連合の政治
佐藤さんが裏切っているとは思えない。
嘉川の能力なのだろうが、かなり特殊な力なんだと思う。
既に逃げられてしまったし、ハッキリ言って疲れた僕等は、早朝になってから解散となった。
パウエルの会社に戻り一眠りすると、起きた時には夕方だった。
ゴリ川の扱いに少し同情しつつ彼等の今後を聞くと、雉井とゴリ川は犬山の指示に従うという事になった。
安土もしくはフランジヴァルドで、彼等には有意義に過ごしてもらいたいと思う。
そして部屋から出ると、外は大混乱だった。
ローザンネという代表が亡くなった事で、国中が大慌てらしい。
僕達はパウエル達に会いに、ネイホフへ行く事になった。
パウエルとヤコーブスはあのまま寝ないで、連合の今後について話し合っていた。
ローザンネの死によって、代表が二人しか居なくなった。
三人の時は意見が割れてもどうにかなったのだが、今はそうもいかない。
彼等が僕等に意見を求めてきたのは、代表を増やすべきか減らすべきかという事だった。
代表の選出かぁ。
難しいところだな。
そもそも代表なんて重要ポジションは、本来なら僕達が口を出しちゃいけない事だと思う。
「増やすべきだと思う理由は?」
「代表を三人にしてきた理由は、司法立法行政の三権分立を目指したからです。しかし問題がありました。三人では抱えきれんのです」
オオゥ!
意外に現代的な国家だな。
まさか日本と同じ仕組みを取っているとは。
「やる事が多過ぎるって事?」
「フォルトハイムは連合です。各都市に任せているところもあるのですが、やはり我々の負荷が大きいのです」
「じゃあ、何故代表を増やさなかったの?」
「皆、代表を勘違いしているんだよ。代表になれば見返りとして、甘い汁が吸えるとね」
ヤコーブスとパウエルはため息を吐きながら、頭を振っていた。
「そもそも昔は十人くらい居たんだよね?何故三人まで減ったのかな?」
この質問は以前ニックに聞いた時は、その甘い汁を三人だけで独占しているからだという話だった。
しかし今の悩みを聞く限り、増やしたいような言い方だと思われる。
「それは簡単です。半分以上、機能していなかったからですよ。代表という地位だけの輩が多く、仕事を任せても期日以内に終わらない。結果、三人まで減ったという感じですね」
「ニックの親父さんも?」
「ニールセンは司法権の担当でしたが、優秀でしたよ。しかし彼も立法や行政には弱く、任せられませんでしたね」
なるほど。
優秀な人材が居ないという事か。
ここでも僕達と同じ悩みを抱えていたとは。
安土は僕のさじ加減なので、そういうのは無い。
しかし国となると別だろうね。
離れた場所まで、僕の名前だけでどうにかなるなんて思えないし。
連合も同じなんだろうな。
「増やそうという理由は分かった。減らしたいという理由は?」
「俺は減らして、代表を一人にするべきだと思っている。会社は別の者に任せて、フォルトハイムの事に専念した方が効率的なんじゃないかとね」
部下に任せても会社は回る。
大企業だからこそ言える言葉だ。
確かにこっちの方が、国を蔑ろにするような事は無い。
名前だけの代表なんかにはならないし、国が良くなる可能性もある。
ただし、一つだけ大きな問題もある。
これは僕に対しても言える事だが、独裁者の誕生になりかねないという点だ。
全てを一人に任せるのだから、本当に信用出来る人を選ばないと最悪の場合、国が滅ぶ事もあるのだから。
「どちらにもメリットデメリットがあるよね」
「だからこそ、皆さんにも良い案を出してもらいたいのです」
ヤコーブスがテーブルを叩き、立ち上がる。
しかし、少しだけ気になる点もあった。
「代表になると、オイシイ点もあったんじゃないの?」
「・・・それはそれ。これはこれ」
「清らかな水だけでは、魚は住めないのですよ」
二人とも悪い顔をしている。
ニックもそれには賛同していた。
商人は皆、根っこは同じなんだな。
「悪いけど、そういうのは俺はパスしたい」
「俺もちょっとね。そういうのは母が詳しいけど、俺は専門外だ」
「じゃあ僕も」
佐藤さんと蘭丸、ハクトは早々にリタイアした。
確かにこんな話、面白くもないだろうし。
官兵衛は強制参加だが、長谷部と太田はどうしようかな。
「二人はどうする?」
「俺に分かるはずがない」
「ワタクシも同意見です。紙に書き出すくらいなら出来ますけど」
長谷部は予想通りの答えだが、太田は書記としては使えるかもしれない。
