さらばフォルトハイム
一つ目の彼等が、東の領地に住む魔族だった。
彼等は僕が魔王だと信じられないといった様子。
そこで創造魔法を使うと、初めて僕に対しての見る目が変わった。
彼等が持っていたクリスタルは四つ。
以前使っていた物よりは小さいが、それでも今手元にある物と比べるとはるかに大きい。
金貨百枚という相場より多めの金額に、彼等も即答で売る事を約束してくれた。
クリスタルを手にトロスト商会で待っていると、少ししてから一つ目の彼等は訪ねてきてくれた。
僕達の興味は沢山ある。
何故、東の領地は閉ざしているのか?
今後は僕達と、協力関係を築いてくれるのか?
僕の考えは甘かった。
まず領主でもない彼等には、協力関係の話は即答しかねるという。
そして閉ざしている理由も、ようやく話してくれるようになった。
それはこの身体の持ち主である、前魔王が関係していた。
彼の話では、前魔王は協力を躊躇った領主を裏切り者扱いした挙句、妖怪達を二分化させた。
前魔王は自分に従う妖怪を引き連れて、帝国と戦争を起こし敗北。
それに怒った領主は、他の魔族と関わらないように、固く門を閉ざしたという話だった。
話を聞く限り、前魔王のした事は許される事じゃないな。
しかしその割には、入道達三人は僕に対して畏れを抱いているように見える。
「キミ達は何故、僕に対して敬語を使っているのかな?柴田勝家の意志を尊重するなら、僕に敬語なんか使わなくても良いんじゃない?」
「何故と言われても・・・」
返答に困っている入道に代わり、隣の小僧が口を開いた。
「ま、魔王様は、聞いていた魔王像とはかけ離れています!前魔王は独善的で、自分に従わない者には容赦無いと聞いていました。しかし、魔王様はこれだけ仲間がいらっしゃいます。そ、それは尊敬出来る方だからだと、僕は思います!」
なんというか、照れ臭い評価だ。
太田は彼の言葉に大きく頷いて賛同し、彼は見込みがあると言っている。
他の皆も、そこまでではないにしろ異論は無いみたいな感じだ。
「僕はそこまで大した人間じゃないよ。仲間が居るから助かってるし、安土も成り立っているからね。でも、ありがとう」
「私としては、魔王様が前魔王のような人だとは到底思えません。だから越前へと戻り次第、領主様に魔王様と手を組めないかとお話をしてみたいと思います」
「それは助かる!でも、怒ってるのにそんな事を言ったら、キミ達の立場が悪くならない?柴田勝家から目をつけられたりするんじゃないの?」
「それなんですが、さっきは領主と申したんですが、詳しく言うと違いまして。領主様の奥方が激怒されているのです」
領主の奥方?
領主を差し置いてキレてるって、とんでもなく怖いのかな。
もしかして鬼嫁か?
