洞窟へ
朝になってしまった。
ヘベレケのタヌキが変な踊りをしている。
この際、泥酔タヌキはどうでも良い。
肝心なのはゴブリン達だ。
二日酔いで戦えないじゃ、話にならないのだが。
どうやら杞憂に終わってくれたようだ。
酒瓶や酒樽は大量に転がっているのだが、酩酊状態のゴブリンはごくわずかしか居ない。
ほとんどのゴブリン達は、足取りがしっかりしていた。
少し眠そうにアクビをしているが、それくらいは大目に見よう。
朝食を取り終えてしばらくすると、サイレンが鳴り響き始めた。
予想通りの敵襲である。
二日目も変わらぬ陣容で、敵の安土狙いは変わらない様子。
僕はタヌキの頬を何度も往復ビンタをかましたが、全く起きる気配は無い。
頭にキタので、片足を持って引きずりながら城へ向かった。
ゴブリン達が僕達に手を振ってから、外へ向かっていく。
朝まで飲んでたというのに、元気だなぁ・・・。
さて、このタヌキは不法侵入も含めて、とっちめてやる必要がある。
縄で縛った後、タヌキの顔に落書きをしてみた。
普通なら額には肉の文字を書くのだろうが、僕は違う。
何故かよく分からないが、尻と書いておいた。
とりあえず全ての落書きを終えたら、起こしてみようと思う。
老人は戸惑った。
まず彼は、この森を出た事が無いらしい。
普通の森とは違い、目印に木に傷を付けても一週間後には無くなっている。
その為、不用意に動くのは困難だったという。
第二に、この場所が何処かは知らないが、仲間との合流も無いとも言い切れなかった。
自分から探しに行かないのなら、来てもらうほかない。
そんな事を考えて、はや七十年以上。
彼はこの森の中に家を建て、一人で暮らしていた。
「お前達、この森から抜けられるのか?」
「え?普通に出られますけど」
二人には、魔力感知である程度の方向感覚は分かる。
それにトライクに乗って行動しているので、短時間で長距離の移動が可能だった。
「ただし、一つ問題があります」
「問題?その神の使徒に仕えろとか、言うのではないだろうな?」
「それは本人次第でしょ。問題っていうのは、この後俺達、洞窟に向かうんだよ」
「洞窟?あんな所、何も無いぞ?」
森の探索中、偶然見つけた洞窟。
彼はここに来た当初、あの洞窟を寝ぐらにしていたと言っている。
「最近は言ってないから、分からんけどな」
「今は帝国の連中が、オリハルコンを作ってるとか言ってるんだ。俺達はそこで何をしているのか、突き止めなくちゃならない。最悪の場合、戦闘になる」
「なるほど。問題とは戦いの事か」
「そういう事なので、洞窟の調査が終わらないと、一緒には行けないんですよ」
二人の説明を聞いた老人は、考える事無く即答する。
「俺が案内をしてやろう」
二人は老人を引き連れて、洞窟へと向かった。
「お爺さん」
「ジジイ扱いするな。水嶋と呼べ」
「えっと、水嶋さん。疲れてないですか?」
二人は案内を始めた水嶋の後ろを歩いていたのだが、途中で違和感を覚えた。
老人にしては歩くのが速いのだ。
トライクでしばらくは三人乗りをして洞窟付近まで来た後は、徒歩で近付いていく水嶋。
腰が曲がっているでもなく、普通に歩いている。
むしろ先程の戦いでは、土壁の陰から姿を消すほどの速さだった。
「水嶋さんは、何故そんなに体力があるんだ?というか、年はいくつなんだよ」
「年なんかもうとっくに忘れたわ。ただ、生きる為にこの森の動物を食っていたら、何故かあまり衰えなくてな。髪が白くなったのは自分でも分かるんだが、体力は二十代の頃のまま変わってない気がする」
「へえ、召喚者に似てるな」
「召喚者?俺は誰かに招かれたという事か?」
水嶋は自分がこの世界に来た経緯を知らない。
呼ばれたのなら、誰に何の為に呼ばれたのか、知りたかった。
