新たな技術
トンチンカン。
この名前は僕からしても酷いと思う。
三人のキツネの獣人達は、そんな自分達の名前に満足気なので良いのかもしれないが。
ニックはもう少し、考えてあげても良かったのでは?
僕は反面教師として心に刻んだ。
隠していたトラックに乗り、安土へ帰る僕達。
トンチンカンはサバイバルという点では、実に有能だった。
知らない野草をも料理に使うその知識。
しかし料理の腕前が知識と同レベルとは限らない。
彼等の料理は激マズだった。
そんな彼等もハクトに料理を教わると、味付けという物を覚えてくれたようだ。
安土で食堂が開かれるのも、そう遠い未来ではないのかもしれない。
ようやく安土へ帰還を果たした僕達は、馬の先導によって城へと向かっていた。
そこに現れたのは、山車に乗って対抗してきたマッツンだった。
マッツンは目立つ僕達を快く思っていないらしく、特にモテる蘭丸とハクトを目の敵にしていた。
ウザ絡みをするマッツンが邪魔で進まないので、僕はそのまま進む事を提案。
山車は弾き飛ばされ、マッツンはトラックの下敷きになった。
運良く?生きてたマッツンは、安土で最近人気が出てきた事を理由に蘭丸達に勝負を挑む。
自信満々のマッツンだったが、それは儚い夢だったようだ。
「痛い痛い!踏んでる!お嬢さん達、俺様の事を踏んでるのをお忘れなく!」
随分と余裕があるじゃないか。
以前は鍛えてなかったからか物凄い弱かったのに、今は大勢に踏みつけられてもまだ喋るくらいの余裕がある。
少しは特訓したのかな?
「おーい、もう帰ろうよ」
「だな。マッツン、俺達まだ家にも帰ってないからさ。また今度な」
「お、おい!俺様は遊びに来たわけじゃ・・・ふぎゃっ!」
後頭部を踏まれたタヌキは、そのまま動かなくなった。
蘭丸とハクト目的で集まった女性達も、トラックに乗り込んだ二人を見て去っていく。
「ゴブリン達。マッツンどかしてくれ」
「どっせい!」
山車を引いていたゴブリン達が手を挙げて、僕の要請に応えてマッツンを道の端に避けた。
妙に重そうに運んだのは気のせいか?
それとも腹が立派になった分、重くなったのだろうか?
マッツンと別れた僕達は、城の前へと着いた。
「長旅お疲れさまでした。というわけで、トラックはコバの工場まで運んだら解散ね」
蘭丸達はお疲れさんと言い残して、トラックに乗ったまま帰っていった。
この場に残ったのは、太田にトンチンカン。
そしてトロスト商会の二人。
彼等はまだ、安土に家が無い。
「今日は宿屋に泊まってもらって、明日になったら長可さんに頼んで家を紹介してもらおう」
「分かりました」
「太田は帰る前に、宿屋へ案内よろしくね」
「承知しました」
五人を引き連れ、太田も街の方へと向かっていった。
キルシェに呼ばれて王国へ行き、安土に戻ってきてすぐに連合へ。
最近は旅に出てばかりだった。
そのせいでマッツンが幅を利かせていたし、少しは腰を落ち着けたいと思っている。
【今日くらいはもう休もうぜ。帰ってきたばかりなんだ。少しくらいゆっくりしてもバチは当たらないって】
そっか。
そうだよね。
久しぶりにマッタリと過ごそう。
こうして僕は、暗くなると同時に布団に入った。
寝たのが早過ぎた。
疲れていたと思っていたんだけど、流石に夕食も取らずに寝たのは早かったらしい。
まだ日も昇っていない時間に、目が覚めてしまった。
「散歩でもしようかな」
僕は城を出て街の方へ向かうと、そこはまだ閑散としていた。
特に開いている店も無く、たまに早起きの人を見掛けるくらいだ。
主に老人ばかりだけどね。
しかしマッツンのポスター、本当に多いなぁ。
マジで人気あるっぽい。
【昨日の感じだと、お笑い芸人として人気あるんだろ?蘭丸やハクトと同枠で考えちゃ駄目だと思うぞ】
それは僕だって理解しているさ。
理解してないのは、当の本人だけだと思うよ。
【めげないところは凄いと思う。あの精神力だけは、俺も認めるよ】
不屈の精神って感じだよね。
ゴブリン達は、そんなところにも惹かれているのもしれない。
「魔王様。おはようございます」
「おはようございます。こんな早くから起きてるの!?」
早朝散歩で出会ったのは、上野国からやって来たドワーフ。
昌幸だった。
久しぶりに会った彼は、少し痩せたような気がする。
病気とかじゃないよな?
