閉ざす理由
ヤコーブスは尻を蹴られた事で興奮して、商談を内密に聞く事を許してくれた。
犬山達によると、帝国側も僕達同様に東の魔族の情報を集めているらしい。
情報なら何でもという辺り、帝国も東の魔族に対して余裕が無いと思われた。
安土を襲撃したから、次は東を潰したいと考えているのかもしれないな。
パウエルは僕に、東の魔族との関係性を聞いてきた。
彼によると、閉ざす前なら何度か東の魔族から衣類を買い込んだという。
寒い地域らしく量が少ないのか、こちらとは違うからなのか、食料を買い込んで帰るらしい。
それを知れただけでも、僕はありがたかった。
ヤコーブスの案内で、とうとう東の魔族との商談を盗み聞きする事に成功する僕達。
しかしクリスタルが現金の代わりという事で、やはり商談は難航していた。
そこで官兵衛は商談に乱入して、安土へ売る事を条件に全て買い取ると言った。
それでも渋る東の魔族は、長谷部と見た目はヒト族の官兵衛が信用出来ないという。
だったらと言った官兵衛は、僕達が覗いていた襖を、勢いよく開けた。
覗いていた姿のままで固まりながら僕は挨拶をしたが、それよりも気になったのは、彼等が三人とも一つ目だったという事だった。
ヤコーブスとテーブルを挟んで座っているのは、三人とも一つ目だった。
中央には身体の大きな人が。
左右には小さな一つ目が座っていた。
おそらく中央の大きな人は一つ目入道で、小さな二人は一つ目小僧といった感じだろう。
「何者ですか!?」
一人の一つ目小僧が、腰に差している短剣を抜こうとしている。
それを見た太田が、僕と彼の間へと身体を挟んだ。
「魔王様に剣を抜くというのなら、叩き斬りますよ」
「魔王だって!?」
一つ目小僧の目が更に大きくなった。
目ん玉をひん剥いてとは言うが、まさにそれだ。
ちょっとだけ笑いそうになってしまった。
「盗み聞きをして申し訳ない。僕は安土から来た阿久野という。信じられないかもしれないけど、そこの二人も安土の人間だ」
「ヒト族が?」
「安土には様々な種族が住んでいる。魔族でもエルフに獣人、小人族やオーガに加えて、最近はゴブリンも増えたかな。そしてヒト族も迎え入れている」
「安土の話は分かりました。しかし、貴方が魔王というのは信じられません」
リーダーと思われる中央の一つ目入道が、丁寧な言葉遣いとは裏腹に疑念の目で言ってくる。
目が大きいから、分かりやすいというか何というか。
しかし疑われたままなのも、気分が悪い。
「ヤコーブスさん。このテーブル、ちょっと壊しちゃうけど良いですか?」
「へ?あぁ、構わないですけど」
「それじゃ、僕もこの会話に参加させてもらうとします」
僕は天板が木製で脚が鉄製のテーブルを、椅子に作り替えた。
脚の部分は太田用の椅子の脚にして、僕は木製の小さな椅子を作った。
太田と二人、ヤコーブスの隣に座ると、彼等は再び目をひん剥いたまま動かなくなった。
「えっと、どうかしたかな?」
「ハッ!?す、すいません!」
「これが創造魔法!ご無礼をお許し下さい!」
三人は椅子から飛び降り、土下座するように許しを請うてきた。
太田は疑われた事に少し不機嫌だが、そもそも盗み聞きしていた時点でこちらが悪い。
「別に怒ってないよ。だから東の魔族の事を教えてほしい」
「分かりました。その前に、塩の件を解決したいのですが」
彼等にとって、塩の話は重要案件らしい。
東から帝国の網を潜り抜けて、フォルトハイムへ。
かなりの遠回りをしながら辿り着いた、長い旅路だったという。
「では、オイラ達がクリスタルを買い取り、その現金でヤコーブス殿から塩を買うという方法でよろしいですか?」
「ありがたい申し出です。私達としても、それが得策だと思います」
入道の一言で、商談は決まった。
ヤコーブスさんもクリスタルを売買して、現金にする手間が省ける。
三者にとって、ウィンウィンの関係だった。
「それでは、一度現品を見せてもらいましょう」
彼等が持っていたクリスタルは、全部で四つ。
サイズは以前の又左達に持たせた物よりも、小さかった。
それでも今手元にある物よりは、はるかに大きい。
「オイラとしては、悪くない大きさだと思います」
「僕も同意見だ。このサイズが手に入るなら、ありがたく売ってもらいたい」
「それでは、商談成立という事で」
とはいうものの、ハッキリ言ってクリスタルの相場なんか分からない。
買うよとは言ったけど、いくら払うのが正解なんだろう?
