太田、暴走?
佐藤さんは勝った。
勝ったには勝ったが、腕に残った拳の跡を見ると、当たればタダでは済まなかったと実感していた。
無口くんは兄と相性があまりよろしくなかった。
戦いにおいてではなく、トーク面においてだ。
話し掛けても反応が無く、兄はイライラが募っていた。
しかもようやく返事をしてきたと思ったら、くだらない話の反論である。
無理矢理に無口くんを外へと放り出すと、向こうもいよいよ反撃をしてきた。
普通のナイフ以外に、爆発するナイフと透明なナイフ。
それ等が不自然な軌道を描いて飛んでくる。
ナイフが飛んできた先を見ても敵は見当たらず、兄のイライラは更に募っていく。
僕のアドバイスで、ようやく隠れていると思われる場所を見つけた。
ナイフの爆発に紛れてそこへ飛び込むと、兄は隙を突いて相手を拘束した。
しかし予想外の反応に戸惑う兄。
男の子だと思っていた相手は、女の子だった。
兄の言い訳という名の暴言に、彼女は泣いてしまった。
コレを見る限り、兄に彼女は出来ないだろう。
フッ、女の子の気持ちも分からないとは。
ダサい男だ。
兄は結局、敵である彼女に対して謝罪するのだった。
「心がこもってない。やり直し・・・」
「くっ!この度は!ってか、お前さぁ、生かしてやるだけありがたいと思えよ」
「出た。話を逸らして有耶無耶にしようとしてる。極悪魔王・・・」
「もう良いよ。俺が悪かったよ・・・」
何で俺、勝ったのに気を遣わないといけないんだろ。
段々凹んできた。
確かに男と間違えたっていうのは、言い過ぎたとは思うけど。
ここまで許してくれないものなの?
「許す」
「え?あ、ありがとう」
「僕に感謝しなさい」
「そうね。感謝します。って、お前も殺されないだけ感謝しろよ!」
「うん。感謝する」
素直に言われると、ちょっと狂うな。
よく見ると顔も、中性的だと思っていただけで、ちゃんと女の子っぽい。
まつ毛長いし、顔も小さい。
なんとなく、妹が居るとこんな感じなのかなって思った。
「と、とにかくだ。命の保障だけはするから。お前も負けを認めたなら、あのリーダー仮の男を止めてくれ」
「リーダー仮?あぁ、犬山の事・・・」
「犬山?あのキャッチって言う奴は、犬山って言うのか?」
「犬山。僕は雉井」
犬に雉。
そう来たら、あの頭の悪い男は猿ってか?
「佐藤さんをボコボコにしてた男は、猿?」
「猿?」
あら?
首を傾げて聞いてくる辺り、違ったらしい。
てっきり桃太郎かと思っていたんだが。
「もう一人の男の名前は?」
「五里川」
「ゴリ川?犬に雉って来て、猿じゃなくてゴリラ?」
頷く彼女の顔は真顔だ。
本気で言っているらしい。
しかし、それを後ろで聞いていた人は大爆笑していた。
「アハハハハ!!あ、アイツ、ゴリ川って言うのかよ!確かにあの筋肉を見たら、ゴリラだわ」
佐藤さんが丁度戻ってきた。
どうやらゴリ川を倒したらしい。
「・・・ゴリ川は、どうしたの?」
「安心しろ。顎を打ち抜いて気絶している。しばらくは真っ直ぐ歩けないはずだが、命に別状は無いと思うぞ」
「そう。ありがとう・・・」
え?
おかしくないですか?
俺の時はどれだけ話し掛けても、無言を貫かれたのに。
むしろ彼女、佐藤さんには自ら問い掛けてますよ?
ちょっとジェラシーを感じますよ。
「えっと、この子は女の子?」
小声で俺に聞いてくる佐藤さん。
そうだよね!
やっぱり一見で分からないよね!?
