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佐藤の拳

 佐藤さんのおかげで、ひとまずの危機は脱出出来た。

 全貌は分からないが、手のひらを向けられてキャッチと叫ばれると足が地面から離れなくなる。

 それを佐藤さんに伝えると、華麗なステップで三人を翻弄していた。

 その力の一端を見た三人は、狙いを佐藤さんへと変更。

 そして手のひらを彼へと向けていたのだが、それは僕達へと変わっていく。


 リリース。

 少ししてからすぐにキャッチと叫ばれると、今度は僕と佐藤さんが捕まってしまった。

 佐藤さんが馬鹿によってボコボコにされている頃、僕は無口くんから投げナイフの洗礼を浴びる事になった。

 土壁を全面に展開して守ったものの、おかげで外の様子が全く分からない状況に陥ってしまう。

 兄なら飛んでくるナイフも掴める。

 交代を申し出た直後、僕達は腹を蹴られた。


 蹴られる直前に兄に交代していなかったら、今頃は大怪我をしていただろう。

 それを援護にやって来た太田が見ると、彼は僕がやられたのだと激怒。

 リーダーらしき男へと迫っていった。

 リリースと言われ再び自由を取り戻した僕達だったが、代わりに太田が捕まってしまう。

 しかし僕は、それを見て彼の能力の一端に気付く事が出来た。

 彼の能力は、一度捕まえたら離さないと、もう一度捕まえられないというものだった。





 キャッチアンドリリース。

 俺達はブラックバスの代わりって事かよ。

 しかし手品のタネさえ分かれば問題無い。



(まだ油断は出来ないよ。有効な距離も分からなければ、時間や人数の制限も分からない)


 そうだな。

 もしリリース直後にすぐにキャッチ出来るなら、俺達三人まとめて捕まえる事も出来るし。

 奴の手のひらには気を付けよう。

 それよりも、この無口ナイフ使いをどうにかするか。



「動けるようになった今、どうなるか分かってるよな?」


「・・・」


「三対三になった今、お前を助ける奴は居ないぞ」


「・・・」


「何か言えよ!一人で喋ってて、俺がアホみたいじゃないか」


 無口にも程がある。

 アレだけ喋りかけてるのに無言とか、コミュニケーション取れない奴なのか?



