銃剣使いの老人
オイィィィ!!
あのアホタヌキ、何やってんの!?
めっちゃ飲み会しとるやんけ!
このタイミングで帝国に攻め込まれたら、うちら一巻の終わりだよ。
夜中なのにうるさいと苦情を言いに来た、どうも魔王です。
マッツンは口にした通り、飲み会を始めていた。
僕が探していると知り、近くに来たのを察すると、タヌキなのに脱兎の如く逃げるらしい。
おかげで僕は、とても頭が痛い。
戦勝祝いという体で飲んでいるのだが、ここで今更飲むなとも言えない。
ましてや彼等が頑張ったから、安土は無事なのだから。
飲む前なら、まだ敵は残ってるよと言って控えてと言えたんだけど。
ここまで来たら、無理だよね。
あー、もう!
もう少し考えてから行動してくれよ。
翌日になって、二日酔いで動けませんでした。
なんて事になったら、魔王は後世に二日酔いで負けましたって言われるんだろうなぁ。
絶対に愚王として歴史に残るよ・・・。
それだけは回避したい!
今度こそ、あのアホタヌキをとっ捕まえてやる!
ハクトは蘭丸の提案を飲んだ。
二人とも、昔のような顔つきに戻っている。
それは海津町に居た頃の顔だ。
三人で寺子屋に通い、戦とは無縁で楽しかった、そんな頃の。
「面白いね。息切れしてるくらいだし、そんなに体力無い人なのかもしれない」
「それなら尚更驚くだろ。俺達が空けた穴から、どんな奴か見てやろうぜ」
無邪気な悪い顔をする二人。
土壁の外から、タイミングを見計らっている。
「今だ!エイッ!」
蓋を元の土に戻すと、中から叫び声が聞こえた。
蓋の位置は高さにすると三メートルくらい。
そこまでは高くないので、頭から落ちたりしない限りは死ぬ事は無い。
ドスン!という音を聞いた二人は、木の影から空けた穴に目を凝らす。
「イテテテ・・・。底が抜けるとは思わんかった」
二人は落ちてきた者を見て驚いた。
「爺さんだな」
「お爺さんだね」
しばし無言になる二人。
この人が本当に、自分達を狙ってきた人物なのか?
もしかして、盛り上がった土を見て登ってきた、ただの変わり者だったりしないか?
二人は彼の事を、疑った目で見始めた。
「なんか変わった格好してるけど」
「この前の連中とは違う服装だよね」
老人の格好は、前回テントに居た連中とは違っていた。
全身をカーキ色の服で固めて、背中には大きなバッグを背負っている。
頭には変わった形の兜を被り、銃の先には何故か刃が付いていた。
「この前の連中とは関係無いのかな?」
「俺が近付いてみる。ハクトは隠れていてくれ。何かありそうなら、魔法で援護を頼む」
「分かった」
木の影から出て、穴の方へと歩いていく蘭丸。
腰をさすっていた老人は蘭丸を見つけると、いきなり銃を向けて叫んできた。
「出たな異邦人!」
話を聞く素振りも無く、引き金を引いた老人。
その躊躇の無さに蘭丸は驚いたものの、それを横へ飛んで避けてみせた。
「なっ!?話くらい聞けよ!」
「誰がお前等の話を聞くものか!大日本帝国に仇なす外敵共が!」
「大日本帝国?」
聞き覚えの無い言葉に、蘭丸は意図せず聞き返す。
それが癇に障ったのか、再び三発の銃弾を蘭丸に向けて放った。
「あぶねーだろ!」
「日本語を話せるとは。怪しい異人め」
日本語?
