キャプテン謝罪する
リーダーらしき男の能力は、ある程度分かった。
有効範囲や時間制限等、不明な点は多々あるものの、手のひらさえ注意すれば問題無い。
佐藤さんも馬鹿の相手をするべく、厩舎の外へと出ていってしまった。
となると、目の前で対峙する無口な男の相手をするだけである。
佐藤さんは狭い一本道に誘い込まれた。
狭過ぎて出ていったはずなのだが、結局狭い道を選んでいた。
やはり馬鹿なのだろうか?
しかしそれなりに、考えがあったようだ。
彼は狭い一本道なら佐藤さんからの攻撃も当たるが、自分の攻撃も当たると考えていたらしい。
筋肉肥大という能力を持つ彼は、その能力でドンドンと身体を大きくしていく。
不意打ちのボディブローを食らった佐藤さんも、ガードをしても吹き飛ぶ威力だった。
だが佐藤さんも、これで終わらない。
男の身体が大きくなった事で、狭い道が仇となった。
佐藤さんはその隙を見逃さず、アッパーからフック、そして顎に渾身のストレートを打ち込んだ。
倒れた男に佐藤さんは、如何に筋肉が大きくなろうとも脳を守る事は出来ないと言い残したのだった。
不意打ちを警戒しながらも、佐藤は男の顔を覗き込んだ。
やはり意識を失っている。
「独り言になっちまったか。太田殿も身動き出来ないし心配だけど。それよりも」
彼は打たれた腕を見た。
大きな拳の跡が残っていて、赤くなっている。
「確かに当たってたら、死んでもおかしくない威力だったかな」
動かない男を一瞥して彼はボソッと呟くと、厩舎へと走り始めた。
厩舎の奥から、深夜だというのに馬の鳴き声がずっと聞こえている。
馬は馬鹿とは違い、人間の空気が読めると聞く。
悲しそうな人が居れば慰めるらしいし、怒ってる人には近寄らない。
おそらく俺達が敵対している空気は、彼等には毒でしかないのだろう。
「お前は外に出ないのか?」
「・・・」
ホントにムカつく。
俺をイラつかせる為の作戦なのか、一切俺の問いには答えようとしない。
「馬が可哀想だから、外に出たいんだけど。外なら迷惑にならないだろ。下手したらお前等、逃げ切っても馬に被害が出たら請求されるからな」
「・・・請求する先なんか無いのに無駄でしょ」
喋りやがった!
しかもくだらない事に対する反論で。
「帝国に請求が来るんじゃない?それか雇い主だとバレたローザンネかもね」
「・・・どちらも困る」
「じゃあ外に出るべきだろ」
「馬が怯えているのは、お前のせい・・・。僕達じゃない」
なぬ!?
何で俺のせいなんだ?
別に威圧感を出してもいないし、魔力がダダ漏れになっているわけでもない。
コイツが言う理由が、俺には全く思い当たらないのだが。
・・・ハッタリか?
「俺じゃないだろ。魔力も威圧感も出てないからな」
「お前、自分で言った。馬は空気が読めると。お前の危険度が、馬には分かっている・・・」
むむむ!?
言いくるめられてしまった気がするが、そう言われると反論出来ない。
確かに馬は、危険察知能力が長けている。
肉食獣からの脅威を避ける為なんだろうけど、俺もそれと同等の扱いなのか?
強さを求めるなら悪い気もしない。
でも、危険な男を目指してるわけじゃないので、微妙な気持ちにさせられるな。
「だったら外に出るぞ。尚更馬が可哀想だ」
「・・・嫌だ。外に出るなら勝手に出ればいい」
「お前、ふざけんなよ!」
「ふざけてない・・・。お前が外に出れば、後は二人で牛を倒すだけ」
「・・・分かった。力づくで出す事にする」
俺は集中して、足と腕だけ魔力で強化した。
奴は俺の動きを全く見切れないまま、腕を掴まれてしまう。
「は、離せ!」
「外に出ろ」
勢いよく扉の方へ投げると、木の扉を真っ二つにして外へと飛んでいく。
ゴロゴロと転がりながら、奴は向かいの小屋の壁に激突した。
「痛っ・・・」
「無口くんよ。お前、このままだと死んじゃうぞ。お前が俺に勝てるわけないだろ」
「・・・」
また無口に戻ってしまった。
無口くんと言ったのが気に食わなかったか?
