マッツン強襲
僕達の身体の持ち主である前魔王は、結構嫌われていた。
領主である柴田勝家が激怒していると思ったのだが、どうやら真実は嫁さんが怒っているとの事。
彼女の機嫌さえ損ねなければ、安土との交流も復活する可能性があるらしい。
しかし僕達が訪ねる前に、帝国にやられても困る。
僕達は飛行機の存在を入道達に教えると、彼等は感謝して帰っていった。
蘭丸達が最後のスカウトへと向かうと、ニックがとある三人を引き連れてやって来た。
自分を暗殺しようとした三人である。
彼等は今、暗殺対象だったニックの下で働いているらしい。
ニックの頼みは、彼等を安土へと一緒に連れて行く事だった。
ニックは彼等を、トロスト商会安土支店の重要なポストへと育てたいと考えていた。
今のうちに、安土に慣れてもらいたいという事だろう。
僕はそれを快諾した。
いよいよ安土へと戻る日がやって来た。
パウエルにヨランダ、ヤコーブスといった人物が見送りに来てくれ、各々が別れの挨拶に勤しんでいた。
最後にニックとの別れの挨拶を済ませた僕は、帝国とはあんまり親密にならないでねと釘を刺して、帰途に着くのだった。
ラーデンユニオンを出発した僕達は、まずは隠しておいたトラックの回収へと向かった。
今回の帰路には、ニックに頼まれたトロスト商会所属の者が数人入っている。
二人はヒト族で、三人はキツネの獣人だ。
人は増えたが、馬車が無くなったのでスペースには大きく余裕がある。
「俺達、早々に切り捨てられたのかな?」
「せっかくニック社長の下で、真っ当な仕事をやっていけると思ったのに」
浮かない顔をしている二人は、ニックの本心が分からなかったようだ。
リーダーだけは、見捨てられたわけではないと理解していたが、やはり早々に安土に送られる事には不満があるっぽかった。
「えっとキミ達は・・・」
そういえば名前を聞いていなかった。
無い感じもするけど、その場合は呼びづらいからニックが決めてるだろう。
「名前聞いても良い?」
すると三人は何故か胸を張り始めた。
「俺の名はチン!」
「俺はカン!」
「俺がトンだ」
「・・・それって、ニックが決めたの?」
「その通りです!名前で呼ばれるとか、本当に良いよな」
三人まとめてトンチンカン。
僕達も人の事を言える立場ではないが、これは酷い。
だが三人は喜んでいるので、僕は敢えて何も言わないでおこうと思う。
頑張れトンチンカン。
「それで、リーダーがトンだっけ?」
「カンだ」
「ごめんね。とりあえずニックから世話を頼まれたからさ」
彼等がニックに対して誤解しているので、彼の考えている事を伝えてみた。
ここまでしなくても良いかなとも思うのだが、せっかくの幹部候補だ。
安土の支店で働くなら、彼等に恩を売っておいても損は無いと思われる。
「というわけなんだけど。キミ達、思った以上に期待されてるよ」
「まさか、そんな考えがあったなんて・・・」
「俺達は何という勘違いを!」
「社長、一生ついていきます!」
ラーデンユニオンの方へと敬礼するトンチンカン。
トロスト商会から一緒に来た二人は、大して反応をしていない事からすると、普段からこんな感じらしい。
後からこの二人に聞いた話だが、裏稼業から足を洗わせてくれたニックに、彼等は僕達では想像もつかないくらい感謝しているという。
今回の重要ポストの件を聞いて、もはや崇拝と言っても過言ではないレベルまで達した気がするよ。
「こんな化け物の中に入るんですか?」
トンチンカン含め五人は、トラックを見て少し後退りしていた。
今後、安土に行くなら不思議な物が多い。
あまり驚かないように、教えておかなくては。
「魔力で走る、大型の馬車だと思ってほしい。別に生き物じゃないから、取って食われたりしないよ」
「エアーバッグも完備である。安心するが良い」
コバはエアーバッグの説明を始めたが、それは運転手と助手席だけだ。
荷台に乗る連中には関係無い。
それでも五人は仕組みに驚いていたので、説明するのはやめておいた。
「というわけで、安土へ帰ります。しゅっぱーつ!」
トンチンカンは有能だなぁ。
同じ魔族なのもあるが、安土に戻るまでの道のりで食料調達で大きく貢献してくれた。
金が無い時は自分達で狩りや採取をしていたようで、食べられる野草等にも詳しかった。
「トンチンカンは、下手したら安土で食堂も開けそうだな」
「本当ですか!?」
「変わった野草とかにも詳しいし、美味しく調理出来るならね」
「任せて下さい!食べられる料理にはなりますから」
ん?
