワが余計に深くなった。
再充填を終えた彼は、土壁を攻撃する鉱夫達に狙いを変える。
自分達が狙われていると分かると、数が減るにつれて逃げ出す鉱夫が現れた。
「俺が見える範囲で、逃げられると思うなよ」
蘭丸が粘っている間に、鉱夫達は全滅していた。
「お前、まだ倒せないのか?」
「他人事だと思って言ってんじゃねー!召喚者二人を引き付けて、お前に攻撃させないようにしてたんだろうが!」
二人を相手にしながら、言い合いを続ける二人。
ハクトはその間に土壁を解き、ラミア達を合流させている。
「師匠、ありがとうございました」
「ワシは一度だけ手を貸しただけじゃ。それよりもハクト。あのご老人は何者かの?」
蘭丸とギャーギャー騒ぐ老人を見て、センカクが尋ねる。
銃を持っている事から、外の二人を倒したのはこの老人だと確信していた。
「あの人は水嶋さんです。何十年も森に住んでるらしいですよ」
「変わった格好をしているが、ヒト族であろう?帝国の人間ではないのかの?」
「帝国は帝国なんですけど、大日本帝国とかいう所から来たって言ってました」
「はて?聞いた事も無いが」
センカクでも知らない国からやって来た人物。
変わった格好をしていてもおかしくないと、彼も納得した。
しかし、銃弾が曲がって敵に戻る仕組みは分からない。
センカクは彼の事を注意深く見ていた。
すると、ハクトが入り口の方を振り返る。
誰かが来た事に気付いた。
「皆さん、こっちへ!」
「ワシの後ろへ来なさい」
ラミア達がセンカクの後ろへ移動すると、ガラスのような透明な壁が出現させる。
ハクトは興味本位でそれに触れた。
ノックをすると、コンコンと音が鳴り、それなりの硬度がある事が分かる。
「物理も魔法も通さぬ障壁じゃ。誰が来ても問題は無い」
思う存分にやれというセンカク。
ハクトは入り口の方へ向き、こちらへ向かってくる相手を警戒した。
「あっ!全員奪われてる!お前等の管理が、なってないからだ」
「す、すいません」
「謝るならあの女共、取り返してこいよ」
現れたのは男女のコンビだった。
男は背が高いが筋肉質ではない、モデル体型だった。
顔はサングラスでハッキリと分からないが、そこそこイケメンの部類に入りそうである。
対して女性は、とても背が低い。
下手したら少女と間違えられるようなルックスで、可愛らしいという言葉が似合う感じだった。
ただ、性格はとんでもないようだが・・・。
謝る男に対し足蹴にしていて、男はそれでも文句を言わずに話を聞いている。
この小さい女性がリーダーらしい。
「行かせないよ」
ハクトの放った矢が男の胸を捉える。
しかし男はそれを鷲掴みにして、構わずにラミアの方へ向かった。
センカクの障壁を突破しようと試みる男だが、どんなに斬りつけても殴っても無理だった。
「すいません、姐さん。俺にはちょっと無理です」
「この役立たずが!」
「役立たずですいません!」
謝る男の尻を蹴り上げる女。
見た目と裏腹に、とても気の弱そうな男性だった。
「姐さん、お願いします!」
姐さんなら出来る、可愛い等、ヨイショにしか聞こえない言葉を並べる男。
しかし満更でもない女性は、照れ隠しをしながら障壁に近付く。
両手で障壁に触れると、ガラスが割れたような音と共に、障壁は砕け散った。
「ば、馬鹿な!?」
「捕まえな」
「だから、行かせないって言ってる!」
矢を男に向かって放つが、やはり簡単に掴まれてしまった。
男はそのまま、ラミアの腕を引っ張ろうとする。
だが男の身体は、女性が立っていた位置まで吹き飛んでいった。
センカクの発勁による一撃で、吹き飛んだのだ。
「姐さん、あの爺さんは俺じゃ倒せないですよ」
「アンタ、さっきから壊せない倒せないしか言ってないよ!」
「す、すいません!」
男の頭を叩こうとするが、手が届かない。
彼女は渋々、腹パンに切り替えた。
殴っても全く微動だにしないが、彼女の気が済めばと男は自由にさせている。
「ちょっとは痛いフリしろよ!」
「痛いです」
「嘘つけ!」
何を見せられているんだろうか?
コントのようなやりとりに、皆は少し気が緩む。
しかしそれが間違いだった。
彼女がセンカクの前に来ても、障壁があるので問題無いと考えていた。
彼女が両手で障壁に触れると、ガラスが割れるような音と共に障壁は砕け散った。
「ば、馬鹿な!?障壁以上の力で破るなら分かるが、触れただけじゃと!?」
「エノ!」
「ハイ!姐さん!」
エノと呼ばれた男は、センカクへと突進する。
障壁が破られた事にショックを受けていたセンカクは、一瞬の隙を突かれて押し倒されてしまった。
「しまった!」
「お前達!逆らったらどうなるか、教えておいたよな?」
女の恫喝に、ラミア達は身体を強張らせる。
蘭丸達には知らない何かがあったようだ。
「ハクト!」
水嶋の声を聞くと同時に、ハクトは火魔法を放っていた。
だが、それは彼女に届く事は無かった。
「消えた!?」
「残念だな。可愛い顔したウサギちゃんよ。アタシにゃそんなの効かないよ!」
消えた火魔法が、自分に向かって返ってくる。
ハクトは慌てて横っ飛びし、それを避けた。
「蘭丸、早くしろ!」
「うるさい!倒したわ!」
援護も無く、一人で二人を相手に倒した蘭丸。
やはり強かったらしく、肩で息をしている。
ハクトの魔法が通用しないのを見た水嶋は、蘭丸に注意を向けておいて、彼女の視線が蘭丸に向いたのを確認する。
その隙に、見えない角度から発砲していた。
しかし、それも彼女の両手の前に消え去ってしまう。
「ジジイも残念。アンタの格好、何それ?兵隊マニア?」
「腹立つガキだな。しかしコイツ等、何者だ?普通の人間じゃないぞ。弾を消すなんて、化け物の類じゃないか」