でも俺の言った死んじゃうという言葉は、嘘じゃない。
さっき投げたように、俺の動きを全く見えていない時点で勝ち目は無い。
ナイフで胸に刺したら、それだけで終わりだ。
そんな事しないけど。
個人的にコイツ、あんまり悪い奴に思えないんだよな。
「投降する気は無い?勿論、今までの全てを洗いざらい話してもらうけど、命に関わるような事はしないし、させるつもりも無い」
「・・・」
やはり無言。
俺、嫌われてるなぁ。
と思ったのだが、何かを胸の内に秘めたものがあるらしい。
「何もしないで負けを認めるなんて。今までの事を考えれば、そんな事出来るわけが無い!」
今までで一番大きな声を出したと思ったら、ナイフを取り出してきた。
右手に三本、左手に二本。
それを同時に投げると、俺目掛けて飛んできた。
「だから、ネタバレしてるんだって」
木製バットで五本のナイフを打つように受け止めると、再びナイフを取り出している。
全く同じ攻撃を繰り出してくるが、俺は油断していた。
「投げるナイフが無くなるぞ。早く負けを認め、へ?」
バットで同じようにナイフを受け止めると、それから薄らと煙が出ている事に気付いた。
だが、時すでに遅し。
ナイフがバットを巻き込んで爆発した。
咄嗟にバットを振って投げたものの、予想以上の爆風に、俺の視界は塞がれてしまう。
「油断大敵。馬鹿が見る。弱者は弱者の戦い方をする・・・」
煙の奥から声がする。
小さな声で普通なら聞こえないが、五感を集中していたので耳に入った。
煙が晴れると、既に奴の姿は無い。
何処かに隠れたようだ。
深夜の爆発音に、人が集まってくる可能性もある。
人ゴミなんか出来たら、逃げるのに好都合だ。
さっさと無力化させないと!
「ん?おわっ!コレもナイフ?」
何か透明な物が飛んできた気がした。
自分の勘を信じてバットを振ると、そこには何かが刺さった音がする。
バットをよく見てみると、透明なプラスチックのような物で出来たナイフが、バットに刺さっていた。
「あ、危ねぇ・・・。隠れられると、予想以上に面倒な攻撃だな」
何処からか飛んでくるナイフ。
しかし飛んできた先に、投げた相手が居るとは限らない。
奴は軌道を自由に変える事が出来る。
またさっきとは違う場所から飛んできた。
「ちっ!」
今度は普通のナイフだと思っていたら、爆破するナイフだった。
バットを投げると、爆発の中から普通のナイフが飛んでくる。
それと同時に、後ろからは透明なナイフ。
厄介過ぎる!
「何だよ!チマチマ隠れて攻撃しやがって!」
イラつく俺だったが、これをもし佐藤さんが聞いていたら、笑っていたかもしれない。
言っている事が、あの筋肉馬鹿と同じだからだ。
とりあえず俺は、ナイフが飛んできている方へと、避けながら向かってみた。
向こう側の木の裏を覗くと、やはり誰も居ない。
今度は建物の陰を見ても、石材が置いてあるだけ。
しかも馬鹿にしたように、爆破ナイフが石材に向かって投げられていた。
爆発した事で石の破片が、俺に向かって飛んでくる。
耐えられない程ではないが、本当に面倒だと思った。
「ムカつく〜!全然見つからん!何処に居るんだよ!」
「・・・」
自分の居場所を言うほど馬鹿ではない。
というか、ただ無口なだけかもしれないけど。
「いい加減、出てこいよ!じゃないと厩舎の中のリーダーの方に行っちゃうからな!」
「・・・」
反応無し。
それはそれで自分は逃げられるから、OKとでも思ってるのかもしれない。
深夜の街中で、静かに相手を捕まえる。
予想以上に厄介だと、今更になって理解してきた。
しかも相手は、かくれんぼが得意ときている。
ど、どうしよう・・・。
(法則でも見つからない?例えば、右から順に飛んでくるとか)
前後同時とかあるんだ。
順番は関係無いんじゃないか?