「じゃあ嫁さんの機嫌取りをすれば、交流も復活するかもしれないと?」
「そうですね。領主様は優しい方ですから。奥方様が魔王様を前魔王とは全く違うと分かれば、安土とも交易をすると思います。ただし」
「ただし?」
「帝国が越前国に包囲網を敷いています。交易と言っても簡単には出来ないかと」
やっぱり東にも侵攻はしていたか。
しかしその話ぶりだと、帝国もそう簡単には落とせないといった感じかな。
「三人はどうやって戻るの?包囲網を潜り抜ける方法があると?」
「我々の仲間には、空を飛べる者も居ますから。特定の地点からは、空を飛んで戻ります」
なるほど。
鳥人族以外には、そう簡単にやられないという事だろう。
だが、戦況は刻一刻と変わっている。
「忠告しておこう。帝国は飛行機という空を飛べる乗り物を開発した。安土もそれで一度やられている。僕達の知っている飛行機とは違うかもしれないけど、空中戦も出来るかもと思っていた方が良い」
「飛行機ですか?」
彼等は聞いた事の無い言葉に、首を傾げている。
そこでコバは、飛行機に関して丁寧に説明をしてあげた。
「それは・・・かなり脅威ですね。ここで聞いておかなければ、何も出来ずにやられていたかもしれません」
入道の顔色は悪く、汗も凄い事になっていた。
信じられないといった様子だが、僕達が負けたと聞いたからか、冷や汗が止まらないのだろう。
「柴田勝家とその奥方に伝えておいてよ。僕達が越前国へ訪ねるから、その時に話し合いたいってね」
「承知致しました。私個人としても、皆さんとは仲違いのままでは良くないと思いますので。是非ともお越し下さい。本日はクリスタルを購入していただき、誠にありがとうございました」
入道はそう言うと、小僧を連れて帰っていった。
まさか東の魔族というのが妖怪だったとは。
思いもしなかった展開だが、話が出来た事はかなり大きい。
もし越前国へ行くとなると、やはり海路がベストだろう。
船の件がどうなっているか確認したいし、そろそろ安土に戻る時期なのかもしれないな。
というわけで、蘭姉ちゃんと白子ちゃんの出番です。
今日が最後の職人との会談らしいので、女装ラストになる。
ヨランダと佐藤さんのカメラワークは、一層力が入っていた。
「すんばらしい!」
「笑って!二人とも笑って!すまぁいるだよ、すまぁいる」
ウンザリした顔の蘭丸だが、今日はヨランダ一押しの服装、キャリアウーマン風スーツ美女だという。
見た目から出来る男を醸し出す蘭丸だが、それを女性で表現しようというのがヨランダの狙いらしい。
対してハクトの方は、全く違う路線だった。
彼に用意されたのは、何故かナース服。
ヨランダ曰く、純真さを残す彼には白が似合うという。
「コスプレ大会だよね」
「コスプレって?」
「うーん、いろんな服着て楽しむ事?」
「楽しんでねーよ!楽しんでるのは、向こうの二人だけだろ」
出来る女、蘭姉ちゃんの罵声が聞こえるが、そこは敢えて無視である。
「というわけで、いってらっしゃいませ」
彼等はヨランダを先頭に、トロスト商会から出ていった。
「なんや、行ってもうたんか」
「アレ?後ろの三人は」
「そうや。うちで雇ったんです。似合うやろ?」
ニックが連れてきた三人。
それはかつて自分を暗殺しようとした、三人の獣人だった。
あの幻術は使えるから、僕達が安土へ連れて帰ろうかと思っていたのに。
まさか雇うとは、なかなか神経の太い男だな。
「三人はそれで良いの?」
「何事も経験。裏の稼業より収入は少ないかもしれないが、やってみると面白い。ニック社長に世話になるつもりだ」
「というわけです。ワタシもまさか、ホンマに手伝ってくれると思わなかったんやけどね」
「ニック社長には感謝しています。だからトロスト商会をもっと大きな会社にして、我等の給料ももっと多くしてもらわねば!」
「そうやで!頼むで三人とも」
オー!と手を挙げた三人は、仕事だと言って部屋から出て行った。
楽しんでいるなら何よりだが、惜しく感じて仕方ない。
「それで、何か用があるんじゃないの?」
「そろそろ帰る頃やと聞いたんで」
「耳が聡いね。今会いに行ってるのが、最後の職人らしい」
「それで何やけど、ちょい頼みがあります」
ニックはさっきの三人に関して、頼みがあるという。
どうやら、今後に関する事でかなり重要な話らしい。