「でも、周りに誰も居ないのはおかしいよね。召喚されたなら、誰か近くに居るはずだし」
「そういうものなのか?」
「いや、俺達は知らないけど。ただ、佐藤殿は召喚された人だから。あの人はそんな事言ってた」
「佐藤という男にも会ってみたいな」
「佐藤さんなら、ラミアの村に居るはず。帰る時は一緒になるかもしれないです」
「それは楽しみだ」
洞窟の近くまで来ると、やはり洞窟前には見張りが二人立っていた。
すると、水嶋は突然怒り始めた。
「金髪碧眼だと!?お前達の敵はアレか!?」
「そうだけど。見張りを気付かれずに倒さないと」
「鬼畜米英!欲しがりません勝つまでは!」
「は?何を」
手ぶらだったはずの水嶋の手には、知らぬ間に銃剣がある。
彼は視線を逸らさずに、明後日の方向へと撃った。
サイレンサーがあるようには見えないが、銃声は聞こえない。
「何処撃ってんだよ!」
蘭丸のヤジに対し、ハクトは飛んでいく弾を見ていると、驚きの声を上げる。
「た、弾が曲がっていくよ!?」
「俺の銃は百発百中。当てる対象を見て撃てば、必ず当たる。ただし、精密射撃となると話は変わるがな」
自分の背中を撃たれかけた蘭丸は、理由が分かり少しゾッとしている。
あの時避けた弾が曲がり、背後から戻ってきたという訳だった。
「マジか!」
二人とも側頭部に当たり、その場で崩れ落ちる。
ピクリとも動かない二人。
「し、死んだのかな?」
「この距離なら、どの部位に当てるかなど簡単だ。即死だろうな」
「ま、マジっすか。爺さん、スゲーな」
「それを言ったらお前達はどうする?森の動物には、野性の勘というヤツで避けられた事はあった。しかし、避けたところで最後には当たったのだ。お前達みたいに完璧に防いだのは、初めてだぞ」
素直に称賛する水嶋に、二人はあからさまに照れた顔をする。
最近は褒められる事が増えた二人も、やはり慣れないものは慣れないのだ。
それを知らない水嶋は、二人の様子など知った事もなく洞窟へと向かっていく。
「中へ入るぞ」
「思ったより広いですね」
「そうだろう?居心地が良かったから、雨風を防ぐのには丁度良かったんだ」
「じゃあ、何でここから外へ出たんだ?」
「それはだな」
水嶋は辺りを見回して何かを指で摘むと、二人に見せてきた。
それは黒くてヌメヌメした、ナメクジのような生物だった。
「気持ち悪!」
「ヒルだ。最初は対策をして寝ていたのだが、ある時忘れてな。起きたら身体中にコレが引っ付いていた。無理矢理引っ剥がしたら、血だらけでな。死ぬかと思って、ここを出た」
想像をする二人は、顔が真っ青になっている。
ハクトは口を押さえ、吐き気を抑えているくらいだ。
「ちなみに大きいのだと、腕くらいの太さのも居るぞ」
「も、もうその話は良いです」
話を打ち切り、中へと進んでいく三人。
しばらく進むと、別れ道が出てきた。
「どっちが良いんだ?」
「どっちも何も、両方行き止まりだ」
「は?」
蘭丸の間の抜けた返事に、水嶋は説明を続ける。
「両方とも、行き着くのはある程度広い場所に出る。いくつか別れ道はあるが、全て変わらん」
「ハクトは音が聞こえるか?」
耳を動かすハクトだが、ハッキリとは分からないという。
水嶋はそれを見て、動く耳が本物なのかと不思議そうな目で見ていた。
「どうしたものかね」
「あ!この先に、変わった石とか鉱石がある広間はありますか?」
「それだ!」
オリハルコンは鉱石である。
二人が見た事の無い鉱石がある場所なら、敵やラミア達が居る可能性は高い。
そう考えての発言だった。
だったのだが・・・。
「だから何度も言ってるだろ。変わった物など何も無いと」
「光る石とかそんなんじゃなくても、ちょっと綺麗だな〜くらいの鉱石とかは」
「無い!光る石なんかあったら、俺が小屋に持ち帰ってるわ」
「駄目かぁ」
