ゴブリンの偵察
マッツンの存在は、思った以上に大きかった。
下手したら、安土の近くでカッちゃんナオちゃん大戦争が起きてた可能性だってあったらしい。
イビキのうるさいタヌキとしか思えないのだが、これでもゴブリンの王様なんだと、話を聞いて改めて実感した。
その話をしてくれたセンカクは、修行が滞っている事に憤りを感じ、蘭丸達に付いていく事になった。
蘭丸達が探索に向かう間、僕は久しぶりの自由時間を満喫出来るはずだった。
しかし宿題と言わんばかりに、毎日の修行生活が待っているらしい。
太田達も出発をして、僕はあわよくば昼寝しようかなと思ったのに、長可さんの目が厳しく光っていた。
これ、一緒に行った方が気楽だったのではなかろうか?
数日後、南北に分かれた二軍から連絡が来た。
北のゴルゴンの村は、少しの犠牲でまだ無事だったようだ。
しかし南のラミアの村は、村人が一人しか残っていなかった。
生き残った者の話では、やはり洞窟が関係しているらしい。
おふざけモード封印の直政は、自分が村に残り、イッシーと佐藤さんに洞窟へ向かった蘭丸との合流を提案したのだった。
直政の事を疑っているわけではないが、イッシーや佐藤さんが居なくて大丈夫なのだろうか?
「イッシー隊も村に残せば?」
「問題無いと思います。村人を連れ去ったのですから、おそらくはこの村に来る時は偵察隊程度です。それなら私達だけでも対応出来るはず」
「そうだな。連れ去られた人達を助けるなら、大勢必要だと俺も思う」
もぬけの殻と化した村に大勢残すより、そっちの方が正解か。
「私はケールさんと一緒に、生き残りの方々の介抱と護衛に専念します。彼女の話だと、まだ隠れている方が居るようなので」
「分かった。直政とイッシーに全面的に任せる。一刻も早く、ラミアの人達を助けてやってくれ」
「お任せを!」
うーん、良い返事。
マッツンの友達だけど、この人が安土の味方で良かったわ。
「それと少しよろしいですか?」
「何?」
「マッツンは元気にしてますか?いやぁ、彼は私達と離れると何をしでかすか分からないので。心配で心配で。食べ過ぎで倒れたりしてません?」
・・・勿体無い。
頭が切れる男なのに、何故あのタヌキの事になると、こうも過保護になるのか。
「仕事させようとしたら、逃げてったよ・・・」
「そうですか!やはりフリーダムキングマッツン!我等がマッツンは偉大だなぁ」
ただの仕事から逃げてる無職なんだが・・・。
思い込みとは恐ろしいな。
「ま、まあ頑張って。マッツンも応援してるから」
「おぉ・・・。早く助けて帰りましょう!」
そう言うと、電話は切れてしまった。
助ける前から帰る事を考えるって。
複雑な気分だな。
一方、北の洞窟に向かっていた太田と官兵衛、長谷部の三人。
彼等は官兵衛の的確な道案内で、ほぼ迷わずに洞窟周辺へと到着していた。
「ここからは徒歩で向かいましょう」
「コレ、どうやって外すんです?」
「俺が教わった。ワンタッチでこのレバーを引いて。後は官兵衛さんが座るだけです!」
新たな官兵衛の義足。
それは足裏にローラー付きの二足歩行ロボだった。
歩くというよりはタイヤで走っているイメージで、なかなか速い。
三人ともコレの元になっている物を知らないので、あまりの使い勝手に感動していた。
「コレならオイラも、足手まといにはならなそうですね」
「足手まといだなんて!俺が守ってみせますよ」
「ワタクシも同じ気持ちです」
「フフ。では、辺りを捜索しましょう」
北の洞窟探索組が到着した頃、蘭丸達の南洞窟探索組。
彼等はまだ道半ばだった。
理由は簡単。
修行をしながら向かっていたせいで、進行速度が遅かったからだ。
「あ、マオから連絡だ」
着信音に気付いた蘭丸が、電話に出る。
「もしもし。もう洞窟近くまで着いた?」
「いや、まだ半分ちょいって所だな」
「半分!?太田達と一緒に出たのに、何故そんなに遅いの!?」
「それは修行が」
「バカチンが!」
僕は思わず怒鳴ってしまった。
彼等は南にある、ラミアの村の状況を知らない。
それもあるのだろうが、ここまでゆっくりと進行していると思わなかったのだ。
ラミアの村の話と、イッシーと佐藤さんが洞窟近くに向かっている事を伝えると、蘭丸の声色が変わる。
「そんな事になってたのか!?」
「修行をするのは良い。だけど自分の役割を忘れるなよ」
「すまない。ワシのせいじゃな」
怒鳴り声が聞こえたのだろう。
センカクの爺さんが謝ってきた。
ハクトも急ごうと言って、何かを片付けている音がする。
「あまり言いたくないけど、そういう事になります。だから修行は、村人達を助けてからにして下さい」
「ワシの失態じゃ。今回ばかりはワシも手を貸そう」
仙人が手を貸すのって、本来駄目なんじゃなかったっけ?