(じゃあ、逆で考えてみよう)
逆?
飛んでくる順番の逆ってどういう事だ?
(違うよ。飛んでくる方を考えるんじゃなくて、飛んできてない方を考えるんだ。自分が隠れているからこそ、そっちの方からは投げづらいって考えもある)
なるほど!
確かに一理ある。
ちょっと探ってみよう。
「普通のナイフ以外には、爆破と透明だけか?まだあるんじゃないのか?」
「・・・」
返事が無いのは分かっている。
それよりも、何処からナイフが飛んでくるかだ。
「おっと、これは普通のナイフ」
右から普通のナイフを投げて視線を動かしてきたところを、真正面から透明なナイフか。
右と正面は居ないと。
「おわっ!」
後ろから飛んできたナイフは、俺を直接狙わなかったようだ。
背後の足下で爆破が起きると、俺は爆風で前のめりになった。
そこへ前と右からナイフが飛んできている。
えっと、残ってるのは・・・左?
(左って、厩舎の方じゃないか!)
まさかの場所だ。
俺は気付かないフリをして、爆破のナイフに合わせて少し厩舎の方へと吹き飛ぶような動きをした。
「クソー。本当に面倒だなぁ」
チラッと厩舎の方を確認すると、ある事に気付いた。
厩舎の奥の方から、ナイフが飛んできているのだ。
おそらく馬の居る方を抜けて、見えないように裏を通しているのだろう。
そこから各建物や木の陰に隠して、あたかもそっちから狙っているように見せていたっぽい。
「・・・頭良いな」
思わず口に出てしまった。
聞こえる距離ではないだろうけど、せっかく近付いたんだ。
バレたりしたら、また逃げられるかもしれないし。
ここは逆に爆発の煙に紛れて、一気に詰め寄る事にしよう。
「今だ!」
爆発のナイフを受けたバットを厩舎の方へ投げると、入口付近が煙で視界が悪くなった。
すかさず厩舎へ入ると、入口すぐ近くで奴を見つけた。
バレているとは思わなかったのだろう。
ナイフを準備していなかったのを見て、俺は咄嗟に身体を押さえつけた。
「キャッ!」
「キャッ?」
「このスケベ魔王!」
後ろから羽交い締めにしていると、いきなりスケベと言われてしまった。
「何言ってんだ!?俺の何処が・・・え?もしかして女?」
さっきは気付かなかったけど、腕とか腰とか細い。
いやいや!
そんなわけないな。
「変な所を触ろうとするな!」
少しだけ胸の方へ手を持っていこうとすると、バタバタと暴れ始めた。
「この野郎!暴れるな」
「僕は野郎じゃない」
もしかしなくても、女だったらしい。
俺、初めて女の子の身体を、こんな近くで触ってるかもしれない!
(兄さん、そのセリフは変態にしか聞こえないよ。口にしなくて正解だ)
うっ・・・。
その通りだ。
危なかった。
「このまま暴れると、骨を折らざるを得ない。抵抗しないでくれたら、手を放すよ」
「・・・分かった」
手をだらんと下げたので、俺も彼女の拘束を解いた。
万が一いきなりナイフを投げてきても大丈夫なように、警戒はしていたけどね。
しかし実力差を認めたのか、諦めたらしい。
「スケベ魔王。胸を触られた・・・」
「触ってない!濡れ衣だろ!」
「肘が触れた。エッチ・・・」
「あんなの分かるか!全然感触も何も無かったぞ。むしろ男だと思ってたのに」
「・・・酷い」
少し涙目の彼女。
え?
これ、俺が泣かした事になるの?
(これは兄さんのせいでしょう!しかも男だと思ってたとか言っちゃうんだ。酷いな。本当に酷い)
俺のせい!?
お前だって男だと思ってただろうが!
男三人って言ってたじゃないか!
(記憶にございません。それよりも、凹んでるよ。謝らないと!)
うぅ、納得いかん。
だけど、泣かせるのはもっと嫌だし。
「この度は、私の勘違いで貴女を傷つけてしまいまして、誠に申し訳ございません。貴女の魅力に、思わず手が出てしまったというか。まあそんな感じなので、許して下さい」