商談乱入
ヤコーブスとパウエルの意見にはそれぞれ理由があった。
やる事が多いから、代表の人数を増やすべきというヤコーブス。
会社を任せて、代表の仕事に専念出来る一人を選ぶべきというパウエル。
二人は更なる良案を求めて、僕達に意見を求めてきたのだった。
官兵衛と太田を伴い、僕は二人との会議に参加した。
途中で僕が魔王だとパウエルにバレてしまい、連合に来た理由を話す事になったりもしてしまったが、案外反応は悪くなかった。
しかし代表の問題は、官兵衛でも難しいという話だった。
頭が良いから強制参加させてみたものの、やはり専門外の事でお手上げという感じらしい。
そこで頼ったのは我が安土が誇る才媛、長可さんだ。
彼女にどういう形を取るかと聞いたところ、代表一人と複数の補佐官を導入するべきだと言っていたようだ。
新たな国の体制に関しての話は終わったが、問題はまだあった。
ローザンネが亡くなり新たな国政を行った場合、再び帝国からの誘惑があるのではという話だ。
彼等は帝国が商売として話を持ち込んできたら、乗る人も出てくるだろうという。
しかしそれは、安土も同様の話だった。
要は彼等は、金次第で動くという事だ。
どちらと親密になっても、敵対国として見られるから気を付けろと注意しておくと、彼等はその辺は重々承知のようだった。
そして帰る直前、ヤコーブスが眠そうな声でとんでもない話をし始めた。
それは閉ざされているはずの東の魔族領から、塩の売買について商談があったという事だった。
ちょ、ちょっと待て!
その話、かなり重要だぞ。
「それ、何て返答したんだ!?」
「まだ商談中です。クリスタルと言われても、小さな粗悪な物かもしれませんし。塩と言っても精製している物とそうでない物でも、値段は変わりますしね。その辺の細かな話は、後日という事にしてあります」
「その商談、僕達も出て良いかな?」
「それはちょっと・・・。流石に信用問題にもなりかねますので」
だよね。
大事な商談に、貴方の知らない人呼んでいいですかなんて、普通は聞けないか。
「良いから俺を呼ばんかい!」
「あひぃ!き、気持ち良い〜!」
(アレ?)
俺が代わりに言ってやったぞ。
(言ったんじゃなくて、蹴ったんじゃないか)
「隣の部屋に居るだけなら、容認しますです!」
「そうか。サンキュー!」
やはり何とかなった。
(嘘だろ!蹴飛ばすだけで、無理を通すなんて)
細かい事は気にすんな!
話が聞けるようになっただけでも、喜べば良いんだ。
「あの〜、話が終わったって聞いたんだけど」
パウエルは先に部屋を出て、帰っていったらしい。
その時に隣の部屋で待っていた犬山達に、声を掛けてくれたようだ。
「悪い。相当長かったよね」
「いや、寝ていたから別に良いんだけど。今聞こえた話に関して、ちょっと良いか?」
聞こえた話というのは、多分東の魔族に関してだろう。
今は帝国でも手が出せないという、辺境の地。
犬山達にも、何か命令が下されてたのかな。
「実はその魔族の件、話を聞いたら帝国にすぐに情報を持ち帰れって指示が来てたんだ」
「やっぱり」
「なんだ。知ってたのか」
「いや、東の魔族は手が出せないって聞いたからね。何でも良いから、弱みを見つけたいんだなと思ったんだ」
すぐに情報を持ち帰れなんて、明らかに焦ってる証拠だしね。
帝国側も余裕が無くなったか?