「じゃあ三人で参加する。官兵衛は僕と太田が居るから、長谷部は帰ってもいいよ」
という事で、残りの連中はニックと共に帰っていった。
この部屋には今、ヤコーブスとパウエルの両代表。
そしてアドバイザーとして僕と官兵衛。
外れた所に太田が一人、書記として座っている。
「パウエルさんは、ニックを代表にしたがるかと思ったんですけど」
「さっきも言ったけど、それはそれだよ。ニックは商人としては優秀だと認めている。しかし政治家としてはね」
この辺は理知的なんだな。
ニック第一主義だと思ってたから、それは安心した。
「マスターは魔王として、どうした方が良いと思いますか?」
「僕は・・・どうだろうね。難しいな」
「魔王?」
あ!
パウエルは知らん話だった。
コレは面倒な話になったぞ。
「お二人とも協力的です。お話ししてもよろしいかと」
「官兵衛が言うなら」
というわけで、二人には僕達の素性と連合にやって来た目的を話した。
「引き抜き、ですか?」
う・・・。
やはり渋い顔をされるか?
ヤコーブスに内緒にしていた件を話すと、案外そうでもなかった。
「良いと思いますよ。実力ある者が埋もれていくだけなら、外に出て力を発揮するべきです」
「お、おぉ。ヤコーブスさんがそう言うとは思わなかった」
「我々もやはり、信用出来る者に任せてしまいますから」
ヤコーブスさんの会社は、年功序列っぽいもんなぁ。
パウエルさんは能力主義っぽいけど。
ただこの人は、能力に見合った賃金を払わなさそうで怖い。
さっきの護衛さんも、護衛以外に事務員としての給料ももらってるのか怪しいし。
「既に来てくれそうな人には、声を掛けてるんだけどね。許してもらえるなら助かります。それよりも、代表についてだ。官兵衛には案がある?」
「流石に政治の話は難しいですね。こういうのは、詳しい人に聞くべきです」
「詳しい人なんて、連合で会ったっけ?」
「連合ではないです。安土に居ります」
官兵衛はそう言うと、電話を取り出した。
なるほど。
そういう事か。
【どういう事ですか?そしてもう眠いです】
寝てて結構。
さて、聞いてみよう。
官兵衛が電話を掛けると、その人は数回のコールで応答した。
「お久しぶりです。長可殿」
「あら、官兵衛さんですか。私に連絡なんて珍しいですね」
官兵衛が独り言を言い始めて、二人はなんのこっちゃと不思議そうな顔をしている。
僕としてはあまり電話を広めたくないので、このまま不思議そうな顔をしていてもらおうと思う。
だから魔法を使用した道具だと言って、誤魔化しておいた。
「なるほど。分かりました。ありがとうございました」
官兵衛の長電話が終わった。
普通ならメモを取ったりするレベルの長さだが、そこは官兵衛である。
全て頭の中に入っているっぽい。
「それで、良い案はあるんでしょうか?」
「大まかな案は聞けました。彼女が国を作るなら、こうするといった感じですけど」
官兵衛は長可さんの案を話し始めた。
長可さんの案はこうだった。
まずは代表は一人。
しかし、フォルトハイムの全てを担うのではなく、補佐官も一緒に選出する。
補佐官は全部で十一人。
代表の不信任案を提出する権利を持たせるという。
それと代表と補佐官は、それなりに大変な役職になる。
その為、連合で商売をしている全社から微々たる税金を納めてもらい、その税金を代表と補佐官各々の会社に分配して、負担を軽減してもらうというのはどうかという話もあった。
そして肝心なのが、代表と補佐官は連合全社の社長の投票で決まるという話だ。
「ハッキリ言って、商人に政治家を兼任させるのは無理です。必ず自分に利益を求めてしまうから。聖人君子になれとは言いませんが、それが出来ると思う人を選ぶべきでしょうね」
「もし代表や補佐官が、利益を求めてしまったら?」
「そうですね。その方の会社の売上、全て没収で良いのでは?」
全てって・・・。
官兵衛、金に関しては結構大雑把だな。
二人とも冷や汗ダラダラだぞ。
利益を求めちゃってたんだろうな。
「あくまでも、ある程度の大まかな案です。オイラ達からしたら他国ですし、参考程度に聞いてもらえればといったところですかね」
「ちなみに安土はどうしてるんですか?」
「安土は魔王様の加減次第ですかね。別に税金とかありませんし、司法権も魔王様が許せばそれまでですから」
「え・・・。なんかガバガバですね」
グハッ!