「大丈夫か?相手変わるか?」


「大丈夫・・・」


「喋るのかよ!」


 馬鹿に話し掛けられたら、キッチリと返事をしている。

 俺だけ無視とか、喧嘩売ってるとしか思えん。



「お前の相手は魔王なんだから、無茶するなよ」


「分かった・・・」


 味方には優しい馬鹿のようだ。

 友達だったら悪い奴じゃなかったのかもな。

 俺の方をチラチラと見ている感じからすると、ヤバくなったら手助けしようとか考えてるのかもしれない。

 しかし、そんな空気が読めない人が一人、こちら側にも居た。



「オラァ!よそ見してんじゃねぇよ!」


「ウッ!」


 右のロングフックを食らって、優しい馬鹿は吹き飛んでいく。

 今の攻撃だけでも結構大ダメージだと思うんだが、コイツはコキコキと首を鳴らしながら普通に立ち上がった。



「痛えなぁ。ただ、痛えだけだけどな」


「馬鹿のくせに生意気な」


「馬鹿じゃねえよ!」


 いや、アレだけ挑発に乗れば馬鹿だろ。

 一つだけ加えるならば、ただの馬鹿ではない。

 頑丈な馬鹿だ。



「お前、味方を気にしながら俺とやろうなんて考えてるなら、即座にぶっ飛ばすぞ」


「俺に指図するんじゃねぇ」


 殴り掛かる馬鹿のパンチを軽々と避ける佐藤は、それを逆手にカウンターをお見舞いする。

 これには流石によろけた男は、自ら扉の近くへと向かっていく。



「悪い!この中だと狭過ぎて避けきれねえ。俺は外に行く」


「分かった・・・」


 佐藤さんも奴を追って、外へ出て行ってしまった。

 借りを返すつもりだろう。

 さっき殴られまくっていたのだから、戦闘不能になるくらいはボコボコにしそうな気がする。



「お前が一人で俺の相手?」


「・・・」


 クソー。

 俺とは意地でも話さないつもりか。

 こうなったらビックリさせて声を出させるか、呻き声でも上げさせてやる。





 外に出た男は、厩舎から離れ、狭い一本道まで来た所で止まった。



「ここならお前の動きも見切れる。速いだけの男なんか、大した事ねーんだよ」


 狭い道なら動きが制限される。

 男はそれを思いついた事を、心の中で自画自賛していた。

 優越感に浸っているところに、佐藤の言葉が現実に戻す。



「勘違いするな。本気でやったらすぐに終わるから、手加減してやったんだろ。そんな事も分からないなんて、やっぱり馬鹿だな」


「俺は馬鹿じゃねぇ!」


「やっぱり馬鹿だな。お前から動いたら意味無いだろ」


 狭い道に誘い込んだというのに、自分から広い道へと押し出すように殴り掛かっている。

 だが佐藤はその攻撃を敢えて受けた。



「おぉ!力は太田殿並みの馬鹿力か。あ、やっぱり馬鹿だった」


「お前ぇぇ!」


 右に左に腕を振ってくる男の拳を、グローブで軽く受け流すと、前のめりにバランスを崩した男の顔面にジャブを数発叩き込んだ。



「痛っ!チマチマチマチマ、本当に面倒な奴だ」


「本当に頑丈だなぁ」


「お前のパンチは軽過ぎるんだよ」


「太田殿と代わった方が良かったか?」


「・・・お前で十分だな」


 少し悩んだ後、顔を歪めて答える男。

 考えるまでもない。

 悩む時点で馬鹿だと思う佐藤。

 顔が駄目なら、身体に叩き込む。

 視線でフェイントを入れ、顔にガードを集中させたところにボディブローを狙った。



「フン!」


「マジかよ!」


「なんとなく雰囲気が変わったからな。顔じゃなかったら、腹を狙ってくるだろうと思ったんだ」


 意外と筋肉質な身体に、佐藤は驚いた。

 プロの格闘家並みの腹筋をしている。

 腹を叩いた感想がそれだった。



「お前、日本に居た時は何かしてたのか?」


「筋トレだ!」


「そうじゃなくて。スポーツや格闘技の事を聞いたのだが・・・」


「スポーツぅ?・・・中高帰宅部だ」


「それでその腹筋!?おかしいだろ!」


 理不尽な筋肉に叫ぶ佐藤。

 自分の腹を軽く触って比べているが、苦い顔していた。



「あっ!」


「何だ!」


 神妙な顔で声を上げる男を見て、佐藤は思わず聞き返してしまった。



「毎日自転車で学校に通っていた」


 心底どうでもいい情報だ。



 ん?

 という事は、もしかしてパンチよりキックの方が強いのでは?