しょんぼりするハクトに、蘭丸は肩を叩いて慰める。
水嶋はそんな事お構い無しに、辺りを探っていた。
すると何かを見つけたようで、二人に声を掛けた。
「こっちに誰か居るぞ」
「どうして分かるんだ?」
「下を見てみろ」
言われた通り、下を見る二人。
サッパリ分からない二人は、首を傾げた。
「分からんのか?こっちには靴の跡がいくつもある。出入りが多い証拠だ。確認してみたが、俺達の靴とは違うようだ」
「そんな事分かるのか!?」
「俺は遊撃戦を任されていたからな。敵の位置や人数を調べるのは当たり前だ。対人戦闘は久しぶりだが、動物にも使える。今となっては、昔取った杵柄というヤツだな」
思わぬ特技に二人は水嶋に称賛を送る。
そしてこの人と狩りに行ったら、食いっぱぐれる事は無いなと確信したのだった。
「左側には多くの連中が出入りしている。右の方は数人だな」
「右も行ってるんですか?」
「最初に確認をしに行ったからじゃないか?」
「そこまで古い足跡ではない気がするんだがなぁ」
両方とも誰かが往来している跡がある。
二人はどちらに進むか迷った。
今までなら誰かしらの指示を聞くだけだった立場の二人には、このような選択をする機会はあまり無かった。
「どうする?」
「どうするって言われても・・・。水嶋さんならどうします?」
「俺か?俺なら迷わずに右を行く」
「何故?」
「少人数だからだ。最初に少ない方を始末すれば、敵が増える事が無いだろう?」
「でも、無用な戦闘は避けたいし」
蘭丸は迷った。
水嶋の言う通り、右に行けば少人数を倒す事は出来る。
だが、その戦闘音が聞こえたら、続々と敵がやって来る可能性があった。
自分の役目は、あくまでも調査なのだ。
下手な戦闘をして、追われるような事はしたくない。
「迷うなら直感を信じろ」
「直感ですか?」
「自分の決めた事だ。後悔するなら、勘で選んだ事を後悔すれば良い。上手くいったなら、自分の直感が凄いと自画自賛でもしておけ」
「そんな適当な・・・」
しかし蘭丸は、その言葉を聞いて何故か肩の荷が軽くなった。
どちらを選んでも、結局はなるようにしかならないと言われた気がしたからだ。
「右に行こう。少人数なのは、見張りかもしれない。ラミアが連れてこられているって話だし、監禁されている可能性もある」
「なるほど」
「ラミアって誰だ?人か?」
「足が蛇の女性です」
「は?バケモノではないか!?」
「バケモノって・・・。魔族の一族ですよ。さっきも蘭丸くんが言ったでしょ。僕達も魔族だって」
名を名乗れって言われた時に、そんな事を聞いた。
水嶋はそれを思い出しながら、二人を見た。
「じゃあ二人とも、バケモノの一味って事か。でも、二人とも種族が違うな」
「バケモノじゃねぇよ。・・・まあ、帝国の連中からしたら、そういう目で見られてるのかもな」
「魔族は多種多様だから。僕は獣人、蘭丸くんはエルフ」
「ふーん。まあ聞いたところで分からんから、別に良いや」
じゃあ聞くなよ!
二人はそう思いつつ、先へと進む。
そこに水嶋から、思い出したように蘭丸へ声が掛けられる。
「そうだ!お前、蘭丸と言ったな?」
「そうだけど。あの時に名乗っただろ」
「という事は、森蘭丸の生まれ変わりか?」
「は?何を言っているんだ?」
「蘭丸と言ったら、織田信長の側近だろうが。本能寺の変で、一緒に死んだはずだぞ?」
「俺が信長様の側近?本能寺が変?本能寺って場所は変なのか?」
水嶋の質問に質問で返す蘭丸。
それを聞いた水嶋は、別人なのかと考え始めた。
しかし、そうなると腑に落ちない点が出てくる。
「織田信長は四百年以上前に、本能寺という場所で死んだ。俺が知る森蘭丸は、本能寺で信長と共に死んでいるのだ。そしてお前は、信長様と言ったな?それはお前が、俺の知る信長と関係があるからじゃないのか?」