パウエルさんにガバガバ言われてしまった。
だって税金なんか必要無いくらい、ラーメン屋とかで儲かってるし。
安土で悪い事したら、オーガの連中が捕まえて締め上げるから、やろうとする人居ないし。
僕も見たけど、睡眠無用の一週間ぶっ続け筋トレの刑とか、魔族でも怯えてたレベルだぞ。
「安土には安土のやり方があるの!連合は連合で商業国家なんだから、そういうやり方をしなさいよ」
「はぁ・・・」
パウエルさん、なんか魔王って分かってから厳しいな。
上に立つ者として認められてない感がある。
「マスターの言う通りですね。草案としてはこれがベストでしょう。パウエル、お前が代表になるかね?」
「俺が!?いや、このやり方ですと会社がねぇ・・・。意外と中小企業の連中の方が、やりたがるのでは?」
「各社の売上から支払われる税金か。代表や補佐官を目指した方が、食っていけそうだな」
二人の話し合いは続いた。
正直なところ、もう引き抜きもコソコソとやらなくて良いっぽいし、さっさとこんな部屋から出たいのが本音なんだけど。
そうもいかないのが、ローザンネの件だ。
「ローザンネが殺された事で、おそらくだけど次に代表や補佐官になる人達が、帝国から誘惑されると思う。それに関してはどう対処するつもり?」
「対処と言いましても、それが商売の取引だったら何も言えないですから。ハッキリと分からない限り、我々にはどうしようも無いですね」
「とりあえずは我々が代表の間に、非登録の護衛と収賄容疑の罰則強化くらいは施行しますよ」
「連合は帝国寄りって聞いてたけど、そうでもないのね」
「そこはコレが儲かる方に転がるのは、当たり前ですから」
「魔王様という安土の代表がいらしてますし、変わった物が手に入るならねぇ」
ヤコーブスもパウエルも、親指と人差し指で輪っかを作る。
要するに、儲かればどっちにも付きますよって事だよね。
「あまり帝国に加担し過ぎると、敵対してると見ちゃうからね。逆もまた然りだから、気を付けてよ」
「わざわざそのように心配していただけるとは。流石はマイマスター。ありがとうございます」
「とりあえず、我々もこの辺でお開きにしたいと思います」
二人とも、まる二日間は寝ていないはず。
ここは早々と帰って、休んでもらった方が良いだろう。
「僕等も帰ります。二人も早く休んで下さい」
「そうさせてもらいます。あ、そうそう。マスターにお聞きしたい事があるんでした」
ヤコーブスは草案が決まって肩の荷が軽くなったからか、少し眠そうな声で言ってきた。
「早く寝た方が良いんじゃ?それで聞きたい事とは?」
「先日、東の魔族から塩の取引がしたいと連絡が来ました。金品が少ないからクリスタルで支払いたいという事ですが、あそこは閉ざされていたはずですよね。魔王様ならどういう事なのか分かりますか?」