リザードマンの町
ラーメンを売る。
それは当初は計画していたけど、実現には向かないと思っていた。
しかし、もし可能なら?
それはこの世界に、新しい美食の風を吹かせる事になるだろう。
これはハクトに見張りを頼んでいる場合ではない!
ここからは、人目につかないように行動をしなくてはならない。
身体強化で、一気にハクトを呼びに行こう。
というわけで交代ね。
地下室の扉を開ける為、梯子を上り外の様子を伺った。
よし、この周囲に人の気配は無い。
急いでハクトの近くに行くぞ。
数人の傭兵とフードを被った連中が7人。
全体を見回しても、誰かの視線は感じない。
なるべく気付かれないように、木の上から近付こう。
「ハクト、俺だ。ちょっと急ぎの用が出来た。ここは他の連中に任せて、こっちを手伝ってくれ」
「え!?外出てきたの?大丈夫?」
「問題無い。とりあえず俺は先に地下室に戻るから。俺達のスマホは、キミの腕に掛かっている」
返事も聞かずに地下室に戻った俺は、内部の改装をする為に再び交代した。
まずはキッチンだ。
最初は湯気や煙をどうにかする為、内部を横に広くして煙突を作った。
これをどうにかしないと、僕等が一酸化炭素中毒で死ぬだろう。
換気扇も作り、この辺は万全である。
後は排水。
これは下の方に流れる穴を掘り、水を地面に染み込ませられるように工夫した。
臭いはまだ分からないけど、余程臭くない限りは換気で何とかなると思う。
ここまで作るのに約15分。
ハクトが丁度やって来た。
「待っていたよ。ハクト、キミには今からラーメンの完成を急いでもらう。足りない材料があれば、その都度上の連中に頼んでくれ」
「ちょっと待って!何で此処に来てラーメン?今すぐ必要なの?」
その疑問はごもっとも。
だがこれは今すぐ必要なのだ。
何故ならスマホが使えなくなると、調べる事が不便になり戦力低下に繋がる。
戦闘以外にも使える事は多々あり、正直色々な面でキツイ。
とりあえず言っておくが、スマホ依存症ではないからね?
「これは神器であるスマホの使用に関わる重大な事だから。あの時、スマホとラーメン一緒に来たでしょ?だから必要な事なんだよ」
「そっか。確かにあの時、神器と一緒にラーメン食べたんだもんね。僕があのラーメンを再現出来るか分からないけど、神器に負けない物を作ってみせる!」
その素直さに罪悪感を感じるが、これはもう仕方ない。
大した料理も作れない僕等が頑張っても、ラーメンと言ったらカップラーメンにお湯注ぐのが限度なのである。
むしろ神様にカップラーメンを大量に頼んで、高値で売り捌いた方が早くね?などと思ってしまっている。
ただ、スマホの使用料金を取る神様だ。
絶対にタダではくれないはず。
だからラーメンの再現に力を入れて、それを売り捌くのが現実的だろう。
「味見は僕とハクトが、率直な意見を太田に聞こう。後は休憩に戻った連中に、食べてもらったりね」
ハクトは頷くなり、ラーメン作りを開始した。
前回作ったラーメンでも、既にインスタントラーメンよりかは美味かった。
しかしあの時食べたのは、そのような即席ラーメンではない。
ラーメン屋のラーメンなのだ。
試行錯誤を繰り返して作り出す味を、いきなり真似しろなどと言っても難しい。
難しいけど、やるしかないんだ。
そして1日経った今、一杯目のラーメンが完成した。
やはりスープ作りが、どうしても時間が掛かる。
これは手を抜けないので、仕方がない事だろう。
「前回と少し変えたけど、味はどう?」
美味い。
だが、まだお店というよりかは、近所の中華料理屋のラーメンって感じ。
町中華が駄目というわけではないが、やはりちょっと味が違う。
「ちょっとまだ違うかな。もっとスープに深みがあると思う」
「これは美味い!こんな物食べた事無いですよ!?」
太田は初めてだったな。
でもまだまだなんだよ。
「太田は何か感想はあるか?」
「そうですね。率直に言えば太りそうです。なのでワタクシ、この一杯で止めておきますね」
オイィィィ!!
