全裸の男
何故だ?
敵の侵攻が止まったぞ。
さっきまではゴブリン達が押されて、もう少しで街の中に侵入されそうな所まで来ていたんだけど。
急に盛り返したゴブリン達によって、危険域を奪したっぽい。
何が原因か分からないけど、今は少しでも助かった事を喜ぼう。
この時間稼ぎのおかげで、ロック達による避難誘導がスムーズに進んでいる。
どうやら今回、フランジヴァルドにはほとんど敵が来ていないらしい。
アデルモの方はゴブリン達の活躍で全く危険は無いという話だった。
地下道から避難出来て助かるんだけど、安土だけに攻撃を絞る理由は何だろう?
バスティの暗殺狙いか?
その割には、前回みたいな強い連中は来てないみたいだけど。
この襲撃が凌げたら、官兵衛に話をしてみよう。
あ、この発言もフラグになるのかな・・・。
しかし、ポンポコポンポコうるさいな。
何処から聞こえてるんだ?
あ!
あの野郎、知らない間に城に入り込んでやがる。
離れてるのに聞こえてるのは、高い所で腹叩いてるからか。
後でとっ捕まえてやる。
困惑する佐藤。
髪が切られたのは分かったが、奴は本当に何も持っていない。
暗器でも持っているかと思われたが、どうにもそうではないらしい。
「初見でアレを避けられるとは思わなかったな。お前、ゴブリンに感謝しろよ」
「サンキュー。ヨッシー」
「佐藤っちの事は、ナオちゃんから任されてるからな」
軽く言っているが、佐藤は本当に感謝していた。
声を掛けられなければ、本当に首を刎ねられていたからだ。
その事を思い出すと、佐藤の額には一筋の汗が流れる。
そして佐藤を助けた人物。
それは直政から指揮官役を任されているゴブリンだった。
佐藤はヨッシーと呼んでいるが、彼の名は鈴木重好という。
佐藤に自己紹介する際、ヨッシーと呼んでくれと言ったので、佐藤は彼の本名を知らない。
「ゴブリンに助けられる召喚者とか、ダセーな」
「お前も召喚者か?何故俺が、召喚者だと分かる?」
「マジかよ。頭も悪いのか・・・。この世界にグローブ着けて戦う奴、見た事あるか?」
男は裸でため息を吐いている。
目に見えて馬鹿にされたのが分かり、絶対にぶん殴ると拳に力を込めた。
「ナメやがって!」
「佐藤っち!そのまま行ったらやられちまうぜ?」
「おっと!そうだ。武器が分からないんだった」
前へ行こうとする佐藤に対し、奴は裸で何かを持っているような仕草をしていた。
「何だよ。そのグローブはハッタリか?もしかして自称ボクサー?それとも通信教育で習っただけだったりして」
「コイツ、絶対に殺す!」
「落ち着けよ、佐藤っち。アレ、全部挑発だぜ。アンタに来てほしくて言ってるだけだよ」
「そりゃ分かってるけどさ!」
「分かってるなら落ち着きなさい」
諭されるようにヨッシーに止められる佐藤は、深呼吸をし始めた。
「チッ!このゴブリンの方がよっぽど面倒だな」
「ハッハッハ!俺、召喚者って奴から見直されちったぜ。俺からしたら、アンタは逆に悪口が下手だなと思うよ」
「あぁん?ゴブリンのくせに生意気な!」
「まずさぁ、その粗末なモノをどうにかしなよ。ブラブラさせてるけど」
佐藤を挑発していた男は、真っ裸なのだ。
ラミアと寝ていたからなのは分かるが、服を自分から着ようとしていない。
佐藤も深呼吸して少し落ち着いたからか、ヨッシーの言葉に耳を傾ける余裕が出来ていた。
そして彼の息子を見て、自分が裸の男に揶揄われていたのかと思うと、少し情けない気持ちになったのだった。
「粗末だと!?ゴブリンよりマシだろうが!」
「え!?」
「え?」
「え?」
ヨッシーが驚くので、佐藤と全裸男も変な声を出してしまった。
佐藤はゆっくりとヨッシーに近付くと、見ていいかと尋ねる。
「別に褒められたモノではないけど」
ヨッシーはズボンの紐を解くと、佐藤は上からチラッとズボンの中を見た。
