南の攻防
どうやら敵は様子見程度っぽいな。
前回と比べると、敵がはるかに弱く感じる。
それとも俺が強くなったのかな?
あ、どうも。
弟に代わって避難誘導している、魔王です。
今回は強い召喚者らしき人物は、見掛けていない。
召喚者だろうなって奴は居たが、大した能力じゃなかったようだ。
ゴリアテの金棒で頭を粉砕されて、即死していた。
それを見た兵士達は逃げていったし、統率力も低いなと思う。
何を目的として再侵攻してきたのか?
そもそも相手からしたら、強者が留守の今現在が最大のチャンスになるはずだ。
召喚者を出し惜しみしてたら、被害が大きくなるだけだと思う。
それなのにそれをしてこないのは、単に召喚者の数が少ないからかな?
あー、もしかしたら南北の村を襲った連中の中に、紛れてるのかもしれないな。
俺が楽な分、蘭丸達が苦戦してたりして。
ま、それは無いだろ。
安土の皆は、地下道を使ってフランジヴァルドに避難出来た。
後はこのクソ野郎共を、ぶっ飛ばすだけだ。
とは言っても、ゴブリン達が活躍していて、俺の出番はほとんど無いんだけどね。
ゴブリンって、こんな強かったかなぁ?
カッちゃんの怪我をした事が無い発言は、二人の度肝を抜いた。
それはナオちゃんや半ちゃん相手でも、怪我をしていないと言っているのと同じだったからだ。
「で、でも擦り傷とか切り傷くらいなら」
「うーん、無いんじゃない?」
「転んだりした事は無いのでござるか?」
「記憶には無い。余程小さな頃なら分からないけどね」
やっぱり異常だ。
二人はそう思いながらも、味方である事に安堵した。
慶次はそう言うカッちゃんに、フレンドリーに話し掛けている。
だが又左の考えは少し違った。
もしマッツンが敵に回ったら、この目の前の男も・・・。
この事は魔王に必ず報告しようと、胸に秘めたのだった。
北の地で又左達が完勝していた頃、南では着々と包囲網が完成していた。
佐藤、イッシー、そしてセンカクの三人による同時攻撃。
敵が分けたアジトを囲む三部隊は、センカクによる合図を今か今かと待ち望んでいた。
「頃合いじゃの」
「お願いします!」
センカクは部隊を任されているゴブリンに声を掛けると、空へ大きく舞い上がった。
太陽が邪魔にならないように、飛んだ位置にも気を付けている。
二人が空を見上げた時、見落とさないようにする為だ。
センカクは雲と同じくらいの高さまで来ると、独り言で気持ちを高めた。
「見よ!鶴の光を!」
身体全体を光らせるセンカク。
彼は数秒の間身体を発光させると、そのまま自然落下で地上へと向かっていく。
ただし、目的地はさっき立っていた場所ではない。
仙術を使い、透視で建物内を把握するセンカク。
そして目標に定めたのが、アジトの中で一番大きい建物だった。
仙術で透視といっても、全てがハッキリと見えるわけではない。
彼が見たのは、人数の多さと重なる影だ。
影を見て陵辱されていると感じたセンカクは、その建物以外には多くて三人くらいしか居ない事を確認している。
憤りを感じて、更に落下速度を上げると、その勢いのまま、屋根を突き破ったのだった。
「見えた!進めぇ!」
佐藤は空に、突然現れた異様な明るさを持った何かを見た。
それをセンカクだと判断した彼は、ゴブリンに突撃の合図を掛けたのだ。
だが、ゴブリンからの報告で早速問題が発生。
小さなアジトには似合わない、大きな門がゴブリン達を阻んでいたのだ。
「俺の所は何でこんなに門が固いんだよ!」
「どうされますか?」
「最初だが、仕方ない。切り札を使う」
佐藤は門の前に立つと、クリスタル内蔵型のグローブを右手に着ける。
門から離れろと指示を出すと、門の奥で敵が集まっているのが分かった。
「都合が良いな。ぶち壊したら、全員突入しろ。行くぞ!佐藤ブロウイング!!」
以前なら照れていた掛け声も、今では何とも思わない。
それにラミアの人達の事を考えると、そんな余裕も無かった。
そして佐藤の大振りのパンチから、大きな竜巻のような風が門へと直撃する。
その風はバキバキという音を立てて、門を切り裂いていった。
遂には門が破壊されると、門の直前に居たのであろう連中も、吹き飛ばされた門の破片や風の巻き添えになり、吹き飛ばされているのが分かる。
「門は破壊された!行けえぇぇぇ!!」
副官ゴブリンが指示を出すと、部隊は待っていましたとばかりに全速力で突入していく。
「お見事でした」
「ん?あぁ、そうか。そう思うか」
副官は佐藤の態度を不思議そうに思いながらも、自分も突入すると言い残して入っていった。
佐藤は新しいグローブを見て思った。
やはり以前より弱いなと。
そして新しいグローブを自分の部隊のゴブリンに渡すと、クリスタルに新たな魔法を封じてくれと頼むのだった。
空を見ていたイッシーは、ようやくかと喜んだ。
数秒だけ光った何かを見つけ、すぐに号令を出したのだ。
「突撃いぃぃぃ!!」
統率の取れた騎馬隊が、アジトの警備をしている敵に襲い掛かる。
それを行ったのは彼の新たな部隊、安土育毛部隊である。
この部隊の前身は、若狭の薬で増毛に成功した人達の集まりだ。
ビバ異世界!
