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魔法の小石

 斎田健二郎39歳。

 未婚独身、俗に言うアラフォーおっさんである。



 高校時代は部活にそこそこ打ち込んで、なんとなく大学へ。

 大学では適当に遊び、気付いたら就職活動をしていたっけな。

 就職氷河期と言われたけど、一流でもないけどブラックでもない企業に運良く入社。

 そこそこの給料で友達と遊び行ったりして、忙しかったけどそれなりに楽しい時期ではあった。


 しかし、入社して数年。

 後輩が出来てから、僕の人生は変わった。

 ゆとりと呼ばれた世代ではあったが、真面目ではあった。

 真面目なのだが仕事が出来ない。

 そして言い訳が多い。

 進まない仕事に怒る上司と、仕事が出来ない部下の板挟み。

 まだ20代半ば過ぎなのに、気付いたら髪が薄くなっていた。


 どっちが原因かは分からないよ?

 ストレスかもしれないし、遺伝かもしれないし。

 でも30前にして、この散らかし具合い。

 自信も失って、女性とも疎遠になっていた。

 同僚や年下のOLからは、陰でハゲケンとかいうあだ名を付けられてるし。

 お前等だって、あと数年もしたらシワだらけだろうが!

 って言えるくらいの、度胸があればね。



 30歳を過ぎ、仲の良かった友人もほとんど結婚した。

 そんな連中と飲みに行くと、嫁が〜子供が〜と愚痴の嵐。

 お前は良いよな独身で。

 独り身は自由だもんなぁ。

 そんな事を言うなら結婚しなければいい。

 むしろそこまで言うのであれば、離婚届けに判を押してから言えよ。

 好きで独り身な訳ではない。

 俺だって結婚出来るならしたいわ!


 妻帯者というだけで、ちょっとした上から目線がとてつもなくウザい。

 昔は仲が良かったのだ。

 でも今は、こういう愚痴を聞く為に集まるような飲みになっている気がする。

 半年に一回程度しか集まらないけど、何かもういいかなって気持ちになってきたわ。


 両親は既に亡くなり家族が居るわけでもなく、賃貸のマンションに独りで住んでいる。

 金に困るでもなく、たまに美味い物を食べたり旅行に行く。

 つまらないわけではないが、これといった趣味もあるわけではない。

 この歳になって、惰性で生きてるという気持ちを物凄く感じる。

 何かどうでもよくなってきちゃったなぁ。



 それでもアラフォーと呼ばれるこの歳になり、一念発起で変わろうと思った。

 理由は同じく髪の薄かった同僚の池田くんが、歳下の美人と結婚したからだ。

 ハッキリ言って羨ましい。

 俺は変わる、変わるのだ。

 まずは少し身体を動かす事から始めよう。

 俺が居るオフィスは4階だ。

 エレベーターから階段に変えて、ちょっとした運動をする事にしたんだ。

 アラフォーって、いや俺の体力ってこんなだっけ?

 4階から颯爽と階段を降りようとしたら、足を捻って階段から落ちた。

 後ろから女性の話し声が聞こえたから、多分あの人ダッサとか言われてるんだろうなぁ。

 ダサいとか言わず、すぐさま救急車を呼んでくれるような女なら、もれなく交際を申し込みたいところである。




 と思いつつ、足を捻って階段から落ちたら、異世界に来たのだった。

 鎧姿の訳の分からん連中に囲まれて、フードを被った知らん奴に話しかけられる。


「キミは何が出来るんだい?」


「何って言われてもねぇ。何を求められているかによって、答えは違うんじゃない?というか、人の事聞く前に名乗りなさいよ」


 最初は夢だと思っていたから、普段は出せない強気を出したら、とても反感を買ったようで。


「ふむ、身体付きも大した事ないし、何も出来そうもないな。ただのハゲだ。これはエネルギー行きでいいよ」


 この野郎、ただのハゲとは何だ!