佐藤が後ずさりをするのを見た全裸男は、それが気になって仕方なくなってしまう。
佐藤はニヤリとしながら、男に言った。
「お前、いろんな意味で負けてるぞ。彼のを見たら、自信満々に裸で居るのが恥ずかしくなってくるレベルだ」
「ふ、ふざけんなよ!俺は歌舞伎町でいろんな女を抱いてきたんだ!」
「でも、彼の方が凄い。彼が蛇ならお前はミミズだな」
「み、ミミズぅ!?」
あまりの事に耳を赤くしてキレる男だが、佐藤は面白くなり彼を馬鹿にし始めた。
「歌舞伎町って言ってるけどさ、アンタ日本で何してたの?」
「ホストだよ!週三回はジムで身体鍛えて、女を喜ばせてたんだお前等なんかより、はるかに収入は良かったぜ。まあそれは今もだけどな」
見下すように言ってくる男だが、佐藤は鼻で笑いそれを一蹴する。
「お前、過去の栄光ばっかりだな。今はどうなんだよ?ラミアを抱いてるって事は、帝国では相手にされてないんじゃねーの?」
「ナメんな!俺はAクラスだからな。それなりに女は来るわ!」
「こんな辺境に追いやられて、自慢されてもなぁ」
「コイツ、ぶっ殺す!」
ようやく向こうから来る気になった。
佐藤は奴の動きをじっくりと観察し、武器が何かを確認しようとする。
「避けろ!佐藤っち!」
ヨッシーの声にバックステップをすると、床に何かが刺さる音が聞こえた。
剣を振り下ろして出来たような傷が、床に出来ている。
「コイツ、見えない剣を持ってるのか!?」
「バレちまったな。でも、見えなきゃ避けられないから関係無い!」
腕を振り回しているだけのようにも見えるが、確かに部屋の中の家具が吹き飛ばされていく。
自分で割った花瓶で、男は軽く太ももを切った。
「全裸で居るからそんな事になる。ダサいな」
「うるせぇ!」
男は再び腕を振るってきたが、佐藤は剣の長さを想定して動いている。
軽く後ろへ下がり、それを避けた。
避けたつもりだった。
「ぐあっ!」
右肩を押さえる佐藤。
服の下から血が滲んできている。
そこには、見えない何かが刺さったような跡があった。
「佐藤っち!」
「マジかよ・・・。見えないのは剣だけじゃなかったらしい」
彼は血が出てきた自分の肩を触ると、何かを抜くような仕草をする。
すると、今まで見えなかったナイフが、自分の手の中に現れた。
「ナイフまで見えないのか。という事は、他にも何か見えない物がありそうだ」
「佐藤っち、この部屋から出よう。俺の勘だけど、この部屋、何か仕掛けがありそうだ」
「仕掛けなんかねーさ。ただ、俺しか見えない物が沢山あるだけだ!」
佐藤は彼の腕をよく見た。
さっきまでの動きと違い、片手ではなく両手で何かを持っているような動きだ。
「槍だ!」
ヨッシーの声に、佐藤はその直線上から横へ身体を傾ける。
すると、自分の後ろにあった椅子が破壊された。
「やっぱこのゴブリンがネックだな。お前から先に始末した方が良さそうだ」
「やらせるかよ!」
「馬鹿め!」
待ってましたとばかりに槍を突く男。
しかし佐藤はそれを全て回避して、男の目前に迫る。
「死ね!」
佐藤はボクシングの反則技を繰り出した。
ローブローである。
分かりやすく言えば、金的だ。
股間目掛けてアッパーを出した佐藤は、何か固いモノに当たり、拳をすぐに引いた。
「痛っ!」
「佐藤っち!?」
「危ない危ない。まさか、本当に狙ってくるとは」
「た、盾か!?」
佐藤は自分が何を殴ったのか、顔を歪めながら感触で把握していた。
彼は本気で殴ったせいで、左拳を痛めてしまう。
「ボクサーにとっては満身創痍だなぁ」
右肩を刺され、左拳を痛める。
両手とも痛めてしまった佐藤は、悔しそうな顔をしていた。
「佐藤っち、一旦下がろう。ラミアは救出したんだ。ここで引いても負けじゃない」
「駄目だ!コイツはここで殺しとかないと、ラミア以外の人達が同じような目に遭うだけだ」
「佐藤っち・・・」