俗世とはかけ離れた生活をって、そういえばアイスとか食ってたな。
ラーメン食ったりアイス食ったり、自分の食欲に正直な生活してるから、関係無いか。
「とにかく急いでくれ」
南が慌ただしくなった頃、北のゴルゴンの村では、状況把握をしていた。
又左が代表として、ゾーラさんと一緒に村長と話している。
ゴルゴンは女性だけの村なので、必然的に村長も女性だった。
年配のゴルゴンである村長は、心無しか頭の蛇もあまり元気が無い。
「本当に魔王様が救援を差し向けてくれるとは。ありがとうございます」
「魔王様は助けを求めてきた手を、振り払うような真似はしません。それよりも、村の状況はどうなのでしょう?」
「つい先日に襲撃を退けて、相手が撤退したばかりです。その際、魔力切れになった連中が狙われて、数十人が連れ去られました」
「そんなに!?」
又左は自分の考えを改めた。
村に大勢の人が残っていたのを見て、被害は少ないと思っていた。
しかし実際には、数十人もの女性が連れ去られていたのだ。
早い対策が必要だと、又左は考えていた。
「敵の人数は?」
「それが分からないのです。我々も石化させて、敵を減らしています。それなのに次の襲撃では、同じくらいの数に増えていて。このままだとジワジワと追い詰められていくだけでした」
「石化させた連中はどうしました?」
「裏に捨てて放置してます。投げ捨てたので、壊れた人も居ますが」
「敵なのだから、そんな事は気にしなくても大丈夫です。それより、何人くらい石化をしたのか。数が知りたい」
石化させた数から、ある程度の敵の人数が分かるかもしれない。
又左は石化された集積場へと案内を頼んだ。
「ほう。ゴルゴンとはなかなか凄い力を持っていますね」
「それだけの魔力を必要とします。だから一撃必中なのです」
又左が見た光景。
それは一千人近くの石像だった。
無造作に投げ捨てられていて、壊れた物も多々ある。
これを見た又左は、石化能力の恐ろしさを垣間見た。
「目で見た相手を石化させるんですよね?」
「そうです。しかし奴等は、我々の能力を知っていました」
「鏡か。魔王様から聞いています」
村長が頷く。
やはり敵は魔王から聞いていた通り、召喚者である可能性がある。
又左は、自分達と同等以上の力を持っていると仮定した。
「これだけの人数がやられても、またすぐに予備兵を投入出来る。五千は軽く見ておいた方が良さそうですね」
「五千!?か、勝てない!」
「ご安心を。こちらにはゴブリンが一万。その中には、複数の上位種も居ますから」
「一万も!そ、それなら、連れ去られた村人を助けて下さい!」
「そのつもりですよ」
連れ去られた村人。
問題は何処へ連れ去られたか?