 フード被ったお前だって、下手したら薄毛なんじゃないのか!?

 と、夢だから強気に胸ぐら掴もうとしたら、鎧姿の人に剣を突きつけられた。

 先端を指で突いたら血が出るとか。

 本物じゃないかよ!


「どうもすいませんでした!」


 無能な部下の為に培ったこの謝罪スキル。

 最初の45°まではゆっくりと。

 そこから90°まで勢いよく頭を下げる。

 どうだ!

 異世界と言えども、通用するだろう!?

 自慢じゃないが、頭を下げる事に関しては負けないぜ!

 あ、何が出来るって、謝罪は出来ます。


「ふむ、頭の下げっぷりは見事だな。薄い頭頂部を、綺麗にこちらに見えるように計算でもしているのか?変な奴だが、何かに使えるかもしれないから、一旦保留に変更で」


 フードの男が、後ろに控えていた戦士に声を掛けた。

 僕の謝罪スキルは、この世界でも通用する事が分かった。

 正直、謝る事が通用するって、その前の過程でやらかす事が前提になってしまっているのだが。

 アラフォーのおっさんに、この世界で何をやらせようというのだ?



 緑がかった銀色の鎧姿の戦士に、外に出て道案内をされた。

 周りの建物を見る限り、中世時代のような印象を受ける。

 少し目線を上にやると、城まで見えるじゃないか!

 日本の城と違い、ヨーロッパ風の城だった。

 大阪とか名古屋に出張で城は見たけど、こっち系の城は初めてだ。

 テンション上がってきた!


「すいません、あの城って見学出来ますか?」


「あ?出来るわけないだろう。お前、髪と一緒に思考能力も落ちちゃったんじゃないのか?」


 社内のOL連中から馬鹿にされるのは慣れているが、何故初対面の奴にまでこんな事言われないといかんのだ。

 拳を握りつつもピカピカに光る鎧を見て、これ殴ったら骨折だなと思ってやめた。


「ところで、何処まで行くんです?俺は何をすればいいんでしょう?」


「行く場所は城の横にある施設だ。何をするかは知らん。運が良ければ真っ当に生きていられるだろ」


 運が悪ければ、真っ当には生きられないって事ですね。

 分かります。

 何か慣れた様子だったし、同郷の連中も居るのかな?