イッシーは日本ではあり得ないと思われる発毛の仕方に、同じ悩みを抱える人達を助けていった。
彼の行いに賛同した人達は、やがてイッシーをリーダーとした部隊へと変わっていく。
彼等は髪と自信を取り戻した後、好きな髪型と自己研鑽に励んでいたのだ。
その矢先の安土襲撃。
彼等の多くは亡くなってしまったが、その志までは無くなっていない。
亡くなった人達に助けられた人が、自分も役に立ちたいと立ち上がった。
彼等の行いが、新たな戦士を育てたのだ。
イッシーはそう考え、部隊名を増毛部隊から育毛部隊へと変えた。
そこからが長かった。
安土襲撃以前から参加している古参兵と、襲撃以後から参加した新兵。
彼等の息が合わないのだ。
古参兵達は、それはもう固い絆で結ばれている。
彼等は夜な夜なお互いに増える髪を褒め称え合い、苦楽を共にしたという自負がある。
しかし新兵とはそれが無い。
その差を埋めるべく、イッシーは彼等との共通点を探した。
そして見つけたのだ。
襲撃に遭った彼等も、髪の線が細いという共通点があった。
理由は様々だ。
元々の人も居れば、襲撃の影響で恐怖から髪が抜け落ちたり、白くなった人達も多く存在した。
それを見たイッシーは、古参兵に問うた。
彼等もこのままでは、自分達と同じ悩みを抱えてしまうのでは?と。
そこからは早かった。
古参兵は自分達の育毛のやり方を、新兵に教え始めたのだ。
ついでに戦い方も教えた。
新兵は彼等の経験を吸収し、そして部隊の一員へと変わっていった。
部隊発足から半年以上。
彼の部隊はようやく以前と同様、いや更なる部隊へと変貌したのだった。
「怪しい建物を発見しました!」
門外の敵を蹴散らし、仲間達がアジトへ入っていく中、イッシーは撤退の道を確保していた。
彼の部隊はイッシーの指示を待つまでもなく、すぐに行動を開始する。
建物内にラミアが囚われている事を聞いた彼は、仲間達の迅速な対応に満足していた。
しかし、そこから顔色が変わる。
仮面をしていて顔色は分からないのだが。
それでも仲間達には、雰囲気で分かるのだ。
「建物の中の連中が強く、救出が困難です」
「・・・俺が行く」
イッシーが武器を持った。
手には槍、腰には剣を。
そして背中に弓を用意している。
それ以外にも様々な武器を持ったイッシーは、彼等の救援へと準備を始める。
「後は任せて、救援を」
彼の副官に就任したオーガが、退路の確保を始める。
イッシーは馬に乗り、ラミアの居る建物へ走った。
彼がそこで見たのは、建物の外で暴れる五人の男。
全員が上半身裸で、窓からはラミア達が裸で居るのが見えた。
彼女達は憔悴していて、虚な目をしていた。
「陵辱モノは趣味じゃねぇ!!」
流鏑馬のように馬上から矢を放つイッシー。
仲間達の頭上を飛び越えて飛んできた矢に、五人は男達は驚く。
男達は驚くが、ただそれだけだった。
正確に眉間に飛んできた矢を、五人は綺麗に払い除けた。
「不意打ちのつもりかもしれないが、俺達には通じないな」
一人の男が煽るように、馬上のイッシーに向かって言い放つ。
イッシーは分かっていた。
自分の部隊が苦戦する相手が、只者ではない事を。
彼は味方への被害を最小限に抑える為、仲間達へ中遠距離の攻撃へと指示を出す。