ここはやはり専門家に頼るべきかな。
「ヤコーブスさん。買うならいくらくらい?」
「私どももクリスタルの売買は、あまりしておりませんので。申し訳ございません」
塩の売買がメインのヤコーブスさんには、専門外だという。
これは困ったぞ。
「パウエル殿なら知っているのでは?」
「そうだ!あの人は色々と手を出しているって言ってたし、クリスタルも分かるかもしれない」
太田、ナイスアドバイスだ。
僕は急ぎフロート商事まで走り、パウエルに尋ねた。
「クリスタル?そうですね。そのサイズですと、金貨にして二十枚くらいかと」
「ありがとうございます!」
再び走りネイホフまで戻ると、彼等は塩の商談をしていた。
「クリスタル四つで、金貨百枚でどうかな?」
「百枚ですか!?」
この驚き方は、そんなに多いのかという方だろう。
少なくて落胆しているという感じはしない。
少し多めに言ったのもあるけど、今じゃ手に入らない代物だ。
これくらい払っても良いと思う。
「百枚で良いですか?」
「よろしくお願いします!」
入道は即答だった。
僕は太田に持たせていた財布から、金貨を百枚取り出した。
百枚って、そこまで重くないと思うかもしれない。
でも、五百円玉一枚より金貨一枚の方が重いからね。
太田には百枚どころか倍以上持たせてあるので、身体強化が得意な奴にしか財布は預けられないのだ。
キッチリと十枚ずつの束を十列にして見せると、彼等もクリスタルをこちらへと出してくる。
商談成立だ。
彼等も予想外の売り上げに、目が笑っている。
「これで買えるだけの塩をお願いします」
後は僕達の出番ではない。
本来ならここで帰るのだが、僕は入道に最後の頼みを話した。
「塩の件が片付いたら、トロスト商会という場所へ来てもらえますか?」
「トロスト商会ですか?」
聞いた事の無い名前だと、三人とも首を傾げている。
ニックの代になって規模縮小したから、知られてなくても仕方ない。
「私が後で教えますよ。それくらいのアフターサービスはさせていただきます」
ヤコーブスさんには、なんだかんだで世話になってるな。
最初は怖いイメージだったけど、意外に好々爺って感じがしてきた。
変態なのを目を瞑ればだけど。
「では、よろしくお願いします」
「クリスタルじゃないか!しかも大きい!」
蘭丸がクリスタルを見て、驚いている。
コバも手に取って、前回のクリスタルとの違いを確認していた。
「これでまた、武器を作ってもらいたいんだけど」
「任せるのである。確認だが、槍二本とグローブ、バルデッシュで良いのだな?」
「そうだね。それが良いと思う。ちなみに、以前話していた件も大丈夫?」
「試作品は上手くいっているのである。後はこのサイズのクリスタルと組み合わせて、反発しなければ問題無い」
試さないと分からないか。
駄目でもコバと昌幸なら、何とかしてくれると信じよう。
「それと昌幸殿が、弓で面白い物を試作していたのである。帰ったら、完成しているかもしれん」
「弓で?」
弓かぁ。
となると、蘭丸とハクトの二人だな。
この二人にも新しい武器が、とうとう手渡されるという事か。
「良かったな。二人とも」
「俺達が使って良いのか?」
「弓が上手いのは二人だからね。完成してたら、頼むよ」
「やったぜ!」
「うぅ、それはそれで緊張する・・・」
両極端な感想を言っている二人。
それでもこの二人なら、使いこなしてくれると思う。
「なんかエライ喜んでますな」
「ニックか。何か用?」
「何か用って・・・。ワタシの会社なんですけどね。お客さん来てまっせ」
塩の取引はすぐに終わったらしい。
現金化された事でヤコーブスさんも、すんなり決まった額で売ってくれたとの事。
僕の要望に応えて、彼等はトロスト商会へ来てくれたというわけだ。
「というわけで、東の魔族の方々です」
「自己紹介が遅れました。一つ目のちの一です」
「ちの二とちの三です」
これはまさかの、信長ネーミングスタイル?