「昌幸はちゃんとご飯食べてる?」
「食べてないです」
「そう。食べてないんだ。って、食べなさいよ!」
「ワハハ!今日からはワシも食べますぞ」
今日からは?
昨日までは何かあったのかな?
「何故今日から?」
「コバ殿と共同開発していた物が完成したのでね。魔王様が帰ってくる前には完成をと考えていたんですが、ギリギリでしたわい」
なるほど。
寝る間を惜しんで製作した結果、飯も食う暇が無かったという事か。
それよりも、コバとの開発した物って何だろ?
「それは今見れるの?」
「見れなくもないですが、昼にはコバ殿も来ます。その時に一緒にご覧になるのはどうでしょう?」
「昼ね。分かった。楽しみにしておくよ」
昌幸は目の下にくまを作りながらも、元気な返事をして帰っていった。
仮眠程度で済ませるようだが、これから一眠りするらしい。
わざわざ完成を間に合わせる為に、徹夜してくれてたと思うと、早々に寝てしまった僕は気まずい気持ちになってしまった。
昼に会った時には、労いの言葉と感謝の褒美を上げたいと思う。
街は何処も店とか開いていないので、外れの方へと歩いていってみた。
すると何も無い空き地で、槍を振っている音が聞こえた。
「アレ?お前がこんな早い時間に起きてるの、珍しいな」
「蘭丸!?」
蘭丸は構えていた槍を下ろすと、こっちに近付いてくる。
よく見ると汗だくだ。
コイツ、何時から振ってたんだ?
「昨日帰ってきたばかりなのに、頑張るなぁ」
「帰ってきたからだよ。センカク師匠に、また修行つけてもらいたいし」
「鶴の爺さんか」
そういえばラーメンにハマってたけど、食べ過ぎて太ってないだろうな?
飛べない鳥は、ただの鳥じゃないぞ。
鶏なら未だしも、鶴なら役立たずだ。
「ちなみに佐藤さんもさっき走ってたぞ」
「えっ!?」
「あの人、毎朝走ってるからな。連合でも毎朝走ってたし、日課なんじゃないのか?」
ボクサーはランニングが日課とは聞いた事あるけど、まさかこんな時間から走ってるとは。
太田も以前聞いたら、早い時間から写経をするのが日課みたいな事言ってたし。
アレ?
毎日惰眠を貪ってるのは僕だけ?
「は、走って城まで帰ろうかな・・・」
「帰るのか。走るなら人にぶつからないようにな」
まだ途中だからか、そう言い残すと槍のトレーニングを再開した。
ジョギングくらいの速さで走ると、意外とすぐに城に戻る事が出来た。
走ったら疲れたし、少し寝ようかね。
【惰眠しないんじゃなかったのかよ?】
それはそれ。
これはこれ。
蘭丸と僕は、違うんだよ!
というわけで、おやすみなさい。
ヤバイ。
今度は寝過ぎた。
昌幸の所へ行く前に、宿屋へ行かないと。
「魔王様。宿屋へ行くんですか?彼等の事なら、ワタクシが既に長可殿の下へと送り届けましたが」
「な、なんと!?」
珍しく気が利く太田。
というより、昨日宿屋へ案内した時に約束したらしい。
それならもう少し寝ていられた、じゃなかった!