 よく見ると、ふくらはぎも結構締まっている。

 パンチしか狙ってこないから気にしなかったが、キックだったら危ないのかもしれない。

 意外とどうでも良くない、有力情報だった。



「悪いが本気で行かせてもらうぞ」


「さっきから本気じゃないのか?」


「本気の本気だ!ハアァァァ!!」


 何やら力み始めた男。

 名乗りとかそういうのを見ているだけなのは、何処ぞの戦隊モノの敵役だけ。

 佐藤はすぐに、大振りのボディブローを入れた。



「オボァ!」


 ジャブやコンパクトに振っていたパンチと違い、おもいきり強めの拳だった。

 流石に耐えきれなかったのか、口から胃液のような物が吐き出される。

 腹を押さえて膝を屈した男は、涙目で訴えてきた。



「ひ、卑怯だぞ・・・」


「命のやり取りに、綺麗も汚いも無い。お前達だって、動きを止める能力者が居たじゃないか。アレは汚くないのか?」


「能力は能力だ」


「俺だってボクシングが得意なだけだ」


 言い返せない男だったが、ある事に佐藤は気付く。

 男の身体が一回り大きくなっている。

 蹲っていたので分からなかったが、立ち上がると自分と同じくらいの身長だったはずが、頭ひとつ抜け出しているのだ。



「お前の能力か?」


「今頃気付いたか。俺の能力は筋肉肥大。これはまだ一段階目。まだ大きくなるからな」


 男の大振りのパンチが、佐藤目掛けて飛んでくる。

 しかし彼にしてみたら、余裕で避けられる速さだ。

 再びグローブの内側で拳を下へと叩き落とすと、勢いそのままにワンツースリーと顔にジャブとストレートを入れた。



「ぐぬっ!」


「効いてきたみたいだな」


 たたらを踏んで後ろに下がる男に、佐藤は奴のスタミナが無くなってきた事に気付いた。



「このっ!逃げるな!」


 ストレートという名の、左右の拳を振り回すだけのパンチを繰り出す男。



 避けられ続けた男は、ある事に気付いた。

 前からしか攻撃していなかったのだと。

 ストレートばかりに気を取られ、油断したところにアッパーやフックを使えば当たるはず。

 ニヤリと笑うと、男は佐藤に反撃をする隙を与えないように、とにかく手を出し続けた。



「おいおい、そんな事しているとすぐに疲れるぞ」


「お前みたいな軟弱な男と一緒にするな!」


「その割には、息が上がっているじゃないか」


「う、うるさい!」



 おかしい。

 いつもならパンチがすぐに当たって、敵の首の骨を折っているはずなのに。

 自分の考えは間違っていたのか?

 彼は更に考えた結果、筋肉量をもう一段階増やす事にした。

 更に筋肉が増えれば、スピードも増すはずだと思ったのだ。



「ぬぅん!」


「で、デカイな。太田殿と同じくらいになったぞ」


「今ならあの牛とも戦えるさ。俺の方が筋肉凄いがな」



 もし相手が太田なら、それは聞き捨てならないと言い返していただろう。

 鍛えられた実戦的な筋肉だと自負する太田は、彼と競い合うに決まっている。

 そう思った佐藤は、やはり自分が相手で良かったと心の中で思っていた。



「最後にもう一段階!ぐぬぬ!この姿になれば、当たれば一撃で死ぬ。諦めるんだな」


 今の男は確実に太田より大きい。

 身体も激しい運動した後のように、湯気のような煙が身体から上っていた。



「行くぞ!」


 男はストレートを出すと、先程のようにグローブで落とされると思っていた。

 しかし、嬉しい誤算もあったらしい。



「お、重い・・・」


 自分の拳を逸らしきれずに、佐藤が吹き飛んだのだ。

 これにはパンチを出した自分も驚いている。



「このっ!このこの!当たれよ!」


 いよいよ作戦決行の時。

 ストレートを出し続けた男が選んだパンチは、下からのアッパーだった。



「くっ!」


 両腕で腹をガードする佐藤だったが、その強さは確かに本物だった。

 自分の身体が大きく浮かび上がり、数メートルは後ろへ吹き飛んでいく。



「うほっ!俺強え!」


 ハァハァと息を切らしながら喜ぶ男。

 それを見た佐藤は、少し悔しそうな顔をする。



「俺の方がボクシング強いんじゃねーの?」


「ふざけた事言ってんじゃねぇよ!」


 馬鹿にされた佐藤が、前へと出ていく。

 ここが勝負どころ!

 男は佐藤の真似をしてジャブを出した後、自分が食らったロングフックを出そうとした。



「トドメだ!」


 右拳が円を描いて、佐藤のテンプルに直撃する!

 はずだった。



「あ?」


 自分が選んだ狭い道。

 身体を大きくした事が仇となったようだ。

 筋肉が肥大したと言っても、その分腕も少し長くなっていた。

 彼の腕は横の壁によって引っ掛かり、フックは途中で止まってしまった。



「やっぱりお前は馬鹿だ」


 佐藤の拳が見えない角度から放たれる。

 自分の視線が真上を向いた。

 アッパーを食らったのだと気付いた時には、次に視線が横の壁へと変わる。

 今度はフック。



「き、効かねぇよ!」


「それはどうかな?」


 佐藤が大振りのストレートを狙っているのが分かった。

 男はガードをしようと腕を上げた。

 腕を上げたつもりだった。

 しかしノーガードのまま、自分の顎が撃ち抜かれる。

 気付くと、自分が倒れていた。






「聞こえているか分からんけど、言っておく。筋肉が大きくなっても遅くなるだけだし、スタミナも落ちる。それと脳は、筋肉で守れないからな。脳みそ筋肉のお前なら、分からないでもないか」

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