なんとも呼びづらい。
「なんと呼べば良いですか?」
「我々に敬語など!呼び方は自由でお願いします」
「えっと、それなら入道さんで。二人は小僧で良いかな?」
特に問題は無いらしい。
ちの一さんとか言いづらいわ。
「それじゃ、単刀直入に聞きます。東の領地は、安土と交流を持つ気はある?」
僕は今の質問に、自信を持っていた。
魔王である僕の言葉に、彼等はイエスと即答すると思ったからだ。
敬語は不要で謙る態度の三人なら、良い返事が聞けるはずだと。
しかしそうは問屋が卸さないらしい。
「私どもでは答えかねます・・・」
「どうして?」
「・・・どう答えて良いか、考えさせて下さい」
入道は下を向いたまま、目を閉じている。
左右に座る小僧は、気まずそうな顔をしているのが分かる。
太田は僕の言葉に賛同しなかった事で憤っているが、相手にも理由がある。
僕が待つ姿勢を見せると、おとなしく座っていた。
「魔王様は、先代の御子という事でよろしいですか?」
「先代?いや、先代の子ではないよ」
先代の身体ではあるけどね。
「そうですか。では少しだけ我が領主、柴田様のお話をさせていただきます」
「柴田!?柴田勝家か!」
「ご存知ありませんでしたか?」
「い、いや、名前は知ってるけど」
名前だけで、この世界の柴田勝家がどんな人物かは知らない。
「我が領主は、多種族をまとめているのはご存知ですか?」
「多種族?安土みたいな感じ?」
「それは、妖怪と呼ばれる人達の事ですよね?」
官兵衛が横から口を出すと、彼は頷いた。
「この方の言う通り、越前国は多種族の妖怪で構成されています。我々のようなヒトに近い姿の者も居れば、一反木綿や輪入道のような異形の者もおります」
聞いた事のある名だ。
これはなかなかに興味深い領地だな。
「色々な妖怪が居るのは分かった。でも、それが安土と交流を持とうとしない理由にはならないよね?」
「安土が問題なのではないのです。非常に申しづらいのですが、魔王様が問題でして・・・」
「何故魔王様が問題なのか!」
「太田!ちょっと黙ってて」
「す、すいません・・・」
太田の迫力に、小僧の二人が涙目になっている。
これはこれで少し可愛く見えるが、可哀想だ。
それに入道の話の続きも気になる。
「目の前に居る阿久野様には、特に問題があると申しているのではありません」
「となると、先代に問題があったと?」
「先代が帝国と戦争を起こしたのは、ご存知ですか?」
それくらいは聞いている。
それで亡くなったから、今の僕達が居るのだから。
「あの時に我が領主は、参戦する事に躊躇しました。理由は様々あるのですが、そこで問題が起こりました」
彼は少しだけ、怒りを抑えているようにも見える。
もしかして、入道にも何か手を出したのか?
「問題とは?」
「先代の魔王様はすぐに手を貸さなかった事を理由に、領主様を裏切り者と呼んだのです。そして魔王様と領主様に従う妖怪が二分化され、先代に従った者達は帝国との戦争に向かい、帰ってきませんでした。それに怒った領主様は、他の魔族と断絶したというわけです」