食べられる料理には?
「グハッ!」
見事に騙された・・・。
口にする事は出来なくはない。
しかしクソ不味い!
草の青臭さだけじゃなく、何かの苦味まで後から来る。
せっかくの肉が青臭さに負けて、激マズ料理へと変貌していた。
「ぜ、前言撤回だ。食堂は無理・・・」
「せっかく作ったのに。食べられますよ?」
平然と食べる三人の舌は、どうやら壊れているらしい。
佐藤さんはガクガクと震え始め、トロスト商会から来た二人もその場で吐いていた。
「ヒト族には合わないんですかね?」
「いや、俺達もちょっと無理」
「ごめん。僕も・・・」
口を押さえながら言う蘭丸とハクト。
料理は残さずに食べるのが礼儀だと、無理矢理飲み込もうとしていた。
だが、一人だけ彼等の料理を平然と食べる人物が現れた。
「別に食えなくはないのである。慣れれば何とも思わない」
「お、おまっ!よく食えるな」
「食えなくはないと言ったであろう。不味い事は否定しない。むしろクソ不味いのである」
「逆にある意味酷いな」
「ストレートに言ってますからね」
コバにとっては口に入れば同じ。
美味くても不味くてもその時の感情が多少変わるだけで、あまり興味が無いらしい。
不味くても真顔で食えるのは凄いと思う。
科学者なのに、サバイバルで生きていけそうだ。
「ハクトに料理を教わってみれば良い。自分達以外に食べられない物を出すのは、この二人が可哀想だし」
大きく頷く社員二人。
元々暗殺者と知っているからか、注意したくても出来なかったようだ。
後から陰で、涙ながらにお礼を言われた。
「承知しました。ハクト殿、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
ようやく安土が見える場所まで戻ってきた。
トンチンカンの料理の腕はハクトの指導により改善され、社員二人も満足出来る料理にまで達した。
「本当にありがとうございます!」
社員二人がハクトにお礼を言うと、照れながら彼も答えた。
「彼等の知識は凄いです。僕達でも知らない野草も知ってますから。彼等の料理の試食、お願いしますね」
頷く二人。
どうやらこの二人も商売人らしく、トンチンカンの料理に金の匂いを感じ取ったらしい。
変わった料理で美味ければ、客が入るかもしれない。
トロスト商会安土支店は、魚料理をメインに、変わった野草を使った料理も売り出そうと考えているようだった。
「デカイな」
「デカイ」
「凄いお城」
トンチンカンは安土城を見て、ポカンとしている。
まだ街まで距離はあるのに、城は大きく見えているからだ。
「安土城は魔王様が住むに相応しい城。その為、どの城よりも立派に作られたのです」
「私達も様々な場所へ行きましたが、これほどの城は初めて見ますね」
社員二人にも褒められた安土城。
太田はそうでしょうと頷きながら、彼等に安土の素晴らしさを説明している。
「安土は他の国や領地と、結構違うから。頑張って慣れてほしい」
安土へ着くと、トラックを見た門番が、道を空けるように指示を出し始めた。
「魔王様のご帰還である!」
トラックの前を馬で先導してくれるらしい。
誰も前を横切らないので、城まで渋滞にハマるという事は無い。
「安土って、本当に色々な人が居ますね」
「基本的に来るもの拒まず精神だからね。魔族って一言で言っても、色々な種族が来るよ」
「街の中も賑わっていますし、活気に溢れて楽しそうです。ただ気になるのが、あの人は誰ですか?」
商人としてやっていく為に、丁寧な言葉遣いを覚えたトンチンカン。
彼等が気になっていたのは、街中の至る所に貼られている、ある人物の絵だった。
「魔王様が貼られているなら分かるんですけど、あの人は何者なんでしょう?」
「うーん、覚えなくて良いと思うよ」
カメラはコバが居ないから、使えなかったのだろう。
その絵は本人よりも五割増しで美化されていると思われる。
特にお腹周りが。
「マッツンじゃないか!いつの間にこんな事に!?」
「今度、ロックさんに聞いてみよう」
「あのタヌキ、魔王様が居ない間に何を・・・。吊し上げますか?」
太田のセリフが少し怖いが、ハッキリ言ってウザいくらい目に入ってくる。
調子乗ってるようなら、吊し上げても良いかなと思ってきた。
そんな事を考えていたからか、ご本人の登場だ。
「へいへいへーい!待ってたぜお前達!」
彼はトラックの進行方向の脇道から、なんと山車に乗ってやって来た。
その高さは二階相当になる。
屋根の上に乗り、調子に乗って皆に手を振るマッツン。
引いているのは勿論、ゴブリン軍団。
彼等はハチマキをして、法被を着ていた。
祭りの最中なのか?