 真っ当に生きられるのなら、生きていたい。

 前にどうでもいいとか思っちゃったけど、やっぱ死ぬのは怖いしね。

 あぁ、運が良い方なら助かるんだけどなぁ。



 初めてその施設とやらに行った時、運が良い方悪い方がハッキリと分かった。

 あの変な培養液に浸かってる連中が、絶対に悪い方だろう。

 意識も無さそうだし、うっすらと目が開いているけど瞳孔が定まってないように見えた。

 アレ、絶対ヤバイよね。

 エネルギーがなんちゃら言ってたけど、死ぬまであの中に入れられて、何か取られちゃうんだろう。

 あんなの見ちゃったら、なにがなんでも生き残りたくなってきた。

 俺が扱える最後の手段、流れる動作の土下座をしてでも、あの中には入りたくない。


「新入りだ。珍しく保留案件になった変わった男だから、何が出来るか調べておいてくれ」


「よろしくお願いします」


 研究員のような男に身柄を引き渡され、俺は此処に置いていかれた。

 やはり社会人たる者、最初の挨拶は肝心だよね。

 運が良ければ、人当たりの良さだけであの変な容器に入らないで済むかもしれないし。


「ハゲのおっさんか。いつもは若い奴が多いのに、珍しい事もあるもんだ」


 絶対に仲良くはなれないな。

 この顔、あの反省をしない部下にソックリだ。

 本当に殴りたい。

 研究員なら勝てるかもしれない。

 高校時代の俺は、そりゃもう凄かったから。

 バドミントン部の部員として、最終兵器だったから。

 日の目を見る事なく、最終兵器のまま終わったんだけど。


 此処では体力測定をやらされ、最後に何故か古典のテストをやらされた。

 俺は自慢じゃないが、高校時代では古典は得意だった。

 大学でも何とかなりそうって理由で、日本文学科を選択していたし。

 おかげで就職には役に立たず、大変な目には遭ったけどね。


「こちらの文字が読めるのか。召喚者にしては珍しいな」


 好評価いただき、ありがとうございます。

 これで少しは、あの容器からは遠ざかっただろうか。

 アレだけは本当に勘弁願いたい。



 しばらくして、俺は研究員の補佐役として此処に勤める事になった。

 俺と同じような召喚者と呼ばれる連中と、帝国の間に入るのが主な仕事だ。

 なんとなくだが、召喚される前と立場があまり変わってない気がする。


「今回の研究は、このクリスタルの欠片についてだ」


「召喚者ではなく、クリスタルの欠片ですか?私は専門外の仕事ですよ」


「いや、これも召喚された物らしい。人ではなく物が来たのは初めての事案だ。神からの贈り物かもしれないな」


 初めてねぇ。

 こんな光る石の欠片が、何の役に立つというのか。

 今回は俺の仕事は無さそうだな。


「私は今回、やる作業は無さそうですね。他の作業でもしていましょうか?」


「そうだな。今までの召喚者の記録を、全てまとめておいてくれ」


 パソコンが無いこの世界で、全てまとめるとか簡単に言うなよ。

 カットとペーストが出来るわけじゃないんだぞ!



「駄目だな。この欠片の中身が全く分からない。普通なら魔法が入っているか魔法を封入出来るのだが、それすら出来ない。召喚が失敗した時のただのゴミなのかもしれない」


 記録を紙に書き写していると、隣の部屋からそのような話が聞こえた。

 なんだ、結局役に立たない物もあるのか。


 結局記録をまとめ終わる事が出来ず、俺だけが残業である。


「アイツ等、残業するって分かってて押し付けやがったな!」


 イラつきながらも手を動かしていたが、小休憩をする為に隣の部屋のソファーに寝転がろうと向かった。

 何の役にも立たない小石が、机の上に置いてある。


「こんな物に魔法が入るのか。異世界って場所はよく分からんなぁ」


 右手の親指と人差し指で摘んでいたら、突然小石が光った。

 明かりが反射でもしたんだろうと思っていたのだが、これは凄い!

 知らぬ間に魔法が発動したようだ。

 鏡を見ると、俺の姿が研究員と全く同じになっていた。

 鼻の穴のすぐ近くにあるホクロ等、姿形は物凄くソックリだ。

 そして喋ってみると声帯にも変化があるのか、声まで同じになっていた。


「これが魔法か!凄いとしか言いようがないな。でも、何で俺が魔法使えるんだろ?」


 魔法は魔族が使う物。

 そう教わったのに。

 日本人は魔族扱い?

 そんな事はどうでもいい。

 俺、この小石を使えば此処から逃げられるよな?