ほら、俺だけがおかしいんじゃなかった。
彼女にはそんな事言えないけど。
また涙目になられても困る。
「キミが降参した事を知れば、犬山は抵抗を止めるかな?」
「分からない・・・」
彼女はそう答えると、自らの足で犬山と太田が居る場所へ向かって行った。
太田と犬山は睨み合っていた。
というよりは、太田は動けないから犬山を見ているだけかもしれない。
しかし犬山の方は余裕が無さそうだ。
俺にはなんとなく分かる。
腕を上げて、手のひらをずっと向けているんだ。
疲れてきたんだと思う。
「その態勢、辛くない?」
「なっ!お前等!?」
「ごめん。負けちゃった・・・」
目を見開いて驚く犬山だったが、雉井が共に行動しているのを見て、少しホッとした顔をしている。
ゴリ川については聞いてこないんだな。
ちょっと可哀想な気もするけど、奴はその程度の扱いなんだろう。
「ゴリ川はどうしたんだ?」
聞いてきました。
その程度とか言ってごめんなさい。
ちゃんと仲間だと思っているんだな。
「猿人ゴリは、俺が倒したよ。殺してはいない。気絶してるだけだから」
「そうか」
「それで、お前はまだ抵抗するつもりか?」
彼の目は、まだ負けを認めていない様子。
最悪の場合、自分の責任とか言って死ぬまでやりそうだな。
「犬山。もうやめよう」
「駄目だ!俺達には責任がある」
「でも、この人達は命は保障するって言ってくれた」
「そんな事、信じられると思うのか?俺達は魔族を殺して、ここまで生き延びてきたんだ。仲間を殺した奴等を、赦すと思っているのか?」
雉井は振り返り、俺の目を見てきた。
うーん、寂しそうな小型犬を見ている感覚に陥ってくるな。
そんな心配そうにしなくても、別に取って食ったりしないんだけど。
それに俺も思うところはある。
「お前等が殺したのは、無抵抗の奴か?」
「え?あ・・・そんな事は無い!」
「じゃあしょうがないんじゃない?」
「は?」
「無抵抗の女子供や老人を殺して回ったならいざ知らず、戦士だった連中だったんだろ?殺さなきゃ自分が殺されてたかもしれないんだし」
俺の返答は、あまりに予想外だったらしい。
驚きを隠せないくらいに、顔が固まっていた。
「う、嘘だ!そんな事を言って、騙し討ちしようとしてるんだろ!」
「何故そんな事をする必要があるんだ?」
「だって現に今、ミノタウロスを人質として捕まえているんだぞ」
なるほど。
太田が人質だと言いたいわけね。
「太田!」
「キャプテン、よろしいのですか?」
「良い。やれ」
何の確認だったのか分からないが、やる気あるし問題無いだろ。
「それでは本気で行きます」
本気?
今、本気って言ったよな?
今まで本気じゃなかったって事?
「ぬうぅぅぅ!!!うんがあぁぁぁ!!」
「えっ!?」
「あ、阿久野くん?コレ、本当に許可して良かったんだよね?」
佐藤さんが口角を引き攣らせながら尋ねてきたが、そんなもんは知らん!
俺だってこんなだと思わなかったんだし。
「か、身体が大きくなってる・・・」
「ゴリ川と同じ。見た目と同様、似た者同士・・・」
犬山の声が震えているのに対し、雉井は緊張感が無い。
この子、大物だわ。
「阿久野くん!身体が大きくなるのは、暴走の前兆じゃなかった!?」
「・・・大丈夫だ。問題無い」
言ってみたかったセリフを、再び言う事が出来た。
俺、感無量だ・・・。
目を閉じてしみじみと浸っていると、佐藤さんが俺の肩を掴んできた。
「オイィィィ!!本当に大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫だよ、佐藤くん。テロレロレン!何処にでもある石ぃ」
その辺にあった手頃な石を拾ってそれを言うと、彼は俺にフックをしてきた。
「危なっ!何してくれてんのよ!」
「ふざけてんなよ!二人で止められんのかって話だ!」
「動きが止まってるし、問題無いよ。頭目掛けて石投げれば、止まるでしょ」
「暴走したら、止めていられないんじゃないの?」
あー、その考えは無かったわ。
ま、この至近距離ならヤバいと思った瞬間に頭目掛けて投げれば大丈夫でしょ。
「ふんがあぁぁぁ!!!」
太田の声が深夜の厩舎に響き渡る。
奥の馬達は、もう命の危険を察知しているんだろう。
大暴れしていた。
あまり暴れると足を怪我したりするし、落ち着かせたいんだけどな。
「な、何なんだコイツは!」
「太田は俺の右腕だぞ。お前なんかじゃ止められないよ」
「ワタクシが右腕・・・。うおりゃあぁぁぁ!!」
俺の言葉に反応してチラッとこっちを見た太田は、白い歯を見せて笑っていた。
相当嬉しいらしい。
(ちょっと、そんな簡単に右腕とか言っていいの?又左が聞いたら、落ち込んじゃうよ)
そういえばそうだったな。
でも言っちゃったし。
それに俺の右腕は、太田だと本気で思ってるから。
(えぇ・・・。太田が右腕って、何か違う気がするんだけど)
でも、今更やっぱり違ったなんて言ってみろ。
太田、しばらく立ち直れないぞ。
あっ!