「トラックなんて目立つモン乗りやがって。だがなぁ、俺様の方が目立つって事を証明してやるぜ!」
「あ、結構です。蘭丸、GO!」
蘭丸はアクセルを踏んだ。
目の前で止まっている山車は、気にしない事にした。
蘭丸も確認の為に振り返りもしなかったので、ウザいと分かっているのだろう。
「お、おい!え?冗談だよな?」
「マッツン!俺達脱出します!」
「へ?おい、俺様はどうなる?ちょっと!いやホント冗談でしょ?」
山車はトラックにぶつかり、倒れた。
マッツンはそのまま山車から放り出され、トラックの下敷きになっていく。
「はうっ!」
マッツンの声が窓から聞こえたが、それを通過して一度停車してみた。
彼は地面に直立不動で寝ていて動かない。
「マッツン、大丈夫かー?」
「お前ぇぇぇ!顔が良いからって、やって良い事と悪い事があるぞ!」
「うるさい。むしろ馬の前に出て邪魔をしたのはお前達だろ」
「痛っ!」
マッツンは停車したトラックの運転席までよじ登り、文句を言ってきた。
しかし蘭丸は、そっちが邪魔をしたのが悪いと全く反省していない。
むしろ僕が行って良しと言ったので、蘭丸は悪くない。
そして僕も悪くない。
「見てみろ!この俺様の饅頭のような綺麗なお腹を。力入れて凹ませてなかったら、今頃は地面に落ちた饅頭になってたぞ」
「どっちも饅頭じゃないか」
「細かい事は良いんだよ。それよりも見てみろ」
街中にあるマッツンの絵が描かれたポスターは、予想外に評判が良かった。
ゴブリンだけでなく、色々な人からも受け入れられた事が分かる。
「どうだ?お前達が居ない間、俺様はこの街で地道に皆から愛される万里小路一夜様として、活躍していたのだ!」
「ポスターにはマッツンって書いてあるけど」
「・・・アレ!?本当だ!」
本人、今更気付いたのかよ。
多分、美化された自分に満足して、文字まで読んでなかった感じだな。
「と、とにかく!俺様は既に、蘭丸とハクト!お前達の人気を越えている」
「俺達は別に、人気取りなんかしてないぞ」
蘭丸とハクトは相手にもしていないような態度を取ると、トラックから降りてこいとマッツンは挑発する。
「面白いから降りても良いよ」
「早く帰りたいんだけどな。分かった。降りるよ」
二人はトラックから降りて、マッツンと横に並んだ。
久しぶりの安土に、二人は変わった所がないか、辺りを見回し始めた。
すると久しぶりに現れた二人に、女性達が殺到する。
「集まれ!我がファン達よ!この俺様の神々しさに、おごぶっ!」
「タヌキ邪魔よ!勘違い芸人枠のアンタが蘭丸くん達の横に並ぶなんて、笑いを通り越して怒りを感じるわ!」