違うだろ!
求めているのは、そういう感想じゃないんだわ!
太りそうって、ラーメンにダイエットなんか求めてねーんだわ!
クソ!筋肉バカめ。
オーガ達に毒され過ぎたか。
「うん、やっぱり違う。麺はまだ及第点だけど、スープがね・・・」
やはり食に関しては厳しい。
もう少し納得が出来るレベルにならないと、多分商品としては出せないだろう。
次は上手くいくはずだ。
そして3日が経った。
約束の魔族は現れず、ラーメンも完成とはならなかった。
「クソッ!僕が求めている味とは違う!何でだ!」
珍しく口が荒い。
此処ではもう作る事は出来ないが、しかしまだタイムリミットではない。
何故なら屋台があるからだ!
「ハクト、外に出よう。まだ完成ではないけど、屋台で作りながら移動は出来るから」
外に出た3人を、蘭丸達が迎えてくれた。
「あんなに美味いのに、まだ完成じゃないのか。神の国の食べ物は、俺達じゃ想像もつかないな」
「私も食べたけど、あんなに美味しい物は初めてだった。でも太田さんから太るって言われたから、二杯しか食べなかったわ」
皆には好評なんだよなぁ。
でもハクトは本物を食べているから、これで満足出来ないというのは分かる。
僕にも味が違うのは分かるけど、アドバイスが出来ない自分がもどかしいな。
「魔王様、やはり来ませんでしたな。傭兵達にも確認しましたが、もしかしたら魔物が居ないから帰ったのでは?という話でした」
「そうか。来なかったのは残念だけど、またいつか機会があると思う。今回は諦めて、先に進もう」
傭兵達には以前と同じ装備を渡し、この場で別れた。
人数が少ない分危険も多いかもしれないけど、それは帝国の作戦に加担したのが悪かったという事で。
運が良ければ、何処かの町や村まで戻れるだろう。
悪ければ、魔物の腹にでも収まりたまえ。
「うーん、あの臭みさえ無くなれば、変わる気がするんだけど。何が足りないんだろう?」
最早、索敵もしていない。
一人でブツブツと思案している。
何も思いつかない僕等が話し掛けても、邪魔になるだけかな。
お金の為もといスマホの為に、頑張ってくれ!
1ヶ月足らずの旅路で、ようやくリザードマンの町が見えてきた。
アレからハクトは何度も試行錯誤を繰り返し、醤油ラーメンに挑戦している。
途中で見つけた香草やキノコ類を試しに入れたりしたが、どれも違ったらしい。
試食をしまくった僕等は、スロウスのお腹がだいぶ出た。
ニッコリ笑顔の太田さんが、それから毎日スロウスと筋トレをする日々を送っていた。
「・・・僕は腹回りだけで良いのに、何でこんなハードな筋トレしなくちゃならないの?」
「ハッハッハ!スロウス殿、その調子ですぞ!ラコーン殿の切れ具合を見てください。ワタクシ達も頑張りましょう!ナイスカット!」
太田はラーメンを食べていないので、全然体重が変わっていない。
他の人も太りはしたが、明らかに見た目に出たのはスロウス1人だけだった。
「豚骨ではなく鶏ガラにした方が・・・。いや、あの味は鶏ガラじゃないと思ったし」
もう町は目の前だが、結局完成はしなかったか。
残念だが、魔物の毛皮等を売って足しにするしかないな。
「マオ、ズンタッタさん達はどうするんだ?もしヒト族が襲撃しに来ていれば、間違いなく敵と見做されるぞ」
「そうだね。ズンタッタ達は一度離れた所で待っていてもらおう。安心して入れそうなら、太田を迎えにやればいいと思う」
「お前がそう言うなら、俺も賛同しよう。ハクトはもう聞いても返事してくれないし、太田殿はお前の言う事には反対しないからな」
「私達は森の中で待っています。もし町の中に入らないようでしたら、以前の地下室のように小屋を作って頂けると助かります」
じゃあそういう事で。
町に向かおう。
町の入口に到着すると、リザードマンの衛兵が立っていた。
ピリピリした様子を見ると、やっぱり帝国の襲撃に遭ったかな?