そして、自分は一人だけ前へと進むのだった。
「仮面の怪しい男が一人だけ来たぜ」
「馬鹿が。召喚者である俺達に、敵うわけがないのに。実力差を見せつけて、戦意を喪失させてやれ」
五人の中のリーダーらしき男の指示で、一人の男が槍を持って一歩前へと出てくる。
イッシーは待ってましたと言わんばかりに、同じ槍で対峙した。
「雑魚が!」
敵の男の槍が、高速で数回突かれる。
イッシーはそれを、全て自分の横へと促した。
高速と言っても、又左や慶次の比ではない。
イッシーの中での槍使いは、その辺の少し上手い男とはレベルが違った。
「お前の事か!」
高速で突かれる槍を、巻き取るように左へ流すイッシー。
敵の男が思わず槍を手放すと、彼は命乞いを言わせるまでもなく顔に槍を突いた。
倒れる男を見た四人は、イッシーは槍使いだと確信し、接近戦試みる。
「囲め!」
「やらせん!」
イッシー隊が囲もうとする男のうち二人に対して、集中攻撃を開始する。
五人の時には余裕で防がれたが、二人なら問題無い。
大盾を前に出し、隙間から槍をとにかく突く。
そして見えない後方から矢が飛んでくるという三段構えの攻撃に、二人は守備に追われていた。
防御に手一杯になったのを確認すると、襲ってくる男の一人に対して槍を投げるイッシー。
持っている二本の斧で槍を落とすと、逆にイッシーが剣を持って懐に飛び込んでくるのに気付く。
「槍使いじゃないのかよ!」
無言のイッシーは、手数で勝負する。
二本持ちとはいえ、剣より重い斧を持っている。
剣を一本しか持たないイッシーの方が、速かった。
徐々に押していくイッシー。
無数の傷を作り、後退していく男。
優勢のイッシーは奴に致命傷を負わせようと、前へと出ようとした。
そこに横から妙な武器が飛んできて、彼は一瞬にして距離を離される。
「助かったぜ。アイツ、剣も強いぞ」
「獣人か?仮面をしているから分からないな」
飛んできた武器は弧を描き、もう一人の男の手元に戻っている。
「円月輪だったか?そんな名前の武器だよな」
「マニアックな武器を選んだのに、よく知ってるな」
「武器は大方目を通しているんだ」
距離が開いたのを機に、弓矢に持ち変えると、円月輪の男に放つ。
彼は腰に差したククリナイフのような武器で、矢を叩き落とした。
「近付けば剣。中距離では槍。遠いと弓を扱えるって、どんな奴だよ!」
「こんな奴だけど」
イッシーが馬鹿にしたように答えると、落ちていた槍を拾う。
そして飛んできた円月輪を、槍を投げて弾き飛ばした。
戻ってくる円月輪を待っていた男は、槍が肩に刺さると、その勢いで後ろに倒れる。
「大丈夫か!?」
心配する斧の男は、仲間の方に一瞬目をやる。
その隙を見逃さなかったイッシーは、矢を男二人に放った。
斧の男は辛うじて防いだが、円月輪の男は矢を側頭部に食らい、頭から崩れ落ちる。
「て、テメェ!」
凄い勢いで迫る斧の男。
イッシーは腰の剣を投げた。
槍も剣も投げて、手元には武器が無い。
それを見た男は、勝ちを確信する。
勝ちを確信したまま、眉間に穴が空いて、即死した。
「なっ!?アイツ、拳銃も持ってるのかよ!」
「俺は強くないからな。使える物は何でも使う。お前達みたいな下衆には、本当は即死よりも散々痛めつけてから死んでもらいたいんだけどな」