再び耳にする聞き慣れない単語に、蘭丸は訝しげに尋ねた。
「お前は帝国の人間か?」
「俺は大日本帝国陸軍所属、水嶋伍長である!名を名乗ったのだから、貴様も名乗るが良い」
「俺は安土から来た魔族の森成利。仲の良い連中には蘭丸と呼ばせているけどな」
「森、蘭丸だと!?織田信長の側近ではないか!」
「信長様の側近?」
お互いに何を言っているのか分からない状態になっている。
大日本帝国など、蘭丸は聞いた事の無い国だった。
そして老人も、耳の長い顔の良い男が蘭丸と名乗り、耳を疑っていた。
「故人の名を騙る、この不届き者が!」
「危ない!」
蘭丸を背後から、風魔法で吹き飛ばすハクト。
その直後、立っていた場所を銃弾が通過した。
「いってぇ・・・。は?何処から飛んできたんだ?」
倒れた蘭丸が顔を上げると、背後から弾が自分の目の前を飛んでいった。
彼はそれを見て、倒れたままキョロキョロと周りを見回す。
しかし仲間の姿は無い。
「早く立って!」
「遅いわ!」
老人の銃が火を噴いた。
蘭丸に向かって弾を撃つが、ハクトはすぐに土壁で彼の弾を防ぐ。
それを見た老人は、素早い足取りで森の中へと姿を消した。
「な、何者なんだ?」
「もう一人居たのは知っていたが、面妖な術を使うとは。貴様等、モノノ怪の類か!?」
何処からか聞こえる老人の声。
何か対策をしているらしく、声の出どころが分からない。
蘭丸はハクトを見たが、やはり彼も首を横に振った。
「ちょっと待ってほしい!」
蘭丸の大きな声に、老人の反応は無い。
しかしそれでも蘭丸は、言葉を続ける。
「俺達はアンタの敵じゃないかもしれない。だから腹を割って話がしたい」
「お前等、帝国の敵だろう?話す事は何も無い」
「そこが気になる所だ。アンタ、大日本帝国と言ったな?俺が言っているのは、ドルトクーゼンという帝国だ」
「ドルトクーゼン?そんな同盟国は知らん」
「だから、その大日本帝国とは俺達関係無いと思うんだけど」
老人の声が、再び聞こえなくなった。
二人は背合わせに立ち、何処から飛んでくるか分からない銃弾に警戒している。
「お爺さん、聞いても良い?その大日本帝国って、ここからだとどの辺にあるの?」
「知らん!」
「知らないって何だよ!」
蘭丸は思わず、その答えにツッコミを入れた。
そもそも自分が何処から来たのか分からないという時点で、おかしいのだ。
だがハクトは、即答した老人が嘘をついているとは思えなかった。
普通なら嘘をつく場合、身構えてから言う。
どのような事を聞かれるか分からないのに、嘘を即答するのは意外と困難なのだ。
例えば、知らない誰かに何かを聞かれるとしよう。
知らない誰かに聞かれるとするなら、まずは名前等が普通だろう。
そして偽名や年齢を詐称しようと、前もって考えておいたとする。
しかし聞かれた事が、昨日何食べた?という問いだった場合、すぐに嘘の答えが出てこないのが普通なのである。
ハクトはそんな事を、以前コバから聞いたのを思い出したのだ。
「知らないなら、僕達が探すのを手伝う事は出来ませんか?」
「戦時中である!御国に帰還するより、まずは味方との合流が先決だ」
「戦時中?大日本帝国は戦争をしているのか?」
「そうだ!」
老人は再び即答する。
二人は背中合わせに話を始めた。
「この人、嘘は言ってないと思うんだよね」
「でも俺達、そんな国知らないぞ」
「さっきから耳にする大日本帝国って、日本の事じゃない?」
「日本?セリカや佐藤殿が居たという、異世界の国か!?でも俺は、二人から戦争は無い平和な国だと聞いてるけど」
「そこなんだよねぇ・・・」
二人は話し合うものの答えが出ずに、余計に頭がこんがらがってしまう。
面倒になった蘭丸は、一度佐藤と会わせてみて判断しようと考えた。
「爺さん!俺の仲間に、日本から来たという人が居る。その人と会ってみる気は無いか?」
「何っ!?何処の所属だ?」
「え?」
「所属部隊を教えろと言っている」
「所属部隊?安土で良いのかな?」
「そんな部隊は無い!貴様、愚弄するのもいい加減にしろよ」
なんと、同時に蘭丸とハクトの真正面から銃弾が飛んできた。
二人は慌てて横っ飛びする。