「工房へ行こう」
城の敷地内にある工房。
そこはコバと昌幸の共同作業場だ。
「遅いのである!」
「ご、ごめんなさい」
扉を開けて早々、コバから怒られてしまった。
どうやら色々な人が呼ばれていたらしい。
「又左達も呼ばれてたんだ」
「お久しぶりです!」
朝は見掛けなかった前田兄弟。
この二人も何処かで修行してるのかな?
「話を聞いてもらいたい人は集まったので、説明を始めたいと思います」
昌幸がテーブルを挟んで、僕達に説明を始めた。
テーブルの上を見ると、色々な物が置かれている。
「まずはこちらをご覧下さい」
それは、又左が普段使っている物と同じくらい長い槍だった。
振るうには結構な力が必要だという話だが、流石はドワーフ。
昌幸も持つくらいなら余裕らしい。
「こちらは又左殿の為に製作した槍です」
「以前と何が違うのですか?」
見た目はあまり今の物と区別がつかない。
強いて言えば、クリスタルを填め込む穴が空いているくらいだ。
「ここ、分かります?」
「えーと、クリスタルが埋められてますね」
「そう!そこ!」
いきなり大きな声を出す昌幸に、又左はビックリしている。
槍を手渡されると、昌幸は再び説明を始めた。
「この槍を持って、身体強化を始めて下さい」
「ん。こんな感じですかね?」
槍を持った又左が、グッと力を入れた。
すると、小さなクリスタルに紋様の入った光が灯った。
「ハイ、これで終了」
「終了?」
首を傾げる又左。
しかし昌幸の説明は、まだ終わっていなかった。
「今のは盗難防止の技術を組み込んだ、クリスタルです」
「盗難防止!?」
それは又左達にも記憶に残る、苦い思い出だ。
海藤という男に奪われた、自分達の武器。
クリスタルを内蔵した強力な武器は、今はもう敵の手に渡ってしまったのだ。
「皆さん、あの時の事を忘れた人は居ないでしょう。ワシもです。だからこそ、今度は盗られないように開発しました!」
拳を握り力説する昌幸に、皆から自然と拍手が湧き上がる。
「それで、具体的にはどんな効果が?」
「試してみますか?外に出ましょう」
昌幸を先頭に工房の外へ出ると、昌幸は又左から槍を預かり、それを更に太田へと手渡した。
「太田殿。槍を持って壁の方へ向かって走って下さい」
「壁の方ですな?では」
太田が槍を持つ姿は、少し不恰好な気もする。
しかし重い槍を持ちながらも、その速さは結構なものだった。
「又左殿、もう一度身体強化を!」
「分かった」
又左が左手に力を入れると、太田が立ち止まった。
「太田?」
「ぐおっ!引っ張られる!」
「又左殿!」
「もっと強化すれば良いんだな?」
又左が本格的に力を入れると、太田は槍に引っ張られて、こちらへ戻ってきた。
「す、凄い!太田殿の力でも戻ってくるなんて」
「ワシとコバ殿の開発した盗難防止刻印。上手く成功したようですな」
コバも大きく頷き、昌幸と握手を交わす。
コバも又左が持っている槍をジロジロと見回し、満足気にしていた。
「吾輩達は上手くいったと思っているのだが、使用者としてはどうか?」
槍を振り回す又左に声を掛けると、又左も問題無いと返答した。
「見ていた者達は、何か改善点とか思いついた点は無いですか?」
改善点ねぇ。
僕もこれは大成功だと思うんだけど。
【俺、一つだけ気になる点があるんだけど】
マジで?
じゃあ、直接言いなよ。
「俺から良い?」
「魔王であるか。使用者以外で何か言われるとしたら、オヌシだと思ってたのである」
それって俺、褒められてるのかな?
まあ調子乗るとコバの辛口コメントが返ってきそうだから、敢えてやめておこう。
「この小さいクリスタルなんだけどさ。目立たないように出来ないの?」
「目立たないようにとは?」
「これは俺の考えだけど、今までの武器に付いてなかった小さなクリスタル。敵側からしても、何だこれって思うんじゃない?太田みたいな馬鹿力の奴は、そうそう居ないとは思うけど。引っ張られた時に気付いてたら、そのクリスタル壊そうとか考える奴も現れると思うんだけど」