「攻撃出来ない奴なんか、怖くねーよ!」
見えない槍で攻撃してくる男。
槍を突く度に、男の股間もブルンブルン揺れている。
佐藤は盾を蹴飛ばすと、奴の股間に蹴りを入れようとした。
しかし、やはり何かに阻まれる。
「ヨッシー。コイツ、裸に見えるだけで何か着てるぞ。多分見えない鎧を着てるんだ」
「なるほど。だから服を着ようとしないのか。そんな粗末なモノを出しっ放しだなんて、とんだ変態だと思ってたわ」
「クク。よく分かったな」
佐藤の指摘に、とうとう本人も認めた。
全身に鎧を着ていて、部屋には色々と武器を用意している。
男は二人にそう言い放つと、勝ち誇ったように言った。
「分かったところで逃げないなら、俺の勝ちは揺るがない。馬鹿だよなぁ。俺を倒す事に固執するなんて」
「俺もそれは同意する。ただその粗末なモノを見せたがるのだけは、全く同意出来ないけど」
「うるさいな!ちょっと大きいからって、自慢か!?」
男はヨッシーの言葉に、とうとう文句を言い出す。
今までは無視をしていたのに、我慢出来なくなってしまったようだ。
佐藤はヨッシーを見て気付いた。
そしてそれに便乗する。
「いや、ちょっとじゃないぞ。アナコンダだったからな。対してお前はミミズ」
「黙ってろ!死に損ない!先にゴブリンから始末してやるよ!」
「そうか。それは助かる」
ヨッシーへ意識が集中したのを見た佐藤は、最後の切り札を使う。
「さとうぅぅぅ!バアァァニング!!」
佐藤の右拳から放たれた炎は、男へと向かっていく。
やはりクリスタルの大きさが関係しているのか、佐藤が思っていたよりは炎は小さい。
しかし、大きさが問題ではなかった。
「危ねぇ!ワハハハ!それが最後の必殺技か。残念だったなぁ」
炎を避ける男。
勝ちを確信する男は、佐藤に対して嘲笑してくる。
ヨッシーはそれを見て、切り札が外れた事にショックを受けた。
「もう駄目だ。佐藤っち、逃げよう」
「あぁ、逃げよう。でも、アイツも逃げるはずだから。同じ所に行くぞ」
佐藤はニヤリとしながら答える。
ヨッシーはそれを聞いて理解した。
笑っていた男も、少しして気付く。
「お、お前!」
「逃げた先には、見えない武器はあるのかな?」
「クソッ!」
「おっと!不自然に何かを持ち出そうとする仕草をしたら、俺はお前をぶん殴る。痛いだけで、別に殴れないわけじゃないからな。逃げるならご自由にどうぞ」
「佐藤っち!」
男はしばらく佐藤と見合ったが、炎が建物を包んでいく。
いよいよ命の危険を察知した男は、部屋の窓から外へと飛び出した。
「よしっ!ぶっ飛ばす!」
後を追う佐藤。
奴に不自然な動きは無かった。
持っているのは槍と投げナイフ。
そして鎧を着込んでいるだけだと確信する。
「オラァ!」
裸の男を追う佐藤は、回り込んで顔面にジャブを仕掛ける。
男の顔が後ろへ弾け飛ぶと、尻もちを突いた。
「おら、立てよ。何だっけ?自称ボクサーとか通信教育とか言ってたな」
「ナメるな!」
男は立ち上がり、槍を突いてくる。
佐藤はそれを簡単に避けると、遂には脇で槍を挟み込んだ。
途端に槍が姿を現す。
「ば、馬鹿な!?見えない槍を掴むなんて、無理だろ!」
「馬鹿はお前だ。俺は普段、見えないくらい速い槍の相手をしてるんだ。そんなトロい槍、見えても見えなくても変わんねーよ」
左フックで顔を殴られると、男はまた転ぶ。
そこへ佐藤は、何度も何度も股間を踏み潰した。
「あ・・・あが・・・」
「もう意識も朦朧としちゃってるね」
「トドメだ」
「あ、その前に」
ヨッシーが顔の穴という穴から汁を出している男に、一言だけ言った。
「さっき女で自慢してたけど。俺さ、嫁さん二十人以上居るから。俺も喜ばせてるって事に関しては、負けないと思うぜ。とは言っても、アンタのミミズはもう踏み潰されて使い物にならんわな。ご愁傷様」
 