 どうせ研究したって分からなかったのだ。

 その辺の似たような形の小石とすり替えて、俺は魔法の小石を自分の物にした。

 それから俺は、仕事が終わり次第この小石の効果や時間を調べに調べた。

 変身していられる時間や変身出来る相手。

 人ではなく物には変われるのか等、様々な事を調べた。

 そして自分の中で、小石についての研究が終わった。

 明日、此処から脱出をしようと思う。



 まずは普通に出勤。

 その後、他の研究員が外へ出たのを確認。

 この魔法の小石の凄いところは、自分だけじゃなく他の物も変身させられる事だった。

 布団を丸めた物を椅子に立て掛け小石を使えば、俺ソックリの布団人形の完成だ。


 いつかはバレるだろうが、布団が俺ソックリのままでいる間に他の研究員になりすまして、外へ脱出。

 その後に衛兵になりすまし、武器や防具、大きな地図も詰め所から勝手に持ち出した。


 街の中へ入ってからは、すれ違った時に見た人を覚えて人の居ない場所で変身していった。

 脱走したのがバレる前に、街からも出なくてはならない。

 家から出てきた人が戻ってこないのを確認し、その家の人になりすまし入る。

 必要な金品や食料を集め、俺は街を出た。



 街から出て振り向くと、初めて来た時に見た城があった。

 とにかくアレから離れないといけない。

 俺はそう思いながら、地図を頼りに一番近い町を目指して歩いた。


 今思えば運が良かったと思う。

 大して強くない魔物しか遭遇しなかった為、俺は徐々に強くなった。

 最初から敵わない魔物と出会っていたら、今頃はこうして生きていないだろう。

 そして魔物を見て思ったのが、人ではなく魔物には変身出来るのか?

 もし魔物に変身出来るのであれば、魔族と呼ばれるモノにも変身出来る気がしたのだ。

 ものは試しに、さっき遭遇した魔物に変身してみた。

 案外変身出来るもので、俺はそれが分かってから強そうな魔物に変身した。

 すると見た目だけの虚仮威しだが、他の魔物も近寄って来なくなったのである。



 街から脱出して何日経ったか、ようやく町へ到着した。

 旅人を装い、数日は過ごした。

 その後、此処から近い町や村への行き方を聞き、再び旅へ。



 一年以上は経ったかな?

 俺はある程度の魔物を退治出来るくらいの強さと、この世界での立ち回り方を覚えていた。

 食べる為の狩りをしながら、見つからないように旅を続ける日々。

 惰性で生きていたと言っていた頃が懐かしい。


 そして最近、不安になる事を聞いてしまった。

 帝国の王子が魔王を名乗って、魔族に攻撃を仕掛けている。

 今滞在している村は、魔族の村だった。

 初めて魔族と会った時、見た目が全然違うから警戒していたけど、そんな必要なんか無かったと思い知らされた。

 日本語が通じる外国に来ていると思えば、違和感なく過ごせるのだ。

 魔族だから人を食べちゃう!みたいな連中ではない。

 文化の違いが多少感じるものの、そんなものは日本より不便に感じないくらいだ。

 大阪でお好み焼きをおかずにご飯食ってるのを見て、粉もんでご飯は無理だろ!ってくらいのレベル。

 それくらいは許容範囲でしょ。


 話が反れてしまった。

 俺はこの村に居たら危険だと感じ、また違う土地へと向かった。

 しかし、そこは再び魔族の町だった。


 彼等リザードマンは、帝国の話など一切知らないようだ。

 ここは一つ、穏便にさっさと離れた方がいい。

 そう思い、町長の家にあるという大きな地図をもらいに行った。


 そして俺は、初めて失態を犯した。

 自分の正体がバレそうになったのだ!

 危うく変身が解けてしまいそうなタイミングで、知らないリザードマンに目撃されかけた。

 俺は咄嗟に、そのリザードマンに襲いかかってしまった。

 今まで魔物以外に、剣なんか向けた事無かったのに。


 流石に怪我なんかさせてしまったせいで、町の中は大きな騒ぎになった。

 これはマズイ。

 どうにかして町を出ないと!


 そんな時、町へと知らない一団がやってきた。

 帝国の戦士が着ていた鎧姿の人に、初めて見る魔族達。

 魔族と帝国は戦争になるんじゃないのか?

 頭の中で不思議に思いながら、彼等の方へ耳を傾けた。

 すると何かを言われて激昂したミノタウロスが、急に暴れ出す。

 あ、これはヤバイ奴だ。

 敵対したら、俺はすぐ負ける。

 というか死ぬかも。



 こんな連中とさっさと離れて、町を出よう。

 そう決心した時、俺の耳にこんな言葉が聞こえてしまった。


「ラーメン屋台、白い兎の開店だ!」




 もうちょっとこの町に居ようと思った。

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