「おい、お前等。エルフにダークエルフ?獣人とミノタウロスか。随分と雑多な種族の集まりだが、この町に何の用でやってきた?」
「俺達は旅の途中だ。ドワーフの都市へ向かう途中だが、帝国に襲われた町や村の解放にも力を注いでいる。此処には帝国の襲撃は来ていないのか?」
僕の代わりに蘭丸が全て話している。
子供が前にしゃしゃり出ても、多分信用されないからね。
太田でも良いんだけど、蘭丸の方が交渉には向いている。
「帝国の襲撃?そんなモノは無いな。しかし帝国が何故、襲ってくるというのだ?」
テレビもラジオも無い世界。
情報伝達は人伝しかないんだろう。
王子の魔王宣言と魔族襲撃の話は、此処まで伝わっていないようだ。
「詳しい話は此処の町長にしたいのだが。案内してもらえないだろうか?」
「見知らぬ者に町長と会わせる訳にはいかぬ」
「どうすれば会えるのか、教えてほしい。これはこの町だけで済む話ではない。魔族全体の話だ!」
強めの口調で言っているが、どうにもおかしい。
襲撃は来ていないのに、何故こんなに厳戒態勢なのか。
何か別の理由がある?
「蘭丸、ここは中に入るだけにしよう。まずは町の様子を見てから・・・」
「怪しい者達を見つけたぞー!」
怪しい者って何?
僕等じゃないよね。
「すまないが待っていてくれ。まずは怪しい連中の方が先だ」
衛兵達は1人だけ残して、声のする方へ走っていった。
すると、大勢のリザードマンが槍や剣を突きつけながら、複数の人を連れて歩いてきた。
人が多過ぎて見えない。
チビッコの背だと、中の様子が分からないな。
「太田、見えないか?」
「ワタクシもちょっと見えづらいですね。魔王様、私の肩の上に乗ってください」
おぉ!肩車か!
いや、立ち上がった方が見える。
複数の人が文句を言いながら歩いてきている。
ハクトなら聞き取れるんだろうけど、今は役に立たない。
入口の方に来るまで、待っているしかないか。
「ん?あの鎧、もしかして」
「ええい!私達は何もしていない!何故こんな扱いを受けねばならんのだ!」
「ズンタッタ!」
何故、森の中で待機していたズンタッタ達が連行されている?
ヒト族だから?
いや、まだ帝国の襲撃が遭ったわけではないのに、それだけで捕まるのはおかしい。
「ちょっと!その人達、何で捕まってるの!?」
「何だ?ダークエルフの子供!?こいつ等、森の中でずっと町の様子を伺っていたんだ。犯人かその一味に違いない」
犯人?
この町で何が起きてるんだ?
「いやいや!その人達は犯人じゃないよ。僕達と一緒に、さっき此処まで来たんだから。何の疑いで捕まったか知らないけど、僕達が保証するよ!」
「お前等も一味って事か!?じゃあ一緒に来てもらおう」
え・・・。
ちょっと待って!
このままだと冤罪で捕まっちゃうんだけど。
「彼等も俺達も関係無い!何故そんな扱いを受けなくちゃならないんだ!お前等、これで何も無かったら、どう責任取るつもりだ?」
「どうも何も関係無いだろ」
「俺は南にあるエルフの町、海津町の町長森長可の息子、森成利。もし無罪だとしたら、エルフと事を構える覚悟はあるんだろうな?」
いいぞ蘭丸!