「あの三人、安土に連れてったってくれません?」
「何故?新しい仕事に就いて、楽しそうじゃないか」
「勿論三人だけや無いんですけどね。あの三人を、トロスト商会の安土支店で働かせたいんですわ」
彼の考えはこういう事だった。
ライプスブルグ王国へ行ける人は、実力的に限られる。
彼等には今後は安土を拠点にしてもらい、ライプスブルグ王国とフォルトハイム連合への流通を担ってもらうのが目的らしい。
商人としての力も必要になるのだが、それはトロスト商会の商人を数人連れて行って、教えさせるのも目的だという。
魔物や盗賊に襲われても、心配の要らない商人。
ニックにしてはなかなか良い考えだった。
「入ったばっかの見習いに、何やらせよんのやって話もあったんやけど。そこは赤字覚悟の先行投資や。アイツ等なら、トロスト商会の太い柱になってくれるはずやで」
「それで、僕に向こうで手伝ってほしいと?」
「そんな面倒そうな顔せんといて下さい。ワタシ、皆の事を面倒見よったやないですか」
「面倒だとは思ってないよ。かったるいなあって思っただけ」
「同じですやん!」
世話になった人に、そんな事思わないけどね。
揶揄うと面白いから、どうしても意地悪言いたくなってしまう。
「三人に関しては引き受ける。僕達も美味い魚食いたいし、運搬にはしっかりしてもらいたいからね」
いよいよ安土へ戻る日がやって来た。
見送りに来たのはニックだけではなく、パウエルとヨランダ、そしてヤコーブスという代表二人も来ている。
おかげで予想以上に豪華な見送りとなり、周りの人達からは何事かと遠巻きに見られていた。
「マスター、今後はよろしくお願いします」
実はヤコーブスさんとは、お仕事の面でも世話になる事になった。
最高品質の塩をハクトに見せてもらったところ、出来れば手に入れたいとお願いされたのだ。
いくつかの品質を、今後は安土に持ってきてもらう事になっている。
「それと、定期的に鞭で叩かれに行くと思いますので。よろしくお願いします!」
安土のご飯が美味くなるなら、変態とでも商売はするのだ。
「魔王様、いやケンイチくん。ニックの件、世話になったね」
「僕としても世話になってる人ですから」
「それでもありがとう。それと、俺とも紙以外で何か取引してくれると嬉しいんだがね」
わざわざケンイチという名の方で、お礼を言ってくるとは。
パウエルは長年疎遠だったニックと仲直りしたからか、とても嬉しそうだ。
あの後、何度かヨランダと三人で飲みに行ったりもしたらしい。
ちなみにフロート商事からは、連合製の紙を買う事にした。
安土で使っている物よりも品質も良いし耐久性もあるので、長可さんから欲しいと頼まれたのだった。
しかし最後に他の仕事を絡めてくる辺り、やり手だなと思ってしまった。
これがモテる秘訣なのだろうか。
「蘭ちゃん、白子ちゃん。また戻ってきてね!絶対に約束よ!」
号泣のヨランダだが、その手には沢山の写真があった。
二人は写真を横目に顔を引き攣らせながら、ヨランダと抱き合っている。
世話にはなったが、複雑そうな顔をしていた。
「佐藤さんも元気で。また一緒に写真撮りましょうね」
「ヨランダさん、俺フォルトハイムに来て本当に楽しかったっす!」
固い握手を交わす二人。
彼はそっと彼女に、スチールカメラを差し出した。
「現像のやり方を教わったと聞きました。これで、もっと可愛い子を撮って下さい!あわよくば、おとこの娘じゃなくて女の子で俺に紹介を!」
佐藤さん、そっちの道に行ったわけじゃないのか。
単純に可愛い子が好きらしい。
安土にも可愛い子は居るけど、ヒト族じゃないのでそういうのもあるのかもしれない。
「お世話になりました。ホンマは一緒に安土行きたいんですけどね」
「早く安土に、魚を届けられるようにしてくれよ」
「それは女王様に言うて下さいよ。ワタシも楽しみなんで、期待しとって下さい。でも、女王様の事や護衛の事。パウエルとの仲もやな。ホンマおおきに・・・」
ニックは噛み締めるように、僕にお礼を言いながら握手をした。
思うところがあるのかもしれない。
なんだかんだで、彼とは長い旅をしたものだ。
ここで別れるのは少し寂しいけど、最後の別れというわけではない。
「それじゃ、皆さんお世話になりました。またいつか遊びに来ます。それと商売なのは仕方ないけど、あんまり帝国の肩持たないで下さいね」