「それでは商談の日が決まりましたら、後日連絡させていただきます」
長々と話をするのも可哀想だ。
爺さんなのによくもまあ、まる二日間起きていられるなと感心するよ。
「もう夜だし、僕達も帰って休もう。って、寝てばっかりだけど」
それでも寝れる不思議。
朝起きると僕達は、パウエルから呼び出しを食らった。
「キミ達の素性は聞かせてもらったが、どう接すると良いのか。教えてもらいたい」
犬山達は現在、非公認でフォルトハイム連合に滞在している事になっている。
正式な手続きで街にも入っていないので、扱いに困っているのだ。
パウエルは代表なので、その辺はしっかりとしたいみたいだな。
「お、俺達も護衛登録出来ますか?」
「護衛は能力さえあれば普通に出来るが、何故ローザンネはしなかったのかね?」
「彼女の護衛は、イケメンしか駄目なんだって言われました。雉井や五里川は論外だと」
あの女、護衛でハーレムでも作りたかったのか?
あくまでも護衛なんだから、そこは能力重視でやれよ。
だから死んじゃうんだぞ。
今頃は神様の前で、イケメンで強い奴を作れとか愚痴を言ってたりしてね。
「俺達、護衛登録をしてみたいです」
「適度に手を抜いた方が良いよ。他の商人からスカウトされまくるから」
「分かりました。行ってきます」
彼等を客人扱いとして迎える事も出来たと思う。
でも三人は、ローザンネからその存在を隠されるように、ある意味軟禁されるような生活だった。
自分自身の力で自由な生活を勝ち取る方が、彼等にとって有意義なんだと僕は思った。
彼等を見送ると、ちょっとしてからヤコーブスさんからの使いがやって来た。
どうやら東の魔族の件らしい。
商談する日が決まったので、それの連絡だった。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど。魔王様でも東の魔族は、拒絶されてるのですか?」
パウエルさん、意外とストレートに聞いてくるね。
ケンイチの時と違うのは、敬語かどうかという点くらいか?
「そうですね。接点が無いんですよ。僕が魔王になった時には、既に門を閉ざしていたので。話し合う機会を作りたいから、その東から来た魔族と会いたいんですよね」
「なるほど。言われてみると、安土という都市を作って魔王を名乗ったのはごく最近でしたね」
「パウエルさんは東の魔族と、商いをした事はありますか?」
「閉ざす前であれば、何度かあります。主に衣類だったかと」
彼は少し考え込んでから、思い出すように言ってきた。
東の領地はとても寒い。
なので、少し変わった服が手に入るという。
向こうは服を売って、食料を買って帰るのが多かったらしい。
「それと彼等は、魔族の中でも少し変わった風貌をしていますね」
「変わった風貌ですか?」
「この辺りではかなり珍しい種族です。街中では顔を隠しているので、東の魔族と知る事は難しいですが」
という事は、街中ですれ違っている可能性もあるんだ。
顔を隠している人なんか沢山居るから、気付かなかっただけかもしれない。
とりあえず僕は、その日を楽しみに待つ事にした。
東の魔族との商談当日。
僕は官兵衛と長谷部、太田を伴ってヤコーブスさんを訪ねた。
「お待ちしておりました。少しお待ちになっていただきますが、そこはご容赦下さい」
そこまで畏まらなくて良いと思うのだが、直す気は無いようだ。
太田ではなく僕に対してだから、ヤコーブスの会社で働く人達からは不思議そうな目を向けられている。
あまり好奇の眼差しに晒されるのは、好きじゃないんだけどね。
頼み込んでいる手前、文句は言いづらい。
「こちらでお待ち下さい」
通されたのは襖で仕切られたとある一室。
十畳程の和室だった。
襖を少しだけ開けると、隣も同じ作りの和室がある。
「こっちに来るんですか?」
「その通りです。いきなりバッティングしないように、少し早めに来ていただきました。商談が終わるまでは、決して開けないで下さい」
言い換えると、商談が終われば開けて良いんだろう。
ヤコーブスさんは案内を終えると、部屋を出ていった。
「官兵衛は東の魔族について知ってる?」
「オイラも詳しく知りませんね」
「ワタクシも同様です」
長谷部は聞くなという感じだった。
官兵衛も知っていたのは、自分達とは異なった存在だという事くらいで、それ以上は知らないらしい。
何故こんなにも情報が少ないんだろう?