良い事思いついた!
(ロクでもない事な気がしてならないけど、一応聞いてあげよう)
失礼な奴だな。
まあそれは置いといて。
俺の右腕は太田だ。
だけど、お前の右腕は又左って事でどうだ?
(うん?)
太田が言う分け方をするなら、キャプテンの右腕は太田。
魔王の右腕は又左って感じだな。
これなら二人とも納得するんじゃないか?
(なるほどねぇ。悪くない案だ。僕はどちらかというと、官兵衛が右腕の方が良いけど)
それは駄目だ。
俺だってそっちの方が良い。
というか、官兵衛は俺達の頭脳って事にしておこう。
(それが一番だね。ところで太田の身体が、そろそろヤバい域に入ってきたと思うんだけど)
身体が赤くなってきたな。
コレが黒くなってきたら、いよいよ暴れ始める兆候だ。
前みたいにブモーって言い始めたら、頭狙うわ。
「フウゥゥ・・・」
太田の様子がいつもと違う?
コレくらい赤くなると、叫び始めるんだけどな。
「で、デカくなっただけだろ。見掛け倒しだ」
見掛け倒しじゃないけど、俺も気になるから犬山の対応を見てからどうするか判断する事にしよう。
「阿久野くん、暴走ってどうなるんだ?」
「身体が赤くなってから、段々と赤黒くなっていく。最終的に真っ黒になったら、自爆するとか聞いたけど」
「オイィィィ!!お前、そんなのを悠長に見ていたのか!?」
佐藤さんは俺の首を絞めて、ガクガクと身体を揺すってきた。
本気なのか冗談なのか、イマイチ分からん。
「佐藤さん落ち着けって。さっきから以前と違うんだよね。以前と同じなら、今頃は大暴れしているはずなんだ」
「でも、今回は違うと?」
「多分だけど」
「暴れませんよ。ワタクシは」
「太田!?」
太田の身体が、赤いままで止まっている。
意識もあるし、受け答えも普通に出来ている。
「お前、暴走しないのか?」
「センカク殿との特訓の成果が、今の姿です」
身体は赤くなり、二回り以上大きくなった。
この赤い身体は熱なのか?
身体全体から湯気っぽいのが出ている。
「そ、そんなの五里川と変わらない!」
長時間向けていた為に震えている腕を、左手で支えている。
俺にはその手が、動くなと言っているように見えた。
「太田、歩けるのか?」
「ぬん!」
掛け声一つで、太田は右足を前に出した。
更に左足を一歩、続けて右足を出す。
雪の中を歩くような仕草で、少しずつ犬山へと迫る太田。
「ば、馬鹿な!?俺の能力は、五里川だって動けないんだぞ!?」
「本気を出せば容易いですぞ。それと青年。自分が何処に立っているのか、分かっているのかね?」
太田と犬山の間には、まだ距離があるように見える。
だが、それは一般的な意味でだ。
身体が大きくなった太田は、今では両手で持っていたバルディッシュを片手で持っていた。
腕を伸ばして振るえば、犬山の身体は胴から真っ二つになるだろう。
「犬山。もう良いでしょ?死んじゃうよ・・・?」
「キャプテン。指示を」
バルディッシュを振るう態勢に入った太田だが、雉井はそれを止めてほしそうに俺を見てくる。
悪いが俺は、止めようとは思わない。
自分の意志で決めないと、後々シコリになると思ったからだ。
「犬山だったっけ?お前が決めろよ。死にたきゃ何も言わなくていい。だけど、お前に付いてきた仲間の事が心配なら、何を言えば分かるよな?」
俺の言葉に奴は考えるまでもなく、やれやれと言った表情で言ってきた。
「参った。降参だ。全面的に降伏する。彼等の命だけは助けてやってくれ」