全く話が通じない相手に、段々と怒りが湧いてくる蘭丸。
真正面に弓を構え、何処でも良いから矢を放った。
風魔法を纏った矢は、木々を貫通して真っ直ぐに飛んでいく。
「な、何だ!その高威力な弓矢は?異国の新兵器か?」
「そうだ。俺の新たな武器だ」
「おのれぇ!やはり貴様等は敵だぁ!」
無数の弾が様々な場所から飛んできた。
蘭丸達が正体不明の老人と戦っていると、空は再び闇に包まれ始めた。
「ヤバイな。夜になったら、いよいよ俺達に勝ち目は無い」
「そうだね。暗闇から飛んでくる弾を見つけるのは、少し苦労すると思う」
「投降するなら、許してやらんでもない。だが、俺が投降するとは思わん事だ!」
「クソッ!あのジジイ、何処で見てやがるんだ」
「あれ?」
「どうした?」
「いや、今見てるって言われて、ちょっと気になった事が・・・」
ハクトはしばらく考え込むと、急に顔を上げた。
「そうだよ!土壁っていうバレバレの場所に居たのに、僕達撃たれなかったよね。何故だろう?」
「そういえば・・・。わざわざ壁の中に入ろうとしてくる理由も無いよな。それなのに蓋の上まで来たのは」
「直接見ないと当たらないから?」
「それだ!」
ハクトは再び土壁を四方に作った。
今度は高さを低く設定し、登ろうと思えば簡単に登れるくらいにしてある。
「身を隠すとは卑怯者が!」
「ジジイ!戦術という言葉を知らんのか!?」
「黙れ!」
老人が言った通り、その後は二人とも黙った。
周りの音を注意深く聞き、二人は壁の上を見上げている。
するとしばらくして、壁の中に影が現れた。
空に向かって弓矢を構える蘭丸。
壁の上には、銃剣を構えた老人が立っていた。
「死ねぃ!」
「食らえ!」
蘭丸の矢を、ハクトの風魔法が後押しをする。
だが、風魔法の本来の目的は、後押しではない。
「何だと!?」
蘭丸の心臓に向かって放たれた銃弾は、風の勢いに負けて逸れていく。
それでも蘭丸の肩に当たり、それは貫通した。
「グッ!」
「蘭丸くん!」
「弓矢で俺に勝つとは。敵ながら見事なり」
土壁の外へ落ちていく老人。
ハクトはそれを見て、蘭丸に回復魔法を使った。
「違和感は少し残るが、問題は無い。それよりも、あのジジイにトドメを」
蘭丸が肩を回せるくらいまで回復したので、ハクトは土壁を解除した。
同じく肩を掠めた老人は、仰向けに倒れていた。
掠めただけで大きな傷を負い、銃を構えられなくなっている。
「敵の施しは受けん。殺せ」
「爺さん。俺はまだ答えを聞いていない。俺の仲間、佐藤殿に会ってみる気は?」
「佐藤だと?日本を裏切り、異国に与した者の名か?」
「日本を裏切る?」
二人はどうにも話が噛み合わない老人に、丁寧に話をする事にした。
銃を取り上げて動けない老人なら、問題は無いと判断したからだ。
まずは二人が知っている佐藤の経緯について、老人に話してみた。
「むぅ。ではその佐藤という男は、日本で神隠しに遭ったというわけだな?そしてドルトクーゼンという帝国に召喚され、無理矢理に戦力として組み込まれそうになったところを、お前等の仲間であるマオという輩に助けられたという事か」
「端的に言えば、そんな感じです」
「佐藤殿が来た日本と、アンタが言っている大日本帝国というのが、同じ国かは分からない。だけど、話くらいなら出来るんじゃないか?」
「う、む。そうだな。命を救ってもらったのは俺も同じか」
抵抗しない老人に、ハクトは回復魔法で老人の肩を治している。
傷痕は残っているが痛みは引いたらしく、顔色は良くなっている。
「しかし、そのマオという輩。無理矢理助け出すとは、なかなか凄いな」
「マオくんは魔王ですから」
「魔王で神の使徒でもある。それで俺達の友達だ」
「神の使徒?仏の使いか?」
老人は神という言葉に反応する。
「僕達もよく分からないんだけど。本物の神様が目の前に現れちゃったから、疑いようもないんですよね」
「神が顕現したと!?うーん、俺はそのマオという輩の方が気になる」
「だったら、会います?」
「え?」
「安土に来れば、マオくん会ってくれますよ。お爺さんの話は興味深いし、官兵衛さんも含めて相談にも乗ってくれるんじゃないかな?」