「来た!」
隣を覗いている長谷部が、小声で言ってきた。
見つからないように襖を閉じると、身体強化をしているわけではないが、少しだけ会話が聞こえてくる。
やはり塩が欲しいという内容だった。
「東の領地は、山から塩が取れない状況にあるみたいですね」
「寒いって話だから、山が雪に覆われてしまっているのかもしれない」
ヤコーブスの話し声に、相手は少し渋っているような感じの声がする。
どうやら塩が高いと言っているっぽい。
やはり現金ではなくクリスタルでの取引だから、どうしても細かい調整が出来ないんだろう。
「魔王様。ここはオイラが出ても良いですか?」
「え?だって商談が終わるまでは出るなって」
「あちら側から、聞こえたフリをして登場しますから。上手くいけば、彼等のクリスタルを全ていただきます」
「全て!?よし!頼もう」
官兵衛には何やら秘策があるみたいだ。
杖を持った官兵衛は、長谷部と一緒に部屋を出た。
少ししてから、向こう側の襖が開く音がした。
彼等は大きな声で何者だと叫んでいたが、少し経つと静かになった。
何が起きているのか分からないので、気になって少しだけ襖を開けてみた。
「というわけで、オイラ達トロスト商会が、そのクリスタルを買わせていただきたい」
は?
買うの?
「しかし、我々はトロスト商会などという名前を知らない。何処の馬かも分からない人に、我々のクリスタルを売る事は出来ん」
ごもっともな意見。
今はクリスタルの価値が、相当上がっている。
彼等が販売しないからだ。
彼等も外には出ていないから、どのくらいの市場価値があるのか、分からないんだと思う。
ある程度の高値なら売ると予想したが、それも断る始末。
彼等としては帝国の手に渡るような事は、絶対にしたくないのだろう。
帝国と繋がっているかもしれない知らない連中に、売りたくないのが本音だろうね。
そこで官兵衛達の援護に出たのが、ヤコーブスだった。
「彼等なら心配する必要ありませんよ。お客様は帝国に渡る事を懸念しているのでしょう?」
「・・・」
「彼等のトロスト商会は、むしろ帝国と相反する領地と商いをしていますから」
「相反する?」
「トロスト商会の社長、ニックは安土と取引を主としています」
その言葉に驚いた様子が襖越しに分かった。
ただ、安土と取引はまだしていないので、ヤコーブスさんが勝手に話した嘘だけど。
彼等にはそれが真実かどうかより、安土と取引をしているという言葉の方が衝撃的だったようだ。
疑う事も無く、官兵衛へと確認を取っている。
「本当です。我々はこのクリスタルを、出来れば安土へと売り渡したいと考えています」
考え込む東の魔族。
そこに再びヤコーブスさんからの援護射撃が入った。
「トロスト商会は、古くからある信用出来る商会ですよ。昔はニールセンというフォルトハイムの代表を務めた男が社長でしたからね」
「そうですか。代表である貴方が言うなら、その通りなのでしょう。しかし・・・」
どうしても何かが引っ掛かっている様子。
官兵衛はおもいきって、それが何なのか尋ねた。
「あまり言いたくはないのですが、お二人はヒト族。本当に魔族の領地である安土に売り渡すのか?」
僕は少し意味が分からなかった。
よくよく考えてみると、今の官兵衛は耳も尻尾も斬られて、ヒト族と見た目がほとんど同じだと気付いた。
長谷部と一緒だったからか、ヒト族に間違えられたのだ。
「それではオイラが、安土と関係あればよろしいのですね?」
「疑うようで悪いが、本当であれば問題無いであろう?」
「では、とくとご覧あれ!」
官兵衛の大きな声と共に、襖が開いた。
「こ、こんにちは」
いきなり過ぎて、こんな言葉しか出なかったわ!
アレ?
マジか。
僕、彼等の事知ってるかも。
「キミ達は妖怪だよね。三人とも一つ目だし。一つ目入道と一つ目小僧かな?もしかして東の魔族って、妖怪の集まり?」