よっ!権力者の息子!
カッコいい!
「更に言えば、ダークエルフの子供に見えるこの方だが、神の使徒であり魔王様だからな!」
「え?」
「え?」
僕も衛兵も声が被る。
「コイツ、馬鹿なんじゃないか!?このガキが魔王だってよ!魔王ごっこでもして旅をしてるのか!?」
笑いながら馬鹿にしてきやがった。
この野郎、ちょっと子供だけど本物の魔王だからな!
「貴様等、その笑いをやめろ。ワタクシ、自分の事は我慢する。しかし魔王様を侮辱するとは、笑止千万。貴様等の行為、万死に値する」
ミスリルで新調したバルディッシュを振り回して、ズンタッタ達を捕まえていた衛兵達を蹴散らした。
「貴様!やはりコイツ等が犯人に違いない。戦士団も呼べ!」
「魔王様、申し訳ありません。このズンタッタ、揉め事を起こさぬようにおとなしくしていたのですが、いきなり槍を突きつけられまして・・・」
「いや、ズンタッタ達は抵抗しないでくれたのは助かったよ。むしろ太田がキレちゃったからなぁ。でも僕の為だから、あんまり強く怒りたくないんだよね」
「太田殿!加勢するぞ!」
ラコーンとチトリも剣を構える。
スロウスとシーファクは、ハクトの援護に回った。
「控えい!控えおろう!」
あ、これまたあのパターンだ。
でも印籠は無いぞ。
「此方におわす方を何方と心得る!神の使徒であり真なる魔王たる、阿久野真王様であらせられるぞ!」
「助さん格さん、此処等でもう良いでしょう」
「すけさんかくさんって何ですか?」
ごめんなさい。
言いたかっただけです。
「だからこのガキが魔王の証拠なんて、何処にも無いだろうが!」
リザードマンの1人が叫ぶ。
というか、子供を魔王って言って暴れる連中の言う事を信用しないのは、衛兵として正しい気もする。
じゃあどうやって証明すれば良いのかな?
「お前達、やめなさい!」
ちょっと豪華な衣装を着たリザードマンが、複数のゴツい鎧を着たリザードマンを引き連れてやってきた。
「エルフの町の長の息子というのはキミか?」
「私は此処より南にある海津町の町長森長可の息子、森成利でございます」
蘭丸が丁寧に挨拶したところで、ようやく皆静かになった。
おそらく彼が町長か、それに近い役職のリザードマンだろう。
「私はこの街を治めているアウラールと申す。衛兵達の不適切な言動、誠に申し訳ない」
馬上ながら、此方に向かって頭を下げる。
この人は話が分かる人だろう。
太田が暴れちゃったけど、水に流してくれるかな?
「こちらこそ短気を起こしてしまい、すいませんでした。ところで、先程から会話に出てくる言葉が気になっているんですが。犯人とは何の事ですか?」
「ダークエルフの子供?まあいい。此処で話す事ではないので、私の家まで来てもらいたい」
どうやら歓迎・・・はされてはいない気もするけど、ちゃんと説明はしてくれるようだ。
お茶くらいは出してくれるだろう。
「さて、さっきはすまなかった。こちらにも事情があるのは理解していただきたい」
「犯人とか一味とか言ってましたけど、一体何なんですか?」
ズンタッタと蘭丸を差し置いて話す僕に、どうも違和感があるみたいだ。
2人に目をやりながら、悪ふざけではない事を確認している。
「どうやら本当に、キミがこの中では代表らしいな。成利殿やヒト族の方を差し置いて話し始めたから、少し驚いてしまった」
あぁ、どうも。
本物の魔王です。
「さっきの質問なんですけど」
「あぁ、実はこの町で事件が頻発していてね」
「事件?」