それが分からない限り、動きようが無い。
「この辺りで陣を張るのに適した場所は?」
「さあ。私にはサッパリ」
「川だわ。川の下流に大きく開けた場所がある。周辺の木を切り倒せば、可能だと思う」
ゾーラさんが思い出したように、横から言ってくる。
しかし本当にあるのかまでは、分からない。
やはり確認が必要だった。
「一度、偵察隊を出そう」
又左は村長達と別れると、そのまま慶次とカッちゃんの下へ向かった。
二人に村長との話の内容を説明をすると、慶次が口を開く。
「下流だけじゃなく、上流も調べた方が良いのでは?」
「そもそも下流と信じ込むのは危険だと思う。俺は四方に偵察をさせるべきだと思うぞ」
慶次とカッちゃんの意見は、ほぼ同じだった。
しかし問題がある。
誰を偵察に行かせるかだ。
又左やカッちゃんは、そのような事に向いていない。
「私とカッちゃんは、あまり偵察というのもな。慶次は変装は出来るが、そこまで上手くない」
「マッちゃんもか?ワハハ!」
「上手くないって・・・。酷いでござる」
笑うカッちゃんだが、問題は深刻だ。
見つかれば、敵に先手を取られてしまう。
どうしたものかと悩んでいる又左に、笑っているカッちゃんが鬱陶しく感じた。
「もう少し真面目に考えてはくれぬか?」
「ワハハ!何をだ?」
「だから!誰を偵察に行かせるかだ!」
「何だ。そんな事か」
「そ、そんな事!?」
「半ちゃん!カモーンヌ!」
「は?」
又左は口を開けて驚いた。
カッちゃんの影が不気味に動き出し、水の中から飛び出すように一人のゴブリンが出てきたのだ。
「ウェーイ!俺、参上!ナッハッハ!」
「半ちゃんウェウェーイ!」
目の前でグータッチやら何やらを始めるカッちゃん。
又左はそれを、口が開いたまま見ていた。
「猫田と同じ魔法!?」
「猫田?誰よそれ。俺は半蔵、服部半蔵。半ちゃんって呼んでくれて良いyo!」
能力は同じでも、言動が大きく違う。
戸惑う又左だが、慶次はすぐに溶け込んだ。
「半ちゃんウェーイ!拙者、慶次でござるyo!」
「慶次!ケイちゃん良いne!」
「半ちゃん。それより仕事だよ」
「仕事?」
仕事と言われて顔色が変わる半ちゃん。
仕事とプライベートは、使い分けるタイプらしい。
「この村の四方に、ヒト族の陣があるか調べてほしい。それと、ゴルゴンの人達も連れ去られたって話だから、何処に居るかも分かると助かるんだけど」
「ふむ、了解だ」
カッちゃんの要望に、二つ返事で引き受ける半ちゃん。
又左は唖然としながら見ていて、思い出したように口を開いた。
「一人ですぐに出来るのか!?」
「一人?ノンノン」
半ちゃんが指をパチンと鳴らすと、自分や慶次の影からもゴブリンが飛び出してきた。
「俺っちのダチ連中。地元一緒なんだ」
「よろしくぅ!」
「は、ハハハ・・・。よろしく」
地元が一緒だからって、皆影魔法を使うのか。
渇いた笑いをして挨拶する又左。
まさか猫田と同じ影魔法を使う連中が、こんなに大勢居るとは思わなかった。
慶次も同様だが、ノリがゴブリンと同じになっている。
自分にも影魔法教えろと、自分の影から出てきたゴブリンに無茶振りをしていた。
「ちなみにまだ居るから。四方を探せば良いんだな?」
「あぁ、頼む」
カッちゃんがそう言うと、半ちゃん以外の連中が影へと消えていった。
一人残った半ちゃんは、何か考えている。
「なぁ、連れ去られた人達って何人だ?」
「数十人らしいけど」
「うーん、微妙だな〜」
首を捻る半ちゃん。
又左は何が微妙なのか尋ねた。
「少なかったら、そのまま助けられちゃうんじゃないかな〜みたいな?でも、その人数だと多過ぎて無理かも的な感じ?」
「は?助けられるのか?」
「一緒に影に入っちゃえば良いからne!でも、多過ぎて全員いっぺんには無理そうだyo」
予想外の言葉に、又左は即答する。
「助けられるなら、助けてやってくれ!人数が多いなら、一度戻って私達が陽動で突っ込む。半ちゃん達が助けてやってほしい」
「オーライ!任せてべいべー。チャチャッと探して美女のキッスをいただきだze。助けた美女とパーリィの準備を頼んだyo!」